314.転売屋はかき氷を作る
妹ことオリンピアは来たとき同様、土煙を上げながら去っていった。
マリーさんの話では、男の時代から溺愛されていたらしいが、女になってからそれが余計に強くなったようだ。
まぁ喧嘩別れじゃないだけよしとしよう。
それに、王都とのコネもできたし俺達からしてみれば大きなプラスになった。
まぁ、最後まで心を許してくれた感はなかったけどな。
「あっちぃなぁ。」
「暑いですね。」
「水浴びでもするか?」
「実は裏庭に用意してあります、先に使われますか?」
「いいのか?」
「今日のは特別冷たいですよ。」
特別冷たい?
ミラが何やらたくらんでいる顔をしているので、あえてそれに乗っかってみようと思う。
裏口から裏庭に出ると、前使用したプールが用意されていた。
上には布が掛けられ即席の日陰まである。
最高だな。
水着に着替えるのは面倒なので、パパっと服を脱いで下着だけで足を入れてみた。
途端に刺すような刺激を感じ慌てて足を抜く。
「冷た!」
よく見ると半透明の何かが水に浮かんでいる。
これは・・・氷か。
「あ、シロウ休憩?」
「あぁこの暑さじゃ客も少なくてな。プールはエリザが用意してくれたのか?」
俺の声を聞きつけて倉庫で片づけをしていたミラが顔をのぞかせる。
「うん、ミラにお願いされてね。」
「この氷は?」
「あ、それは私が。」
「よく手に入ったな。これだけ暑かったら争奪戦だっただろう。」
「それがそうでもないのよね。ほら、例の氾濫でダンジョン内が大分荒らされたでしょ?その時に氷壁付近も崩れたみたいなのよ。そのせいで冷気が漏れ出してダンジョン内が氷だらけ。おかげで今年は簡単に手に入るわ。」
「それはありがたいな。」
「それに、近くの湧き水が凍ったから不純物のない良い氷が手に入るようになったの。おかげで冷たいお酒が飲めるわ。」
純度の高い氷か・・・。
しかも汚れの無い湧き水。
なぜかは分からないが、ダンジョン内の水は非常に純度が高く飲料に適している。
わざわざ中から汲んで来る人が出てくるぐらいだ。
まぁ、運ぶのが大変なので生活水までは満たせないがそれでも飲料水を確保できるのはありがたい。
この前の水不足の時も最悪ダンジョンからピストン輸送する気だったっていうから凄いよなぁ。
「なぁ、その氷は何処で手に入るんだ?」
「え、いつものようにギルドだけど?」
「いや純度の高いほうだ。湧き水の方。」
「それは個人でって感じね。お店用にはギルドが手配しているみたいだけど・・・、シロウも欲しいの?」
「もしかすると面白い物が作れるかもとおもってな。」
「それって食べ物?」
「あぁ、この暑い夏にピッタリの奴だ。」
「じゃあ今すぐ買ってくる!」
買ってくるなら取ってきてくれよとも思ったが、エリザの自腹だからいいか。
とりあえず材料の目処は立ったし、次は作る方だな。
プールから足を出してそのまま台所へ。
え~っとどこかなっと。
「先ほどエリザ様が飛ぶように出て行かれましたが、どうされました?」
「おろし金を探してるんだ。できれば細かい奴が良いな。」
「細かいの・・・何に使うんですか?」
「氷だ。」
「氷?」
ミラが良くわからないという顔をして首をかしげる。
そういう顔も中々に可愛いぞ・・・ってそうじゃない。
おっと、あったあった。
「う~ん、コレじゃでかいな。」
「もっと細かくされるんですね。」
「できればな。いや、それか削るか。」
「削るんでしたら鰹節用のはどうですか?」
「手作業かぁ・・・。今から機械を作るわけにもいかないし、そうなるよな。」
個人的には上から押し込んでぐるぐる回したいんだが、そもそもブロック状にするのがめんどくさい。
恐らくというか間違いなくエリザが買ってくるのは巨大な氷。
それをカンナがけのように削ればいいか。
後は上に掛ける奴だな。
確かあれは・・・。
「ミラ、化粧水用に買った果物のシロップって何処だっけ。」
「あれでしたら台所の下にありますよ。」
「あった、コレだな。」
「何に使うんですか?」
「それは見てのお楽しみ・・・。」
「たっだいまー!氷買ってきたわよ!」
ナイスタイミングでエリザが戻ってきた。
両手に抱えるようにして氷の塊を持っている。
冷たくないんだろうか。
いや、外は暑いからむしろちょうどいい・・・のか?
「裏庭に台を置くからそこに置いてくれ。」
「裏庭ね、了解。」
急いで庭に出て簡易の台を置きその上に布を敷く。
これでよしっと。
その上にエリザがドシンと氷を置いた。
中々の重さのようだ。
ためしに押してみてもびくともしない。
「で、どうするの?」
「削る。」
「それだけ?」
「それを食べる。」
「え、氷だよ?」
「まぁ見てろって。」
カンナをしっかりと当ててゆっくりと引いていく。
すると、シャリシャリと音をたてながらカンナの先から氷の屑が出てきた。
が、直ぐに溶ける。
うぅむ、もう少し分厚くしないとダメか。
何度か挑戦して直ぐに溶けない大きさを見極める事ができたので、そのまま削り続け用意した器に載せる。
結構疲れるな。
「氷の破片?」
「それにこいつをかけてっと、食べてみろ。」
「え、うん。いただきまーす。」
かけたのはレレモンのシロップだ。
スプーンですくってエリザの口に入れると、途端に大きく眼を見開いた。
「酸っぱい!でも甘くて美味しい、何より冷たい!」
「氷だからな。」
「なんこれすごいよ!」
「細かく砕ければ食感もまた変わるんだが、中々いいだろ?」
「うん!この暑さなら絶対売れる!」
「シロウ様一口宜しいですか?」
「ちょっと待て、新しく作ってやるから。」
エリザが器を持っていってしまったので新しい器に氷を盛ってやり、今度はボンバーオレンジのシロップを掛けてやる。
「ほら。」
「え?」
器を渡したら驚かれてしまった。
あ、そういう事。
スプーンですくってやると満足そうな顔をして口をあけるミラ。
まったく嫉妬深いやつだなぁ。
まぁそこがいいんだけども。
「甘酸っぱくて美味しいです。お腹の中から冷たさがあがってくるみたいです。」
「化粧品用に仕入れた果物が大量に余った時はどうしようかと思ったが、シロップにしておいて正解だった。まさかこんな使い道があるとはなぁ。」
「他の果物でも良いかもね。」
「だが今からだと間に合わないだろう。はぁ、また次の夏まで持ち越しか。」
せっかく良い感じの儲けになると思ったんだが、この夏には間に合いそうに無い。
遠方で取れる果物もシロップにしてしまえば日持ちする。
作ってから仕入れるという方法もありかもしれない。
「とりあえず今ある分だけでも売っちゃう?」
「いや、ちょっと加工してからにする。結構疲れるんだよな、コレ。」
「ずっと腕を動かさないといけないんだね。」
「自重で何とか削れそうなんだが、固定する道具とか用意するのがなぁ。」
「じゃあせめて枠で固定しちゃえば軸がぶれないんじゃない?」
「板で挟むのか?」
「そうそう。で、横にずらしていけば・・・。」
若干削った部分が斜めになるが、動かせない事もない。
左右にぶれない分力も入れやすいな。
よし、とりあえずはこれでいって次の夏までに削る機械を開発するか。
溶けにくいように冷蔵用の魔道具で外側を覆ってしまうのも良いかもしれない。
設計は苦手だが時間はあるんだ、のんびりと考えてみよう。
「よし、今回はこれでいこう。」
「売れるわよ~。」
「この氷でいくらだ?」
「銀貨1枚。」
「溶けるから半分しか使えないとして、一回で100杯分とすると値段は銅貨5枚って所か。」
「案外儲からないね。」
「一本で銀貨5枚だが、十本分売れば銀貨50枚だぞ。」
「あ、そっか。」
「勿論エリザも手伝ってくれるよな?」
「えぇぇぇ!」
俺一人で何本も削ってられるかよ。
交代要員が居ないとこんな商売はやってられない。
あぁ、売るにしても器がいるか。
使い捨ての奴は無いからどっかから借りるか買うか・・・。
いっそのこと器持ってきたら値引きとかにすればいいんじゃね?
洗う手間も省けるし。
よし、そうしよう。
「器がいるな。」
「木製のものでよければイライザさんのお店にあったはずです。」
「よし、それを買おう。」
「え、買うの?借りるんじゃなくて?」
「来年も使うなら買った方が安いだろ。」
「本気なのね。」
「当たり前だろ。」
夏はまだ三ヶ月もあるんだ。
シロップが無くなるとあれだが、それに代わる何かを考えればいい。
シロップなら他の地域でも作っているはず、それを仕入れるという手もあるな。
今月はどこどこのシロップを仕入れました的なのも面白いかもしれない。
夏はまだこれからだ。
面白くなってきたな。




