31.転売屋は出店を打診される
オッサンいやハッサン氏の敷地にいるにもかかわらず呼び出される羽目になるとは思わなかった。
内容は大方想像できるが・・・、果たして想像通りだろうか。
どうもあの羊は苦手なんだよなぁ。
向かったのはこれまたハッサン氏の応接室というね。
にもかかわらず本人の同席は認められなかったようだ。
「お待たせしました。」
「これはこれはシロウさん、お呼びだてしてすみませんね。」
「俺は別に構わないが、家主は同席しなくてもいいのか?」
「今回はシロウさんにだけ用がありますから。あ、後で御礼はしますよ?」
「御礼ねぇ、どうせ口だけなんだろ?」
「それは便宜を図れという事ですか?」
「そんなことは言ってないさ。で、何の用なんだ?今日は色々と忙しいんでね。」
余計な事を言って機嫌を損ねても困る。
ここは大人しくしておこう。
「実は先日この街の上役が賊に襲われましてね。」
「それは物騒な話だな。」
「幸いにも賊は捕縛され事なきを得ましたが、その際に使われた武器がこの街の質屋で購入されたもののようなのです。」
「それで?」
「犯人の供述に基づいてその質屋に向かいましたが、時すでに遅く店主は逃走した後でした。」
何このわかっていると思うけど一応言っておきますみたいな流れ。
相槌をうってはいるけれど内心かなりヒヤヒヤなんだが。
犯人のこと知ってるだろ?はやくゲロしろよ、そんな風に言われている様な気がする。
いや気のせいじゃないだろうな。
全部知っていながら知らない体で話をしている匂いがプンプンしているぞ。
「それは残念だったな。で、何が言いたいんだ?」
「まぁまぁそう焦らないでください。」
「言っただろまだ予定が詰まってるんだ。人探しなら他を当たってくれ。」
「誤解しておられるようですが、いなくなった人間など我々にとってはどうでもいい話なんですよ。」
どうでもいいって、マジで言ってるのか?
一応暗殺未遂事件の関係者だろ?
終始ニコニコと表情を崩さない羊男。
その笑顔がぶっちゃけかなり怖いんだが・・・。
「話を戻しましょう。今日ここに来たのは他でもありません、シロウさんが空き店舗を探しているとリング様から伺っておりましてその紹介に参った次第です。」
うん、知ってた。
っていうかそうじゃなかったらどうしようかと思っていたぐらいだ。
「つまり空いた場所に店を出さないかってことか?」
「その通りです。」
「どんな店なんだ?」
「中に残されていた商品は証拠品として押収されましたが、棚や居住部はそのままになっております。居抜きにはなりますが一階が商店と倉庫、二階が居住部となっており東通りの中心に位置するなかなかの立地でして、正直に言ってリング様の口利きがなければ他の方にお譲りしたい物件ですよ。」
「ハッキリ言うんだな。」
「この街で店を探している人は大勢いますから。」
まぁそうだろう。
これだけ大勢の人間が出入りしていながら店を出せる場所は限られている。
その取り合いをしているわけだし。
リング氏の推薦がなかったら俺に順番が回ってくることなんてまずありえなかっただろう。
だってこの世界に来てまだ半年もなってないんだぜ?
それしか待ってない人間に普通順番が来ることはない。
「で、それほどまでに素晴らしい物件をどういう条件で貸してくれるんだ?」
「賃料は月に金貨5枚。それとは別に出店者には年間金貨200枚の税金が課されます。」
羊男がスッと一枚の紙きれを出してきた。
あえて受け取らなかったので遠目で見る限り内容はわからない。
数行しか書かれていないから、今の内容が書いてあるだけだろう。
一年が24ヶ月だから合計で金貨320枚かかるってわけだな。
高すぎでない!?
「いくらなんでも高すぎるだろ。」
「税金は皆さん同じだけ払われていますから。」
「そっちじゃない賃料の方だ。場所が良いとはいえいくら何でも高すぎじゃないか?」
「そうでしょうか。両隣もそれだけ支払われておりますが。」
「知っていると思うが俺は露店を出している商人だぞ?しかも薬草を売って小金を稼ぐ程度だ。そいつにいきなり金貨5枚は即刻出て行けと言っているのと同じじゃないか。」
払えるかと聞かれれば払える。
ぶっちゃけ仕込みの肉が売れれば税金分どころか賃料も払えるはずだ。
だがはいそうですかとすんなり受け入れるのはちょっとなぁ。
「言いたいことは分かります。ですがシロウさんがそれ以外の部分で稼いでおられるのもギルド協会としては把握しておりまして・・・。今現在で金貨100枚以上稼いでおられますよね?」
「・・・露店は税金を課さないんだよな?」
「一般店舗に出された買取の履歴からですから別にやましい事はしておりませんよ?」
確かにホルトの店からはそういった資料を回収しているだろうし、それを見れば俺がいくら売ったかはわかるだろう。
だが流石にそこだけで金貨100枚も買い取ってもらったわけではない。
ベルナの店もあるし・・・。
まさかそっちの資料も回収しているのか?
「露店を出した記録から逆算しますとわずか六カ月で金貨100枚以上を稼いでおられるわけですし、十分に支払えると考えております。」
「だがそれは買い取りに出せたからだ。その店も無くなり今度は自分で一から人を集めなきゃならない。しかも、出店場所は悪名をとどろかせた店。同じ業種である俺はかなり不利だと思うが?」
「瑕疵があると?」
「見た目にはなくても心因的な瑕疵は十分にあると認められる。例えばだ、殺人や自殺が起きた部屋に住みたいと思うか?」
「私は構いませんが。」
確かに何にも気にしなさそうだよなって・・・そうじゃない。
「アンタじゃない、一般論の話だよ。」
「・・・確かに好まない人は多いでしょう。」
「その場合どうすればいいと思う?」
「黙っておけばいいのでは?」
「それがばれた時に賠償請求をされる可能性は?」
「つまりこう言いたいのですか?瑕疵があるのであれば正直に伝えて代わりに値を下げればいいと。」
さすが、頭のいい人間は話が早いねぇ。
そこまでわかっているのであれば俺の要求もわかっているはずだ。
「もちろん協会が優先的に俺に紹介してくれたという事情も分かっている。だがそういった瑕疵が存在している以上何かしらの対応を見せるべきではないかと考えているだけだ。」
「言いたいことはわかります、ではそちらの要求は?」
「金貨3枚、この金額であれば十分にやっていける。」
「いくらなんでもそれは・・・。」
「もちろん永久にとは言わない、一年だ。それだけあれば前店主の悪名もどこかに消えるだろうし、俺としても店を軌道に乗せられるだろう。むしろそれで目が出なければこの街で店を出すのにふさわしくないという事だ、大人しく次の候補者に店を明け渡すさ。」
やっていく自信はある。
だが出来るだけ固定費は安くしておきたい。
半額で提示しなかったのも、ギルド協会の立場を理解しているぞという俺の意思表示みたいなものだ。
「一年猶予を持たせろという事ですか。」
「リング氏も結婚が決まり王族に列する貴族になったんだろ?その人の顔を立てたといういいアピールにもなるんじゃないか?」
「王族に恩を売るいい機会だと?」
「聞いた話ではこの街はかなり複雑な権力下にあるそうじゃないか。金がものをいう世界とはいえ所属国に目を付けられるのは避けたい所、その点リング氏なら俺達の名前を知っている分こっちサイドの人間になってくれる可能性は高い。これからも定期的に立ち寄る可能性もあるし、俺も店を持てたというお礼を言うことが出来る。悪い話じゃないと思うがね。」
「金貨100枚の価値があると?」
「俺はそう思っている。」
美味しい話を持ってきてくれているのにどうして飛びつかないのかって?
これは俺の意思表示みたいなものなんだよ。
ギルド協会になんでも従う犬じゃないっていうね。
もちろん噛みつくつもりはないさ。
だが、そういう目で見られたくないだけの話だ。
これで流れてしまったらそれはそれ、別にこの街にこだわる必要はどこにもない。
別の場所で店を持てばいいだけの話だ。
「申し訳ありませんが一度この話を持って帰ってもよろしいですか?」
「もちろんだ。」
「それでですね、もしその上でこの話が流れても文句はありませんよね?」
「仕方ないだろう。リング氏の顔を立てて真っ先に俺に話を通してくれたんだ。それが無かったとは言わないさ。」
「それを聞けて安心しました。」
ホッとした顔をして先程提示された用紙をカバンにしまう
今のはおそらく前振りだろう。
話が流れてもギルド協会の責任ではないと。
言質はとったからな!ってやつだ。
「なぁ、話ついでに一つ聞きたいんだが・・・。」
「なんでしょう。」
「今年の感謝祭の流行はロックフロッグの肉らしいな。」
「そうらしいですね。」
「仕込みが難しくて今年は手に入りにくいという話も風の噂で聞いたんだが、この街もそうなのか?」
「確かに振舞われる量は少ないと聞いています。それがなにか?」
このままじゃ出店の話は流れてしまうだろう。
筋は通したし、向こうからしたらそれで終わりだ。
だが俺としてはそれで終わるわけにはいかないんだよ。
せっかく手に入ったチャンスをみすみす逃すような馬鹿なことはしない。
ここは一発逆転さっきオッサンから聞いたばかりのこのネタでその流れを一気に断ち切ってやる。
っていうか、これが目的でマイナスの方向に話を持って行ったんだけどな。
「仕込みの終わったそいつを大量に所持しているんだが・・・、どこかいい取引先を知らないか?」
それを聞いた羊の目がまるで獲物を見つけた狼のように光るのを俺は見逃さなかった。




