250.転売屋は感謝される
犯人は無事に捕縛され、冒険者襲撃犯として初めて法の裁きを受ける事になった。
おそらくは冒険者によって秘密裏に処分された方がよかったと後悔するような裁きを受ける事になる。
エリザの話では冒険者は装備をすべて奪い、全裸でダンジョンの奥に放置する。
法の裁きがどういう物かはわからないが、ダンジョンに放置されるよりかはマシじゃないんだろうか。
ま、俺にはもう関係のない話だけど。
そんなことを考えながら店番をしていると、最初にエリザが、そしてすぐにミラが戻って来た。
「シロウ、ニアが呼んでいたわよ。」
「ニアが?」
「シロウ様、シープ様が呼んでおられましたすぐに来て欲しいそうです。」
「・・・悪い予感しかしない。」
「十中八九例の件ね。」
「しかしバラバラに呼ばれるのは何故なんだ?」
「知らないわよ。とりあえず伝えたからね。」
時刻は夕方。
そろそろ店じまいをと思っていた時の呼び出した。
しかもバラバラに呼ばれるとは思わなかった。
あの二人なら連絡を取り合って一回で終わらせると思うんだが・・・要件が別なのか?
「片づけはお任せください、どうぞお気をつけて。」
「いってらっしゃ~い。」
「いってらっしゃい御主人様。」
三人に見送られ、仕方なく店を出る。
とりあえず・・・ニアの方が話が短しそうだからそっちから行くか。
ギルドはいつもと変わらず多くの冒険者が出入りしている。
顔なじみに挨拶をしてからギルドの中に入った。
「あ、シロウさんこんな時間にどうしたんです?」
「ニアに呼び出されたんだが、何か知ってるか?」
「例の件じゃないですかね。」
「やっぱりか。」
「シロウさんのおかげで襲撃事件は解決、他の冒険者も喜んでましたよ。」
「前にも言ったが俺が解決したんじゃない、中央の騎士が勝手に来て勝手に連れて行ったんだ。たまたま現場がうちだっただけだ。」
嘘は言ってない。
犯人が暴れるのが怖くて穏便に済ませようとしていただけだ。
人を呼んできたのはミラだしな。
「思った以上に謙虚なんですね、シロウさんって。」
「俺が謙虚?金儲けしか考えてない俺がそうなら街の人は聖人かなにかか?」
「それは言い過ぎですよ、冒険者が聖人なんて・・・。」
「職員がそれを言うのはどうかと思うぞ。」
「まぁまぁ、あ!ニアさん!シロウさんが来ましたよ!」
「ちょうどよかった、シロウさんこっちです。」
ニアが右手を上げ俺を呼ぶ。
「こっちって、そっちは外だぞ?」
「わかってますよ。ついて来て下さい。」
ついてきてくださいって・・・。
ついて早々ギルドから出て先を行くニアを追いかける。
向かう先は商業ギルド・・・しかないよなぁ。
「すみません急にお呼び出しして。」
「どうせおたくの旦那が何かするんだろ?いつもの事だ。」
「いえ、今回はシープも私も何もしていませんよ。」
「そうなのか?その割にはミラに俺を呼んでくるように伝言頼んでいたぞ。」
「え?そうなんですか?」
おかしい、てっきり連絡を取り合っているのかと思ったんだがこの反応を見るとそうではないようだ。
「ならどこに向かってるんだ?」
「それは・・・秘密です。」
「いや秘密って。」
「あ、シープが居ますね。」
ニアが手を振ると向こうも嫁に気づいたのか手を振って応えた。
「シロウさん、そっちに行ったんですね。」
「お前らに呼び出されたんだが、本当に何も知らないのか?」
「えぇ、私は連れてくるように言われただけです。恐らくニアもそうでしょう。」
「急な呼び出しだったから、エリザが居て助かったわ。」
「私もミラさんが居て助かりました。」
「もう一度聞くが、どこに行くんだ?」
「それは・・・。」
「「秘密です。」」
仲良く返事なんかしやがって・・・この夫婦どうしてやろうか。
結局何も知らされないまま到着したのは町長の屋敷。
ですよねー、こうなりますよねー。
俺の中では終わった話なんだが、どうもそうではないらしい。
「なぁ、帰っちゃ駄目か?」
「ダメですよ、今帰らせたら私達が何を言われるかわからないじゃないですか。」
「夫婦そろって怒られるとか恥ずかしすぎます。」
「恥ずかしい恥ずかしくないっていう話なのか?」
「えぇそうですよ。」
基準が分からん。
ここまで来てしまった以上逃げることも出来ないので、致し方なくそのまま屋敷に入る。
エントランスを抜け廊下を進み、応接室らしき場所の前で止まった。
「シロウさんをお連れしました。」
「よくやったわ、てっきり逃げると思ったけどバラバラに知らせたのは正解だったようね。」
「逃げる事前提なのか?」
「貴方、こういうの嫌いでしょ?」
「あぁ、大っ嫌いだ。」
屋敷に入って早々、俺達を出迎えたのは副長の嫁ことアナスタシア様、そしてホリアだった。
その他大勢がいると思ったのだが、どうやらそうでもないらしい。
これはちょっと想定外だ。
「で、逃げずに来たんだが・・・。」
「急に呼び出してしまい申し訳ない、だが聖騎士団の一員としてどうしてもやらなければならないのだ。」
「中央の人間、しかも聖騎士団の偉い人に頼まれたんじゃ断れないでしょ?」
「偉いのか?」
「そうよ、知らなかったの?」
「偉くなどないさ、部隊をいくつか任されてるに過ぎない。」
それって十分偉いだろうが。
各騎士団のエリートを集めたのが聖騎士団。
その団員をいくつも束ねた部隊のそのまた上の人間なんだろ?
どおりで強いわけだよ。
「で、その偉いさんが俺に何の用だ?この前の一件はもう話がついたはず、俺とアンタはもう関わりがないはずだが?」
「個人的にはそうだが、それでは上が納得しない。セインが逃亡した件については聖騎士団にとって大きな問題で、それを解決してくれたのは俺じゃなくてアンタだ。今日は聖騎士団の一人としてお礼を言う為に呼んだんだよ。それと、お願いだな。」
「礼は分かるが頼まれごとまであるのか。面倒ごとはごめんだぞ。」
「なに、簡単な事だ。っと、その前にまずはお礼の方から終わらせるか。」
そういうとどこからともなく従者が現れた。
「これは、聖騎士団からの感謝のしるしだ受け取ってくれ。」
「褒美みたいなものか?」
「そう思ってくれ。」
従者は俺の前にやって来て、持っていたトレイをそっと差し出す。
乗っていたのは見慣れた革袋と難しそうな紋章の書かれたプレートだった。
とりあえず革袋を持つとずっしりと重い。
「多く無いか?」
「個人ではなく組織が決めた報酬だ、俺は知らん。」
「まぁ金はあって困らないからな、遠慮なく貰っておこう。で、こっちは?」
もう一つのプレートを取ると従者は頭を下げてどこかに行ってしまった。
『聖騎士団の紋章。聖騎士団の一員、もしくはその関係者を表す紋章で提示するとその特権の一部を受けることが出来る。取引履歴無し。』
お、さすがにこれを売買するやつはいなかったか。
聖騎士の紋章ねぇ・・・。
この街で使うことは無いと思うんだが?
「聞けば行商をしているそうじゃないか。これを出せばそれなりの待遇もしくは値段で取引することが出来るだろう。まぁお守りだと思ってくれ。」
「それは助かるな、遠慮なくつかわせてもらうよ。」
「それと、冒険者襲撃事件の犯人を捕まえた功績を称えて街としても報奨金を出すわ。」
「また変なもの渡されなくて安心したよ。」
「畑の方がよかった?」
「これ以上耕せってか?勘弁してくれよ。」
「冗談よ、金額に関してはここでは伏せるわね。また明日持って行かせるわ。」
「ということで、明日の朝伺います。あ、パンは焼いておいてください。」
「コゲコゲにしておいてやるよ。」
何で朝から羊男の朝飯を用意しなきゃならんのだ、まったく。
でもまぁ、金に罪はないしありがたく頂戴しよう。
「で、ここまでが通常のお話。ここからは口外無用でお願いする内容よ。」
「それがお願いってやつか。」
「遮音の魔法完了しました。私達が出てからお話しください。」
ニアと羊男は一時退室。
残ったのは俺とホリアとアナスタシア様だけだ。
「願いというのは他でもない、セインの事だ。」
「完全には戻ってないそうだな。」
「あぁ、ダンジョンでよほど怖い思いをしたのか正気には戻っていない。だが、貰った薬のおかげで毒はある程度中和できている。良い薬師を抱えているな。」
「少しでも改善の兆しがあるのならなによりだ。で?」
ホリアがいつにもなく真剣な顔をしている。
アナスタシア様は目を瞑ったままだ。
「そもそもセインがこんな目に合ったのは、聖騎士団を逃亡したことが原因だ。何があったのかは本人の口からきいていない以上推測に過ぎないが、どうやら聖騎士団上層部でよろしくない動きがあったらしい。それを知ったセインは証拠と共に逃走、追手から逃れるためにダンジョンに身を隠したと思われる。」
「で、ダンジョン内で偶然襲撃されてしまったと。」
「あのセインがあの程度の小物にやられるとは思えないが、色々な状況が重なったんだろうな。セインと俺は共鳴の鐘でつながっている。あの鐘を持ち出したという事は、俺にはその何かを教えるつもりだったんだろう。俺はそれを頼りにこの街まで来て、セインを救うつもりだったが途中で鐘が鳴らなくなった。」
「盾の状況を見る限り覚悟はするが、鐘は壊れていない。だから探していた。」
「その通り、後は知っての通りってわけだが・・・。ここからが本題だ。アンタはセインという男を助けていない、そういう事にしてもらいたい。」
「ん?」
「盾を見つけたアンタが偶然鎧を買取り俺に連絡した。だが、本人はいまだ行方不明と上には報告をする。それで話を通してくれないだろうか。」
「あの重さは口止め料込かよ。」
「面倒ごとに巻き込まれないためにも、それで通してくれ。今セインを守りながら証拠を集めるのは不可能だ、真実が判明するまで隠れて貰う方が色々と助かるんでな。」
「・・・わかった俺だって面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。セインなんて男は知らない、だが治療しないわけにはいかないだろ。」
「あぁ、毒も完全に取り除けたわけではないし、どこかでかくまいながら治療する必要があるだろう。」
「それなら隣町にビアンカっていう錬金術師がいる。俺の奴隷だがいい腕だ、そいつに薬を作ってもらえ。あそこは薬草も豊富だし、療養に来たと言えばどこぞに入り込めるだろう。もちろん、それなりの代金は請求するがな。」
「錬金術師まで抱えてるのか・・・だがいいのか?」
「金になりそうだしな。あぁ、手配なんかは面倒だからそこのアナスタシア様に言ってくれ。そもそも俺はセインなんて男は知らないから、対処のしようがない。」
「・・・まったく、面倒ごとを押し付けないでもらえるかしら。でもいいわ、中央に恩を売るいい機会だし、付き合ってあげる。」
「じゃあそういう事で。まぁ、お大事にな。」
「もし俺に出来ることがあるのなら何でも言ってくれ、聖騎士団としても個人としてもお前に力を貸そう。」
「ただの買取屋が聖騎士団のお世話になる事はまずねぇよ。」
っていうかそんな面倒事御免だね。
革袋とプレートをさっさと仕舞い、部屋を出る。
外ではニアと羊男が俺の事を待っていた。
「終わりましたか?」
「お役御免だとさ、お前のおごりで飯を食いに行けってアナスタシア様からのお達しだよ。」
「え、聞いてませんけど?」
「じゃあ明日聞いたらどうだ?ほら、行くぞ。」
とりあえずこれで面倒ごとは全部終わり。
美味い飯と美味い酒で無かったことにしてしまおう。
強引に羊男の肩を掴んで、街へと繰り出すのだった。




