229.転売屋は倉庫の容量を気にする
予定以上に素材を買い漁ってしまったが、材料があればいつでも対応できるという安心感がある。
危険な品はともかく、そうじゃない品はある程度備蓄しておきたい所なのだが・・・。
「シロウ様、そろそろ倉庫が一杯になりそうです。」
「マジか、この間掃除して隙間作ったんじゃなかったっけ。」
「それを上回るペースで素材が増えております。先日のストーンエイプの毛皮などはかなり場所を取りますので・・・。」
あぁ、やっぱりこうなるのね。
『ストーンエイプの毛皮。剛質なストーンエイプの革は威力の弱い矢を防いでしまう硬さがある。毛は薬の材料にもなる。最近の平均取引価格は銅貨45枚、最安値銅貨30枚、最高値銅貨58枚。最終取引日は3日前と記録されています。』
普通の毛皮なら加工して販売できるのだが、ストーンエイプの毛は薬にはなるものの革にあまり需要がない。
てっきり売れると思っていただけに損は無いが置き場所に困る状況だ。
パラライパピヨンの鱗粉は場所を取らないんだけどなぁ。
「捨てるか?」
「古くなった素材などはそうせざるを得ないでしょうね、もったいないですが。」
利益を捨てる。
それは俺にとって苦渋の決断だ。
売れる物は売ってしまいたい。
そうでないとすぐに利益など無くなってしまう。
「ちなみに古くなった素材をギルドに持ち込むのはどうだ?」
「かなり買い叩かれると思いますが、捨てるよりかは。」
「そうするしかないか。エリザに声をかけて古くなった素材を庭に出しておいてくれ。」
「かしこまりました。」
不要な品を買っているつもりはないが、価値があっても売れないものというのはある。
呪いの品や怪しい品々は好んで買ってくれる人がいるので定期的に出ていくのだが、それ以外の品の中には出て行かないものもある。
ここに店を構えてはや12カ月。
その間ずっと倉庫に眠っている品もあるもんなぁ。
「ご主人様、薬の準備が終わりました。」
「もう終わったのか?」
「はい、出来るだけ急ぎでとの事でしたので。家主様用の薬も出来上がっております。」
「急がせて悪かったな。」
「あれだけの量を放置するわけにはいきませんから。でも、さすがにちょっと疲れましたね。」
体力の指輪を装備したアネットでも疲れる忙しさ。
それを命じたのはこの俺だ。
ブラックと言われないためにも奴隷の福利厚生には気を配らねば。
「今日はゆっくり休んでいいぞ、買い物にでも行ってこい。」
「そうさせてもらいます。荷物はいつ送りますか?」
「輸送はハーシェさんに頼んでいるから向こうの準備が出来次第じゃないか。それでもあと二日はかかるだろう」
「じゃあ間に合いますね。」
ビアンカ用の荷物でも送るんだろう。
アネットの金だ、好きに使えばいいさ。
しばらくしてアネットは嬉しそうに店を出て行った。
「ちょっとシロウ、今いい?」
「どうした?」
ボーっと店番をしていると、エリザが庭から俺を呼びに来た。
埃で頬が真っ黒になっていたのでぬぐってやる。
「ありがと。かなりの量なんだけど、本当に捨てちゃうの?」
「売れるやつは売って、そうじゃない奴は捨てることになる。そう言えばこういうゴミってどこに捨てればいいんだ?」
三日に一回ゴミを決まった場所に出しておくと勝手に持って行ってくれるから気にしたことなかったが、ゴミ処理場とかあっただろうか。
小さい町とはいえかなりの廃棄物が出ると思うんだが。
「そんなのダンジョンに決まってるじゃない。」
「はい?」
「食べ物は堆肥に出来るけどそうじゃない奴はダンジョンに置いておくと、吸収されるのよ。」
「吸収ってゴミをか?」
「うん。いつも日課をこなしてる場所の反対側にゴミ捨て場があって、そこに捨てておけば二日ぐらいで無くなるの。」
「だから三日に一回なのか。でも待てよ、そんなことしたら・・・。」
人を殺してゴミに紛れて捨てれば完全犯罪の完成じゃないか?
「ゴミ捨て場には監視員が居ますので、決まった人以外はごみを捨てることが出来ないようになっています。」
「だからシロウが考えてるようなことは起きないわ。」
「ダンジョンで死んだ冒険者も吸収されるのか?」
「うん。だから出来るだけ地上に持って帰るんだけど、泣く泣く置いて帰る時もあるわ。私も吸収されていたかもね。」
複数人で潜っていたら持って帰ってもらえるだろうが、エリザのように一人で潜っている奴はそうもいかない。
人知れずダンジョンで倒れ、そして吸収された冒険者も多いんだろうなぁ。
「無茶するなよ。」
「最近は二人以上で潜ってるから大丈夫。」
「ならよし。」
「じゃあ不要な奴は捨てちゃうから、最後に確認だけお願いね。」
「はいよ。」
それから夕方まで荷物の選別が行われ、俺とミラのお眼鏡にかなわなかった残念な素材たちはエリザの手によってギルドへと運ばれていった。
「ただいま。」
「おかえり、どうだった?」
「半分は売れたけど相場の半分だって。」
「捨てるよりはましって感じか。」
総収入で考えれば損失は微々たるものだが、単品で考えると買い取り価格よりも安値で売ったことになる。
相場スキルも需要が読み切れなければ役に立たないというわけだ。
連戦連勝とはいかないものだなぁ。
「残りはギルドが廃棄してくれるっていうから任せてきたよ?」
「あぁ、助かる。」
「実は裏で回収してたりして。」
「それでも俺達からしたら不用品だ、好きにすればいいさ。」
その辺も含めて丸投げしてるんだ、金になっただけありがたい。
「一応倉庫は片付きましたがそれでも7割は埋まっております。仕込みを開放すれば順次容量は空いていきますが、出ていく量が増える量に追いついておりませんのでまたすぐに一杯になりそうですね。」
「手広くやり始めたからなぁ、店だけだったら十分な大きさだが錬金用に行商用、それに薬用と置いておくべき素材が多すぎる。マジでどうにかしないとな。」
「新しいのを借りるとか?」
「倉庫をか?」
「うん。畑に建ててもいいけどやっぱり町の外は不用心でしょ?それならレイブさんにお願いして倉庫を探して貰えばいいじゃない。」
倉庫付きのお屋敷は高すぎて手が届かないが、倉庫ぐらいなら何とかなるだろう。
それでも年間で金貨200枚までだ。
それ以上は出せない。
税金に家賃、そして倉庫で年間500枚の出費だぞ?
半年で金貨600枚稼げばという当初の予定は変わらないが、それでもかつかつだからなぁ。
お屋敷を買うためにも節約は必要。
って事で一番手っ取り早いのは倉庫代を節約することというわけだ。
前と違って手広くやり始めた分収入もかなり増えているから、そこまで切り詰めなくてもいい気もするが・・・。
色々やり過ぎて本人が全体の収支を把握できていないっていうね。
ミラも大変だし税理士とか会計士とかいたら楽なんだけどなぁ。
「一応話だけ聞いてみるか。」
「いっそのことアナスタシア様に聞いてみてはいかがですか?」
「あの人と関わりたくないからパス。」
「気持ちは分かりますが貴族間のうわさ話などは一番先にお持ちのはず。倉庫を手放したがっている人がいるかもしれません。」
「うーむ・・・。」
ミラの話も分かる。
だがあの人に関わると間違いなく別の面倒を押し付けられるだろう。
女豹まではいかないが関わり合いにはなりたくないタイプだ。
でもなぁあまり金がかからずに倉庫を手に入れる可能性もあるんだよなあ。
そう言えば、この前のオークションでは忙しそうにしていたから挨拶していなかったな。
これを口実に話だけきいてみるか。
「わかった、レイブさんに話をしてみて難しそうならそっちにも声を掛けよう。」
「賢明なご判断かと。」
「あー、でもなー。」
「はいはい、行く前から嫌な顔しないの。」
「じゃあお前が行けよ。」
「嫌よ、私が行ったって相手してくれないもの。」
「別に俺も相手にされたくないんだが。」
「目をつけられているんだから仕方ないわね。」
いい意味で目をつけられているだけましか。
その日の夕方ハーシェさんがやって来て予想通り二日後に荷物を運ぶことが決定した。
と言っても売りに行く物は薬だけ。
買い付ける物もないので小型の馬車しか手配しなかったらしい。
「乗れるのはせいぜい二人まで、誰が行きますか?」
「そうだなぁ・・・。」
「私が行きます!」
と、真っ先に手を上げたのはやはりアネットだ。
「薬の説明もあるし止める理由もないだろう。なんだったら新しい注文を受けてきてもいいぞ、ただし無理をしない程度にな。」
「えへへ、気を付けてます。」
「とはいえ、アネット一人で行かせるのは心配だなぁ。」
「銀狐だしねぇ、盗賊に目をつけられたら面倒よ。」
「そもそも奴隷一人で行かせるのが無理なはずです、この首輪が有りますから。」
そう言えばそうだった。
勝手に主人の傍から離れないようにしているんだった。
あれ、でも行商に俺が出て行ったりしても問題ないよな。
「主人から離れちゃ駄目ってやつだろ?だが俺が行商に出ても問題なかったし、実際他にも奴隷を家に置いて出かけるやつなんざ山ほどいるだろう。実際のところどうなんだ?」
「さぁ・・・。」
「その辺りもレイブさんにお聞きすればいいのではないでしょうか。」
「ならいける場合はアネットに行かせるとして、エリザついて行ってくれるか?」
「隣町でしょ、それぐらいなら構わないわよ。」
「エリザが一緒なら護衛を雇わなくても済むしな。」
「では予定通り馬車だけ手配いたします。」
「他の行商はどんな感じだ?」
「そうでした、前に探していたアプロの実ですが予想通り産地よりも手前で種のみ発見したそうです。ですが先方も薬に使えるという事は承知されているようで、予定よりも高い値段を提示されています。どうしましょうか。」
ふむ予定よりも高く・・・か。
でもなぁ、依頼をこなすためには背に腹は代えられない。
折角アネットがとってきた大口の仕事だ、初回からつまずくわけにはいかないだろう。
「最初は言い値で構わないが継続して買うつもりだから次回以降は予定の値段まで下げろと交渉してみてくれ、無理なら通過して別の相手を探せばいい。」
「わかりました、そのように連絡いたします。」
「種だけが売買されているとわかっただけでも十分だ、流石だな。」
「いえ、私は何も。」
確かに移動しているのは別人だが、その人を手配したのはハーシェさんだ。
いい仕事してますねぇ。
「って事で戻っても仕事が盛りだくさんだ、くれぐれも無理な注文受けるんじゃないぞ。」
「行けたらの話だけどね。」
まずはそこだな。
とりあえず明日はレイブさんの店、そして・・・いや、それは後で考えよう。




