22.転売屋は第一異世界人に遭遇する
依頼板の存在は俺の転売屋としての熱を一気に高めてくれた。
これを使えば普段扱わないような品々でも利益を出すことが出来るだろう。
例えば、
『グリーンスライムの核。スモールスライムが新緑の時期にだけ変質した時の核。消臭作用が強く臭い消しとして重宝されている。最近の平均取引価格は銅貨50枚、最安値が銅貨30枚最高値は銀貨1枚、最終取引日は二日前と記録されています。』
これなんかはごく普通の魔物の素材として扱われているが、出現時期が限られている割に年中取引されているため出現時期を過ぎると少しずつ値段が高くなっていく。
逆を言えば出現時期は格安で仕入れることが出来る為、長い目を見ればかなりの利益を上げることが出来るだろう。
しかもギルドの固定買取品目に入っていない。
最高値まで行かずとも一個当たり銅貨50枚の差益を出すぐらいで売り出せば100個で銀貨50枚、1000個で金貨5枚もの利益をたたき出すモンスター素材だ。
珍しい魔物ではなくそれなりの実力があれば簡単に倒すことが出来るらしいので、出現時期はかなりの数が取引されている。
もちろん同じことを考えて依頼板に掲示をしている履歴も見つけたが、かなりぼった食っている感じなので適正価格で買い取りを出せばすぐに数を稼げるだろう。
俺が戦えるならひたすらそれだけ集めるね。
もっとも、大きさは小石程度でも1000個あればかなり場所を取る。
やはり自前の店もしくは倉庫を用意していないと運用は難しいか・・・。
その他にも、『ファットオックスの革』や『ブラッドラビットの毛皮』などからとれる膠は加工には欠かせない物だし、『ミネラルタートルの甲羅』なんかは粉末にすれば工業用加工に使われるそうだ。
これはギルドの固定買取に抵触するので固定価格よりも高値で買い取ることは禁止されているが、今あげた三つはその中でもかなり上質の原料になる為固定で買い取っても十分に利益を出せるそうだ。
独占すると問題になるが、同じ価格で取引する分には問題ないとの言質も取っているのでスライムの核同様少しずつ買い取りを積み上げ、需要が増える時期に放出すれば同じく良い感じの利益が出せるだろう。
いやー、データって素晴らしい。
欲を言えばこれをエクセルで管理していけたら最高なんだが・・・、残念ながらそんな素晴らしいものは無い。
異世界に人が飛んでくるんだし、オーパーツ的な感じでこの世界に紛れたりしていないだろうか。
あ、でも電源がない。
うーむ・・・魔石で代用できればいいんだが流石に規格が合わないだろう。
ちなみに魔石というのは魔物が時々残す結晶体の事で、宝石のような見た目をしている。
これも買い取り出来るのだが、これはギルドの規制が厳しいので素人が手を出してはいけないと職員さんに教えてもらった。
一週間近く通い詰めたので、依頼板を管理している職員さんとはもう顔なじみだ。
「何をするにしても店が無ければ始まらないわけだな。」
「だからお店は無理だってマスターも言ってたじゃない。」
「となるとどこかに倉庫を借りるか。」
「倉庫って、確かに部屋は狭くなってきたけど借りるとなったらかなりの値段するわよ。」
結局は金か。
何をするにしても金金金、それはどこの世界でも同じだな。
「で、今日はどうするの?」
「今日は仕入れだ。」
「なーんだ、つまんないの。」
「またダンジョンに行って小銭稼いで来いよ。」
「だって、アンタの商売を手伝った方が儲けがいいんだもん。」
「そりゃ俺がいい品を仕入れて来てるからな。」
品は少なくなってきているが、全部なくなったわけじゃない。
時々当たりを引く事もあるので仕入れを怠るわけにはいかないのだ。
「仕方ないか、じゃあ行ってくるね。」
「あぁ、気をつけてな。」
「そうだこの間のやつ貸してよ、お金は払うから。」
「この間の・・・あぁ、あれか。」
三日ほど前に露店で売りに出されていたのを偶然見つけて、即購入した逸品だ。
いつもなら値段が高ければ諦めるのだが、この品だけは金を出してもいいと本気で思った。
『ダマスカスの長剣。ダマスカス鋼を三日三晩叩いて作られた逸品で同一素材の品よりも切れ味強度共に強い。火属性が付与されている。最近の平均取引価格は金貨2枚、最安値が金貨1枚、最高値は金貨5枚、最終取引日は44日前と記録されています。』
通常であれば素材の説明しか表示されないのに、なぜかこの品だけは作成方法まで表示されていた。
属性の付与も購入の基準ではあるが、今回は素人の俺が見てもすごいと思う逸品だっただけに迷わず購入を決めたのだ。
ちなみに価格は金貨3枚。
かなり高価ではあったが、それに見合うだけの価値があるだろう。
これは転売するというよりもエリザの為に買ったようなものだが・・・、本人にそれを言うと図に乗るのであくまでも販売用として購入したことにしている。
品を取りに部屋に戻り机の上にそれを転がした。
「ちょっと危ないでしょ!」
「それで、いくら出す?」
「え?」
「お前が決めろよ、この品にいくら出すつもりなんだ?」
「私が決めるの?」
「俺が決めていいなら高くても文句言うなよ。」
「わかった待って待って!」
両手を突き出して必死に首をする様子に思わず鼻で笑ってしまった。
さて、品の価値をわかっている冒険者は一体いくら出すんだ?
「銀貨1枚、いえ二枚出すわ。」
「へぇ、結構出すんだな。」
「え、もっと安かったの?」
「いや、俺の予定では銀貨5枚でも安いと思ってる。」
「そんなに!?」
「だから言っただろ、俺が決めていいのかって。でも今日はお前の価格で貸してやるよ。」
元々はこいつに使わせるつもりだったんだ、正直値段はどうでもいい。
そうか、冒険者目線ではそんなものか。
一日銀貨5枚で60回貸したら元は取れる。
だが使用のたびにメンテナンスしないといけないし、使用者が死んでしまう可能性だってある。
そうすると金貨3枚がまるまるパーになるからなぁ・・・。
いや、販売価格は金貨5枚を予定しているからそっちか。
失うリスクを考えるとやはりレンタル業は難しそうだ。
「ホント!?」
「その代わり使用感とそれでどのぐらい稼げたのかを教えてくれ。」
「わかった!」
嬉しそうに武器を抱えてエリザが宿を出ていく。
生きて帰って来なかったら話にならないが、まぁ大丈夫だろう。
そこまで弱い冒険者じゃないらしいし、装備もそろってきてるしな。
後は鎧だけだがこれがまた良いのが無いんだよね。
こればっかりは待つしかないか。
「んじゃ、俺も行ってくるわ。」
「おぅ、気を付けてな。」
いつものように鍵を預けて宿を出る。
向かうは市場・・・ではなく、今日は商店のほうを見て回ることにする。
この間不用品を買い取りに出したばかりだから犬の店には行きにくいんだよな・・・。
今日は猫娘の店にするか。
大通りを進み商店が立ち並ぶ東側へと足を向ける。
こちら側は単価が高いからか冒険者の数は少ないが、代わりに金持ちっぽい人をそれなりに見かけるな。
冒険者の中ではここを利用できる様になったら初心者を卒業、そんな風に言われているらしい。
価格は高いが物は一級品、価格は安いが二級品も紛い物も混じっている。
それが商店側と市場側の一番の違いだろう。
そんなことを考えながら歩いていると、猫娘の店から誰かが出てくるのが見えた。
おや、あれはたしか・・・。
出てきた人物がこちらに向かってきたので慌てて身を隠す。
いや、隠れる必要はないんだけどつい反射的に・・・。
路地の奥まで一度下がりその人物が通り過ぎるのを確認してから猫娘の店に入った。
「イラッシャ・・・ニャニャ!シロウだニャ、久しぶりだニャ。」
「久しぶり、儲かってるか?」
「シロウがホルトの店ばっかり行くから商売あがったりニャ。」
「まぁまぁそういうなって。」
「でも買い取り品を見たらなんとなくわかるニャ、売れにくい物ばかりなのニャ、ざまあみろニャ。」
相変わらず仲が悪いようだ。
犬猿の仲ならぬ猫犬の仲ってやつだろうか。
「さっき出て行ったのって誰だ?」
「さっき?あぁリングさんだよ。」
お、口調が戻った。
どっちが素なのかよくわからないんだよな。
「あれだろ、クリムゾンティアを探してるっていう・・・。」
「そうそう、ってあれだけ噂になっていたら当然かぁ。」
「金貨120枚。その割にはいまだに見つからないみたいだな。」
「この街のどこかにあるって本人は言ってるけど、それならもう買い取りに出してると思うニャ。」
まぁここにあるんだけどね。
ここに来たのも質に出ていないか聞きに来たらしい。
買い取り品を持参していなかったので適当に品を物色し、次はいい感じの品を持ち込むと約束して店を出る。
うーん、顔を覚えられているだけにあまり本人と出会いたくないんだよなぁ。
何も悪い事はしてないんだけど、やりにくいというかなんというか。
そんなことを考えながら市場に向かっていた、その時だった。
「あ、貴方は!」
「ん?」
来た道を戻り市場へと向かっていると、すれ違いざまに大声を出されてしまった。
振り向くと中年のオッサンが俺を指さしながら目を大きく見開いている。
おいおい、それ以上開くと目ん玉が飛び出してくるぞ。
それぐらいのオーバーリアクションだ。
ってか、人を指さしちゃいけませんってオカンに教えられなかったのか?
「お願いします!アレを返してください!」
指を差してきたと思ったら今度は俺の胸ぐらを掴んでくる。
なんだなんだ、いきなり喧嘩売られてんのか?
争いごとは出来れば勘弁してほしいんだけど。
ってか、この世界にきて誰からも物を奪った記憶が無いんだが?
どれもちゃんとお金を払って手に入れてきた品物ばかりだ。
それを恰も俺が奪ったような言い方、世間体的によろしくないんだが。
「何の話だ?」
「この前お渡ししたアレですよ!あれが無いと我が店は破産です!お願いします!何でもしますから、アレを!クリムゾンティアを返してください!」
必死の形相で掴んだ腕を前後に動かすものだから俺の首が操り人形のようにカクカクと揺れる。
って、このオッサンあの時の商人か!
俺がこの世界に来て一番最初に出会った第一異世界人。
そのオッサンにまさか胸ぐらを掴まれるとはあの時の俺は思いもしなかった。
ってか今の俺もだけど。




