201.転売屋はお歳暮を配る
飽きた。
一週間家にいるのは流石に飽きた。
もう一週間もルフをモフモフしていない。
日課に関してはエリザが代わりにやってくれているが、自由が無いのはやっぱりしんどい。
「ってことで今日は出かけるぞ。」
「ちょっと本気?」
「あぁ、もう我慢の限界だ。シャバの空気が吸いたい。」
「裏庭ではだめなのですか?」
「四角く切り取られた空じゃなく、広い空が見たいんだ。」
「御主人様の気持ちはわかりますが・・・。」
反対されるのはわかっている。
でも俺はやる。
俺は外にでるぞ~!
「エリザ、護衛を頼む。」
「もちろんよ。でも私だけじゃダメ。」
「ダンも一緒に・・・じゃダメか?」
「あと二人は欲しいわね。」
「四人って、どこのお大臣だよ。」
「シロウは自分が置かれている状況が分かってないのよ。」
「むしろ街中で襲って来るってことは無いだろ。」
「そうだけど・・・市場は絶対にダメよ。」
そこにいかないと意味ないんだが?
ぐぬぬ。
「そこを何とか。」
「ではこう聞きましょう、シロウ様何をしに行くんですか?」
「お歳暮を渡すんだよ。」
「「「お歳暮?」」」
「言ってなかったか?その年に世話になった人に渡す御礼みたいなものだ。」
「そう言えばそんなこと言ってたわね。」
「準備もしておられました。」
「それを配りに行くという事は・・・行く場所はかなり多いですね。」
多いと聞かれれば多いな。
町中歩き回ることになるだろう。
「ギルド協会、冒険者ギルド、レイブさんの店、三日月亭に一角亭、取引所にもいかないとな。各露店に挨拶して・・・あぁ畑にも行くぞ。それから教会と職人通り、向かいと両隣は今から行くか。」
「却下よ。」
「却下ですね。」
「絶対にダメです。」
「なんでだよ!」
「多すぎる上に危ない所じゃない。向かいと両隣とかはともかく露店は絶対にダメ。」
「おっちゃんとおばちゃんに挨拶できないじゃないか。」
他の露店はともかくこの二人には絶対に渡したい。
それだけお世話になっているんだ。
「それは私が行きます、出店のついでですから。ついでに取引所と図書館などにも顔を出しておきます。」
「三日月亭と一角亭は?」
「それは私が行くわ。冒険者ギルドとギルド協会もね。」
「じゃあ私は畑と教会、職人通りに行きますね。」
「それだと俺が行けないじゃないか。」
「還年祭の時にご挨拶できますよ、なので今は我慢してください。」
「ぐぬぬ・・・。」
俺の為を思ってくれているのはもちろんわかる。
分かるが、俺は外に出たいんだ。
「とりあえず前と隣には挨拶に行こう。」
「それならすぐ終わるわね、一緒に行きましょ。」
「私も行きます。」
「私も!」
何事も最初の一歩が肝心だ。
倉庫に行って歳暮を持つと俺は久方ぶりの外に繰り出した。
「あ~空気が美味しい。」
「いつもと一緒よ。」
「エリザ達にはそうかもしれないが、俺には一週間ぶりだからな。」
「急ぎお隣に向かいましょう。」
「私、先に行きます!」
アネットとミラが両隣に挨拶をしてくれたのでスムーズに歳暮を渡すことが出来た。
後はベルナの所か。
「シロウが来るなんて、大丈夫ニャ?」
幸い店の中には何もいなかった。
突然来た俺を見てベルナが驚いた顔をする。
「大丈夫じゃないが店の中は飽きた。」
「気持ちはわかるニャ。で、そこまでしてここに来た理由は何かニャ?」
「いやな、世話になった人に挨拶して回ってるんだ。次の12か月もよろしくってな。」
「そう言うのは感謝祭の時にするのが普通ニャ。」
「わかってるが、気持ちの問題だ。」
「命を狙われているのにご苦労様ニャ。遠慮なくいただくニャ。」
ヤレヤレという感じのベルナに歳暮を渡す。
因みに用意したのは俺が選び抜いた一品、の、詰め合わせだ。
この間見つけた干しモイやお酒、布なんかが入っている。
「これは・・・珍しい物ばかりニャ、嬉しいニャ!」
「喜んでもらって何よりだ。」
「もしかして他にも配って回るつもりかニャ?」
「そのつもりなんだがな、後ろの三人が許してくれないんだ。」
後ろを振り返ると店の外で三人が辺りを警戒していた。
そこまでしなくてもいいと思うんだがなぁ。
「状況が状況だけに仕方ないニャ・・・。そうニャ!」
「ん?」
突然耳をぴんと立たせてベルナが大きな声を出した。
その声に反応して三人が店の中に入って来る。
「どうしたの?」
「いや、ベルナが急に大きな声を出して店の奥に引っ込んだんだ。」
店の奥から何かを探すガサゴソという音が聞こえてくる。
しばらくそんな音がしたかと思うと、ほこりまみれの顔をしたベルナが戻って来た。
「ちょうどいい物があるニャ、お礼に貸してやるニャ。」
ベルナが持って来たのは紫色の液体が入った小瓶だった。
「なんだこれ。」
「一時的に見た目を変えられる魔法の薬ニャ。」
「見た目を・・・。」
「・・・変える?」
手に取ると同時にいつものようにスキルが発動した。
『変性の小瓶。これを振りかけると短時間相手から見える姿を変える事が出来る。見た目は相手によって変わる為統一できない。最近の平均取引価格は銀貨15枚、最安値銀貨10枚、最高値銀貨25枚。最終取引日は112日前と記録されています。』
「そんなものがあるのね。」
「知りませんでした。」
女達が不思議そうな顔で小瓶を眺めている。
「短時間ってどれぐらいだ?」
「大体三時間ぐらいニャ。」
「それだけあれば行きたい所は回れるか。」
「使えるのは一日一回だけだから気をつけるニャよ。」
「姿は相手次第なんだな。」
「とりあえず試してみるかニャ?」
「そうだな。」
物は試しだ。
小瓶を手に取り頭に一振りしてみる。
特に変化があるようには思えない。
「げ!」
「ん?」
「え!?」
「なんだよ。」
「嘘!」
「だからどうした・・・。」
「まさかホルトに見えるとは思わなかったニャ。」
三人・・・じゃなかった四人が嫌そうな顔で俺を見ている。
「なぁベルナ、もしかして相手の嫌いな人物に見えるのか?」
「そうニャ。」
「はぁ・・・。因みに三人は何に見える?」
「名前も言いたくない。」
「です。」
「私もちょっと申し上げられません。」
左様ですか。
ってか、相手の嫌いな人間から歳暮を貰うってどうなんだろうか。
喜ばれる・・・のか?
「事情を説明すればわかってもらえる・・・だろう。」
「誰が来たかは私達が説明するから。でもこいつと一緒に歩くと思うと・・・ちょっとあれね。」
「でも中身はご主人様ですから。」
「我慢しましょう。」
我慢しなきゃならないレベルで嫌なのね。
ヤレヤレだ。
一先ずベルナにお礼を言ってあいさつ回りをする。
先に女達が説明をして、それから話しかける感じだ。
ぶっちゃけ三件目でやらない方がよかったと後悔し始めたが、辞めるわけにはいかない。
「シロウさん・・・には見えないですよねぇ。」
「ちなみに誰なんだ?」
「言わなくてもわかるでしょ。」
「あぁ、あの女豹な。」
ギルド協会では怯えられ、
「・・・まさかこの顔をまた見る時が来るとは。」
「マスターは誰なんだ?」
「昔殺そうと思った仲間だ。」
「・・・すまん。」
三日月亭では殺意の目を向けられ、
「・・・心から喜べないのは何故でしょうか。」
「ちなみに誰だ?」
「わかれた旦那です。」
一角亭では冷めた目を向けられた。
関係各所で何とも言えない目をされ続け心が折れそうになるも、何とかやり過ごした。
そして最後にレイブさんの店へと足を運ぶ。
「おや、シロウさん。」
「え?レイブさんには俺が見えるのか?」
「そうみたいですね。」
「エリザ、効果は?」
「あれ、戻ってる。」
どうやら効果が切れてしまったようだ。
切れる前に俺を見たのか、それとも切れてからなのか。
難しい所だな。
「なんだか申し訳ありません。」
「いえいえ、シロウさんが謝る事じゃないですよ。むしろ当たり前です。」
「というと?」
「この街で一番売り上げていたのは私です。そこにシロウさんが現れ、その座を奪われました。」
「そう・・・ですね。」
「私の一番の商売敵、いえライバルはシロウさんなんですよ。越えたい、負けたくない、そう言う気持ちがこう見せているんだと思います。」
「本当ですか?」
「個人的に嫌いになる理由が見当たりませんから。」
本当だろうか。
口ではそんなこと言っておきながら本音は俺の事を恨んで・・・。
いや、ありえなくはないか。
いきなり来て色々と迷惑かけてるしなぁ。
なんだかすみません。
「それに、効果が切れてから見たのかもしれませんし。」
「そうである事を祈ります。」
「お歳暮、良い文化ですね。年末は私も真似させていただいてよろしいですか?」
「もちろんです。でも高い物はダメですよ。」
「でも、気持ちを表す為にされるんですよね?」
「えぇ、まぁ。」
「楽しみにしていてください。」
果たしてどっちの意味で楽しみにしていればいいんだろうか。
ぶっちゃけ不安になりながら、俺はレイブさんの笑顔に笑顔で返すのだった。




