20.転売屋は貴族とやり合う
頭上高く掲げられる剣。
手で頭を庇い目を閉じるおっちゃん。
「ちょっとまったぁぁぁ!」
そしてそこに大声を上げながら突っ込んでいく俺。
何でこんなことをしたかはマジでわからない。
どう考えても面倒なことになる、だが知り合いが死ぬのを見るのはさすがの俺でも我慢ならなかった。
「何だ貴様は!」
「なんだじゃねぇよ、どこの誰だか知らないが適当な事言って人を殺してもいいもんなのか!?」
「こいつは貴族に対して嘘を言ったのだ、殺す理由には十分だろう。」
「じゃあ何をもって嘘だって言うんだよ。このオッサンとは知り合ってまだ短いが、そんなことを言うような人じゃねぇよ。」
「こいつはこれをブリゴール産のチーズだと言って私に食べさせた、だが私がいつも食べてるそれとはまったく味が違う。それを嘘だと言って何が悪い。」
「馬鹿じゃねぇの、そんな事でこの人を殺そうとしたのかよ。」
理不尽な事でキレる客にはこれまで何度も出会ってきたが、流石にいきなり殺そうとしてくるやつはいなかった。
せいぜい殴り掛かってくるか、罵詈雑言ぶつけてくる程度だ。
そんなやつは勝手に仕入れてきた付け焼刃の知識をひけらかし、それを根拠にイチャモンを付けてくるものだが、どの世界にも同じような奴はいるんだなと呆れてしまう。
「貴様、誰に向かって馬鹿だといっているのかわかっているのか!?」
「生憎この街に来たのは最近で、アンタがどこの誰かは知らないが馬鹿という事だけはわかる。何が味が違うから嘘を言っているだ、これは正真正銘ブリゴール産のチーズだよ、鑑定スキルを持っている俺が証明してやる。」
「鑑定スキル?どうせそれもこいつを助ける為の嘘なのだろう?貴様らはすぐに嘘をつき我々から金をだまし取ろうとするからな、全く卑しいものだ。」
「あんたが信じるか信じないかは勝手だが、仮に本当だとして切り殺したとなったらそれこそ問題になるんじゃないのか?貴族は自分の身勝手で善良な平民を殺していい、そういう決まりでもあんのかよ。」
売り言葉に買い言葉だが、馬鹿には馬鹿だという自覚を持ってもらわなければならない。
正しい物を売って殺されるとか勘弁してくれ。
「では何故こんなにも味が違う。私がいつも食べるブリゴール産のチーズは酸っぱく味も淡白で固いのが特徴だ。だがこれはコクがあり舌触りも滑らかで真逆の物、同じ産地でこれほどの違いが出るはずがなかろう。それをどう証明するというのだ?」
何だこいつ、その程度の事で人を殺そうとしたのかよ。
騒ぎを聞きつけて周りに人が集まってきている。
貴族がどれだけ偉いか知らないが、この人達の前で大恥かかせてやるから覚悟しろよ!
「おっちゃん、いつものアレ教えてやれよ。なんでこのチーズがこんなにも旨くてコクがあるのかってな。」
俺がカットインしたことで少し落ち着いたのか背中に隠れるようにして怯えていたおっちゃんが顔だけ出して話し始める。
「恐れながら申し上げます。当店で扱っている品は素材から熟成場所熟成期間にもこだわって作っており、他のチーズとは仕上がりそのものが違うようになっております。牛にも上質の藁を食べさせていますし、放牧してよく運動もさせていますから乳に味がしっかりと出て、それを加工する際にも温度湿度を徹底して管理しています。以上の理由から味に違いが出ているのかと・・・。」
「同じ場所同じ所で作られながら味が違う?そんなバカな話があってたまるか。」
「いやいや、それがあるからおっちゃんのチーズは旨いんだよ。じゃあ聞くが、なんで同じ場所同じ樹から採れたワインの味が毎年違うんだ?」
「それはその年々で実の熟成が違うからであろう。仕込みの時期や手の加え方が違えば味も変わる、当然のことだ。」
「それなら何でチーズで同じことが起きていると理解できない。手を加えれば味は変わるのは当然の事なんだろ?それを味が違うから偽物だというのは、ワインにも同じことを言うのか?」
「そ、それは・・・。」
自分の発言に矛盾が出来てしまいしどろもどろになってきた。
周りの視線も気になるのか下を向いてしまう。
そんな簡単な事も理解きないような奴に切り殺されたんじゃおっちゃんも浮かばれないってもんだ。
「それにだ、どこで手に入れたか知らないが今まで自分が食べてきたものが偽物だと何故思わない。」
「我が家に代々出入りする商人から買い付けているのだぞ!あやつがそのような事をするはずが・・・!」
「無いとは言い切れないよな。自分でそれを鑑定したのか?誰か別の人間に確認を取ったのか?代々出入りする商人から買ったからって偽物ではない保証なんてどこにもないはずだ。」
もちろんこれは可能性の話だ。
ただ単に味が違うだけかもしれないし、そうでないかもしれない。
でも今はそんな事よりも目の前の事実を証明する方が先決だ。
「鑑定スキルによって産地まで確定されているのにそれを違うと言い続けるのは子供と同じ。俺の言葉が信じられないのであれば他の鑑定持ちに聞いてみればいい、なぁこの中に鑑定スキルを持った人はいないか!?」
大きな声を出して周りに問いかけてみる。
だが相手が相手だけに中々声を上げてくれる人がいない。
それもまぁ仕方ないよな。
切り捨て御免で剣を抜くような相手に俺みたいに喧嘩を売る馬鹿はいないという事だ。
でもそれじゃあ困るんだが・・・。
「その役目、私では不足でしょうか。」
そんな中俺達を囲んでいた輪の外から声を上げてくれる人が出てきた。
モーゼの如く人混みが割れ、前に進んできたその人物に思わず目が丸くなる。
「・・・鑑定してくれるなら誰でも歓迎だ。」
「その紋章、ギルド職員か?」
「ギルド協会に所属しておりますシープと申します。失礼ながらお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか。」
「リングだ。」
「ではリング様どうぞよろしくお願い致します。」
人の間から現れたのは、まさかの人物だった。
何でこんな所に・・・いや、今は好都合か。
「ギルド協会の人間であれば嘘を言う事はあるまい。」
「この天秤に誓ってそのような事は致しません。状況は失礼ながら後ろから見せて頂いておりましたので把握しております、まさかこんな所でお会いするとは思いませんでしたよシロウさん。」
「見ていたなら話は早い、これを鑑定してくれ。」
おっちゃんの屋台からチーズを取り、シープさんに手渡す。
それを両手で持つと目を閉じ小さく俯いた。
「これはブリゴール産のチーズで間違いないようです。」
「なっ・・・!」
「まぁ、そうだろうな。」
「間違いないのか?」
「鑑定スキルは誰が使用しても真実しか写しません。もちろん伝える人間が嘘を言う事はございますが、彼は真実を述べていると証明いたします。」
さすが権力を持っている男の力は違うな。
どこの馬の骨だかわからない奴の言葉は信じられなくても、ギルド協会の言葉なら信じるってのは癪だが、世の中まぁそんなものだ。
現実を受け入れられず呆然とするお貴族様。
周りも貴族が間違っていたという現実にざわついている。
「で、どう落とし前を付けてくれるんだ?アンタは罪のない人間を切り殺そうとしたんだぞ。」
「シ、シロウさん俺は別に。」
「おっちゃんは黙ってな。」
また横から顔を出したおっちゃんを後ろに押し込む。
俺の一言にハッと顔を上げたそいつはものすごい目つきで俺を睨んできた。
だがそんな事でビビる俺じゃない。
相手がだれであれ分があるのはこっちだ。
間違いを認めたんだしこの流れで多少強気でいっても問題ない・・・はずだよな?
「シロウさん、流石に貴族の方を相手にその言葉遣いはまずいんじゃないかな。」
「正しい事を正しいと言うは公平ではないのか?身分により人の命が軽くみられることは不公平ではないのか?そして、その胸に描かれている天秤はそれを現したものじゃないのか?なぁシープさん。」
「確かにこの胸に描かれている天秤は不平等不公平を禁じる我が協会の誇りです。ですが・・・。」
「世の中にはそれを曲げられる口では言えない何かがあるって?そんなことは俺でもわかっているよ。これまでに何度、そんなんで理不尽な思いをしてきたか。だがな、それとこれとは話が違う。こっちは命っていう代えようの無い物を失いかけたんだぞ?それに関して詫び一つできないのは身分以前の問題だろ。」
間違ったことをしたら謝罪をする。
それはどの世界でも同じだと俺は思うがね。
「シープといったな、私をかばってくれた事に礼を言おう。だが、この男の言う通り私がしでかしたことは大きな間違いであった。店主、誤っていたのは私の方だどうか許してほしい。」
貴族・・・リングって野郎が一歩前に出て俺に向かって、いや俺の後ろに隠れるおっちゃんに向かって頭を下げる。
その行為に周りが大きくどよめいた。
「め、滅相もございません!お陰様でこの通り五体無事でございますし、味が違うのも作り方の違いかもしれません。どうか頭を上げてください!」
「殺そうとした私を許すというのか?」
「過ちは誰にでもございます、誰が貴方様を責められましょうか。」
平身低頭、被害者であるはずのおっちゃんが頭を下げているのは何とも言えないが、これがこの世界の常識なんだろう。
俺もたまたまお咎めがなかったものの、江戸時代宜しくいきなり切り捨てられてもおかしくない。
これからは気を付けたほうがいいだろう。
「お前にも迷惑をかけたな。商人の件についてはこちらでも確認をしておく、妄信的に信じていた私にも誤りがあろう。」
「別に、俺はおっちゃんを助けたかっただけだ。その、なんだ。今更なんだが言葉遣いについては許してくれ。」
「普通であれば切り捨ててもおかしくない状況だが、今日に関しては目を瞑ろう。名前は?」
「シロウだ。」
「覚えておくぞ。」
つい名乗ってしまったがこれは面倒な人に名前を覚えられたんじゃないだろうか。
でもシープも名前を知らなかったし、ここの貴族じゃないのか?
ってか、そもそも貴族が何でこんな所に居るんだよ。
「なぁ、一つ聞いていいか?」
「ついでだ、答えてやろう。何が聞きたい?」
「なんでこんな所に来たんだ?俺もここに来てまだ一カ月程度だが、貴族が来ているのなんて初めて見たぞ。普通は向こうの商店に行くもんじゃないのか?」
俺の質問にどう答えるか悩んでいるそぶりを見せたが、そいつはすぐに顔を上げまっすぐに俺を見てこういった。
「クリムゾンティアというネックレスを探している。ある商人が手に入れこの街に来たところまでは突き止めたのだが、そこで途絶えてしまってな。私にはどうしてもそれが必要なのだ。」
突然出てきた名前に思わず心臓がドクンと鳴った。
まさかこれを探しているなんて・・・。
俺は胸元に感じるかすかな感触に意識を集中させ、次に何と言うべきか言葉を選び続けた。




