1742.転売屋は貝を燃やし尽くす
「おはようアグリ。」
「おはようございますシロウ様。」
まだ夜も明けきらない早朝、吐く息は白く比較的温暖なこの地域でも霜が降りている。
そんな中、アグリは鍬を振って土を耕していた。
相変わらず勤勉というかなんというか、この真面目な姿を俺も学ぶべきなんだろうけど飽き性だからなぁ。
「今日も精が出るな。」
「おかげさまで、毎日元気に過ごさせていただいています。」
「土はどんな感じだ?」
「そうですね、春に向けて順調に耕せてはおります。最近は町の人も手伝ってくださるようになりまして予定よりも早く目標まで終えられそうです。」
海が時化ている日なんかは漁に出れず漁師が暇そうにしていたので賃金を出して開拓を手伝ってもらったのだが、思った以上にやる気になってくれたようで想像以上の速さで耕していた。
普段船の上で培った体幹と腕力をいかんなく発揮、今後も時化た時なんかはこっちを手伝ってもらうことで彼らも収入を得られるしアグリは人手を確保できるので両者win-winの関係を築けることだろう。
「そりゃ何よりだ。」
「ただ・・・。」
「ただ?」
「海が近いせいが塩分が多くしばらくは作付けに苦労するかもしれません。私もここまでの土は初めてで、ひとまず塩に強いトポテから始めるつもりですが結果は何とも。」
「それに関しては致し方ないだろう、元々農耕に適していない土地を開発しようとしている時点で時間がかかるのは覚悟している。それでも策がないわけじゃないんだろ?」
アグリがここに来る前に図書館で調べ物をしていたのは知っている。
特に塩害関係の書物を中心に知識量を増やしていたのをアレン少年から聞いていたのでそれをいかんなく発揮してくれるはずだ。
「かなりの量になりますが手配していただけますでしょうか。」
「農地開発は領主自ら頼んだ仕事だ、いくらでも力を貸すぞ。」
「ありがとうございます!では・・・。」
ダンジョン街でもアグリの知識と手腕には何度も助けてもらってきた、だからここでも成功する。
そんな確固たる自信をもとに彼の頼みを引き受けたわけなんだがちょっとこれは想像してなかったなぁ。
「え、スケルトンの骨1000体分!?」
「しかも全部サラサラになるまで砕いてくれってさ。農地の塩分除去に必須って話なんだが、そもそも1000体分もどこで確保するよ。」
「確かに近くのダンジョンはスケルトンでないし、この辺には地下墓地とかないもんね。」
「そうなんだよなぁ。ダンジョン街で確保するって手もあるが、ただの骨だと買取価格もたかが知れてるしそんな値段だと引き受けてくれない。いっそのこと魚の骨とも考えたんだが、それだと塩分があるから意味ないんだとさ。」
『魚の骨。食用された後の残った骨、微量の塩分を含んでいる。最近の平均取引価格は銅貨1枚、最安値銅貨1枚、最高値銅貨2枚、最終取引日は昨日と記録されています。』
通常のスケルトンと比べると魚の骨には塩分が含まれている。
塩分を除去したいのに塩分をまけば逆効果、ってなわけでいくらでも手に入る魚の骨は使えないらしい。
おそらくカルシウムをまくことで塩分を除去しやすくするんだろうけどはてさてどうしたもんか。
「貝殻は?」
「あれも塩分を含んでいるらしい。一応洗うことでほぼほぼの塩分は除去できるがそれでもスケルトンと比べると違いは残る。」
「折角いっぱいあるのにね。」
「だなぁ。どうにかして除去出来れば一番なんだが・・・。」
「砕くのも大変だしいっそのこと燃やしたら?」
確かに燃やせばサラサラになるから粉末にするのは大変だけど、貝殻を燃やすとなるとかなりの高熱が必要になるはず。
元の世界でも普通に燃やすだけじゃどうにもならなくて高炉的なもので処理していたはずだ。
そんな火力を一体どうやって確保するのか、魔法の火力がどの程度かはわからないけれど大量の骨を燃やすとなると一人や二人の魔法じゃどうにもならなさそうだしなぁ。
「トト!」
「ん?バーンか?」
どうしたもんかと中庭で悩んでいると空からバーンが下りてきた。
確かダンジョン街へ仕事に行っていたはずだが、もう戻ってきたのか?
「ただいま!あのね、前に持って行ったお肉がまた欲しいってシープさんが言ってたよ!」
「肉?あぁ、フォーカの肉か。あそこじゃ山ほど肉を仕込んできたはずだけど足りなかったのか?」
「それが、カカが気に入って山ほど食べちゃったらしくて・・・。」
「まったく、あいつは。」
「あいつがなんじゃて?」
ハッと上を見上げるともう一つの影がものすごい速度で近づいてくるのが見えた。
慌てて両手を広げるとそれは俺の胸元に突っ込み、その衝撃に突っ込んできた何かもろとも吹き飛ばされてしまう。
全身を打ち付けながらもなんとか止まることに成功したわけだが・・・。
「ディーネ、もう少し加減してくれ。」
「愛しい妻の帰還じゃぞ、抱きとめるのが夫の務めじゃろう。」
「ドラゴンと一緒にしないでもらえるか?流石に打ち所が悪かったら死ぬぞ?」
「ふん、そんな野暮な男じゃなかろう。」
「いやいや、そういう問題じゃないから。」
エリザならともかく俺は普通の人間なので空から高速で落ちてくる人にぶつかったら笑顔で死ねる。
今回はディーネがちゃんと加減をしてくれたからこの程度で済んでいるけど、その辺はちょっと考えてほしいところだ。
「で、ダンジョン街の肉を食いつくしたって?」
「人間共が天然物だとはしゃいでおるのでちょいと食べてみたら中々の味じゃったものでついな、つい。」
「ついであの量を食いつくしたのかよ。そりゃシープさんが慌てるわけだ。」
天然物という位置づけにしてかなりの高値で売ろうとしていたのがなくなったらそりゃ慌てもするだろう。
幸いフォーカはそれなりの数がいるので倒せば肉の確保はできるけれどダンジョンと違って狩りつくしたら全滅してしまうのでその辺は加減する必要があるけれど、かなり広範囲に生息域があるので多少減らしたところで問題はない・・・はずだ。
そんなわけで急遽決まったフォーカ狩り。
いや、狩りというか一方的な虐殺というほうが正しいかもしれない。
漁師を悩ます魔物もレッドドラゴン、しかも古龍の前では赤子も同じ。
まるで小石でも拾ってくるような感覚で運ばれてくるフォーカの死骸を町人総出で解体し続けること数時間、町中が血なまぐさくなる程の肉が積み上がりそれはもう凄いことになっていた。
「これだけあればあの男も文句はあるまい。して、その木箱に入れていけばいいのか?」
「あぁ、保温性能を高めたとっておきだからダンジョン街につくまでしっかり鮮度を保ってくれるはずだ。後は氷室に入れるなりなんなりするだろう。」
「ふむ、見た目はいつもの木箱じゃが随分と白いものがついておるな。」
「スチュロールの実を加工した奴だ、ハードスライムの体液でくっつけてあるから早々の事では剥がれないぞ。」
「また変な物を作りおって、まぁいいこれで役目は果たしたぞ。」
「いや、ちょっと待ってくれ。」
肉も確保し、さらに自分たちのお腹も満たされ大満足のバーンとディーネ。
やることやって帰らせるにはちょいとばかし早すぎる。
「なんじゃ、今日中に肉を持って帰らねばならんのじゃが。」
「まぁそう言うなって。町のみんなで手伝ったんだから今度は俺達の為にちょっと力を貸してくれ。」
「ふむ、まぁそれもそうじゃな。して、偉大なるレッドドラゴンに一体何をさせるつもりじゃ?」
普通の火力ではどうにもならない貝や骨だが、それが鉄をも溶かすレッドドラゴンの炎ならどうなるか。
答えはやってみればわかることだ。
「借りは返したからな。まったく、我が炎をゴミを燃やすのに使うとは何事じゃ。」
「まぁまぁこれがアグリさんの役に立つんだからいいじゃない。それよりもカカ、早く戻らないと夜になっちゃうよ。」
「そうじゃな、あの男に怒られる前にさっさと帰るとしよう。」
「気をつけて。それと、その木箱は使いまわせるからあとで代金を払えってシープさんに伝えてくれ。」
「値段は・・・いや、おぬしの事じゃから自分で決めさせるのじゃろう?」
「よくわかってるじゃないか。」
お互いにニヤリと笑い、今度こそディーネとバーンが空へと旅立つ。
ここからダンジョン街は馬車で五日、だがディーネの翼があればわずか数時間で到着できる。
とはいえその数時間が肉の鮮度を落としてしまうのでそれを防ぐために開発したのがあの特製木箱。
魚用のスチュロールの箱はどうしても大きさが限られてしまうので、より大きなものを運ぶために今回試作品として加工してみたのだが案外うまくいったので今後はあれも加工しながら売り出していこう。
二人が見えなくなるまで見送った後はもう一つの物を確認する時間だ。
「さて、ディーネの炎を使って作ったとっておきはどんな感じかな。」
『貝殻の粉末。大量の貝殻が焼かれて粉になったもの、超高温で焼かれた為塩分がすべてなくなっている。最近の平均取引価格は銅貨25枚、最安値銅貨17枚、最高値銅貨39枚、最終取引日は237日前と記録されています。』
本来であれば貝殻を畑にまくことはできないとされているけれど、ディーネの炎を使えば塩分も心配なくなる。
加えて大量のフォーカの骨や内臓も一緒に燃やしてしまえばゴミの心配もなくなるので一石二鳥、アグリが求めている量には足りないけれど何回かに分けて手配すれば春までに準備はできるだろう。
バーンに渡した手紙にスケルトンの骨を集めるよう依頼を出しておいたので、そっちはそっちで集めれば大丈夫・・・なはずだ。
「アグリ、どんな感じだ?」
「これだけ細かければ土とよく混ざるでしょう。後は定期的に水をかけて塩分を流してやれば少しずつ土の塩気が減っていくはずです。」
「ってことは水の魔道具が必要になるな、それも別に手配しておくか。」
「何から何までありがとうございます。」
「最終的に小麦の買い付け金額が減ってくれれば十分にペイできる投資だ、別に一年で回収する必要もないし長い目でやっていこう。その為にも引き続きよろしくな。」
「お任せください。」
投資ってのは短期で回収できるもんじゃない、長い年月をかけて何倍もの富を回収するものなのでこの出費もいずれ俺の手元に返ってくる。
それも何倍にもなって。
「さて、残りの粉を作るためにも貝殻を集めておかないとな。折角だし感謝祭で貝パーティーでも企画するか。」
「いいですね、ここの海産物はどれを食べても美味しいですが私は貝が一番好きです。」
「そうだったのか、それじゃあ気合入れないとな。」
どれだけゴミが出てもそれが畑の役に立つのならいくらでも集められる。
なんなら街道沿いで店を出し、焼いた貝に醤油を垂らせば匂いでいくらでも客はやってくるだろう。
残った貝殻は貯めておいてまたディーネが来たときに焼いてもらえばいい。
金になり更に土壌を改良するのにも使える素晴らしい食材、さてどうやって集めてやろうか。




