1731.転売屋は新しい玩具を作る
「うーさぶさぶ。」
気づけばもう24月、あっという間に冬最初の一か月が過ぎ去ってしまった。
温暖なこの地域も流石に冷え込みが厳しくなり海から吹き付ける風が体温を一気に奪っていく。
それでもダンジョン街や王都に居た時よりかはまだ暖かいのか、曇天のわりに雪が降ってくる様子は一切なかった。
「あ、領主様!」
「りょうしゅさまだ!」
「おー、この寒いのに元気だなお前ら。」
マフラーでしっかり首元を覆いながらいつものように港へ向かうと、どうやら海が荒れていたせいで今日は出航しなかったらしく市場は閑散としていた。
代わりにいつもは魚が並べられているところを子供たちが走り回っている。
俺を見つけるなりワラワラと集まってきた彼らの手には何やら不思議なものが握られていた。
「なんだそのブヨブヨしたのは。」
「しーしゅらいむだよ!」
「しゅら・・・なんだって?」
「シースライムの核を潰してるの!ブヨブヨして気持ちいいんだよ。」
「りょうしゅさまもどうぞ!」
「そんなに勧められたらやらないわけにいかないよなぁ。」
大きさは野球ボールほど、真っ黒や濃紺のような色のそれを彼らから預かり掌で転がしてみる。
『シースライムの核。海辺に生息するシースライムの核は非常に柔らかく、キングエレファントが踏んでも破れることはないといわれている。ただし、唯一の弱点である塩をかけると中から液体が染み出し干からびてしまう。最近の平均取引価格は銅貨11枚、最安値銅貨7枚、最高値銅貨16枚、最終取引日は本日と記録されています。』
ひんやりと冷たいそれを思い切って手の中で潰してみると指の間からはみ出はするものの崩れて飛び散ることはなく、手を広げるとまたもとの形に戻った。
握っては戻し、握っては戻し、指の間からあふれる感触になんとも言えない気持ちよさを覚える。
これは・・・中々癖になるな。
「面白いな、どこで手に入れたんだ?」
「今日みたいな風の強い日は海で拾えるよ。」
「ひろえるよ!」
「こんな日に海に行ったのか気をつけろよ。」
「大丈夫!僕たち漁師の子だもん!」
「だもん!」
兄貴分のセリフを妹が一生懸命追いかけるのがまた可愛らしいが、それとこれとは話が別だ。
とりあえず海に行くと拾える?らしいので一度屋敷に戻り暇そうにしていたアネットとバーバラを連れて近くの海辺へと向かってみることにした。
「さーーーむーーーいーーーー!」
「これ、無理です!帰りましょう!」
「来たばっかりだろ、せめて一つぐらい拾ってかえ・・・寒い!」
想像以上に冷たい海風に体温がどんどんと奪われていくのを感じる。
寒いとは聞いていたのでそれなりに準備はしてきたけれど、コートの隙間なんかから冷気が入り込んできて風よけが風よけの意味を成していないようだ。
「うぅ、寒いぃぃ。」
「早く見つけたら帰れるから頑張ろうアネット。」
「帰ったらあったかいスープ作ってやるから頑張って探してくれ。」
三人ガタガタと震えながらも激しく打ち付ける波を避けながら海辺を進むと、思っている以上にたくさんのものが打ち上げられていることに気が付いた。
波が荒いからかいつもは見かけないような貝殻や魚の骨、海藻なんかがそこら中に打ち上げられているし目的のシースライムの核の他にもどこからか流れ着いたであろう巨大な流木まである。
一見するとただのゴミ、だけど天然物の貝殻は想像以上の金になるし海藻なんかも実は薬の材料に使えるようでそれに気づいた二人が寒さに負けず目の色を変えて採取し始めた。
俺はというとお目当ての核の他に骨っぽいものを鑑定しては金になりそうなものを回収していく。
これだけ波が荒いと毎日打ち上げられるものが変わっていくに違いない、二人の感じだと金になりそうなものもちょくちょくありそうだから暇が出来たら見に来てもいいかもしれない。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ、寒かったでしょうお風呂沸いてますよ。」
「風呂は先に二人が入るといい、俺は約束のスープを作っておく。」
「いいんですか?」
「無理言って連れ出したからな、それぐらいは譲ってやる。」
いつの間にか一番風呂は俺か子供達という暗黙のルールが出来上がっていたが、別に家長が絶対に先というわけでもないので好きな時に入ればいい。
まぁ沸かしなおすのも時間がかかるので毎回入れ替えるってわけにはいかないけれど、これだけの人数ともなると複数人入った後は入れ替える必要がある。
台所でワカメ的な階層を使ったスープを作りつつ、コンロの火で暖を取る。
ぐつぐつと煮詰まっていく鍋を眺めながら拾ってきたシースライムの核を握っていたのだが、不思議と飽きる気配がない。
ぎゅ、ぎゅ、と握るたびに指の隙間から核が飛び出しまた戻っていく。
その様子を見ていたリーシャやシャルが机の上に置かれていた奴を見つけ、同じように潰して歓声を上げていた。
ふむ、子供受けも悪くなさそうだ。
どれも一つ銅貨10枚程度、ただ拾ってきただけなので原価は0円なので売れば売るだけ利益が出る商品ではあるけれどそのままってのもちょっと味気ない。
もっとこう手を加えることでもっと高い値段で売れそうなもんだが、何かいい案はないものか。
「たっだいまー!あ、いいにおい!」
「もうすぐ出来るが食べるか?」
「食べる食べる!これ、お土産ね。」
「なんだこの穴の開いたやつ。」
「アイクヴァーレの軟骨よ、見た目以上に柔らかくて握っても中々壊れないの。」
ダンジョンから戻ってきたエリザが厨房に向かって放り投げてきたのは大きな穴がいくつも開いたボールのような物。
元の世界で赤ちゃんがよくしゃぶったり握ったりしている玩具がまさしくこんな感じだが、あっちはかなりカラフルだった気がする。
試しに握ってみると格子状になった外周部が握りつぶしても元の球形に戻ろうとするので中々に気持ちがいい。
大きさはさっき持ち帰ったシースライムの核とおなじぐらいか。
「癖になる感触だな。」
「でしょ~、魔物自体は気持ち悪いんだけど中身は結構いい感じなのよね。」
「どんな風に気持ちわるいんだ?」
「その穴という穴に目玉がついてこっちを見てくるの。」
「うわ、気持ち悪!」
「ほんと其れよ、それが暗闇の中をフワフワ飛んでくるんだけど目が合った瞬間に思い切り叩き落しちゃったわ。」
暗闇の中複数の目が飛びながらこちらを見て来るとか恐怖以外の何物でもないんだが・・・。
とりあえず出来上がったスープをエリザに用意するために軟骨を机の上に置くと、そのままころころとシャルたちの方に転がっていってしまった。
まぁ、危険なものでもないので好きに触らせておこう。
エリザとついでに自分の分を準備して美味しくいただいていると急に子供たちが歓声を上げ始めた。
何事かととぞきこむとどうやら先ほどの軟骨にシースライムの核を押し込んでしまったようだ。
そこまではまぁいいんだが、今度はそれをリーシャが握りつぶした瞬間、軟骨の隙間から核が飛び出し何度も不思議な形になる。
「なにそれ!きもちわる~。」
「「きもちわる~。」」
「握りつぶしたら中から核が出てくるのか、そういや向こうにもそんな玩具あったなぁ。」
俺が覚えているのは夏祭りかなんかで売られていた似たような玩具、元の世界のやつはもう少し小さかったが握りつぶすと隙間からカラフルな中身がむにゅッと出てくるのは全く一緒だ。
子供たちの反応を見る限り中々喜ばれそうな感じはある。
「エリザ、あの軟骨ってたくさん手に入るのか?」
「群生地があったからあえて駆逐しなければ定期的に回収できるんじゃないかしら。正直そこには近づきたくないけど、そこまで難しくないはずよ。」
軟骨の相場もそこまで高くないので二つ合わせても原価は20枚程度、自分達で取りに行けばなんとタダ。
エリザは行きたくなさそうだけどアティナとかはそこまで気にしないだろうからお願いすればそこそこの数が手に入りそうだ。
ただ核を売るだけだったら高くは売れないけれど、これを合わせれば中々インパクトがあるので前みたいに楽しんでもらえるだろう。
いっそ大量生産してダンジョン街に持ち込めば孤児院のガキ共とか大騒ぎしてくれるんじゃないだろうか。
とりあえず港の子供たちがどういう反応するかを確認してから他所に売りに言ってもいいかもな。
あえてここだけで広めて少しずつ周りに広めつつ、離れたところで売り出せば両方の地域で普及させることができる。
案外大人も暇つぶしに使えるのでそこそこの人気が出るかもしれない。
値段はずばり銀貨1枚といいたいところだが、銅貨50枚でも十分利益が出るのでこの辺では安く離れた所では高めに設定して売り出してみよう。
いずれマネされるだろうからダンジョン街なんかでは一気に流通させてあえて飽和させれば後発が手を出しにくくもなる。
その為にも軟骨の数が必要なのでそれは別途依頼を出してメルディに送ってもらうって手もあるな。
まぁ核の準備もあるし今日明日で売り出すわけじゃないので様子を見ながら準備を進めよう。
「どうしよう、癖になるんだけど。」
「わかります。潰し心地っていうか、この気持ち悪い感じが良いんでしょうか。」
「このむにゅってのがゾゾゾってくるのよねぇ、なんでかしら。」
試作品は子供だけでなく大人にも好評、気持ち悪いはずなのに癖になるというのか楽しんでもらえているようだ。
因みにビアンカは銅貨70枚、アネットは銀貨1枚でも買うと言っているので価格的に間違いはないだろう。
これは売れる、そう確信しながら新たなる金儲けのネタに思わず笑みが浮かんでしまうのだった。




