1729.転売屋は洞窟を発見する
「お、ここも地図になかった場所だ。」
冬晴れの朝、自分の領地がどんな場所かも知らないままというわけにはいかないのでピケさんから預かった地図を手に散歩がてら歩いていた。
地図そのものはそこまで古くないけれど、地図にない場所に住居が出来ていたり小道が出来ていたりと小さな変化がちょくちょくある。
好きに書き足していいとのことだったので絵心のある人についてきてもらったのだが・・・。
「この先は確か崖の上だったわよね、景色でもいいのかしら。」
「そりゃわからんが・・・しかしまぁ上手に描くもんだな。」
「冒険者なんだから地図ぐらい描けて当然よ、ちゃんと新人研修でやるんだから。」
「ダンジョンのマッピングが重要なのはよくわかってるが屋外の地図って中々ないんじゃないか?」
「そりゃダンジョン内に比べたら頻度は少ないけど中で描けるようになれば必然的に外でも出来るようになるわ。それにダンジョンのない地域だってあるんだし屋外で描けるのは当然よ。」
なるほど、ダンジョンの中だけが冒険者のフィールドじゃないもんな。
初めていく地域もあるだろうし、そういう場所を歩くときは地図を描きながら進むことになるんだろう。
しかし口で言うのは簡単だけど実際ここまで精巧に描ける奴は少ないんじゃないだろうか。
慣れた手つきですらすらと目印を書き足して地図をしまう。
「さ、行きましょ。」
「ん?見に行くのか?」
「当たり前じゃない、魔物の巣があっても困るし警備がいないんだからそういうのも含めて領主の仕事でしょ?」
「ういーっす。」
そこまで言われたらいかないわけにいかないじゃないか。
確かに聖騎士団のような町を守る警備がいない以上、魔物の襲撃などに対処するのは俺たちの仕事。
幸い後ろを海に囲まれ、更には崖が近くにあるおかげで警戒するのは正面だけでいいのだがそれでも魔物が来ないという保証はない。
現に街道では毎日のように魔物の襲撃があったと報告を受けているだけに絶対に安全とは言えないんだよなぁ。
分かれ道を進んでいくと今度は崖下に伸びる小道を発見。
分かれ道に続く分かれ道、道幅から察するに馬車とかそういうのが通っている感じではない。
人かはたまた魔物か。
エリザとうなずきあって小道を降りていくと、せり出した崖の下にぽっかりとあいた洞窟を発見した。
海はもう目の前、おそらく洞窟内にも海水が入り込んでいることだろう。
「こんな場所に洞窟だなんて、わくわくするわね。」
「俺は魔物が出て来るんじゃないかとヒヤヒヤしてる。」
「大丈夫よ私が一緒なんだから。」
「それはまぁそうなんだが、もしもがあるだろ?」
こんな町のすぐそばに魔物が巣を作っているとなればすぐに冒険者を集めて駆除に乗り出さなければならない。
もちろんただの穴だったっていう可能性もあるんだけど・・・。
「何かいるわね。」
「魔物か?」
「んー、そんな感じじゃないけど・・・。」
アティナがいれば魔物の種類とかまで判別できあだろうけど、残念ながら俺達だけではそれを確認するすべがない。
お守りで持ってきた長剣を手にエリザがゆっくりと洞窟の中を進んでいく、奥からはザザンザザンという波の音が聞こえてくるので繋がっているのは確定、あとは何かいないかを確認するだけだ。
「あれ?」
90度に曲がった通路から顔を出すとその先は波打ち際になっており奥にキラキラと光る沖が見える。
陸地部分は広く、まるで秘密基地のような感じだ。
こういうの好きだなぁ。
「どうかしたのか?」
「波打ち際に貝がいっぱい置いてあるんだけど、どう見ても流されてきたって感じじゃないのよね。」
「確かに誰かが意図して置いたっていう配置だし貝の種類もこの辺で見かけるものじゃない。」
「となると・・・誰かがここにきてる?」
「だからこそ小道なんかが出来てるんだろうけど、今はまだ何とも言えないなぁ。」
置かれていた貝はどれも深い海でないと手に入らない珍しいタイプ、いくらでもってわけじゃないけれど集めれば小山ができるぐらいの量が洞窟内に散乱している。
形もきれいだし割れもない、そのままでも十分売れそうな感じだ。
せっかくここまで来たんだから回収して市場で売れば子供のお菓子代ぐらいにはなるんじゃなかろうか。
珍しい形の貝を厳選して回収すること一時間ほど、散乱した貝殻で足の踏み場もなかった波打ち際が自由に歩ける程度には綺麗になった。
売れそうな貝殻も回収できたしよく見ればロケーションも悪くない。
安全ならここを使って何か面白いことができないか・・・ん?
「どうかした?」
「いや、なんだか視線を感じたんだが・・・。」
周りを見回しても人の気配はなし、まぁ誰か来たらエリザが気付くはずだから視線なんて感じるはずもないんだが。
「あ!シロウあれ!」
「ん?」
「前に港で聞いてた魚人族の人じゃない?」
指の先を目で追いかけると水面に生首がぷかぷかと浮いていた。
見た目は完全に人、でもよく見ると耳の部分に大きなエラのようなついている。
「魚人族って会話出来るのか?」
「海の上で会ったときは売買交渉とかするらしいしそれは問題ないんじゃないかしら。」
「とりあえず手を振ってみるか。」
「そうね、それがいいんじゃない?」
まずは敵意がないことを示さなければ、ってことで大きく手を振ると驚いたように一回海中に沈んだものの再び顔を出してじっとこちらをじっと見つめてくる。
しばらくすると恐る恐るという感じで波打ち際までやってきた。
性別はおそらく男性、人魚というわけではなく手も足も普通にあるみたいだけど体のいたるところにとげとげしたひれのようなものがついている。
「言葉はわかるか?」
「?」
「ふむ、わからないか。」
「でも何か言いたげな感じよね。」
話しかけても言葉の意味は分からないらしい、だけど何かを期待するような目で俺の方を見てくるんだがいったい何だろうか。
もしかして俺を食うつもりだったりして・・・そんなことを考えた次の瞬間、そいつは意を決したように波打ち際に手を伸ばした。
「あ、貝殻!」
「なるほど、これを持ってきてたのか。」
大漁の貝殻はどうやら彼が持ち込んだものらしい。
もしかすると他の魚人族かもしれないけれど、それでも彼らが持ってきたのならばこの種類にも納得だ。
しかしなぜこれを陸に持ってきたんだろうか。
そんな疑問を感じながらも彼の視線はずっと俺に向いたまま、いや俺というよりも俺の腰についたポーチをじっと見ている。
別に金目のものは入れていないんだけどもしかして物々交換をしたいとか?
貨幣経済が発達する前は物々交換が基本、それに気づいた俺はゆっくりと波打ち際まで移動してポーチの中身を順番に並べた。
軽く散歩するぐらいしか考えていなかったので、中に入っていたのは銀貨が十数枚と水の入ったボトル、それと後で食べようと思っていたデコポーン。
他にもスリングとか必要なものは入っているけれど流石にそれは出さないで置いた。
中身を置いて少し後ろに下がると、再び彼が近づいてきて順番に中身を確認。
最後にデコポーンを手に取りにおいをかいだ瞬間に目をキラキラと輝かせた。
「どうやらあれが欲しいみたいね。」
「うーん、金額で言えばあの貝殻一つじゃ釣り合わないんだけどなぁ。」
「言ってみたら?」
「言葉が分からないんだし・・・いや、やるだけやってみるべきか。」
言葉は伝わらなくても何をしたいかはなんとなくわかるはず、ゆっくりと先に置かれた貝殻を鑑定して価値を確認する。
『パールシェル。乳白色をした二枚貝の一種で、光が当たると虹のように色を変えるため人気が高い。ただし海中深くにしか生息していないため地上で見つかることは珍しく、嵐の後や魚人族が持ち込んだりする以外に手に入れる方法はない。最近の平均取引価格は銀貨5枚、最安値銀貨4枚、最高値銀貨8枚、最終取引日は164日前と記録されています。』
前言撤回。
一つで十分元が取れる感じだったが、ダメもとで貝を手に反対の手でチョキのような指の形をするとウンウンとうなずいてから海中に戻り、すぐに二つ目を波打ち際においてくれた。
これで交渉成立。
向こうからすれば二つ出しても惜しくない価値だったんだろう、言葉も通じず物の価値も違うのでどれが正解かはわからないけれどお互いが満足するのなら取引としては大成功だ。
回収した貝をポーチにしまって軽く会釈をすると向こうも頭を下げて水の中に潜ってしまった。
「高いものだったの?」
「これ一つで銀貨5枚の価値があるらしい。」
「ということは二つで10枚?デコポーン一個にしたら貰いすぎじゃない?」
「まぁ向こうからすれば海の中じゃ手に入らないものなわけだし、納得してたんなら問題ない。もしかするとこの山は取引相手を待って置いていったのかの知れないなぁ。」
過去に誰かが取引をして、以後再びの取引を期待して貝を置いていったと考えるとこれだけの量も納得だ。
偶然とはいえ新たな取引先?を発見できたので今後は継続的に通ってコミュニケーションを取っていこう。
本当は会話が出来れば一番なんだけど下手に意思疎通できるよりもこのぐらいの方がお互いにちょうどいいのかもしれない。
とりあえず今後に期待しつつ残された貝殻に関してはありがたく使わせてもらうとしよう。
見たことない貝殻も多いし、これを加工して売り出せば街道を行く人が買っていってくれるかもしれない。
なんならそのままでも売れる可能性だって十分にある。
最初は散歩なんてめんどくさいと思っていたけれど、まさか崖下の洞窟でこんな素晴らしいお宝を発見できるとは世の中分からないものだなぁ。
後はこれをどう現金化するのか。
次は何を持ってこようかと思案しながら貝の処遇についても知恵を巡らせるのだった。




