1716.転売屋は秋桜を転売する
「花を見に来ませんか?」
「ん?花?」
「はい。南方に向かう川辺に鮮やかな花が咲き乱れていると向こうの取引先から聞きまして。ここから半日もかからずつくそうですから、明日にでもどうでしょうか。」
秋もあと一週間で終わりを迎える、そんな日の夜遅く。
ふと目が覚めてしまったので肌寒い食堂で一人香茶を飲んでいると思わぬ仲間がやってきた。
白い寝間着姿もまた美しいハーシェさん、窓辺に立つと月光で少し透けてるのかまるで女神のように見えてしまう。
そんな彼女を窓辺に座らせその姿を愛でながら香茶を淹れて持っていくと、思わぬ提案が下りてきた。
花ねぇ。
秋の花といえばあまり思い浮かばないんだが、この前の彼岸花とはまた違うんだろうなぁ。
「明後日には引っ越しだし子供達にもいい思い出になるか。別にもう来れないわけじゃないが一応別れになるわけだしな。」
「では明日の天気が良ければ。」
「大丈夫だ、晴れる。」
「わかりますか?」
「月に雲がかかってないし、なによりルフが外で寝てるからな。」
雨の日が分かるのか降る前日には必ず屋根のところで寝る習慣がある。
その彼女が月光を浴びるど真ん中で寝ていることを考えると明日は晴れると考えていいだろう。
そうなると朝一から色々準備しなければいけないわけで。
秋といえども花見といえばおにぎりと卵焼き、それに唐揚げか。
材料はあったと思うが時短を考えると今のうちから仕込んでおく必要があるだろう。
よし、まだ眠くないし今から準備すれば何とかなりそうだ。
「手伝いますか?」
「いや、ハーシェさんは先に戻って寝てくれ。明日の朝は子供たちの準備で手間取るだろうからそっちは任せた。」
「わかりました。でもごめんなさい、急にこんなことをお願いして。」
「この街での思い出を残したいのは俺たちも同じだからな、むしろありがたい提案だ。」
「そう言ってもらえるのなら、それじゃあおやすみなさい。」
最後にハーシェさんを呼び寄せて強く抱きしめながら口づけを交わし、元気をもらう。
ぶっちゃけスイッチが入りそうになってしまったがそっちは気合で押しとどめる代わりに、その柔らかな体を堪能させてもらった。
充電完了。
よし、あと一時間で仕込みを終わらせて俺も寝るぞ。
そう気合を入れなおして肌寒い厨房で汗を流しながら準備にいそしむのだった。
「で、こうなったと。」
「朝から何をされているのかと思ったら、そういうことだったんですね。」
翌朝。
いつもより早く起きて昨日の仕込みを順次仕上げていると、続々と食堂に人がやってきた。
粗熱をとっている唐揚げをつまみ食いしようとするエリザの手を叩きつつ、ハワードから渡されるコメをおにぎりにしていく。
具は梅干し。
汗をかくほどではないので塩は少なめだが、その分おかずの味を濃いめにしておいたのでバランスはとれているだろう。
花について教えてくれた取引先が美味しそうな柑橘系の果物を置いて行ってくれたので、それをデザートにすれば完成だ。
「おにぎり!」
「にぎり!」
「あ、こら!それは昼のお楽しみだ、勝手に食うな。」
「こんなにいいにおいがするんだから食べたくなるわよねぇ。」
途中、リーシャとシャルがエリザのようにつまみ食いしそうになるのを抑えつつ大き目のプロボックスに詰め込めば弁当の準備は完了。
ハーシェさんからお出かけの話を聞いた面々も続々と準備を終えたようなので、なんとか予定通りの時間に出発することができた。
馬車三台の大所帯、子供が多いと必然的にこうなってしまうんだよなぁ。
本来、女子供が多くなると護衛もたくさん手配しなければならない危険な世界なのだが、その女が強いもんだからその手配をしなくていいというのもありがたい限りだ。
上級冒険者に元聖騎士団員、魔術師に薬師、なによりグレイウルフだけでなく戦闘用ホムンクルスにワイバーンまでいるんだから襲ってくるほうが逆にやられてしまうような最強の布陣。
なんならその子供が魔法をぶっ放してくるんだから恐ろしいにもほどがある。
そんな面々の乗った馬車が進むこと数時間。
途中飽きてくる子供たちの気晴らしを兼ねて何度か停車したこともあったが、特に魔物に襲われたりすることなく目的地付近へと到着した。
「この辺なのか?」
「ここから川沿いに少し歩いたところだそうです。」
「ということだから荷物を持ったら出発しよう。」
「「「「は~い。」」」」
ぞろぞろと行列をなして踏み固められた道を進むこと数分、突然その時がやってきた。
「これは見事なもんだ。」
「おはないっぱい!」
「いっぱい!」
川沿いに広がる色とりどりの花たち。
背丈は子供がすっぽりと隠れてしまうぐらいに高く、花弁を大きく広げたそれは柔らかな風を受けてゆらゆらと揺れていた。
それを見て子供たちが駆け出し、花の林に飛び込んでいく。
彼らの身長からすれば見上げたところに花がある感じなんだろうなぁ。
ルフがそのそばにいてくれているので中に何かが隠れていてもすぐに教えてくれるだろう。
アティナが何も言わないってことは魔物の反応はないということ、その間に大人達は荷物を広げて昼食の準備を始める。
『オータムチェリール。川辺に咲く色とりどりの花弁は秋の終わりと冬の訪れを告げるといわれている。花弁は大きく長い茎のおかげで束ねることが容易なため花冠などに加工されることが多い。最近の平均取引価格は銅貨5枚、最安値銅貨3枚、最高値銅貨10枚、最終取引日は本日と記録されています。』
秋の桜、そうかコスモスか。
通りでどこかで見たことあると思ったんだがこの世界ではこんなにでかくて綺麗なんだな。
「見事ですね。」
「だな。これが咲くってことはもうすぐ冬が来るらしい。いよいよ引っ越しか。」
「今度は一緒に行けてよかったです。」
「だな、前は俺一人だったけど今回はさみしい思いをしなくても済みそうだ。」
「さみしかったんですか?」
「当然だろ。」
暖かな太陽の日差しを浴びながら子供たちがはしゃぎまわるのを見守る幸せ。
ミラがおにぎりを手に横へやってきた。
ピクニックといえばサンドイッチだが、遠足といえばおにぎりだろう。
これがどっちに当てはまるかはさておき外で食う飯は美味い。
「あ、いい雰囲気出してる!私も混ぜてよ。」
「いい雰囲気ってわかってたら邪魔しないもんじゃないのか?」
「それとこれとは話が別よ。はぁ、よっこいしょ。」
「その掛け声が出ると年らしいぞ。」
「何言ってるの、シロウがいつも言ってるじゃない。」
今度はミラと反対側にエリザがやってきた。
その手にはおにぎり二個と大量の唐揚げと卵焼きの乗った皿を持っている。
色気より食い気、こいつは昔から変わらないなぁ。
「言ってるか?」
「言ってますね。」
「ってことは俺ももう年だってことだ。」
「なに馬鹿なこと言ってるのよ。どうせこの花をどうやって売るかとか考えてるんでしょ?開花時期が短いってことはそれだけ需要があるわけだし、これだけあれば多少持って行っても問題ないと思うわよ。」
「ミラ、エリザが商人みたいなこと言ってるぞ。」
「うるさいわね、これだけ長いこと一緒にいるんだから当然じゃない。」
なんだかんだこの世界に来て一番付き合いが長いからなぁ、エリザは。
そこにミラが加わって三人で店を運営して・・・ダンジョン街は俺にとっての始まりであり、故郷みたいなものだ。
王都に行った時もあそこを忘れたことはないしそれは新しい場所に行っても変わらない。
あの街こそが俺のホームグラウンドでありなにより稼ぎまくった場所。
エリザの言うように目の前のこれをあの街でどうやって売っていくか、子供たちを横目にそんなことを話し続けた。
「で、結果こうなったわけですね。」
「旬が短くこのまま枯らすぐらいならと思ってな、とりあえず街道から一番遠いところのを刈り取ったから見た目には問題ないはずだ。」
「それでも多すぎませんか?」
「キキに聞いたら微量の魔素を含んでいるから押し花にするといい感じらしいのよ。茎を切って上から重しをのせておけばいい感じのができるはずよ。あとは花冠にするのとやっぱり花束よねぇ。」
「確かにこれだけ色があれば見栄えがいいですね。」
帰りの馬車に積まれた大量の秋桜。
まるで行商人のような量に思わずハーシェさんが苦笑いを浮かべていたが、これでも全体の一割も収穫していない。
これが一週間ほどで枯れてしまうのは非常に残念だが、それを街の人にもおすそ分けするのは悪い話じゃないだろう。
現地に行かなくてもこの素晴らしさを味わえるわけだし、押し花にすれば長い間楽しんでもらえる。
さらにいえばそれを加工する奥様方には賃金を払えるだけでなく最後の最後に一儲けできるというわけだ。
花が最後のもうけってのもまぁ乙なもの、もちろん今後もメルディと取引を続けるので街との関係が切れることはない。
まぁ、関係者をごそっと連れて行くから残った人は大変だろうけどそれはそれ、これはこれ。
「さて、最後に一花咲かせて有終の美を飾るとしますかね。」
「花だけに?」
「あえて言わなかったそれをお前が言うなよ。」
オレンジ色に染まる地平線、太陽を背負いながらはしゃぎすぎて眠ってしまった子供たちをのせて馬車はゆっくりと進んでいく。
この花で一体いくら儲けられるのやら。
無邪気に笑うエリザにツッコミを入れつつ最後の一仕事をどう終わらせるか思案するのだった。




