172.転売屋は冬を迎える準備をする
冬が来た。
来たといっても少し寒くなった程度だが、それでも暦の上は冬だ。
なのでその準備をするべく買い出しに行くことになったのだが・・・。
「う~!!」
「なんだまだ拗ねてるのか?」
「仕方ありません。」
「今はそっとしておきましょう。」
ベッドにもぐりこんだまま変な唸り声を上げる犬・・・もといエリザ。
闘技大会の翌日、いや当日からずっとこの調子だ。
もう三日目になる。
食事は食べているし、ちゃっかり風呂にも入っているみたいなので放っておけばまた戻ってくるだろう。
原因はもちろん、闘技大会にある。
最高の見せ場を作ったエリザであったが、イケメン貴公子はやはり強かった。
華麗に身をひるがえしカウンターを決め、無様に地面へと叩きつけられるエリザ。
俺の前で負けたのがよほど悔しかったのか、それともこそっと貴公子に賭け(ベット)ていたのが原因なのかはわからないが、ともかくずっとあの調子だ。
触らぬ神に祟りはなしってね。
エリザを置いて三人で買い出しに行く。
露店を見て回り、商店街をあっちへこっちへ。
気付けばあっという間に荷物がいっぱいになってしまった。
「ミラ様、あれなんてどうですか?」
「色は良さそうですね、見てみましょう。」
「まだ買うのかよ。」
「部屋の模様替えをしようと言ったのはシロウ様じゃありませんか。」
「確かに言ったが、こんなことになるとは聞いてないぞ。」
「模様替えには色々と時間もお金も手間もかかるんです。」
因みに今見ているのは新しい机だ。
食卓テーブルに使える様ないい感じのやつがなかなか見つからず、他の物ばかり増えている。
俺の金じゃないから別にいいんだけど、せっかくの稼ぎをこんなことに使うか?
『自分で稼いだお金じゃありませんし、ぱ~っと使いましょう!』
そんな風に昨日言っていたのを思い出す。
今日の軍資金はすべてミラとアネットが闘技大会で稼いだお金だ。
もちろんエリザに賭けて稼いだ分もあるが、それよりも他の試合に賭けていたのが驚きだった。
その勝率は7割を超え、結果として金貨7枚もの稼ぎを叩きだした。
恐ろしい女達だ。
「う~ん、高さがちょっと。」
「そうですね、もう少し高い方が使いやすそうです。」
「今の椅子には合いませんね。」
「いっそのこと椅子ごと替えますか?」
「その手がありますね、でしたらこれも候補に入れましょう。」
「あ、でもでもあっちの色の方がよくありません?」
いや、それでいいんじゃないですかね。
なんて俺のセリフは聞いてもらえないらしい。
ぶっちゃけ早く家に帰りたいんだが・・・。
「そんなに悩むのならオーダーしたほうが早くないか?」
「「え?」」
「既製品じゃどうしても完璧にはならないだろ?それなら一から注文して作ってもらった方が早いんじゃないか?幸い金ならあるんだしそれぐらい支払えるだろ。」
それを聞いた二人の目が大きく見開かれる。
これ、なんていうか知ってるぞ。
目からうろこが落ちるっていうんだろ?
「その手がありました。せっかく稼いだお金を使うにはもってこいです。」
「それなら椅子も机も綺麗に合わさりますし、高さも解決です。」
「なんでしたら他の物も注文してもいいかもしれません。二階のソファーやベッドの高さも変えたかったんです。」
「私も自分好みの棚とか欲しいなって思ってたんです。フラスコ置き場がどうもしっくりこなくて、薬棚なんかも作れますかね。」
「俺に聞いても困るんだが?」
「誰に聞くのが一番でしょうか。」
「マートン様に聞いてみましょう、エリザ様の防具修理が終わったと連絡がありました。」
この街一番の鍛冶屋に家具職人を紹介してもらうとかどんだけ贅沢なんだろうか。
もう好きにしてくれ。
「先に戻ってるぞ。」
二人にそう声をかけると俺は一度荷物を置きに家に戻った。
「あっ・・・。」
そこでエリザとばったり出くわす。
風呂上がりに水でも飲みに来たんだろう。
半裸というかショーツ一枚に首からタオルをかけて腰に手を当てている所にバッチリ遭遇してしまった。
これが牛乳なら完璧だったんだがなぁ。
「っと悪かったな。」
慌てて目をそらすのは漫画の世界だ。
一応謝りはしたが視線は良く引き締まった体と程よい大きさの胸、そして尻へと向けられる。
相変らずいい体してるなぁ。
「・・・別に。」
ぶっきらぼうにそう答えて一気に水を飲み干し、二階へ上がろうとするエリザ。
別に放っておけばいいんだが何故かその手を掴んでしまった。
「離してよ。」
「嫌だね。」
「ミラの方がお尻はあるし、アネットの方が柔らかいでしょ?私の体なんて見飽きたんじゃない?」
「そんなことないぞ。確かにミラの方が尻はあるが、お前の方が胸はあるし、アネットよりも抱き心地は良い。」
「真顔でそんなこと言わないでくれる?」
「ならいつまでも不貞腐れるな。いつものお前なら調子に乗って尻を触らせてくれるものだぞ。」
揉む?と自分から尻を突き出してくるはずが、今日はそれが無い。
まったく何時まで凹んでいるんだか。
「だって、負けちゃったし。」
「そうだな、いい感じに負けたな。」
「あんなにカッコつけたのに。」
「そうだな優勝すると豪語してたもんな。」
「なのに、なのにさぁ・・・。」
「そうだな、でも準優勝は初めてなんだろ?来年はあのイケメンは出ないみたいだし、お前の番だ。」
顔をくしゃくしゃにして涙を流す半裸のエリザ。
まったく、この駄犬ときたら。
グイッと引き寄せると鍛えられたからだが貧弱な俺の胸にすっぽりと収まった。
大声で泣きながら俺のシャツを涙と鼻水まみれにする。
せっかくのセクシーな格好が台無しだ。
そのまま頭を撫で続けているとやっと涙が収まり、自分から体を離した。
「落ち着いたか?」
「うん。」
「なら着替えて降りて来い、ミラとアネットは当分帰ってこないから畑の見回りに行くぞ。」
「この顔で?」
「どんな顔でもお前は良い女だよ。」
「えへへ・・・。」
「だが一つ注文を付けるならば顔を洗ってすっきりして来い、あと鼻水もな。」
「もぉ、せっかくの気分が台無しじゃない!」
いや、知らんがな。
服がドロドロになってしまったので俺も着替えに二階へと向かう。
部屋に向かう前に洗面所で顔を洗うエリザの尻を揉むと電光石火の拳が飛んできた。
危ねぇ、見回り前に殺される所だった。
くさっても闘技大会準優勝者、下手な事はしないでおこう。
とか何とか思いながら、スッキリとした顔で降りて来たエリザの胸を揉んだのは言うまでもない。
文句の代わりに拳ではなく唇が押し付けられた。
そのまま二人で畑に行くと、ルフが俺の気配に気づき立ち上がった。
子供達の姿はない。
昼休みのようだ。
「これはシロウ様、エリザ様。」
「アグリどんな調子だ?」
「順調に生育しております。1月の半ばには収穫できるかと。」
「なかなかの生育具合だな。」
「土が合うのかそれとも肥料が良いのかはわかりませんが、想像以上の生育状況です。」
「魔物の被害もなさそうだな。」
「ルフがいますから。」
どんなもんだいと言わんばかりにワフと一声吠えるルフ。
俺に次いで二番目に懐いているのがアグリのようだ。
ちなみにエリザとはあまり相性が良くない。
犬同士だからだろうか。
「ルフ偉いね。」
「ガウ。」
「なんで吠えるのよぉ。」
「さぁ?」
「どうしてでしょうか。」
相性が悪いと思っていないのは当の本人だけで、周りはルフがエリザを嫌っているとわかっている。
が、理由はもちろんわからない。
しゃべらないしな。
しばらくルフを連れて四人で畑の状況を確認してまわり、ぐるっと一周して元の所に戻って来た。
「ふぅ、他も特に問題無しっと、とりあえず引き続き頼む。」
「それなのですが。ちょっと気になることがありまして。」
「どうした?」
「心なしか今年は冷えるのが早いようでして、もしかすると寒波が来るかもしれません。」
「そうなのか?」
「これは私の経験と勘ですが、まだ咲かない筈のブリザの花が咲いていました。」
ブリザの花とは真冬・・・に咲く花で、四か月ある冬の中二ヶ月に見ごろを迎える。
今はまだ冬の始まり、この時期の咲く事はあまりない。
「その場合の対処法は?」
「焔の石を作物の周りに置くとそこだけ霜を防げます。ですが数が集まりにくくて。」
「焔の石はね、ダンジョンで取れるの。面倒な場所にあるから出回りにくいのよね。ずっと暖かいからこの時期はカイロ代わりにする人もいるわ。」
「面倒なだけで深い場所にあるわけじゃないだろ?」
「まぁねぇ。でもそこに行くまでに面倒な魔物がいるのよ。」
つまりそれをどうにかすれば手に入りやすくなるわけだな?
「ちなみにエリザは倒せるのか?」
「当たり前じゃない!それなりの冒険者なら問題ないわ、毒と麻痺にさえ気をつければね。」
「それ用の薬をアネットに準備してもらうか。駆除さえできれば手に入るよな?そしてこの時期は需要が多い。」
「あ、シロウの目つきが変わった。」
「お手数ですが手に入りましたら急ぎお持ちください。後一週間が勝負かと。」
「わかった何とかしよう。」
折角の畑に何かあったら大変だ。
それに、ホワイトベリーも急な寒さに弱いと本に書いてあった。
もうすぐ収穫だし何としてでも守らなけれなならない約束がある。
また来るな、とルフの頭を撫でてから急ぎ店へと戻った。
さぁ冬も忙しくなるぞ。




