1713.転売屋は防犯ブザーを作る
「子供が追いかけられた?」
「そうなんです、幸い何事もなかったんですけど街も大きくなり前より物騒になってきましたから。」
引っ越しの挨拶をするべくモニカの所へ足を運ぶと、何やら物騒な話が出て来た。
聞けば孤児院の子供が見知らぬ大人に追いかけられたらしい。
幸いにも婦人会の奥様方が近くを通りかかってくれたのでその人の所に逃げ込んで事なきを得たらしいが、一つ間違えば大変なことになっていただろう。
孤児とはいえ親が誰でもいいというわけではない、ダンジョン街という環境上親がいない子供は多いけれどどちらかといえばみんなで子供を育てようという土壌が整っているので支援さえすれば特に問題なく育っていく。
いずれは街を出ていくか職人の弟子入りをするか、はたまた親の後を追って冒険者になるかはその子次第。
大人はそれを見守り皆で育てていくだけ。
だがその環境が脅かされているのであれば早々に対処しなければならないだろう。
教会を出たその足で警備の所へと向かい状況を確認、街が大きくなって以降どのような問題が起きているのかを確認してからギルド協会へと向かった。
「それに関してはこちらでも把握しているんですけど、正直対処の仕様がなくてですね。」
「把握しているのならいい。が、対処の仕様がないから放置しているってわけじゃないよな?」
「もちろん放置しているわけではないです。現に巡回は増やしていますし、抜き打ちで馬車の検閲をしていますので出来る限りの動きはしているつもりです。」
「となるとあとは自衛をどうするかだけか。犯罪をなくすことはできないと理解しているけれど、それをどう減らすかが俺達にできる事。引き続きよろしく頼むぞ。」
「シロウさんは何かしてくれないんですか?」
「もし何か出来たら高値で買ってくれるんだろうな。」
「それとこれとは話が別ですが、期待はしています。」
金は出さない、だけどなんか案は出せ。
なんとも自分勝手な話だがこれも街の子供たちを守るため、自分に子供ができるまではそこまで真剣に考えていなかったけれど親になってから色々と思うところが増えた。
それを叶える為ならば多少の理不尽など目をつぶればいいだけの話、はてさて何をするべきか。
「子供達を誘拐、物騒になったものね。」
「人が増えれば素行の悪いやつらも必然的に増える、とはいえそれを放置するつもりもないから出来ることはやっていきたいというのが街の方針らしい。つまり案を出せば儲かる。」
「簡単に言うけど何か案はあるの?」
「今考えてるのは前に作った防犯ブザーだな。アレを改良して販売する。」
「あぁ、あの大きい音がするやつね。」
大昔に婦人会に向けて似たようなコンセプトの物を作ったことがあるけれど、それを応用して子供向けに何か作れないだろうか。
前回のもなかなか好評だったけどいかんせん大きかったんだよなぁ。
もう少し小型化してやれば子供達も使いやすいだろうけど、後はどれだけ安く作れるかそこが問題だ。
とりあえず店の倉庫に行き、使えそうな素材を探すも不発。
冒険者ギルドに行って尋ねてみるもあまりいい回答は出てこなかった。
「うーん、やっぱり前の奴を量産するしかないのか。」
「ですが値段も高くなりますし、それを町中の子供達へというのは中々。」
「だよなぁ。最初は孤児院だけでもと思ったけど、親ならば誰もが不安だろうしそれなら全員に持たせたいよなぁ。」
「普通の家庭が買うとなるとやはり値段、加えて子供だけでなく女性にも使ってもらえるとより販売数は増えていくかと。」
「となると簡単に量産化できてさらに安い物という条件が出てくるわけだが・・・。」
引っ越し準備で忙しい屋敷に戻りどうしたもんかと頭を抱えているとセーラさんとラフィムさんが二人同時に相談に乗ってくれた。
考えたことを言葉にするだけでも情報の整理は進むし、なによりそれに対するアドバイスがあるとさらに研ぎ澄まされていく。
そんなこんなでキャッチボールを進めていると、ふとある素材のことを思い出した。
『ホーンボール。ボールの中はゼリー状の液体で満たされており、ひとたび衝撃が加えられると液体が一気に膨らんで大きな音を立てながらしぼんでいく。南方では子供の玩具としてよく利用されているが、稀にオーグルが仲間を呼ぶときに使ったりもする。最近の平均取引価格は銅貨19枚、最安値銅貨15枚、最高値銅貨29枚、最終取引日は本日と記録されています。』
ブニブニとした感触のそれをすかしてみると中にドロっとした液体が入っている。
大きさは赤ん坊の拳ほど、ポケットに入れるぐらいでは特になんともないが壁や地面に叩きつけると怒ったフグのように膨らんでパンパンになると頭の部分から空気が抜けつつものピーーー!!というものすごく大きな音がした。
あまりの音に慌てて覆いかぶさるも昼寝していた子供たちが起きると屋敷の上からエリザに睨まれてしまったぐらいには効果があるらしい。
ふむ、これは面白い。
「確かにすぐ使えて便利だけど、でもこれって本来は冒険者が魔物を威嚇したり仲間を呼ぶために使う物よね。」
「因みに今はこれを使ってるのか?」
「んー、南方から来た冒険者がたまにって感じかしら。ダンジョンでは見かけないし、持ち込まないと手に入らないと思うわよ。」
「むしろその方が好都合だ。下手に同じものがあると使われ過ぎて興味がなくなってしまうからたまに使われるぐらいでちょうどいい。値段も手ごろだし、輸送もそこまで難しくなさそうだしな。」
子供たちの寝かしつけを終えたエリザが文句を言いに食堂へやってきたので実際の物を見せて事情を説明。
過去にダンジョンで使われた事はあるようだけどメジャーじゃない方が色々と都合がいい。
ハーシェさんにお願いして取引のある南方の商人に取り扱えるかどうか確認をしているから、それまではバーンと一緒に買い付けに行ったものを使えばいいだろう。
本当はバーンに運んでもらう分も経費として上乗せするべきなんだろうけどそうすると馬車で輸送した時との差が出てしまうので初回に限り考えないことにしている。
何事も扱ってみないとわからないし、何かのついでに運べば手間もかからない。
「ねぇ、本当にこんなので子供を守れるの?」
「守るんじゃない知らせるんだ。子供を守るのは大人の仕事、そこは勘違いしないでくれ。」
「それもそうね。一応ギルドとしても素行に問題のない冒険者に街の巡回を依頼しているから、抑止力にはなると思うわ。」
「そりゃありがたい話だ。」
「なんだかんだ言ってみんなこの街が好きなのよね、じゃないとこんな依頼受けてくれないもの。」
「好きになってもらえたのもエリザたちが頑張ったおかげってわけだ。」
「そういう事、だからもっと褒めていいのよ?」
ドヤ顔してくるエリザの頭を強引に撫でつつ、反対の手で尻を思い切り揉んでやると油断していたのか小さく飛び上がりものすごい目で睨んできた。
これこれ、初めて会った時と同じ獣のような目。
だがそれを今見せる必要は・・・あれ?
「そういう事の分別はつけるべきじゃないしら?」
「何のことだか。」
「まぁ今更それをシロウに求めても無理なのは分かってるけど、私そろそろ二人目が欲しいと思ってるのよね。」
「昼間っからそういう話をするのも分別つけるべきだと思うぞ。」
「うるさいわね、そういう気分にさせたのはそっちなんだから覚悟しなさい!」
獣のように盛った嫁に押し倒された・・・かと思ったら、机の上に置いていたホーンボールが一緒になって転がり落ちてしまいその上に乗ったせいでものすごい音が鳴り響いてしまった。
慌てて二人で上に載っている所をアネットに見つかりなんとも盛大なため息をつかれたのはご愛敬、ともかく効果のほどは間違いなかったので早速現物を手に羊男の所へ殴り込み・・・じゃなかった売り込みに行くことに。
「なるほど、危険を感じたらこれを投げつけるわけですか。」
「相手じゃないぞ、足元にだからな。」
「わかってますよ。確かにこの大きさなら持ち運びもしやすいですしもしもの時は使いやすいと思いますが・・・誤爆しません?」
「俺もそれは考えたんだがそれを惜しんで使わないよりも使った方がいいと思わないか?まずはお試しで孤児院の子供に持たせて改良が必要ならそこで考えればいい。とりあえず今は何かが起きないようにすることが最優先だろ。」
「それは・・・いえ、確かにそうですね。」
さっきエリザと一緒に上から押しただけでも反応したのでおそらく誤爆は起きるだろう。
もちろんそれが多発するようならあれだけど、まずは導入することが最優先。
羊男もそこは理解してくれているようでひとまず導入が決定した。
「はぁ、これで一つ銅貨30枚ですか。高いなぁ。」
「空輸の金額を入れたら本当は50枚なんだが、そこまで強欲じゃないから陸路価格で勘弁してやる。」
「勘弁って言い方の時点であれですよね。でもそれで子供たちの命が買えたと思えば安い買い物です。」
「そういうことだ。仮に誤爆しても奴らからすれば『警戒されている』って思わせることができるから怒るんじゃないぞ。」
「誤爆を抑止力にしようってわけですね。まぁ多発されると困りますが予算はあるのでそこから回します。」
「なんだ、余裕あるじゃないか。」
「親切な方が多額の寄付をしてくださいましてね、お陰様でしばらくは大丈夫そうです。」
世の中奇特なやつもいるもんだ。
含みのある顔でこちらを見てくる羊男から目をそらし、窓越しに秋晴れの空をじっと見つめる。
もうすぐ冬。
なじみのあるこの街ともあと数週間でお別れだ。
寂しくもあるが今回は家族全員での移動なのでその辺は特に問題ない。
バーンで飛べばあっという間の距離、引き続き大事な取引先として関係は継続していくことだろう。
「どうしました?」
「いや、なんでもない。」
「もうすぐ冬、それまでにシロウさんには色々と動いてもらわないといけませんから、最終日まで休ませませんよ。」
「へいへい、お手柔らかにな。」
こちらも最終日までしっかり稼がせてもらおう、そんな意味合いを含めお互いに目配せをしてしっかり握手を交わすのだった。




