1708.転売屋はグリフォンの羽毛を手に入れる
「今年は羽根つきが流行りか。」
「そのようです。それに合わせて様々な羽が売買されていますね。」
秋といえば行楽の秋。
暑すぎず寒すぎず天候も安定していることもあり、近隣へ馬車で移動するたびがブームになっているらしい。
元の世界のようにどこでも安全にというわけではなく、少し行けば魔物がいる世界ではあるけれど人の旅に対する欲求は変わらないようで複数人の護衛を雇ってもしくは複数の馬車が隊列を作って移動することが多いようだ。
冒険者向けの護衛依頼も増えておりそれに合わせた道具や携帯食料などの売れ行きも好調。
今までならそこまで儲からなかった護衛任務も、安全をお金で買うのは当たり前という感じに変わってきているのかそこそこのお金を出す依頼主が増えているらしい。
そうなれば俄然やる気を出すのが冒険者というもの、そんなわけで人々の往来が増え今まで以上にダンジョン街はにぎわっている。
「前に南方観光に行ったときも羽毛を山ほど持って行ったなぁ。」
「羽追い祭りでしたか、あれは中々見ごたえがありました。」
「やっている方は必死だったが今思えばいい思い出になったし何より儲かった。」
ミラと共に道行く人を眺めながら昔行った南方のお祭りを思い出す。
あれはあれでいい思い出だし、実際に今も交易を行っている大事な取引先でもある。
海酒は冒険者に出せばすぐ売り切れる人気商品、加えて砂糖も人気が高くそれを使ったジャムはバーンがピストン輸送しても足りないぐらいだ。
そんな南方の雰囲気を醸し出しているのは道行く人が帽子につけている羽飾り。
テンガロンハットみたいなのもあれば夏の名残で麦わら帽子に挿している人もいるけれど、とりあえずこの秋は帽子に魔物の羽を挿すのが流行りらしい。
それに合わせて様々な種類の羽が店に持ち込まれそして飛ぶように売れていく。
仕入れたその日に在庫がすべてなくなるぐらいだから大流行と言ってもいいんだろう、うちからすれば右から左に転がすだけで儲かるのでなにも文句はないけれど、折角やるならもっと儲けたくなってしまうのが強欲な俺の悪いところ。
いや、いいところなのか?
「全体的に値上がりしているみたいですけど一番人気はやっぱりグリフォンですね、ここ数日で取引価格が五割増しですし実際つけている人も増えています。」
「取引所の履歴で見てもそんな感じなのか。しかし五割って中々だぞ。」
「中々ダンジョンでも見つからない魔物なのにそこに来てこの需要ですから。」
「一番近くでどこになるんだ?」
「街道を北に上がって北の大山脈付近まで行けば稀に遭遇すると思いますけど、あとは西方に行く途中の峠でしょうか。」
北の大山脈はまだわかるけど西方に行く途中にそんな場所あっただろうか。
頭の中で地図を思い浮かべるもそれらしい場所は思い出せない。
「あんなところにグリフォンなんて出るのか?むしろ出たら出たで大騒ぎになると思うんだが。」
「つい最近住み着いたらしいですよ。営巣地まではいかないですけど頻繁に上空を飛んでいるんだとか。」
「飛ぶだけならいいが住みつかれるのは困るなぁ。」
「今度の領地もそこを通過しますし早めに対処した方がいいかもしれません。」
メルディから相場情報を聞いていたはずがそれ以上の情報が飛び込んできた。
元々岩場や山間に巣を作るグリフォンだがごくまれに人里付近に降りてくることがある。
その理由はずばり巣作り、子育てをするために獲物の多い場所に巣を作って子供が育ちきったら一緒に移動するのが一般的だがごくまれにそのまま住み着いてしまう事がある。
近場というだけならまだ棲み分けもできるけれど街道の近くともなればいつ何時襲撃されるとも限らない、そうなる前に追い払うとかせめて人間が危険だという認識ぐらいはつけてもらいたいところだ。
「でもまぁこれだけグリフォンが人気になると勝手に退治されそうなもんだけど。それまでは相場に合わせて買取を強化して売れるときにガンガン売っていってくれ。こっちも面白そうなのを見つけたら買付けてくるから。」
「よろしくお願いします!」
買い取るよりも売れていく方が多いため急遽市場で買い付けを行うことになった。
もちろん相場より高い物を買うつもりはない、今の流行にとらわれず独自の値付けをする人は絶対いるのでそういう安くて品物がいいやつだけを狙って買付けていく。
ちょうどマリーさんがアニエスと交代で戻ってきたのでミラと三人で市場を見て回ることにした。
「あ、あそこにもありますよ。」
「んー、派手じゃないか?」
「あのぐらいないと飾りとは言えません、でもちょっとお高めです。」
「ならパスだな。今回の目的は安くていい物を仕入れる事、もちろん理想はグリフォンの羽だが流石にそれを安く売っている人はいないみたいだ。」
よほど相場に興味がない人以外は取引所で値段を調べて売るので特に高く売れるグリフォンの羽はほぼほぼ相場通りの値段で売られている。
これが正しい相場状況ではあるのだけど転がす身としては寂しい限り。
せめて別のやつだけでも買って帰りたいところだが・・・。
「ん?あれはグリフォンの羽か?」
「似ていますけど・・・かなり安いですね。」
「ちょっと見てみるか。」
お目当ての物が中々見つからない中、一番あり得ないと思われていたものがかなり格安で売られている。
大抵は偽物かそれに近しい物、とはいえ堂々と売り出している所を見るにそういうまがい物とはちょっと違うような気もするんだが。
「いらっしゃいませ、よろしければお気に入りの帽子に一本いかがですか?」
「随分と見事な羽だが、これはグリフォンの羽なのか?」
「いえ、グリフィーナです。」
「ぐりふぃ、なんだって?」
「グリフィーナ、こちらではあまりなじみはないかもしれませんが南方ではメスのグリフォンのことをそう呼んでいるんです。見た目はオスの物とほとんど変わりありませんしむしろ色合いはこちらの方が鮮やかで綺麗なのですが、生憎とこちらではオスの物が人気のようで。」
雄雌で名前を変えるっていうのは初めて聞いたが、確かにこちらの方が他の物と比べると先端部の色が鮮やかな気がする。
折角ですからと手渡されたそれを受け取りスキルを発動させる。
『メスグリフォンの羽。メスのグリフォンの羽はオスのものと比べると色鮮やかで心持ちしなやかでもある。一説によると色が明るければ明るいほど他のオスが興味を示すからで、よほど強いオスでなければそういったメスを手に入れることはできないとされている。最近の平均取引価格は銀貨2枚、最安値銀貨1枚と銅貨40枚、最高値銀貨5枚、最終取引日は本日と記録されています。』
ふむ、色の違いには諸説あるみたいだけど子育てをするグリフォンにとって強いオスは必要不可欠、自分がより良いメスだとアピールする材料として進化した名残なのかもしれない。
オスだろうがメスだろうがグリフォンであることに変わりはないわけだが・・・。
よし、ちょっと試してみるか。
「これ、全部くれ。」
「え、全部ですか?買って頂けるのは嬉しいですけどこれメスの羽ですよ?」
「オスだろうがメスだろうがグリフォンはグリフォン、それに違いがある方が色々と工夫できるってもんだ。後ろにあるほかの羽と一緒ならいくらになる?」
「ちょっと計算しますので待ってください。」
あくまでもメインはメスの羽を買う事、とはいえそれだけを買うと向こうも困るだろうからまとめて買うことで少しでも値下げしてもらいやすくなる。
どれを仕入れても結局は売れていくので安く帰るに越したことはない。
今回の仕入れは全部で銀貨84枚。
一本単価で計算すると銀貨1枚を少し上回るぐらいだろうか。
後はこれをどうやって売っていくかけど・・・。
「まぁ綺麗な羽!普通のと違うみたいだけど、何が違うのかしら。」
「メスグリフォンの羽はオスと違ってしなやかで力強くそして美しい、まるで私たちみたいじゃないですか?実はこの色にも意味があって、赤はより強い相手を、黄色は優しい相手を探していますっていう意味なんです。」
「え!?それじゃあ男の人を欲しがっているみたいじゃない。」
「もちろんそれが目的です。グリフォンのメスはアピールすることでより強いオスを手に入れるんだとか、私達だって好きな相手を選ぶ権利があると思いません?」
ミラとマリーさん二人係りの勧誘にお金持ちそうな奥様がどんどんと押されていく。
今回のターゲットは街の奥様・・・その中でも人とはちょっと違うものが欲しいという人を狙って売り込みをかけていく。
普段から街の奥様方に化粧品を販売している二人だからこそ言葉巧みに奥様を誘導、一人二人とつける人が増えれば増えるほど後は勝手に売れていくのは街が無い。
「なるほど、相手に誘ってもらうんじゃなくてこちらから相手を選びに行くわけね。」
「グリフィーナは強い女の象徴、つけるならやっぱり気に入ったものがいいじゃないですか。」
「そうよね!わざわざ男性と同じものをする理由はないもの、これいただくわ。」
「一本銀貨2枚なんですけど、気に入ってくださいましたしよかったらこちらの羽も差し上げます。」
「あら、いいの?」
「今お使いの帽子には少し合わせづらいですけど、それ用の帽子もありますので興味がありましたら是非。」
「まぁ、お上手ねぇ。でもちょうど新しい帽子を買おうと思っていたところなの、男もそうだけどたまには違うものも欲しくなっちゃうわよね。」
そうですね、というミラのセリフは本心なのかそれともお世辞なのか。
ともかく二人の活躍によってグリフィーナの羽は女性専用品として人気を博し、一緒に買い付けた羽も別の帽子を販売するネタとして有効に活用。
気付けば金貨1枚を軽く超える売り上げになり、まだまだそれは増え続けている。
人気がないなら人気にしてしまえばいい、そんな前向きなアプローチが見事売り上げアップにつながった。
流石というかなんというか、俺がいない間もしっかり店を守ってくれた二人だからこそ出来る息の合った販売に改めてすごさを実感する。
「さぁこの調子で他の物も一緒に売ってしまいましょう。帽子に合うマフラーなんてどうですか?」
「いいですね!もうすぐ冬ですし、二つセットで似合うものを提案すれば絶対に売れますよ。」
「グリフィーナの羽は赤、となるとマフラーは緑や紺なんかもよさそうです。」
「ちょうどマウジー様から買い付けた魔糸がありますからそれを染めて加工してもらいましょうか。」
「決まりです。」
この二人がいれば新天地でも怖いものはない、そう感じさせる働きに終始圧倒されながら買い付けた羽が売れていくのをただただ見守り続けるのだった。




