168.転売屋は手配を頼まれる
「おい、何でこんなに増えてるんだ?」
「言ったじゃないですか、予算削減の流れを受けて色々としわ寄せがきてるって。」
「それでもこれは多すぎだろ。」
「馬車も用意しますし、護衛もお付けしますから。」
「いやいや、そういう問題じゃないんだって、ちょっとなら兎も角馬車三台分の行商とか絶対アイツが出てくるじゃないか。」
「出てきますねぇ。」
先程のやり取りから数時間後、羊男から受け取った書類には想定以上の買い付け品が書かれていた。
当初予定していた武具、それはわかる。
加えて、不足し始めていた石材に武闘大会で提供する料理の食材、各所で提供する酒など各方面の不足分を纏めて手配して来いとのお達しだ。
まぁ金は向こう持ちなので俺は何も言わないが、出てくる人物とやり合う事になると思うと・・・。
まぁ、今更言っても仕方ないか。
「結局買い付けて経費が掛かるんじゃ意味ないよな。」
「それをご本人に言ってくださいよ。」
「それを言うのもお前の仕事だろ?」
「私が言っても聞きませんが、シロウさんが言えば何とかなるかもしれません。」
「かもってなんだよかもって。」
「まだ言った事ありませんでしたよね?」
確かに本人に向かってこうしろと言ったことは無いと思うが、俺が言った所で言う事聞かないと思うけどな。
「その件はまたの機会にしよう、正直めんどくさい。」
「馬車は明日の朝一に店の前にご準備します。作業員は各馬車に乗せますのでシロウさんは買い付けに集中してください。」
「武具はともかく石材と食糧か。」
「経費削減の流れは変わってませんので、出来るだけ安価で仕入れて頂けると助かります。」
「あいつが出てこなきゃなぁ。」
「石材は何とかなると思いますよ、余ってるって話でしたし。」
「問題は食料と酒か。」
「冬に向けての備蓄をどれだけ放出してくれるかにかかっていますね。」
「ちなみにこの街の備蓄は?」
「あの人が手を出すと思います?」
「自前で何とかせずに他所から買い付けようって考えがそもそも気に食わないんだが。」
「それは言わないお約束ですよ。」
これ以上下々が何か行った所で上が変わらなければ意味がない。
俺は言われた仕事をするだけだ。
経費となる金貨10枚を受け取り、受領書を引き渡す。
これだけの金額をポンと渡す時点で俺を信頼してもらっているのが良くわかる。
わかるからこそ、やらなきゃいけないんだよな。
そして迎えた翌朝、三台の馬車に出迎えられ隣町へと出発した。
せっかく隣街まで行くんだ、用意できる行商品は積んでいったけどな。
「しかし、凄いですねぇ。」
「何がだ?」
「あのギルド協会のえらいさんに仕事を頼まれるなんて、しかも現金引換えじゃなくて前金で渡すなんて聞いたことありませんよ。」
同行した冒険者が凄い物を見る目で俺を見てくる。
確かトライゾンっていう名前だったな。
なんだろう、少し出た前歯が特徴的だ。
なんだろう、某鼠小僧を彷彿とさせるなぁ。
っていうかそんな目で俺を見るなよ。
「俺だって聞いたことねぇよ。」
「それだけ信頼されてるって事じゃないですか?」
「信頼、信頼ねぇ。つかいっぱしりに使いやすいだけだろ。」
「あはは、かもしれません。」
重苦しい空気で走るよりかはマシだが、こうも話しかけられると少し疲れる。
少し黙ってくれないだろうか。
「向こうに着いたらどうするんです?」
「行く場所はある程度決まってる、交渉が終わったら買い付けた品を馬車に積み込んでくれ。」
「あれ?この持ってきた奴は?」
「それも別の場所で卸す。」
「了解っす。」
石材と武具には心当たりがある、おそらく用意してくれるだろうが問題は食料と酒だ。
こればっかりはしらみつぶしにあたっていくしかないだろう。
ブラウンマッシュルームを卸している所はどうだろうか。
それでもだめなら・・・。
いや、まだあの女の力は借りない。
どうせ街に入った事をすぐに聞きつけてやってくるだろうしな。
算段を考えているといつの間にか隣町に到着していた。
生返事を返していたからか、トライゾンは途中から静かにしていたようだ。
「何用だ。」
「隣町から来た、これがギルド協会の証明書だ。」
「石材と武具・・・あぁ、闘技大会が近いからか。」
「ちょいと急ぎの品でね、他にもいくつか買い付けるつもりだ。」
「中の品は?」
「ゴールデンバグの羽さ、足しにするために持ってきたんだ。」
「固定買取品・・・ではないようだな。」
「それも確認してる。でも卸す先は冒険者ギルドって決まってるから、固定買取品みたいなもんだろ。」
「ギルドに卸すのなら問題ない、通れ。」
入り口は特に問題なく通過。
ほんじゃま、まずはさくっと買い付けますかね。
まずは初めて来たときにアラクネの糸を卸した業者だ。
事情を説明すると二つ返事で在庫していた石材を売ってくれた。
前回の事を覚えてくれていたようで、また感謝されてしまった。
あれ以降少しずつ値段が下がってきてやっと商売がしやすくなってきたらしい。
「これも兄ちゃんのおかげだよ。」
「それはこっちのセリフだ、助かった。」
「また何か必要になったら何時でも声を掛けてくれ、なんなら工事の注文も大歓迎だぜ。」
「そうだな、大規模工事が必要になったらお願いするよ。」
個人でそんなことをすることは無いと思うが、今回のようにギルド経由で何かをまかされることはあるかもしれない。
その時に知り合いがいるのは非常に助かる。
一台の馬車に石材を満載して、次の場所へと向かう。
次は冒険者ギルドだ。
「隣町から来た、ゴールデンバグの羽を買い取ってほしいんだが?」
「話は聞いています。荷物は外に?」
「あぁ、検品してくれ。」
俺からしてみればデカイカナブンの羽なんだが、加工すると色々と使えるらしい。
外側は固く、中の羽は薄くてしなやかだ。
一つで二つの素材が取れるから加工に向いているんだとさ。
銀貨80枚で買ってきた素材は金貨1枚と銀貨60枚で売れた。
おまけで銀貨80枚儲かれば上々だろう。
税金で少し持っていかれるが、買い付けで多少減らせる。
一応食料と酒について手配できる場所がないか聞いてみたが、残念ながらいい返事はもらえなかった。
どこも冬に向けてため込んでいるので、放出する予定はないそうだ。
ですよね~。
「どこも渋いっすね。」
「この時期だ、仕方ないさ。」
「高値で売ってくれたらいいのに。」
「売るぐらいなら自分の腹を満たしたいって事だろう。それか余力がないか、そのどちらかだ。」
「酒の無い闘技大会なんて嫌っすよ。」
「わかってるって。とりあえず次だ。」
今度は工房街へと馬車を走らせる。
向かうのはもちろん、さっき同様最初にお世話になった工房だ。
「おっちゃん、いるか?」
「誰かと思ったらこの間の兄ちゃんか、久しぶりだな。」
「腰は大丈夫か?」
「おかげさんでもう大丈夫だ。で、デカい馬車連れてどうしたんだ?」
「実はな・・・。」
とりあえず説明しなければ始まらない。
武闘大会の件を説明すると二つ返事で協力を申し出てくれた。
「ようは刃の潰れた武器でいいんだろ?」
「あぁ、必要数はこれだけだ。」
「ならここの職人に声を掛けたら明日の昼までには準備出来るだろ。見習いにやらせるにはちょうどいい仕事だ。」
「マジか、助かる。」
「今日はここに泊まるんだろ?」
「あ~・・・出来れば戻るつもりだったんだが。」
「今日はやめとけ、時化るぞ。」
「時化る?」
急に親方が真面目な顔をして俺を見てきた。
ふむ、トライゾンは何か知ってるだろうか。
「何か知ってるか?」
「え、俺っすか?あんまり詳しくないんでしらないです。でもいいんですか?早めに戻って来いって言われてるのに。」
「お前、冒険者なのに知らないのか?」
「普段はここにいないんっすよ、闘技大会があるから来たんです。」
「流れか、じゃあ知らないのも無理はない。」
「ヤバいのか?」
「あぁ、ヤバい。」
そうか、ヤバいのか。
何がヤバいかは全然わからないが年上の助言は聞くもんだ。
「なら宿を取らないとな。」
「え~!今日中に戻る契約なんですけど。」
「なら一人で帰るか?」
「マジっすか?」
「あぁ、護衛はここでも頼めるし別に構わないぞ。」
「じゃあそうしよっかな~。」
急に嬉しそうな顔をし始めた。
そんなに俺と一緒にいるのが嫌だったのか。
まぁ、俺も聞きたくもない話を聞かされるのは苦痛だったし構わないだろう。
そもそも依頼は一日だったしな。
「じゃあ石材も一緒にもって帰りますね。」
「いや、馬を借りて帰ってくれ。大丈夫、金なら出す。」
「え?」
「ギルド協会には俺が持っていくから気にせず帰ってくれ。」
「でも・・・。」
「兄ちゃん、出るなら早く出た方がいいぞ。暗くなってからじゃ遅すぎる。」
親方の物言いにトライゾンがビビるのがわかった。
「ほら、早く行けって。」
「そ、それなら残ろうかな・・・。」
ん?
急に態度を変えてしまった。
早く帰りたいんじゃなかったんだろうか。
「延長して護衛してくれるならそれなりの報酬を出そう。それでいいか?」
「了解っす・・・。」
何か言いたそうな顔をしていたが、馬車から降りずそのまま座ってしまった。
「何かあったのか?」
「いや?」
「そうか。」
「でさ、注文ついでで悪いんだが食料と酒も買い付けないといけないんだ。どこかいいとこ知らないか?」
「酒かぁ、この時期はどこにもないと思うが・・・仲間にも聞いてみる。明日でもいいか?」
「あぁ、宿にいるから何かあったら呼んでくれ。」
泊りの予定じゃなかったが金はある。
宿泊代は必要経費で落としてくれるだろう。
残るは酒と食糧。
それをどうにかしないとな。
俺は無い知恵を振り絞りながら宿へと足を向けるのだった。




