1651.転売屋は枝豆を茹でる
「あ〜美味い!」
労働の後に飲むエールほど美味いものはない。
それが冷えたものならキンキンに冷えてなくても更に美味い。
冷たい液体が喉を通り抜け火照った体を冷やしていくような錯覚、ジョッキの中身を一気に流し込んで机の上にドンと置くと正面でアニエスが嬉しそうな顔をしていた。
周りの冒険者が見たら驚くぐらいの幸せそうな顔、どうだ俺の嫁さんは可愛いだろうと酔っ払ってないのに自慢したくなる。
今日は仕事終わりのアニエスをギルドまで迎えに行き、その足で飲み屋で飯を食う約束をしていた日。
まぁ俗に言うデートというやつだ。
「今日も一日お疲れ様でした。」
「アニエスもお疲れ様、何か良いことあったのか?」
「いえいつも通りでした。」
「いつも通りなのはいいことだ、何事も平穏無事が一番だからな。」
イベント事があると楽しいけど疲れる、忙しいと儲かるけど疲れる、暇だと気持ちも心も疲れる。
つまり適度に忙しく適度に暇で適度にイベントごとがあるのが一番と言うことだ。
そしてその何もない日に飲むエールの美味さは元の世界と変わらず最高で、でも一つだけ欲を言えばいい塩梅のつまみが欲しくなってしまうわけで。
「いらっしゃいませ、よろしければこちらをどうぞ。」
「ん?頼んでないぞ?」
「実家から送られてきたんですけど、ものすごい量でして消費にお付き合いいただければ。あ!もちろんお代はいただきませんので。」
どうぞごゆっくりと言って店主は厨房に戻って行った。
周りの客にも同じものが振る舞われているので俺たちだけ特別じゃなさそうだ。
よかったよかった。
運ばれてきたのは見覚えのある茶色い鞘付きの豆。
一見すると枝豆、この世界でいうミートビーンズのようだがよく見ると中身が黒っぽい感じだ。
『黒塩豆。製法で栽培されているミートビーンズの一種だが、海辺で栽培されているため中の実に塩気が多く茹でるだけで美味しく食べられる。塩気から加工品には向いていないが実の旨味は他のミートビーンズに引けを取らない。最近の平均取引価格は銅貨41枚、最安値銅貨33枚、最高値銅貨65枚、最終取引日は昨日と記録されています。』
ほぉ、初めから塩気の効いたミートビーンズみたいなもんか。
さやから中身を取り出すと、黒々とした実が湯気を上げながらコロンと出てきた。
そいつを口に放り込むと程よい塩気と豆の香りが口いっぱいに広がってくる。
「ん!こりゃ美味い、いくらでも食べられそうだ。」
「塩気もいいですね、食べていて嫌になりません。」
「それでいて足りなくなったら上からこう塩をかけて食えばエールにかなり合うな。最高の組み合わせじゃないか。」
ビールに枝豆、エールに黒塩豆。
元の世界でいう黒豆のような味が豆の物足りなさを解消し、更には旨味と塩気がエールを何杯も飲ませてくる。
そして運ばれてくる料理もまた美味く、ちょっと飲んで帰るつもりがガッツリ食べて飲んでしまった。
いい感じに酔っ払い、もう何も入らない。
「ありがとうございました!」
「礼を言うのはこっちの方だ、あの黒塩豆はまだまだあるのか?」
「大型木箱一つ分ぐらいは。」
「多いな。」
「鞘から外さなければ日持ちしますので頑張れば何とかなると思うんですけど、毎回この時期に送られてくるので消費が大変で。かと言って断るのもアレですしね。」
異国で働く家族を思って送ってくれたもんなんだろう、それを大変だからと言う理由で断るのは流石に気が引ける。
とはいえ貰ったからには腐らせるわけにもいかないしってな感じだろう。
「そんなにたくさんあるなら売ったらどうだ?この美味さなら引く手数多だろうに。」
「中々そう言うわけにもいかなくてですね。」
「と言うと?」
「塩気が強すぎてかなりの時間茹でないといけないんです。昼から夕方まで茹で続けてやっとこの味の落ち着くんです。」
なるほど、そりゃ他の店で売るのは難しいな。
このためだけにコンロを独占する訳にもいかないしそこまでしたところであまり高い値段では売れない商材だ。
おつまみだからこその需要、俺はメインなので問題ないが皆がそう言うわけにはいかないしな。
ふむ、どうやって売るのが一番だろうか。
一番は茹でたてを提供することだがそれが難しいのであればもっと別の方法を考えなければならない。
黒豆といえばあとは煮豆なんだが、甘く煮るのにこの塩気は大丈夫なのかとかそもそも荷崩れしないのかとか色々と考えてしまう。
なんにせよ儲けが出なければ意味がないんだしそこを考えていかなければ・・・。
「でっかいな。」
「大きいですね。」
「大きいですなぁ。」
結局考えても答えが出るはずもなく、たっぷりと黒塩豆を堪能した翌日。
遠足のお礼がしたいと教会に呼ばれた俺達の前には魔女が薬を作るようなバカでかい窯がドン!と鎮座していた。
なんでもこれを使ってスイートトポテを使った菓子を振る舞ってくれるらしいが、よくまぁこんなでかいやつがあったもんだ。
「元は何に使ってたんだ?」
「昔はこれに聖水を貯めていたそうです。」
「いいのか、そんな大事なもの使って。」
「随分と昔の話ですしそれにこれを使わないと今回のトポテが茹でられません。」
他の野菜と同様に収穫されたスイートトポテは例年の倍以上の大きさで確かに普通の鍋には入らない大きさだった。
とはいえ聖水の入った窯なんかで茹でようものならなんとも神聖なお菓子ができそうな感じだ。
そんな考えをよそに子供達は元気よく釜に芋を放り込み、しばらくすると甘いいい香りが辺りに広がっていく。
かなり深い釜なので底のやつをどう掬い上げるのかと思っていたら、左右に引っ掛けた網を引っ張ることで一気に中身を引き上げていた。
なるほど、確かにこれなら熱い思いをして釜を覗き込まなくても茹で具合を確認できるな。
網目はそこそこ細かく小さめの野菜なんかを茹でても大丈夫そうだ。
ふむ、これは使えるぞ。
ここなら人手もあるし大きな釜も茹でるための場所もある。
あとはどうやって加工したものを売り込んでいくかだが・・・。
「そんなわけで在庫の黒塩豆を売ってくれ。」
「えっと、それは嬉しいんですけど食べるとなると前にお話ししたようにかなり大変ですよ?」
「もちろんそれも考えての提案だ。買い付ける代わりに詳しい茹で時間を教えて欲しいのと、量を買う分値段も勉強してもらえると助かる。」
神聖なお菓子を手土産に昨日の飯屋に行き豆の買い取りを打診する。
昼間に見つけた巨大な釜、その他諸々の条件が揃った事を改めて説明すると最初は難色を示していた店主も最後は納得したように首を縦に振ってくれた。
「つまりその釜で黒塩豆を茹でて、出来上がったものを我々が買い取るんですね。」
「そんな感じだ。勿論茹でたあと冷めたのを納品されても困るだろうから茹ではじめの時間を変えて出来るだけ出来立てを提供させてもらうつもりだ。店は茹でる手間がなくなりコンロが一つ空くし、教会で新しい仕事を得た人が幸せになるし、最後に俺が売り込んで儲かる。」
「でもどうやって一つの釜で茹で時間をずらすんですか?」
「小さい網をいくつも用意してその中に入れた豆を時間をずらしながら投入するんだ。そうやって茹で時間をずらしながら提供時間を調整して、最後は保温用の箱に入れて納品する。そうすれば注文のたびに熱いのを納品できるってわけだな。毎時間茹で上がったのを売りに行くから必要であれば売り子に声をかけてくれ。」
デリバリーをどうするかって言う問題があったのだが、売り子に鈴か何かを持たせてその音を聞いたら買ってもらう感じで行こうと思っている。
客入りで必要量は変わるだろうから事前注文はなかなか難しい。
客に買ってもらって店が持ち込み料を取る方法も考えたが、後々揉めそうだったのであくまでの店主導での提供に統一することにした。
後はこれがどれぐらい売れるかだが、西方にいけばいくらでも売ってるそうなので売れ行き次第では直接買い付けるとしよう。
ひとまず黒塩豆の茹で方問題と販売問題に関しては一応の解決を見せたので後は実際に売り出してみてからどうなるかだ。
今回買い付けたのは全部で銀貨40枚分。
ざっと見積もって1000人分はありそうなのでその時点で原価は銅貨4枚程になる。
この金額だけ見ればかなりの儲けが出そうなもんだが、ここに茹でる人とデリバリーする人の人件費を加味するとおよそ銅貨6枚分にはなるんじゃなかろうか。
一人で全部宅配させるわけにもいかないし、茹で時間が長い分それだけ多くの人の力を借りなければならない。
なんだかんだ言って一番高いのが人件費なんだよなぁ・・・。
それでも一人前銅貨10枚で売れれば銀貨40枚は儲かる計算になるし、それが10日で完売すれば月間の儲けは金貨1枚を超えるんだから商売としては悪くないだろう。
もちろんそこに自分の人件費は加味されていないから色々考えるとかなり儲かるというわけではないけれど、誰かに委託してやってもらうには悪くない。
いずれここを離れるのは確定なんだからいまからその辺をしっかり準備しておいて、俺は豆を流すだけで儲かるようにすればいい。
右から左に転売するだけで金が転がって来るとか最高じゃないか。
安く売って高く売るのも楽しいが、そういう継続的な儲け方も嫌いじゃない。
なにより冷たいエールと一緒に美味い豆を食えるのが一番幸せだ。
この夏、黒塩豆とエールが街中で大流行し労働者の喉と腹そして心を満たしたのだった。




