1638.転売屋は体調を崩す
この夏はいつもとちょっと違う。
暑さに関しては例年と変わらずむしろ少し涼しい感じはあるのだが、今までの大寒波!みたいな感じで酷暑!というような雰囲気は今のところない。
少し違うのは暑さとかではなくもっと別の部分で起きているのではないだろうか、と言うのが俺の仮説だ。
「デカ!」
「あはは、この夏の野菜はどれも大きくてそれでいて味は悪くないんです。もちろん栄養も満点ですよ。」
「それにしてもこのデカさはちょっとなぁ。」
「まぁ見た目はちょっとアレですよね。」
持ち込まれた浅漬け用のピペーノはズッキーニかって言うぐらいにデカくて太くなっていた。
普通ここまで大きくなると水っぽくて美味しくなくなるのだが、試しに食べてみるとしっかりと味が残っていていつものと何の遜色もなかった。
土の栄養価が高くて大きくなったって言うわけではなくどっちかって言うと魔素が満ちているような感じ、アグリの畑がまさにそんな感じだった覚えがある。
「豊作なのはいいんだがこれだけでかいと一本漬けにして売るのは難しそうだな。」
「そうなんですよ、昨日の夜見た時はまだまだ小さかったのに朝一番で見に行ったらこんなのになっちゃって、どうしましょう。」
「そのままじゃ売れないし乱切りにして少し辛めに漬け込むしかないか。ファイアペペロンを入れて刺激のある味にすればつまみにもなるだろう。」
流石にこのデカさを一本漬けにするのは無理があるし、なによりビジュアルがよろしくない。
それならば別の販路で売るしかないのだが、困ったのはそれ以外の野菜も同じようにデカくなってることだ。
どれも通常の二倍以上の大きさになっていて見た目に美味しそうかといわれると何ともいない感じだ。
豊作なのはいいことなんだが、流石にこれは扱いに困る。
裏の畑だけならともかく他の畑でも同じことになっているってのが気になるんだよなぁ。
「っと。」
「どうしました?」
「いや、ちょっとふらついただけだ。」
「風邪ですか?」
「いや、そう言うんじゃない。朝からちょっと飲みすぎたみたいな感じなだけだ。」
寝起きからちょっとふらつくと言うか軽い二日酔いみたいな感じが続いている。
別に飲みすぎたわけじゃないしそれでいて熱があるような感じでもない。
なんとなく似た症状を知っているがアレともまた違うんだよなぁ。
「お大事にしてください。」
「そうするよ。とりあえず他の野菜は加工できないか模索してみてくれ。トトマトとロングコーンは乾燥させても使い道あるから扱いに困ったら持ってきてくれ。」
「ありがとうございます!」
「その分も含めての代金な、明日もよろしく。」
本日の支払いは全部で銀貨4枚ほど、ピペーノだけでかなりの量なのだが少し辛目に味付けをして店に出せばこれだけで十分元が取れそうだ。
他の野菜は乾燥させて保存用や調理用にしてやれば別の販路で売れていくことだろう。
やり方次第ではこのデカいのでも十分利益を出せるはず、これが続いたとしてもまぁ何とかなるだろう。
体調不良もそこまで心配されることもないだろうし時間が経てばまた元に戻る気がする。
美味い肉と野菜を食えば直ぐ元気になるはずだし、いいやつを探しに行くとするか。
そんなわけでいい感じの肉を探しにいつもの肉屋へ向かったわけだが、店の前はものすごい行列ができていた。
確かにおっちゃんのところの肉は美味いがここまで並ぶことはなかったはず、何かあったんだろうか。
よく見るとその列の中にクーガーさんを発見した。
「クーガーさん、これはいったい何なんだ?」
「お、シロウじゃないか。あれをみてみろよ。」
「うぉ、なんだあのデカいのは。ワイルドカウにしてはデカすぎるしブラックホーンって言う感じでもないな。」
「あのデカさでワイルドカウなんだとさ。」
「嘘だろ、通常の二倍はあるぞ。」
あまりのデカさに苦労しながらもオッちゃんが汗を垂らしながら慣れた手つきで捌いていく。
それにしてもよくなぁこんなデカいのが見つかったもんだ。
クーガーさんについて行って話を聞くと、いつもの業者から買い付けたのが持ち込まれたと思ったらこのデカさだったらしい。
しかも一頭だけじゃなく三頭がこのデカさで持ち込まれたとか。
野菜は何となくわかるが牛がデカくなるってのはどういうことなんだろうか。
ダンジョンだけでなく野生で生きていたやつが持ち込まれるのはよくある話だけれど、それでもこのデカさは明らかに異常だ。
何か薬でも盛られたんだろうか。
「ってなことがあったんだが、ギルドはどうだ?」
「そう言った報告は上がってませんね。ただ、例の状態の良い素材は今日も持ち込まれたそうです。」
「相変わらず出どころは不明か。」
「はい。」
冒険者ギルドに立ち寄ってさっきの話をアニエスに振ってみたのだが、どうやら同じものは持ち込まれていないらしい。
それよりも前々から持ち込まれている出どころ不明の最高品質素材は今も持ち込まれているようだ。
相変わらず冒険者に出所を聞いても答えず、無言でお金をもらって帰っていくらしい。
「鑑定しても異常は認められないし状態がいいものを買い取らない理由もない。もちろん相場の兼ね合いで個数制限をかけ続ける必要はあるがそれにも限界があるだろうなぁ。」
「いいものが安く手に入るならそれに越した事はありませんから。」
「それで困るのは冒険者だけ、長い目で見れば愚策でしかないんだが世間はそれを許してくれないか。」
短い視点で見ればいいものが安く入ってくるなら皆万々歳だろう。
だが、良い物が安くなればそれだけ普通の物はもっと安くなる。
その他大勢の冒険者が持ち込む普通の素材の価格が下がれば冒険者に実入りが減り、減った分を稼ごうとさらに多くの魔物と戦わなければならない。
もちろんリスクは上がるしそれでいて収入が変わらないとなれば、長期的にみてマイナスしか発生しないのだがそこまで考えてい人がどれだけいるんだろう。
「引き続き情報収集に努めます。」
「よろしく頼む。」
「あの、大丈夫ですか?」
「何がだ?」
「体調がよくないように見えたので。」
アニエスに指摘され思わずドキッとしてしまった。
そんなに深刻な体調不良じゃないのでバレないと思っていたのだが、どうやら嫁さんに隠し事はできないようだ。
心配そうにこちらを見るアニエスに向かって作り笑いをすることもできたのだが、やれば余計に心配させてしまうのでとりあえず口角を上げておく。
「昨日腹を出して寝てたのかもな。」
「この時期の風邪は拗らせると大変ですから無理はしないように、と言ってもダメなんでしょうね。」
「善処はする。とりあえず子供達にうつすわけにいかないから暫くは店で寝泊まりするつもりだ。」
「・・・わかりました。」
何か言いたいことはあるようだがこれ以上言っても無駄だと思ったんだろう、何も言わずに小さくため息をつかれてしまった。
なんだか余計に心配かけてしまったようだ。
「とはいえ悪化させたくないから今日は肉でも食って早めに寝るさ。アニエスは大丈夫か?」
「特に大きな変化はありません、少しだるいぐらいです。」
「おいおい大丈夫か?」
「月の物が来ているだけですので大丈夫です。」
おっと、自分の嫁さんとはいえ聞くのはちょっと野暮だったか。
男と違って定期的に来る不調、前に経験した魔素中毒なんかが男性に多いのは女性は定期的に魔素を排出できるからだとその時教えてもらった。
恐らくそういうのじゃないと思うんだけども、一応気をつけよう。
アニエスと別れて肉を買いに市場へ戻ると、先ほどの肉はすべて売れてしまいいつものやつだけが残っていた。
「さっきのは全部売り切れたのか?」
「あぁ、あのデカさを捌いたのは初めてだが案外同じなんだな。」
「味はどうなんだ?」
「味見してみたが特に変わりはなかったな、むしろ美味かったような気もする。」
肉のプロにしては随分と曖昧な返答だが、それだけ思っていたのと違ったってことなんだろう。
普通大型になると味が悪くなる傾向があるのだがどうやらこいつはそうでもないらしい。
「気がするだけかよ。」
「美味いのは美味いんだが、少し味がぼけているような感じもする。売っておいてなんだが俺はいつもの方が好きだな。」
「せっかく食うなら美味い方がいいよなぁ。」
「そういうことだ。ん?顔色が悪いな、風邪か?」
「やっぱりそう見えるのか?」
「あぁ。でもまぁ肉を食ってゆっくり寝たらすぐ治るだろ。」
オッちゃんお勧めの肉を買い付けてそのまま急ぎ店に戻る・・・はずだったのだが、行きと比べると明らかに調子が悪い。
一歩進むだけで息が上がり、目の前がふらふらしてくる。
何度も座って休憩しながら少しずつ店に戻っていたのだが、その途中で俺と同じように座り込んでいる人たちがいた。
そのほとんどが男。
全員呼吸が浅く顔色が白い。
「主殿、大丈夫ですか!?」
「ジンか・・・周りはどうなってる?」
「どうやらみな同じ症状のようですな。歩けますか?」
「歩けるが、息が苦しい。」
「とりあえず店に参りましょう、肩をどうぞ。」
体調不良者があまりにも増えて通りのいたるところで騒ぎになっている。
見た目老人のジンにもたれかかるのはビジュアル的に気が引けるが、実際は何の問題もなく引きずられるようにして店へとたどり着いた。
「店長!?」
「バーバラ殿、急ぎ水をお願いします。」
「わかりました!」
店に到着した安心感で一気にだるさが増していく。
喉が渇いた、肉を冷やしておかないと。
そんなどうでもいいことが頭の中を駆け巡り・・・。
「主殿、しっかり!」
ジンの声に反応することもできずそのまま意識を手放した。




