1634.転売屋は肌着を買い付ける
肌を焼くような日差しが降り注ぐ中、いつものように市場を回り必要な物を買い付けて回る。
暑い夏ではあるのだが、日陰は比較的涼しくてしばらく待てば心地よい風が体を冷やしてくれる。
それでも肌に張り付いた肌着は汗を吸って重くなり決して快適というわけではない。
「はぁ、早く着替えたい。」
「もう少しの辛抱です、次の店を回れば終わりですので。」
「ジンは気持ち悪くないのか?」
「服ですか?さほど気にはなりませんが、汗をかかないからでしょうか。」
「うらやましい限りだ。」
強欲の魔人は汗をかかないらしく飄々としている。
見た目は太陽の下を歩かせちゃいけない老人風なのに中身はバイタリティ溢れまくってるからなぁ。
はぁ、べたついて気持ちが悪い。
汗をかくのはいい事なのだが張り付く感じが好きになれない。
夏も冬も似たような素材の肌着を着ているだけに、もっとこう改良したものがあればいいんだがなぁ。
「おや、主殿なにかありますぞ。」
「布・・・っていう割には薄いな。麻かなにかか?」
「見て見ましょう。」
ジンが見つけたのは老婆が店番をする小さな露店、店頭に並んでいるのは薄茶色の布。
向こう側が透けて見えるぐらいの素材は風通しが非常に良さそうな感じだ。
「失礼奥様、これはなんですかな?」
「うちの村に代々伝わっておる植物を編み込んで作った布ですじゃ。」
「植物性、そのわりに肌触りは悪くないな。」
「そのようですな、思った以上にサラサラしております。」
「肌触りがいいのはこの植物が汗を吸って毛羽立ちを抑えるから、これを着て寝るとよく眠れるんですす。」
確かに老婆の言うように植物性の割にさらっとしていて撫でていても繊維が引っかかる感じがしない。
向こうが見えるぐらいに透けてるおかげで通気性は抜群、これはありだな。
「これはいいものだ。服を仕立てればさぞ涼しい感じになるだろうなぁ。」
「これを何枚かか重ねると透けませんから湯上りなどに着ると風が抜けてそれでいて冷えることもありませんよ。」
「なるほど、湯上りに着るのもありか。」
火照った体を風で冷ましつつ見た目もカバーする。
個人的には透けている方が好きなのでこれを女達に着せるのは・・・ありだな。
「これをもらおうか。」
「ありがとうございます、どのぐらいしましょう。」
「全部だ。」
「それはまたありがたい、どうぞ素敵な服を仕立ててくださいまし。」
値段も確認せずに全部買うと言ってしまったが予想以上に安い値段で驚いた。
村に戻ればまだ在庫があるとのことだったのでとりあえず金貨1枚を押し付けて今日持ってきている在庫をすべて回収。
払い過ぎた分を手つけにしてまたこっちに来るときに残りを納品してもらう事で話がついた。
金貨を見た瞬間あまりの驚きようにそのまま天に召されるんじゃないかと心配したぐらいだが、なんとかもどってこれたようだ。
買い付けた反物を手にそのまま店に・・・戻るわけもなく、いつものようにアルトリオの扉を叩いた。
「あれ、シロウさん!それなんですか?」
「さっき買い付けてきた新しい布だ。リンテイムを使った布なんだが知ってるか?」
「え、あのごわごわの奴ですか?でもそんな風には見えないですけど。」
『リンテイムの布。水場に生えるリンテイムを使った布だが、通常と違い繊維一本一本をほぐしてから編み込んでいる為非常に肌触りがよくさらに通気性に優れている。ほぐすことで繊維が汗を吸いやすくなるのでべたつきなどを感じなくなるのが特徴。最近の平均取引価格は銅貨47枚、最安値銅貨39枚、最高値銅貨77枚、最終取引日は本日と記録されています。』
リンテイムそのものは特に珍しい植物でもないので、値段もそこまで高くない。
一般的には収穫した野菜を入れるドサ袋的な物に使われることが多いが、服にも加工されている。
しかしながら繊維が荒く肌触りがチクチクするので肌着などには使えない物なのだが、今回のこれは明らかに違っているようだ。
「そんな風に見えないが実際そうなんだよ。」
「すごい、こんなに透けてるの初めて見ました。ちゃんと手を加えて一本一本丁寧に織り込んでますね、これってすごい高かったんじゃないですか?」
「そう思うか?」
「だってこれだけの仕事ですよ?普通のリンテイムならこんな触り心地になりませんし、こんな風になるのも知りませんでした。」
王都で人気の裁縫職人ですら知らない新しい?素材。
アルトリオの紅一点、アルトリアが楽しそうに生地を触っては透けた向こう側を見て笑っている。
「因みにこれで肌着を作ろうと思うんだがどう思う?」
「えぇぇぇ!これでですか!?丸見えになっちゃいますよ!」
「流石にこのままじゃアレだから何回か重ねるとか、カップの部分は別の素材を使うとかした方が良いだろうけど服の中に着る感じで使うならアリじゃないか?汗を吸うからべたつきもないし下着が見えるのを隠す事も出来るぞ。」
「なるほど、下着の上に身に着けて透けないようにするんですね。確かに汗を吸ってくれるのは嬉しいかもしれません。胸元とかべたついちゃいますし。」
「冒険者も鎧の下に着ておけば通気性もいいから暑さ対策にもなるだろう。ここにある生地全部使っていいから何か適当に作ってもらってもいいか?」
「わかりました、ちょっと兄と相談してみます。」
新しい素材に目を輝かせるアルトリア、きっと上の二人も同じ反応を示してくれることだろう。
とりあえず生地を預けて店に戻り残りの仕事を終らせる。
その日は特に何の連絡もなかったが、翌日開店前の店にアルトリオの三人がやってきた。
「おいおい、三人とも凄い顔だな。まさか徹夜したのか?」
「そのまさかです。」
「こんなすごい素材を任せていただいてやる気に満ち溢れてしまいまして。」
「気づいたら朝でした。とりあえず試作品が出来たので見てもらってもいいですか?」
目の下にクマを作りつつも満足感というか達成感に満ち溢れた表情でそれぞれが作った試作品を自慢げに突き出してくる。
一つは一般的なタンクトップ、続いて肩紐の細めのキャミソール風、最後はネグリジェのようなナイトドレス。
男性向けというか女性向けに振り切った感じもしないではないが、まぁこの透け感だとそうなるよなぁ。
「色がかなり地味だからそういうのは似合わないと思ったんだが、案外ありだな。」
「元になる糸がかなり細いので染めればもっと明るい色なんかも作れるかもしれません。これに関しては作り手にお願いするしかないですけど、折角なら明るい色があった方が良いですよね。」
「まぁなぁ。」
薄めのベージュなのでいかにも肌着!っていう感じになってしまうが、機能性で考えれば抜群にいい物なので見た目を気にしなければ全く問題ないだろう。
だが、キャミとかドレスは明るい色じゃないと売れなさそうなのでこの辺は要検討というところか。
「因みにこんなのも作ってみました。」
「これは・・・下着?」
「透けすぎてちょっとあれですけど、悪くないかなって。」
「女性目線でそういう風に感じるなら十分ありだろう。決して俺がこういうの好きだからじゃないぞ?」
「そういう事にしておきますね。」
「今までたくさん買ってもらってるんでちょっと言い訳が苦しいと思うんですけど、今更じゃないです?」
「うるせぇ。」
折角綺麗に収めてくれたのに掘り起こすんじゃないっての。
とにかくだ、いい感じの試作品が出来たのでそっちの方向で本生産に入ってもらうことにした。
染めに関しては次のを持ってきてくれた時にお願いする予定だが、こっちはこっちで染めの職人にも声をかけて生地の状態で染められるかも確認しておく。
試しに試作品のシャツを着てみたのだが想像以上にサラサラで汗による不快感を一切感じなくなっていたのでこれなら十分勝算がある。
下着やネグリジェなんかは娼館を通じて売り込めば間違いなく売れるだろうし、彼女たちも暑さには困っているだろうし見た目も良くて着心地も良ければ多少高くても買ってくれるはずだ。
何より触り心地もいいのでいろんな意味で楽しめること間違いなし。
機能性だけでなく見た目もカバーできる最高の肌着がこうして出来上がった。
「これがその肌着ですか。」
「あぁ、悪いがしばらくつけてもらって感想を聞かせてもらえると助かる。特に女性向けの方はこれからの時期肩を出したような服が増えるしそういう時に使えるのかも見極めたい。」
「わかりました。」
「これが上手くいくようなら廃鉱山のみんなに生地から作ってもらえば向こうでも販売できるだろう。探索時の不快感が少しでも解消されればそれだけ探索効率も上がる、結果よりいい物が出に入るという最高の流れに期待するとしよう。」
アニエスさんに使ってもらってお墨付きが出れば商品としても完璧、安心して販売も出来る。
後はどのタイミングで冒険者に売り出せるかだが、ある程度まとまった数が出来てからの方が作り手としてもありがたいだろう。
さて、後はモニターを増やして評判を上げていくわけだが・・・。
「おや、これは?」
「それは同じ素材を使った下着だ、いい触り心地だろ?」
「これは下着と言えるのでしょうか。確かに覆ってはいますが・・・好きですよね。」
「誤解しないでほしいんだが、俺が作れって言ったんじゃないからな?アルトリアが自主的に作っただけだ。」
「そういう事にしておきます。折角ですので履きますか?」
「・・・是非。」
自分の嫁が折角履いてくれるっていうんだから断る理由はないよな?
前はともかくお尻の方はほぼ丸見えという感じの仕上がり、アニエスの引き締まったお尻がよく映える。
その日晩はいろんな意味で大盛り上がりしたのは言うまでもない。
夏の新しい選択肢、今後この肌着が普通になる事を期待しつついくらで売るべきか試算を続ける。
安く売って数で勝負するかそれとも高く売って満足度を上げるのか。
銅貨数枚を稼ぐのがどれだけ難しいのか改めて感じながら次なる施策に知恵を巡らせるのだった。




