1633.転売屋はドラゴンの骨を打ち出す
「えっと、これが買取した分でこっちがその残りです。」
「随分と残ったな。」
「すみません、珍しい物だとはわかっているんですけど使い道のない部分は買い取れなくて。」
いつものように店番をしていると、冒険者ギルドから呼び出されてしまった。
何事かと向かった俺を待っていたのはギルドの裏にうずたかく積まれた大量の骨と鱗、その横に小さな骨の山。
この間南方で回収してきたシードラゴンの死骸は余すところなく冒険者ギルドに買い取られるはずだったのだが、どうやら血の一滴というわけにはいかなかったようだ。
残されたのは小骨のような細かったり小さかったりするものばかり、突然の持ち込みに冒険者ギルドも大騒ぎになってしまったが一応引き取り手も含めて落ち着いたようだ。
渡された買取明細には金貨55枚の記載。
滅多に手に入らない素材だけに中々の値段が付いたようだが、これをもってしてもまだ総支払額には足りないんだよなぁ。
残すところあと四か月、もう少し頑張らないと。
「まぁいいさ、残りはこっちで何とかしよう。」
「よろしくお願いします。」
「代金はしばらくギルドで保管しておいてくれ、また折を見て回収に来る。」
「わかりました!」
「アニエスは?」
「アニエスさんでしたら会議室で新人向けの講義をしています。」
「了解、邪魔したな。」
小骨を袋に入れて一度店へと戻る。
折角なら祝杯がてらアニエスと食事でもと思ったんだが、仕事があるなら仕方がない。
おとなしく店に戻って夜にでも遊びに行くとしよう。
「おかえりなさいませ、いかがでしたか?」
「ほぼほぼ買い取ってもらえたが小骨が残った。」
「ふむ、余すところがないと言われるドラゴンでも余るところはあるのですなぁ。」
「とはいえこの細さじゃなぁ、中々使い道もなさそうだ。」
袋からトレイの上に転がり出てきたのは細長い小骨たち。
太さは1cmにも満たず、長さは短い物で5cmほど長い物で15cmぐらいだろうか。
ある程度太ければアクセサリーとか色々と使い道があったかもしれないが、ここまで細いとなると中々思いつかないんだよなぁ。
強度はそれなりにあるのか折ろうとしてもしなるだけで折れたりはしないあたり、さすがドラゴンの骨って所だろうか。
先っぽが鋭利なので下手に力を入れるといとも簡単に指に刺さってしまうので扱いには気を付けなければならない。
かといって吹矢のように使うにも弾力がありすぎる上に細くて軽いのでどこかに飛んで行ってしまいそうだ。
「捨てるしかないか。」
「それはもったいないのでは?」
「じゃあどうする?」
「少しお時間をいただけますかな、考えてみますゆえ。」
もし仮にこれで何かを作れたらそれだけで丸儲け、ジンがやってみたいというのならば好きにやらせてみよう。
そんなわけで小骨を使って何かを考えているジンの代わりにいつものように店を回す。
日中は暑すぎて客が来ないはずなのに今日に限って買取が多いかったのだが、聞けばダンジョンの奥でオーグルの巣が見つかったらしい。
それも要塞と呼べるような中々の規模に発展しているらしく近々討伐隊が編成されるんだとか。
そういえばダンジョン街にいる時に魔物の巣を襲撃して飼育していた豚を盗んで飢えさせ、目の前で調理して怒らせたっけなぁ。
我ながら鬼畜なことをしたものだがこれも魔物と戦ううえで必要な作戦、冷静でいられなくなった魔物は怒りに任せて戦いを挑みものの見事に返り討ちにされていた。
要塞を攻略するのは中々に大変なのでいかに相手を動揺させるかがカギになる、果たして今回はどうするんだろうか。
「出来ましたぞ!」
「お、出来たか?」
「これを使えばどのような相手でも簡単に制圧できます!」
「・・・これで?」
「いかにも。」
自信満々の顔でジンが持ってきたのは、ビー玉ぐらいの粘土に小骨をぶっ刺しただけの何とも粗末なオブジェだった。
いや、マジで粘土を小骨が貫通しているだけでそれこそうちの子供達でも簡単に作れそうな代物だ。
いったいこれで何を制圧するというんだろう
「あー、とりあえず聞かせてもらおうか。」
「見た目は確かに残念な感じですがこれをこうして、こうすると。」
「おぉ、骨が柔らかいから刺さることなく丸くなるのか。」
「その通り、これをスリングに装填して打ち出してみてくだされ。」
「了解。」
いがぐり状態の粘土だったが小骨の根元を優しく押していくと粘土の地肌部分が見えてきたのでそれをスリングに装填し、店の外に出て狙いを定める。
目標は道を挟んだ反対側に置きっぱなしにされている樽。
こんなに弾力のある小骨が刺さるとは思えないのだが、そんな軽い気持ちで打ち出した次の瞬間。
タタタタ!という気持ちのいい音共にいがぐり粘土が樽に突き刺さっていた。
「どうなってるんだ?」
「粘土は柔らかい為着弾と同時につぶれてしまいますが、小骨は打ち出された勢いで相手に突き刺さる事でしょう。この細さでもドラゴンの骨、これが生身なら体の中までめり込むに違いありません。」
「・・・凶悪すぎるだろ。」
「お褒めにあずかり恐悦至極。」
確かに樽だから途中で止まって見えるが、これが生身なら体の中にめり込んで動くたびに他の場所を刺し続ける極悪仕様。
うーむ、非人道的すぎて使うのをためらってしまうがそれが魔物相手なら話は別だ。
なんならこのとげの先端に毒を塗りこめばいともたやすく毒を浸透させる事も出来るだろう。
もちろん扱いは慎重に行う必要はあるがこれはこれで面白いかもしれない。
粘土に刺しておくことでまっすぐ飛ぶようになるし、スリング用の弾として使えるようになるとは中々考えたもんだなぁ。
「ほかに何か使い方はないか?」
「もう少し固ければ地面に埋めることも考えたのですが、この柔らかさだと射出するのが一番効果的でしょう。」
「なるほどなぁ。盾で防がれさえしなければかなり効果的か。」
「先端に毒を塗るのもよろしいですが、個人的にはサイクロプスの血液を塗る事をお勧めしますぞ。」
「あのデカブツの?」
「彼らの血液を摂取した魔物は凶暴化する傾向がありますので同士討ちさせるにはもってこいでしょう。特に体内に直接届けてやればすぐに暴れ出すはずです。」
毒だけだと倒せるのは一匹だけ、だが凶暴化させることで上手くいけば何匹もの魔物を葬ることができるかもしれない。
もちろんそいつと対峙しなければならないというリスクはあるが、砦のようなすぐに外に出れないような環境であればこちらに被害が出る可能性は低い。
さすが強欲の魔人、ただでは終わらないネタをよくまぁ思いつくものだ。
「つまりこれでオーグルの要塞を攻撃して来いと?」
「いかにも。討伐隊が到着する前に数を減らしておけば彼らも安心して戦えるはず、後はうちに素材を持ち込もらえれば大儲け間違いなしですぞ。」
「確かに今回は儲かるかもしれないがそれ以外の使い道を思いつかないんだが?」
「それに関してはおいおい考えれば良いでしょう。ただこれを売るのではなく別の物を手に入れて稼ぐ、それもまた立派な金儲けでございましょう。」
「俺的には何もせずに金だけ転がり込んでくれば一番ありがたいんだが、世の中そう上手くはいかないか。」
討伐隊に武器也道具也を売り込んでその代わりに素材や武具を持ってきてもらう、これが一番安全かつ最良の商売の仕方なのだが残念ながらそういうわけにはいかなさそうだ。
それならばいっそ自分達だけで壊滅させれば素材は総取りできそうなもんだが、相手の数が多すぎるとそれも叶わないわけで。
結局できるのは数を減らして他の冒険者が戦いやすくすること、ってことで討伐隊が出発するよりも先に現地入りして増えすぎたオーグルの居城を目指した。
「あそこです。」
「おーいるいる、ひーふーみー・・・よくまぁこれだけ集まったな。」
「私が関知する限りはおそよ33体のオーグルがいるようです。中にはハイオーグルもいるようですのでお気をつけて。」
「気を付けるも何も俺は離れた場所から攻撃するだけ、それじゃあさくっと終わらせますか。」
岩場の下を使って見事な城壁を作り上げるオーグル。
その下には大きな穴が開いておりあの中にアティナの言うハイオーグルがいるんだろう。
普通のオーグルならともかくハイオーグルともなると、集団でドラゴンを攻撃することもある非常に凶悪な魔物。
出てくるとかなりの被害が出るだけにおとなしくしておいで貰えるとありがたいんだが・・・。
まぁ出てきたら出てきたで後はみんなが何とかしてくれるだろう。
俺の仕事は奴らの数を減らす事、ということで例の小骨弾にサイクロプスの血液をたっぷりとつけてから巣の中にいるオーグルに狙いを定める。
奴らがこちらに気付くより早く見張りをしていたオーグルに小骨玉を打ち込んだ。
「おい。」
「おや?思ったよりも殺傷能力が高過ぎましたな。」
「なんで小骨が貫通してるんだよ。即死したじゃねぇか。」
確かに弾はオーグルの胸辺りに命中した。
当初の予定では体にめり込んで血液を体内に送り込み凶暴化させて大暴れさせるはずだったのだが、実際は小骨が体を貫通しオーグルは暴れることなく即死してしまったようだ。
突然のことにハチの巣を叩いたかのように騒ぎ出すオーグル達、あれだけ動かれると次のを狙うのは難しい。
「はっはっは、思ったよりも柔らかいようですなぁ。」
「笑い事じゃねぇだろ。あ、こっちに気付いたぞ!」
「気づかれたのなら仕方ありません、撤退しつつ出てきたのを迎え撃ちましょう。」
「はぁ、数を半分に減らしとくなんて大見得切るんじゃなかった。」
「大丈夫、ここから減らせば嘘にはなりません。」
戦闘狂・・・じゃなかった戦闘用ホムンクルスが巨大なハンマーを手に仁王立ちする姿は何とも絵になる物があるけれどそれなら気づかれる前にボムツリーの実とかを打ち込んで陽動した方が良かったんじゃないだろうか。
まぁ、ジンも一緒ならオーグル程度に遅れをとる事はないと思うけども。
「全部倒すなよ半分でいいからな。」
「お任せください。ではいってまいります。」
結局討伐隊が来るまでの間にほぼほぼのオーグルが殲滅されてしまい、彼らの出番はほとんどなくなってしまった。
襲撃している途中、何度か小骨弾を打ち込んでみたのだがそのたびに骨が体を貫通してしまい本来の役目を果たすことは出来なかったけれど、とりあえず性能は分かったのでそれで良しとしよう。
必殺小骨弾。
消耗品なのでいずれは無くなってしまうだろうけど、それまでの間にいったいどれだけの魔物を葬り、俺に金をもたらしてくれるのだろうか。
ドラゴンの素材に捨てる場所はなくすべてが金になる、その言葉に間違いはなかった。




