1626.転売屋は大海嘯を見る
春の終わりの満月の日。
引力の関係かその日に限り海の水が川を遡っていくらしい。
俗にいう大海嘯という奴なのだが、元の世界では動画か何かで見たことがある程度で生では一度も見たことがない。
有名なのは渦潮だがあれとはまたちょっと違うんだよなぁ。
津波のように水が川を遡る様は圧巻の一言、それをこの世界でも拝めるとは思わなかったが、どうやら話はそれだけでは終わらないらしい。
「なるほど、遡る波に運ばれて魔物が遡上することで大騒ぎが勃発すると。」
「本来なら干渉することのない魔物が一堂に会するんじゃ、それはもう凄まじい物が見られるぞ。」
「僕も見たい!」
「んでもって弱った魔物にトドメをさして漁夫の利を得るわけか、ガルグリンダム様はそのために俺たちを寄越したのか?」
「坊主の考えはわからんが一生に一度は見ておくべき光景ではあるな。特に空からの景色は格別じゃぞ。」
波に乗って海の魔物が川に乗り込み、ナワバリを侵されたと川の魔物がそれを迎え打つ。
まさに怪獣大戦争、わざわざそれに突っ込む必要はなく敗れ去った魔物を回収するだけでもそれなりの儲けが出るのは間違いない。
彼らからすると命懸けの戦いだが第三者からすれば全く関係のないただのボーナスタイム、普通は海まで押し流された魔物を回収する程度だが俺とバーンにかかればリアルタイムで望んだ死骸を回収できる。
となると集積場的なのを準備しておいた方がいいだろうな、それと人を雇って随時解体もしてもらえると非常に効率がいいわけで。
川から離れた空き地なら魔物に襲われることもないだろうからそこでガッツリ頑張ってもらうのはどうだろうか。
ありじゃね?
「それはいつ起こるんだ?」
「月の大きさからして明日の昼間かのぉ。」
「ってことは時間がないわけか。よし、急いで準備に取り掛かるぞ!」
「はい!」
「なんじゃまた金儲けか?」
「見る方も楽しませてもらうつもりだが目の前に金が転がっているのをみすみす逃すのは勿体無いだろ?」
魔物同士が勝手に戦い合って素材が転がってくるボーナスタイム、もちろん大海嘯そのものを楽しむつもりでいるけれど目の前を金になる物が流れていてそれをスルー出来るほど欲の薄い人間ではない。
ってなわけで急ぎ遡上する川を確認しに向かい、魔物を回収する空地を探索。
ちょうど川と村の間ぐらいの場所に開けた場所があったのでそこで回収と剥ぎ取りを行うことにした。
最中に魔物が来ても困るので今日の内から魔除けを大量に焚いて安全を確保、後は護衛の冒険者と剥ぎ取りの出来る人を多数雇って随時木箱に詰め込んでもらうことに。
積み込みさえできたら後は王都に運び込むだけ、とりあえず下処理さえしてもらえれば十分だ。
「今日は忙しい中集まってくれて感謝する。これから大海嘯が起きて多くの魔物が戦うことになるだろう。皆には俺が回収してきたそれらの魔物の剥ぎ取りと下処理をお願いしたい、報酬は最初に提示した基本給に加えて積み込んだ木箱の量に応じて追加報酬を出すつもりだ。正直素材の状態は良くないだろうから皮なんかは出来る限り剥ぎ取るだけで構わない、その代わり魔石や爪、骨なんかの部位は出来る限り解体して積み込んでくれ。食用になる肉はその日の食事と報酬として使うつもりだから出来る限り血抜きと切り分けを頼みたい。やればやるだけ儲かる仕事だ、大変だと思うがどうかよろしく頼む。」
「「「「はい!」」」」
翌日。
急な要請にもかかわらず総勢20人を超える人が広場に集まってくれた。
これだけの人数がいると人件費も中々なものになるが、グランマからはそれを上回るだけの魔物が手に入るという話を聞いているのでそれを信じるしかない。
まぁ最悪手に入らなかったとしてもいつもバーンが世話になっている村の人達に還元できるわけだからそれはそれでいいんだけどな。
「魔物が動き出すのが昼過ぎ、それまではここでのんびり待機しておいてくれ。」
「それじゃあ行ってきま~す!」
大海嘯が始まるまであと数時間、今はつかの間の休息時間ってことで皆を残してバーンと共に空から様子を伺うことにした。
ナイル川とまではいわないけれど中々広くて長い川が蛇のように森の奥深くへと伸びている。
重力の影響があるとはいえこの川をものすごい勢いで水がさかのぼっていくってのはちょっと想像つかないんだが、まぁ後は始まってからのお楽しみと。
とりあえず川をさかのぼりながら川に生息している魔物や獣を確認。
一般的なリザードマン系から、巨大なヒッポー系さらには大量のクロコダイル系が岸を覆いつくしている場所もある。
餌も多く魔素も多量に含んでいるからこそこれだけの魔物を維持できているんだろう。
「お?」
そんな中、川のど真ん中を何かが泳いでいるのに気が付いた。
近づいてみるとそいつは川のど真ん中を飛び跳ねながらものすごい速度で上流へと登っていく。
「ドゥルフィンの一種か、早いな。」
「まるで空を飛んでるみたいだね。」
「確かに、泳いではいるが飛ぶように泳いでいる感じだ。」
水を切り、時折飛び上がりながら上へ上へと登っていくのは大海嘯に備えているからだろうか。
何かに追われているという感じでもないし放っておいても大丈夫だろう。
「アレ、美味しいんだよ。」
「食べたことあるのか?」
「うん、グランマが採ってきてくれたんだ。」
「そうか、食うのか。」
元の世界でもとある団体に目を付けられながらも文化として漁を営んでいる地域があったと記憶している。
この世界では文句を言う奴なんていないし、狩られたのならそれはそいつの運命がそこまでだっただけの話だ。
個人的には食べるよりも素材の方が気になるんだが、あの背びれなんかは何かに使えそうな感じだよな。
ある程度上流を確認してから今度は河口へと戻り、その時を待つ。
河口付近もまた多くの魔物や怪獣がいたるところに生息しており、こいつらが海の守り人として真っ先に海からの侵略者と戦うのだろう。
トドみたいなでかいやつが優雅に日光浴をしているが、ああ見えて動きは素早いんだよなぁ。
肉は美味いし皮は防水性能が高いので外套によく用いられている。
個人的にはこいつを多数回収したい所なんだが・・・、おや?
太陽はまだ真上ではないのだけれど、ふと沖の方を見ると何かが向かってくるのが見える。
「バーン、向こうに頼む。」
「わかった!」
まだ始まったとは限らないのだけれど、気になるので沖へと確認に向かう。
まだ穏やかな波が打ち寄せる中黒い何かが浅瀬を泳いでいるのが確認できた。
あれは・・・。
「キングクラーケン?いや、どっちかっていうとあれはタコか?」
「もしかして昨日のかな。」
「かもしれん、餌を探しに浅瀬まで来ているんだろう。」
前に港に上がったやつと同じぐらいの大きさをした巨大なタコ、イカでもタコでも総称してクラーケンというらしいのだが、鑑定すると正確な名前がわかるんだろう。
そいつはゆっくりと近づいては距離を離し日光浴をするあいつを狙っているんだろうか。
そんなことを考えながら様子を伺っていると気づけば太陽が真上に上がり、いよいよその時がやってくる。
「トト、見て!」
再び沖に出た巨大タコが津波のような大きな波と共にゆっくり遡上してくるのが見える。
波が一列になって上がってくるのかと思いきや、いろんな方向から波が起きてそれがぶつかりながら様々な模様を作り出す。
なるほど、確かにこれは空からじゃないと見れない素晴らしい光景だ。
その波は勢いを増しながら河口付近まで到達、岸に当たって大きな水しぶきを上げながら勢いよく何層にも重なりながら川を上っていく。
「おぉぉぉぉ!」
「すごいね!波がぶつかりながら三角になって上っていくよ!」
「こりゃすごい、想像の何倍も激しい感じだ。そんでもってあっちも、始まったみたいだな。」
最初の数分は遡上する波に見とれていたけれど、突然聞こえてきた雄叫びのような声に我に返り慌てて下を見下ろす。
そこでは先ほどの巨大タコがトドに襲い掛かっている真っ最中だった。
昨日のようにすぐにつかまって引きずり込まれるのかと思いきや、他の仲間が臆することなく足にかみついたり体当たりしながら仲間を守ろうと戦いを挑んでいる。
かと思いきや、こんどは別の場所で魔物同士の小競り合いが発生。
大海嘯の見た目は綺麗だけれどもそこで行われている状況は思っている以上に激しい物だった。
「こりゃ忙しくなりそうだな。」
「トト、どこから狙うの?」
「とりあえず決着つきそうなやつとか倒された奴を片っ端から拾い上げて運び込もう。あのタコはしばらく様子見だ。」
「わかった、捕まらないように頑張るね!」
いつまでもぼーっと眺めているのはもったいない、いたるところで行われる魔物同士の戦いを確認しながら適度なところで急降下して死骸をキャッチしては運んでいく。
最初の一匹を捕まえてから急いで先ほどの広場へと戻った。
「とりあえず一匹確保した。かなり大規模な戦闘が行われているからこれから忙しくなるだろう。一応大丈夫だとは思うが興奮した魔物が近づいてこないか今一度警戒しながら作業に当たってくれ。」
「了解です!」
「さぁ、ここからがお祭りの始まりだ。じゃんじゃんさばいてガンガン稼いでいこうぜ!」
巡回しながら狙い目の魔物は何匹か確認済み、とりあえずそいつらを狙いながら流れてきた死骸なんかを回収しては空地へと運んでいく。
巨大タコとトドの戦いはどうやら決着がついたようで、三本の巨大な足が岸辺に残されたものの半数以上のトドがその場からいなくなっていた。
結果は痛み分けってなかんじだろうか。
まぁ俺は漁夫の利を狙うだけなのでどんな決着だったとしてもかまわないわけだが。
瀕死の状態で横たわるトドにとどめを刺してから空地へ輸送、それから一度上流へ向かって波の状況を確認しつつ半魚人的な魔物とリザードマンの戦いをじっくりと観戦する。
普段相容れる事のない魔物が同士の戦いだけに見ているだけでも面白い。
が、いつまでも見ていられないので再び下流へと飛行しながら適当な魔物を回収していく。
拾い上げては運び、拾い上げては運び、その作業はオレンジ色の太陽が水平線の向こうに消えるまで続けられ解体作業は夜を徹して行われ続けた。
一年に一度しか見られない貴重なイベント。
想像を超える光景と収入に終始笑いが止まらなかったのは言うまでもない。
後はこれをどうやって売りさばくか。
ありがたい海の恵みに感謝しつつ次なる金儲けを考えるのだった。




