1612.転売屋は蜜飴を転売する
フラワービーの蜂蜜は雑味がなくそれでいて種類に応じて様々な顔を見せてくれる。
今日食べたやつはどことなくスパイシーな感じがしたんだが、もしかすると香辛料に使われる花の蜜なのかもしれない。
八角?違うな、クローブ?
ともかくお菓子に使われそうな香りでパンに塗ると非常に食が進んだ。
これだけ美味しいなら前に売ったやつも食べればよかったと後悔してしまうが、あれはあれでいい儲けになったので我慢するしかない。
できるだけ早めに外套を返しに来てくれると嬉しいんだがなぁ。
「ごちそうさまでした。」
「今日はギルドの会議だっただろ?食器は片付けておくから準備してくるといい。もし二人が起きてたら声をかけてくれ。」
「ありがとうございます、ではお言葉に甘えて。」
食器を片付けようとしたアニエスを制して準備に行くように促す。
俺は時間を自由に使える職業だが職員ともなればそうともいかない、特に先日の連中がどうも悪さをしているようで緊急の会議が開かれることになったらしい。
全く迷惑な連中だ。
「うむ、うまい。」
皿の端についていた蜜を指でなぞって口の中へ。
さっき食べたのにまた食べさせたくするこの味は一体なんなんだろうなぁ。
「おはようさん。」
「あ!店長おはようございます!」
「ん?なんだこれ。」
「さっき綺麗な女の人が来て置いていったんです。この前のお礼だそうですけど何かしました?」
「全くわからん。」
「店長らしいですね。」
綺麗な女の人ねぇ、そんな人を助けたら覚えていると思うんだが話を聞いてもすらっとした長身の女性らしくフードで覆われて顔は見えなかったんだとか。
まさか白装束か!とか思ったのだが一般的なやつらしい。
カウンターの上に置かれたのは色鮮やかな刺繍の入った巾着袋。
皮袋が一般的なこの世界ではこれだけ鮮やかなのは珍しい、持ち上げるとカツンと硬い物がぶつかるような音がするので紐を解いて袋を傾けると中から黄色いビー玉みたいなのが転がり出てきた。
目線の高さに持ち上げると何やら甘い香りが漂ってくる。
もしかしてこれは・・・。
「え!?」
「やっぱり、あのハチミツか。」
「え、じゃあさっきの人って。」
「どっちいった?」
「確か冒険者ギルドの方に!」
蜂蜜の蜜玉を頬張りながらそのまま店を飛び出し長身の女を探す。
バーバラの話であるフードを被ってたって話だから探せばすぐにわかるはず、冒険者ギルド前を通り抜けて人でごった返す大通りに出る。
右、いない。
左、いない。
前、いた!
大通りを歩かずそのまま向かいの路地へと歩いていくのを必死に追いかけ、なんとか彼女を呼び止めることに成功した。
「なにか?」
「いやな、あまりにも美味い蜂蜜だったんで直接お礼を言おうと思ったんだ。さっきの蜜飴も仲間と美味しくいただくよ。」
「その為だけにわざわざ?」
「そうだが?」
「変な人。」
変な人呼ばわりされるのは慣れているし何なら本人にその自覚がある。
俺みたいな変人は探してもそういないだろう、それでもこの性格は嫌いじゃないしそもそも変えるつもりもない。
「さっきの蜜飴で外套の分は帳消し、つまり対等な立場として依頼したいんだがあの蜂蜜は買えるのか?」
「買える、でも今は数がそんなにない。この前の嵐で花がたくさん散ったから、でももうすぐしたら新しいのが仕上がるからそうしたらまた持っていける。」
「前と同じ、いやもう少し高くてでも買わせてもらえるとありがたい。夏になったらまた味が変わるのか?」
「だって花が違うから。」
「そりゃそうだな。ん?でも今は花がないのになんであの蜜玉が出来たんだ?」
花の種類に応じて味が違う特別な蜂蜜。
それゆえに数が手に入らないし、この前の一件で花が無いのももちろん理解している。
花が無ければ蜂蜜は作れないのになんで蜜玉みたいなのが作れたんだろうか。
「あれは、残っているのを混ぜて作るの。」
「なるほどな。出荷する程の量が無かったら混ぜてあんなふうに加工するのか。無駄のないいいやり方だ。」
「その分色々な味がして楽しめる。」
「ってことは家に残っている蜂蜜を使っても同じように作れるのか?」
「砂糖があったらできる。でも、私は蜂蜜が多くて柔らかいのが好き。」
普通の飴玉に砂糖を入れるだけでも蜂蜜味の飴は出来るだろうけど、今作りたいのはもう少しだけ柔らかいいさっきのような蜜飴。
固すぎず柔らかすぎず、舐めるだけで蜂蜜が口いっぱいに広がっていくようなやつが作りたい。
さっきの話だと自分達でも作れそうな感じだがやっぱり専門家の奴が食べたいよな。
「もし次のができるまでに時間がかかるならさっきのを買わせてほしいんだが、在庫はあるか?」
「ある。でもあんなのがいいの?」
「あれがいいんだ。」
「わかった、明日また持ってくる。」
「しっかり値段はつけさせてもらうつもりだ、よろしく頼む。」
あの時はまだ美人かどうかまではわからなかったけれど、それでもぬれねずみのあの人に手を差し伸べた事でこんなに美味しい金儲けのネタが手に入ると思わなかった。
引き続き王都は黄色いアイテムが流行中。
それも最初と違って幸運の、という言葉も一緒についたことでさらに人気が出てきた感じだ。
そこに幸せを呼ぶ甘くて美味しい蜜飴を投入したらどうなるか、考えるまでもないよな。
そんなわけで店に残っていた少ないハチミツを混ぜ合わせ、大量の砂糖と水と一緒にゆっくりと煮詰めながら粘り気が出るまで混ぜ続け、ある程度固まったところで空気を入れながら伸ばして最後に丸い形にすればお手軽蜜玉が完成した。
見た目は今日貰ったのに比べると少し濁りがあって残念な感じだが、味の方は申し分ない。
とりあえず試作品は俺達で消化しつつなじみの冒険者(特に女性)にも確認してもらって反応を確認。
やはり見た目的に劣るからか大喜びという感じではなかったけれどそれでも味の方では合格点を頂けた。
まぁ元のハチミツがいい物なんだから当たり前と言えば当たり前なんだが。
そんなこともありながら迎えた翌朝。
「全部持ってきた。」
「お、おぉ。」
開店時間よりも大分早い時間から待っていた彼女を店に迎え入れ、折角だから香茶でもと誘うよりも早くドンドンドンと勢いよくカウンターに頼んでいたものが並べられていく。
おそらくハチミツを保管しておくための瓶だろう、それを上まで満たすほどの蜜玉がこれでもかというぐらいに詰め込まれている。
その数10本。
まさかこんなに持ってくるとは思わなかった。
まぁ何本でも買うつもりではいるけれどむしろこんなに買って大丈夫なんだろうか。
「多すぎた?」
「そんなことないぞ、むしろ全部うちで買い取って構わないのか?」
「全部よこせとかもっと安くしろとか言わないから。」
「なるほどな。」
これまでにもいろいろなところに売り込みをしてきたんだろうけど、その相手が悪く無理難題を突き付けられたり嫌な思いをしてきたんだろう。
そんな気持ちでうちに売り込みに来て、特に文句も言わずそれなりの値段で買ってくれるのならそれはうれしかったに違いない。
もちろんそれを狙ったわけじゃないけれど結果として彼女のプラスになったのならば何よりだ。
『フラワービーの蜜玉。フラワービーのハチミツを複数混ぜ合わせて作られた蜜玉。非常に複雑な味わいだが、その甘さは本物で舐めれば舐めるほど様々な花の雰囲気を楽しむことができる。最近の平均取引価格は銀貨13枚、最安値銀貨10枚、最高値銀貨15枚、最終取引日は3日前と記録されています。』
ふむ、前のハチミツよりか加工が施されているからか少し値段は高い。
それでもビー玉サイズの蜜玉がこれでもかと入っていることを考えると十分安いといえるだろう。
「一瓶銀貨15枚、全部で金貨1枚と銀貨50枚でどうだ?」
「そんなに高いの?」
「それと、夏になって新しいハチミツが出来てからも定期的に蜜玉の注文を入れたいんだが可能か?できればこれよりももう少し小さいやつがうれしいんだが。」
「小さいの?」
「香茶に入れて楽しむのさ。苦みの強い茶葉を使ったやつだといい味になるのさ。」
さすがティーポットぐらい大きくないとこのサイズの蜜玉は活用できないので、もう少し小さくすることで普通サイズのカップにも対応できるようになる。
この前のチャイではないけれど、苦みの強い部分を有効に使うという意味ではこの蜜玉も非常に優秀だといえるだろう。
「わかった、夏になっても持ってくる。」
「もちろん普通のハチミツも買わせてもらうから安心して持ってきてくれ。」
「わかった。」
これで夏以降も黄色い物が流行り続けるのであればまだまだ儲けることは出来そうだ。
俺はただこの蜜玉を右から左に転売するだけなのでそれについても一応聞いてみたのだが、別に何とも思っていないようだ。
むしろ自分で売るのは苦手だから売ってもらえるとありがたいとの事なので安心して転売できる。
早速営業開始を前に蜜玉を三個ずつ風蜥蜴の被膜で包んでリボンでラッピングしたものをかごに入れてカウンターの上に置いておく。
すると、買取依頼や販売の際にそれに気づいた人が一つ二つと買っていってくれるので、あっという間に仕入れた一瓶分が売れてしまった。
女性だけでなく男性も結構買っていったのだが、おそらく贈り物か何かにするのかもしれない。
ぶっちゃけそっちの客層には売れないと思っていただけにうれしい誤算だ。
幸せを呼ぶ蜜玉、そんなキャッチコピーがついたおかげもあり翌日以降も飛ぶように売れていく。
皆嬉しそうな顔をしているけれど一番幸せを享受しているのは間違いなく俺だろう。
仕入値銀貨15枚の瓶から得られる売り上げはざっと銀貨30枚。
売れば売るだけ儲けが出る幸せの蜜玉に表情も蕩けてしまうのだった。




