1611.転売屋は怪しい宗教に目を付けられる
本日も晴天成り。
長雨も終わり嵐も通り過ぎあとは夏を待つばかり。
今日も今日とて店で買取をっていうにも勿体無いので、今日はのんびりと港までドライブだ。
まぁ四輪ではなく四脚な訳だけども、ちょうど定期便の時期なのでついでに受け取って帰るとしよう。
手紙も出したかったしな。
「いい天気だなぁ。」
レイブンの力強い歩みに揺られながら通い慣れた街道をのんびりと進んでいく。
目の前の小高い丘を越えれば港手前の畑が見えてくる。
あそこで一度休憩してついでに春野菜をいくつか買い付けてからいってもいいかもな。
最近ギルド協会が直売所的なものを作ったおかげで買い付けしやすくなったのはいいんだが、昼過ぎに行くと棚が空っぽになっていることが多いらしい。
少々荷物は増えてしまうがこれも美味しい野菜のためだ。
そんなことを考えながら丘を登りきり見えてきたのは・・・なんだ揉め事か?
畑の反対側、ちょうど侵食植物のドミネーターリエールが生えてくる森の前で複数人の冒険者と白装束の連中が一触即発の雰囲気を発している。
やれやれ、こんな天気がいいのに揉め事とは暇だねぇ。
「どうした?何かあったのか?」
「あ、シロウさんちょうどいいところに!こいつらが勝手に金蔓を刈り取ろうとするんですよ。」
「金蔓とはなんと欲深い、これらは人々を襲い魔素を吸い上げる危険植物。いわば敵です!その敵が街道のすぐ近くまで来ているというのに何故邪魔をするのですか。」
馬車を降りて仲裁に入ると待ってましたと言わんばかりに冒険者が駆け寄ってきた。
彼らは俺の回収依頼を受けてドミネーターリエールを回収しに来ただけ、本来なら抵抗する必要はないにもかかわらずちゃんと持ち場を守るなんて後でボーナスでも出してやらないと。
「そりゃ俺が定期的に回収してるからだよ。確かにドミネーターリエールは魔素を吸い取る危険な植物だが、十分管理できるしなによりこれは聖騎士団のお墨付きだからな。あんたらのやってることは彼らの依頼を妨害してるのと同じこと、下手な正義感で口を出さない方がいいと思うぞ。」
「これを聖騎士団が?」
「こんな物でも色々と使い道はあるってことだ。ほら、さっさと帰った帰った。」
シッシッと手を振って白装束の連中を追い払う。
白装束っていうか白いローブに金色のベルトでウェスト部分を絞った格好の連中は訝しげな顔をして俺を睨みつけた後、仲間内で何かを話してから港町の方へと去っていった。
やれやれへんな奴らもいるもんだ。
「ご苦労だったな。」
「いえ、おかげで助かりました。」
「あんな連中みたことあるか?」
「この辺じゃないですけど北の街道をうろうろしたのは見たことありますね、あの時はただ通り過ぎただけでしたけどこんなめんどくさい奴らとは思いませんでした。」
「魔物を敵だとかなんとか言ってたな。まぁ間違いじゃないんだが、あそこまで目の敵にするのは珍しい。他に何か言ってなかったか?」
「必死だったんであんまり覚えてないんですけど、地上を浄化するだの、魔物を滅ぼせだのまぁ過激な事言ってた気がします。」
確かに魔物は危険な存在だし一歩間違えば殺されてしまう事もあるけれど、ある意味俺達の生活になくてはならない存在でもある。
武器だけでなく日用品ですら魔物の素材が使われているにも拘わらず全て滅ぼせってのは過激すぎる発言だ。
それなら自分達はその恩恵にあずかっていないのかっていう話にもなるわけで。
そこんところはどうなんだろうか。
ひとまず予定通り畑で春野菜を買い付けて目的の港町へ。
一応警戒してみたけれどさっきの連中の姿はなかった。
どこか宿に入ったのか、それとも別の場所に行ったのか。
まぁ俺には関係のない話だ。
「これはシロウ様、ちょうど荷物を降ろした所なんです。」
「そりゃいいタイミングだったな。航海は問題なかったのか?」
「お陰様で魔物に襲われることもなくいい航海でした。これもウンチュミーの思し召しですね。」
「なんだ宗旨替えか?」
「バーン君からいろいろと聞きましてね、海の神様なら祈っていて損はないかと。実際無事に航海できているわけですから。」
確かに海の神ではあるけれど、グランマは基本南方の海にいるわけだし流石にここまで影響は・・・ないとも言い切れないか。
あの人の事だからバーンに頼まれたとかなんかで加護を与えている可能性もゼロじゃない。
今度船を鑑定させてもらえばわかるかもしれないな。
「まぁそうかもしれないな。」
「シロウ様には申し訳ないですけど魔物なんていないに越したことはありませんからね。」
「素晴らしい!」
突然俺達の会話に割って入ってきたのは・・・例の白装束の男だった。
何やら目をキラキラさせながら胸の前で祈るようなポーズをしている。
「なんだよ突然。」
「貴方の言うように魔物などいる必要のない害悪、船の航海の邪魔でしかない魔物はこの世から駆逐されるべきなのです。自らその考えに至れるとはなんとすばらしい、アナタはとてつもない素質を持っていますよ。因みにどのような神を信じておいでですかな?」
「え?ウンチュミーですけど。」
「ふむ、聞いたことないですがまぁいいでしょう。素質のある貴方であればどのような神を信じていてもかまいません、我らが神は心が広いですから魔物を滅ぼす同士ならばどなたでも・・・おや?」
何やらハイテンションで勝手に話しまくっていた男がやっと俺の存在に気づいたらしく、不思議そうに首をかしげている。
いやいや、さっきあれだけ言い合ったのにもう顔を忘れたのか?
「なんだよ。」
「先に忠告しておきますが、この男は邪悪なる魔物の存在を認めるどころか活用し金儲けするような欲深き男です。早々に縁を切る事をお勧めしますよ。」
「こちとら強欲の魔人公認なんでね、っていうかアンタらは魔物の恩恵を得ずに生きていられるのか?」
「当たり前です。あのような邪悪な存在を活用せずとも生きていけます。この服もこのかばんもこのベルトも全て魔物の素材を一切使わない清浄なる物ばかりです。貴方たちのような穢れたものと一緒にしないでいただきたい。」
どうやら俺のことは覚えていたらしくドレイク船長に俺との縁を切るように勧め始めた。
流石の船長もやばいとわかっているのか苦笑いを浮かべるだけだが、ほんと何様のつもりなんだろうか。
「つまり魔物の素材も使わなければ魔物の肉も食わないと?」
「当たり前です。あのような不浄な物を体に入れるなど考えられません。」
「ちなみに今日の昼飯は?」
「神より授かった水、それを使ったパンと魚ですが?」
「魚は食うのか。」
これは魔物じゃないからとかそんな理由なんだろうけどこれは中々筋金入りのヤバい奴のようだ。
元の世界でも肉を食わないとか野菜しか食べないとか、野菜でも根菜は食べないとか本当に色々な人達がいたけれどそれを相手に強要するのはどうかと思うぞ。
何故か上から目線のどや顔をされているんだがどこをどう見て自分が上だと思えるんだろうか。
さっぱりわからん。
「申し訳ありませんがそういう事には興味ありませんのでお引き取りください。シロウさん、荷物の積み込みお願いしますね。」
「了解した。先に荷物を降ろすからそれは向こうに運んでくれ。」
「わかりました。」
「あ、もう少し話を!」
「営業妨害だってよ、さっさとどっか行きやがれ。」
再びシッシッとヤバい連中を追い払い自分の仕事に取り掛かることに。
最初こそ近くをうろうろして勧誘の機会をうかがっていた男だったが、船長が戻ってこないと悟ったのかやっとどこかに消えてくれた。
まったく、やばい奴らが出歩き始めたなぁ。
確かに魔物の素材が無くても生きていけるかもしれないけれど、それによって豊かな生活が制限されるのならばそんな面倒な神様を信仰するきはさらさらない。
俺にとって奴らの素材は生きる糧であり金儲けの道具でありなくてはならない物、それを不浄だのなんだの好きかって言いやがって。
全く迷惑な連中だ。
「さて、またあいつらに絡まれる前にさっさと帰るか。」
いつもならだれかが護衛としてついてきてくれるが今日に限って皆忙しく誰もついてきてくれなかったんだよなぁ。
まぁ、往来も多い港までの街道なので問題ないと言えば問題ないんだけどなんだかんだ言って魔物よりも怖いのは人間だったりするわけで。
「最悪帰りは誰かに護衛を頼んだ方が良いかもな。」
大丈夫だとは思うんだが念には念を入れた方が良いだろう。
折角ダンジョン街から運ばれてきた荷物もあるんだし、それらを守るためと思えば安いもんだ。
そんなわけで荷物の搬入を終えた後、いつものように海産物や外から運ばれてきたものをいくつか買い付けてから冒険者ギルドで複数の冒険者に護衛をお願いして王都に戻ることになった。
結果を言えば特に何もなく、護衛料が出て行っただけ。
とはいえ安心を金で買ったと思えば安いもんだろう。
そのまま屋敷に荷物を降ろして買い付けた素材なんかを店へと運び込む。
搬入をジンに任せてレイブンと荷馬車を置きに輸送ギルドへと行った帰り道。
路地を曲がってさぁもうすぐ店につくぞというタイミングで、例の白装束を着た何者かが店の前に立っているのに気が付いた。
てっきり店内に入ると思ったらあろうことか足元の何かをドアにぶちまけ大急ぎで路地の奥へときえていく。
あまりに突然の出来事に声を出すことも追いかける事も出来なかったのだが、飛び出してきたジンが周りを見回すももう姿は見えなくなっている。
「申し訳ありません、取り逃しました。」
「そりゃまぁいいんだが・・・、派手にやられたなぁ。」
「真っ白ですな。」
「取れると思うか?」
「見た感じ特別な物ではなさそうですし水の魔道具を使えば何とかなるでしょう。何か覚えがありますか?」
「まぁ色々な。とりあえず片付けながら説明する。」
疲れて帰って来たのにこの仕打ち。
一体俺が何をしたっていうんだろうか。
何やらヤバ気な連中に目を付けられたようで、真っ白に染まった店の戸を前に盛大なため息をつくのだった。




