1604.転売屋は春の嵐に備える
憂鬱な長雨も新しい金儲けに忙しい間に一週間が経過していた。
冒険者は暇していても生活は変わらず続いているわけで、今日の市場は生活用品を買い求める人で大賑わいだ。
馴染みの店に挨拶をしつつ買い物をしていると所々でよくない話を耳にする。
最初はそんなまさかと思っていたのだが、それを二回三回と聞くとだんだん不安になってくるわけで。
「なんかもう直ぐ嵐がくるって言う話を聞くんだが。」
「そういえばそんな時期ですね。」
「そうなのか?」
「毎年還年祭後の春は、長雨の最後に嵐が来るんです。そこで一気に季節が夏に向かって行くんですよ。」
王都に来てそこそこになるが、還年祭後の春は初めての経験だ。
季節の変わり目に空が荒れるというのは元の世界でもよくある話だが、それでも決まった時期に必ずとなるとこの世界の季節感がいかにきっちりしているかがよくわかる。
なんせあれだけ寒かった冬が春になった瞬間に汗ばむぐらいに暖かくなるんだから体が追いつく暇もない。
「毎年のことなのか。それなら皆準備してるだろうし今から動いても遅そうだな。」
「どうでしょう、なんとなくですけど今回のはいつもより強い気がします。」
「そうなのか?」
「私の勝手な考えなんですけど、前に冬が寒かった時は嵐も大きかった覚えがあるんです。」
まだまだ若いとはいえ経験からくる感覚はそれなりに当たっているんだろう。
あとはどれだけの規模かによってこっちの準備も変わってくる。
ダンジョン街にいた時の嵐も中々だったが、あれも数年に一度のでかいやつだったよなぁ。
「どのぐらいの荒れ方なんだ?」
「一番ひどい時はたくさん窓が割れて掃除が大変でした。雨はそこまでじゃなかったと思うんですけど、それが一番覚えてますね。」
「となると異常気象だった今回はかなり強い可能性があると。」
「絶対じゃないですよ?でもなんとなくそんな気はします。」
だから市場でも噂が広がっていたんだろうな。
いつも通りならそこまで話題にならなくても、バーバラと同じ感覚の人は不安を覚える。
その人数が多いから話題になり知らない俺の耳にも入ってくると。
風が強いとなると優先すべきは窓の補強。
風で飛ばされたものが窓に当たって割れるってのが一番の理由なので、窓を完全に塞いでしまうのが確実だが王都の規模になると膨大な木材が必要になる。
ならば分厚い布か何かで覆ってしまうか、ガラスにテープ的なのを貼って補強するっていう方法も考えられる。
なんにせよ強い嵐だという確証がないと仕入れたところで売れないので、まずはその確認からだな。
「まったく、こんなことで僕を呼び出すのは君ぐらいなものだよ。」
「気を悪くしたのなら申し訳ないがこれもある意味王都を守るためだろ?青龍様は王都の守り神、ってことはそれを住民に伝えるのも大事な役目と思ったんだが間違ってたか?」
「ふむ、シロウのいうことにも一理ある。これは一本取られたな。」
「別に伝える必要はないんじゃないかな。よっぽどひどい嵐なら僕がどうにでもできるし、こういうのに耐えるのもまた必要な試練・・・っていう考え方はもう古いんだったね。」
つまり大昔なら『この嵐は試練だから自分達だけで頑張れ!』ってな感じで放置したって事だろうか。
別にそれが悪いとは言わないけれど今流行らないとのことなので少しほっとしている。
もう一つ安心するのならばどうやらガルグリンダム様が出るほどの嵐ではないということだ。
それがわかっただけでも安心だろう。
「わかった、住民への周知はこちらで行おう。それで構わんな?」
「君がそれでいいのなら僕は構わないよ。勝手に備えてくれる方がありがたいからね。」
「なら俺はその備えに向けた準備をさせてもらう。体感的に嵐が来るまでどのぐらいの猶予があるんだ?」
「そうだね、あと三日早くて二日って所じゃないかな。」
「なら最低限の準備はできるか。」
嵐に備えると言っても資材が無ければどうにもならないし、その資材を準備するにも時間がかかる。
手配に1日修繕に1日と考えればギリギリ何とかなる時間が残っている、ってことで春の嵐に備えるべく一足先に行動を開始した。
「主殿、予定通りボスケ殿の所で木材を買い付けてありますぞ。金貨3枚分、向こうでは切り出しのみをして加工はこちらでという話になっております。窓の大きさもまちまちですしその方が効率的かと。」
「そう判断したんなら問題ない。到着次第急いで加工に入ってくれ、商業ギルドには話を付けてある。」
「流石仕事が早いですなぁ。」
「アティナはどうした?」
「水を確保しに行ったまままだ戻っておりませんが、井戸があるのに水が必要で?」
「人が飛んでいくような風雨の中水を汲みに行きたいのなら遠慮なく行ってきていいんだぞ。」
嵐の準備といえば風雨対策と非常食の準備、最後に娯楽。
残念ながら娯楽の方は各家庭にいきわたっているから売れそうもないが、非常食関係は結構需要がある。
特に非常時は不安が更なる不安を呼び必要以上に物を買い込むことが多いから、それに合わせて売り込むだけで食糧は勝手に売れていくだろう。
陛下のありがたいお言葉の後、買い占めなどが起きないように王都の備蓄を放出するとのことだったので今頃市場に出回っている食糧を買い占めていた連中は真っ青な顔をしているに違いない。
商機を悟り買い付けるのはまだいい、だがそれを買い占めるとなれば話は別だ。
この前のブローチの時もそうだったが買い占めは何も生み出さない。
困っている時こそ助け合いながらいつもよりも高い値段で買ってもらえば十分に儲かるってもんだ。
そんなわけで食糧の方では利益は出せないものの代わりの物で利益を出すことにした。
「ただいま戻りました。」
「遅かったな、何かあったか?」
「子供が井戸に落ちまして、その救助を。」
「そりゃ大ごとだ、よくやった。」
その代わりものを頼んでいたアティナが予定よりも遅く戻ってきたのだが、どうやら大活躍してきたあとらしい。
なんでも嵐を前に水を汲みに行ったときに誤って落ちてしまったんだとか。
偶然アティナが近くを通ったからいいもののそうでなければ命はなかったかもしれない。
「それで、首尾はどうだ?」
「井戸水を優先的にくみ上げる許可はいただけました。容器に関しましてはアニエス様が冒険者に依頼を出している所でしょう。明日の到着後随時くみ上げて販売する予定です。」
「食い物と飲み物さえあればとりあえず何とかなる。あとは修繕用の資材を集めて売り込めば準備は万端、あとは嵐が通り抜けるのを待つだけだ。」
「それに関して一つお耳に入れたいことが。」
「ん?」
水の手配も完了し、後は入れ物を待って水を売るだけ。
タダで手に入れた水をそれなりの値段で売りつけつつ、ついでに食糧も売って小銭を稼ぐ。
後は万全な準備で嵐が通り抜けるのを待つだけ・・・とおもいきや、世の中そう上手くはいかないらしい。
「魔物なぁ。」
「嵐を前にこちらへ逃げてくるのでしょう。あくまでも聞いた話ではありますが、可能性は十分にあるかと。」
「南ってことはオオカミたちのテリトリーを通るな。ちょっと行って確認してくるか。」
「ご一緒しますか?」
「いや、アティナはこのまま聖騎士団に行って事情を説明してきてくれ。ホリアに言えばすぐに動いてくれるだろう。確証はないにせよ可能性がある以上動かざるを得ないはずだ、文句を言ってきたら新人たちの鎧を全部回収するぞと脅してやれ。」
「かしこまりました。」
アティナが聞いた話では南方からこちらに向かっていた商隊が無数の魔物を見たらしい。
方角から察するに嵐から逃げようとしているんだろうけど、それはもう地を覆いつくすほどの数だったらしいのだが、ぶっちゃけそういうのはついこの間やったばかりなので遠慮願いたい。
とはいえ可能性があるならそれに備えなければならないわけで。
まずは急ぎ馬車に乗ってルフとアニエスと共に南方のシルバーウルフ達のテリトリーへと向かい、情報を収集。
その情報を持ち帰り聖騎士団と共有したのち対処方法を考える。
暴風雨の中城壁の上で戦うのは難しいだろうし、かといって放置すれば城門を破られる可能性だってある。
この間の氾濫でも壊れなかった城門だが、あれはちょっと事情が違ったし今回は死に物狂いの魔物が襲ってくることになる。
念には念を入れた方が良いだろう。
「お待たせしました。」
「ギルドから戻って来たばかりなのに悪いな。」
「いえ、その話が本当ならギルドにも関係する話ですから。」
「ルフも通訳宜しく頼むぞ。」
ブンブン。
そんなわけで雨の降る中馬車に乗り込んだ俺達は、強くなってくる風を感じながら一路街道を南下。
夕方過ぎに見覚えのある橋まで辿り着くことができた。
ここから先はシルバーウルフ達のテリトリー、どうやら気配を察したのかすぐに偵察のオオカミが姿を現した。
こちらに気付くなり遠吠えをして仲間に俺達の到着を知らせる。
「今の所問題はなさそうですね。」
「そんな感じだな。アティナが聞いた話じゃもう少し南で見たって話なんだが今の所そんな気配も感じない。」
「とりあえずは彼らの話を聞いてから考えましょう。」
「それもそうだな。」
再び馬車に乗り込み川を上りながらテリトリーの中心へと移動する。
本来なら狼のテリトリーに入り込むなんて自殺行為以外の何物でもないんだが、まぁ色々あって彼らの長みたいな立場になってしまっているので襲われる心配もない。
そんなこんなで彼らの巣になっている岩の所までやってくると、召集を受けた大勢のオオカミたちが長の帰りを幾重にも重なる遠吠えで歓迎してくれた。
「なるほど、それでは具体的な距離は把握していないと?」
「わふ!」
「ルフの言う通りですね、ここで戻ると夜中に襲われることになります。それならばいっそここで事を構えた方が色々と都合がいい。こんなこともあろうかと準備してきたかいがありました。」
「わふぅ、ワフ!」
「えぇ、これを乗り越えれば更に広い土地を手に入れる事が出来るでしょう。独り立ちするオスの為にもここは頑張らないといけませんね。」
そして始まった情報収集、のはずだったのだがなんだか思っていたのとは違う会話が飛び交っている。
俺達はただ南方から上がってくる魔物について調べに来たはずだよな?
なのになんで戦うことになってるんだ?
「あー、盛り上がっているところ悪いんだがよくない話なのか?」
「良いか悪いかで言えば前者でしょうか。魔物の群れは間違いなく王都に向かっており、そのうちの一部がここに向かっているそうです。南方を支配している彼らを駆除できれば更に広い土地を手に入れる事が出来るようになります、この機を逃す手はないでしょう。」
「どう聞いても悪い話だよな?」
「そうですか?」
「いや、なんでもない。とりあえず詳しい話を聞かせてくれ。」
ただ話を聞きに行くだけなのになぜかアニエスがあれやこれやと積み込んでいたのはこうなるのを見越していたのかもしれない。
それならそれで準備もしていたんだが・・・いやそれも今更か。
春の嵐がもうすぐそこまで来ている。
いつもよりも激しい嵐を前にもう一つの嵐に対処するべく俺達は動きはじめた。




