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1568.転売屋は歩く死体と会話する

「静かなもんだな。」


「そうですねぇ、いつもおられるわけじゃないですけどやっぱり寂しいですね。」


春に近づき少しずつ太陽の光が暖かくなる昼過ぎ、静かになった店内でバーバラと二人静かな時間を過ごす。


このぐらいの時間になるとふらっとルティエがやってきては適当に管を巻いて帰っていくのだが、それがもうないと思うと物悲しい気分になってしまった。


どうやらバーバラも同じ気持ちらしい。なんだかんだ姉と妹みたいに仲が良かったもんなぁ。


「ま、新作ができたらまた売り込みに来るだろうからそしたらまた賑やかになるさ。さて、俺は冒険者ギルドに行ってくるから店番よろしく。」


「わかりました!」


「ってことだからアティナ、同行よろしく。」


「おまかせを。」


人がいなくなっても仕事は待ってくれない。


特にこの時期は農繁期を前に冒険者が少なくなるのに加えて魔物の動きも活発になるので冒険者ギルドには常に依頼が流れ込んでくる。


普段は自由に、依頼をこなす冒険者だが、この時期はそういうわけにもいかずギルドから半ば強制的仕事を押し付けられてしまう。


もちろん拒否権はあるけれどあまり断りすぎると心象も悪くなるし、なによりまともな仕事がなくなってしまうんだよなぁ。


依頼が多いということはそれだけ報酬も上がるということ、需要と供給のバランスが崩れた時こそ稼ぎどきだとわかっている奴らがいい感じの仕事を持って行ってしまうため残ったのはめんどくさいものばかり。


みんなそれをわかっているのでなんだかんだ言いながらも最初に頼まれた依頼を引き受けてしまうのだった。


「こんにちはシロウさん、アティナ様。今日も納品ですか?」


「いや、アニエスから結構な量が溜まってきてるって聞いたんでな仕事の方だ。」


「助かります。いつものことですけどこの時期はどんどん依頼が入ってきてコボレートの手でも借りたいぐらいなんです。」


猫の手ならぬコボレートの手、無理だとはわかっていてもそれぐらい忙しいという例えとしてはどの世界も似た様な言い回しをする様だ。


あいつらに手伝ってもらった所で捗るとは思えないのだが、まぁ猫も同じか。


「そうらしいな。ってことで俺ができそうな依頼で一番長いこと残ってるやつを教えてくれ。」


「え、一番長くですか?」


「そういうの程めんどくさくて残ってるんだろうけど、その分報酬も高い場合が多い。ずばり今回のはそれに当てはまるか?」


「バッチリそんな感じですけど、でも大丈夫ですかね。」


「まぁ大丈夫だろう、だってアティナが一緒だし。」


「ですね。」


上級冒険者並みの実力を持つ戦闘用ホムンクルスが一緒なら中級未満の冒険者が引き受ける依頼なんて余裕だろう。


実際俺はさん付けだがアティナは様付けなのはその辺の実力もあるからだ。


名誉貴族なんてたいそうな身分を失った以上その呼び方が普通だし、仮に失ってなくても今のままで十分だったりする。


下手に上に見られると後々面倒だったりするという事が経験してよくわかった。


そんな感じで紹介されたのは王都から少し離れた場所にある、集団墓地の一角。


なんでも地下墓地になっている場所に不思議な魔物がいるとかいないとか、その調査をしてほしいとのことだった。


墓場に出る時点でアンデッド一択なんだが、それで不思議とはどういう事だろうか。


そもそもアンデッド程度ならそこそこの実力、もしくは聖水なんかの下準備をしたうえで集団でかかれば十分に対処できるのがほとんどだ。


それをペイできるだけの依頼料が設定されているというのに放置されている理由が何かしらあるんだろうけど、聖騎士団が出て行かないっていう事は危険度が少ないという意味でもある。


そうなると益々わからないんだよなぁ。


「というわけで現地まで来てみたわけだが・・・、流石に外には何もいないな。」


「日中ですしアンデッドが徘徊しているような気配はありません。」


「となると出現は夜、もしくは例の地下墓地の中ってことになるんだがその辺はどうだ?」


「地下に関しては潜ってみないと何とも言えませんが、今の所魔力だまりのような違和感はありませんね。」


アティナの魔力探知をもってしても感じないってことはそういう噂だけが広まって現物はいないパターンだったりしないだろうか。


まぁそれはそれで楽に稼げるのでありがたい話なのだが、とりあえず件の場所だけは巡回しておこう。


寒さが和らいできているとはいえまだまだ季節は冬、冷たい風に背中を押されるようにして薄暗い地下墓地へと足を踏み入れる。


風がないだけでも中は随分と温かく感じ、正直お墓の恐怖感は一切感じない。


むしろ心なしかお香のようないい匂いも漂っているような気もするんだが、どういうことだろうか。


「おや?」


「どうした、いたか?」


「何かしらの気配は感じますが、魔物ではなさそうです。」


「ということは墓参りに来ている人でもいるのか?」


「どうでしょう、どうも人の気配でもなさそうなんです。」


どういう事だろうか。


アティナ曰く人の場合はもっとわかりやすい魔素を有しているのだが、墓の奥に存在するなにかは魔物でも人でもない魔素を有していてしかもそれがうろうろしている。


かといってホムンクルスというわけでもなさそうだ。


「まぁ見に行ったらわかるだろうけど、慎重にな。」


「お任せを。」


アティナを先頭にゆっくりと墓の中を進んでいく。


王都に近い事もあり定期的に人は来ているんだろう、お供え的な物は腐敗しておらずきれいなまま残っていた。


大抵こういう場所は空気がよどんでいるとかかび臭い感じがするのだが不思議とここはそういう感じがないんだよなぁ、なんて考えながら進んでいくとアティナが手を横に伸ばしてピタリと止まる。


どうやらすぐそこにいるらしい。


「失礼、誰かいますか?」


「返事はないな。」


「ですが声は聞こえているようです、動きが止まりました。」


「ってことは意味も理解してるんだよな・・・。俺達は冒険者ギルドに依頼されてここに来た、敵意はないから出てきてくれないか?」


敵意がないことは伝えながらも自分から向こうに行くようなことはしない。


言葉を理解してくれているのなら何かしらのリアクションはしてくれるはずだ。


しばらく静寂が続いたものの、しびれを切らしたかのように何かが通路の奥から出てくるのがわかった。


「貴女は・・・。」


「本当に、襲わない?」


「魔物の調査は依頼されたがそうでない相手に対して攻撃する意思はない。」


「よかった。」


ほっと胸と撫でおろすようにして手を当てた胸部は服が破れており、中から乳房がポロンと垂れている。


うん、垂れているというかかろうじて上部がくっつくような感じなので全くエロくはない。


他にも腕のいたるところから骨が見えているしよく見ればほほの部分も穴が開いているようだ。


普通ならそんな状態で歩けるはずがないのだが、アンデッドならば痛覚もないし特に気にもならないんだろう。


そもそも彼女のことを何と呼べばいいんだろうか。


アンデッドは基本的には魔物に使う総称であって魔物でない相手はどう表現したらいいんだ?


リビングデッド?それともわかりやすくゾンビ?


「あの、マスター。」


「どうした?」


「驚かないのですか?」


「別に敵意はないみたいだし、意思疎通できるなら何の問題もないだろう。」


「まぁ、それはそうなのですが・・・。」


ダンジョン街でベッキーという幽霊と一緒にダンジョンに潜ったこともあるだけに、敵意がない相手であればそれが幽霊でもゾンビでもそこまでの嫌悪感や忌避感はない。


彼女には彼女の良さがあったし、実際助けられたことだって何度もある。


だからこそ話の出来る相手であればそれがたとえ魔物であっても敵意が無いのであれば特に心配はないだろう。


「とりあえず話をしないか?なんでここにいるのか、ここで何をしているのか教えてもらえると助かる。見た感じ綺麗に管理されているし、おそらくこの香もあんたが焚いたのか?」


「そう、お参りに来た人が置いていったから無くなるまで焚いてるの。」


「それは何故?」


「だって焚いてほしいからおいていくんでしょう?」


ふむ、話をする感じではベッキーのようにシャキシャキハキハキ能天気という感じではなさそうだ。


おっとりというか話は出来るけれど思考も動きもゆっくり目な気がする。


そんな彼女がなぜこんな場所にいて徘徊し続けているのか、ひとまず話を聞いてみたけれど具体的な理由はわからないそうだ。


「つまり気づけば死んでいて今みたいな感じで動けるようになっていたと。」


「魔物だって襲われることもあるから、人が来た時は開いている棺の中に隠れるの。」


「それが賢明な判断でしょう。ですが理由がわからないとなると困りましたね。ギルドにはなんて説明しましょうか。」


「それらしい魔物は見当たらなかったってのが全てだろう。本当はここを出て別の場所に移動した方が良いんだろうけど、外には出れるのか?」


報告自体は別にどうとでもなるが今のままだとまた依頼を出されてしまうだろう。


根本的な解決にならない以上同じことの繰り返しになるのは目に見えている。


ならば別の場所に移動するってのが一番手っ取り早いんだが・・・。


「夜なら。」


「つまりここに縛り付けられているわけでもないのか。何度か出て行ったことはあるんだろ?」


「うん。でも朝が来る前に戻ってくる。」


「朝はダメなのか?」


「普段は痛くないのに朝日を浴びると焼けるみたいに痛い。」


「なるほどなぁ。」


つまり移動できるのは夜の間だけ、移動させるとしたら洞窟とか人の来ない遺跡とかっていうのが一番なのだけどそもそもの理由がわからない以上彼女を不用意に動かしていいものかすら判断がつかない。


うーむ、まさかこんなことになるとは思ってもいなかったが何とかしてあげたいよなぁ。


「とりあえず一度王都に戻ってどうにかできないか考えてみよう。このままだとまた依頼を出されるし根本的な解決に至ったわけじゃない。せめて理由だけでもわかればいいんだが、こればっかりはなぁ。」


「ごめんなさい。」


「謝ることはないさ。とりあえず他の人が来たら棺に隠れる、それで凌いでくれ。」


「ギルドには不用意に近づかないようにという風に言っておきますか。」


「それもありだな。」


とりあえずここにいても埒が明かないので一回王都に戻って彼女のような存在が他にもいないか調べてみよう。


ベッキーの場合は未練がきっかけだったが、それを解決してもずっと残り続けているし今では普通にダンジョン内を移動しては驚かても排除されるようなことはない。


つまり受け入れる土壌があるという事だ。


彼女も出来ればそういう感じで受け入れてもらえるといいんだろうけど・・・マジで何が原因なんだろうなぁ。


ひょんなことで出会った、歩く死体。


依頼を受けてまさかこんなことになるとは思ってもいなかったが、とりあえず出来る事から始めよう。


この出会いがいったい何を生み出すのか今の俺にはわからないままだ。

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