1567.転売屋は三人を見送りに行く
14月の一大イベントも終わり残すところあと二週間程になった。
そして一大イベントが終わったということはこっちにきていた二人、いや三人がダンジョン街に戻るということだ。
「忘れ物はないか?」
「はい、大丈夫です。」
「お土産もちゃんと持ちました。」
ウィフさんの屋敷の前に横付けされた馬車の前でひとまずの見送りをする。
俺はこのまま港まで行くが、アニエスと子供達とはここでお別れだ。
「皆様大変お世話になりました。」
「アニエスさんも無理せずに、常備薬はたくさん作ってますので使ってください。どれも母乳には影響しないはずなので。」
「ポーション類も倉庫に置けるだけ作ってます、こっちは納品すると怒られるのでいい時に売ってください。」
「何から何まですまない、ありがたく使わせてもらう。」
小旅行に行っていたアネットとビアンカだったが、ここ数日は取り憑かれた様に作業に没頭し、これらの薬を仕込んでくれた。
これでしばらくは薬に困る心配もないだろう。
どうしても足りなくなったらまたバーンに運んで貰うという手のあるし、そのついでに高く売れる薬も送って貰えば元は取れる。
特に二日酔いの薬は還年祭の時にその効果が素晴らしいと引く手数多だったから、手に入らなくなると一気に価値も上がるだろう。
ビアンカのポーションも冒険者ギルドが喉から手が出るぐらいに欲しがっているので、こっちは焦らしながら少量ずつ売って稼がせてもらうつもりだ。
麻薬騒動で大活躍してくれた二人だったが、多方面でも功績を残してくれたおかげで俺の懐は想定以上に潤っている。
「しっかし、すごい量の土産だな。好きなだけ買ってもいいとは言ったが、まさかこんなに買い込むとは。」
「仕方ないじゃないですか、王都に行くって言ったらいろんな人から頼まれたんですから。」
「向こうの人からすればやはり王都は憧れの場所ってことか。」
「そんな感じです、今はガレイさんの魔導船もありますし前より行きやすくなったと思うんですけね。」
馬車の後ろには二人が旅先で買い付けたお土産物含め大型木箱二つ分の荷物がぎゅうぎゅうに詰め込まれている。
王都指折りの服屋になったアルトリオの新作や下着、こっちで作った化粧品、アロマキャンドル、その他なんでこんなものまでというものまで多種多様な物がその中に含まれている。
二人への労いの意味も込めて旅費と土産代はこっちで持たせてもらったんだが、まさかこれほどとは。
そんなわけで屋敷での見送りを済ませたその足で港町まで行く・・・前にもう一人の主役を迎えに職人通りの手前まで移動。
流石に通りの中までは入れないので通りの前で待っていると、これまたものすごい荷物を抱えたルティエがヨロヨロと通りから出てきた。
「お、お待たせしましたぁぁぁぁ。」
「何をどうしたらこんな大荷物になるんだ?」
「持ってきたものを詰め込んできただけなんですけど、おかしいなぁ。」
「こっちで色々と買い付けたものも含まれてますから仕方ありませんよ。」
「ですよね!」
ビアンカのフォローに目をキラキラさせながら何度も頷くルティエ。
色々と買いつけたとしてもだ、そんなバランスが取れないぐらいの量になりだろうか。
「荷物はこれだけですか?」
「えっと、まだ工房の前に木箱が二つぐらい。」
「夜逃げか?」
「ちーがーいーまーすー!」
本人の言い分を聞く限りではこっちで仕事していた時の試作品や今回の紫水晶なんかを詰め込んでいただけとのことだが、そういうものこそ事前に梱包して向こうに輸送できたんじゃないだろうか。
ギリギリになるまで手を出したくない気持ちもわからなくないが、それでもこれは遅すぎる気がするなぁ。
「ったく、戻る日がわかってるんだから事前に準備するとかしておけよな。」
「だって昨日まで手伝ってたじゃないですか!」
「じゃあそれに合わせて準備すればよかっただろ?」
「そんな正論ばっかりいわないでくださいよぉ。」
「まぁまぁ二人共落ち着いて。ルティエさん、お手伝いしますから積み込んでしまいましょう。」
まったくアネットがすぐ甘やかすからルティエのこの適当さが直らないんだ、なんて文句を言いながら四人で手分けして荷物を馬車へと積み込んでいく。
文句は言いつつもこれが形になればそのまま俺の懐が温かくなるだけにあまり文句を言いすぎるのもよろしくない、職人の機嫌を取らなきゃならないのも買い手の難しいところだ。
「それじゃあしゅっぱ~つ!」
「そんなにはしゃぐと落ちるぞ。」
「おちませ~ん。」
「今日のルティエさんはいつにもまして上機嫌ですね。」
「あれだろ、俺から逃げられるからほっとしてるんだろ。」
「そ~んなことないですよ~?」
そんな白々しく言わなくてもわかっているから気にしなくていいぞ。
確かに王都にいるとまたあれやこれやと無理難題を押し付けられるから俺がルティエならさっさとトンズラしているところだ。
向こうに戻ったら戻ったで忙しくはなるんだろうけど、少なからずいきなり仕事を吹っ掛けられることは無くなるはずだ。
「もぉ、そんなこと言ってルティエさんの気持ちわかっているんですよね主様は。」
「何のことだか。」
「照れてるんですよご主人様は。」
「だから何のことだかわかんないだが?」
「ふふ、なんだかんだ言って寂しいんですね。」
どうしてそういう話になるのかよくわからないが、ともかく女三人姦しいという感じで終始話し続ける三人を連れて一路港町までの街道をひた走る。
途中畑にする予定の空き地の横を通ったが、焼き畑も終わりすっかり整えられた土地がドドン!と広がっている光景は中々に見物だった。
今後はここがすべて畑になると思うと次の夏が楽しみになってくる。
いっその事直売所とか作ったら儲かるんじゃないだろうか。
ほら、道の駅的な感じで『私が作りました!』的なPOPでもつけて売れば人気が出るとか元の世界でもよくやってるし、こっちでも同じことをすれば売れるような気もする。
もっとも、そんなことしなくても十分に需要は満たせるのでわざわざ売る必要がないと言われればそこまでなんだが。
「あー、やっと着いた。」
「お疲れさまでした。」
「ドレイク船長の船はもう着いてるみたいだな、俺はそのまま荷物を積み込んでくるから三人は船旅用の食事とかお菓子とか適当に買い込んできたらどうだ?」
「いいんですか?それじゃあ遠慮なく。」
態々三人がかりで荷物を積み込む必要もないし、そもそもそういう力仕事は他の人がやってくれるので全員総出で待機する必要もなし。
そのままレイブンに合図を出して馬車を船の横まで移動させ、なじみの船員に声をかけて荷下ろしと搬入をお願いしておく。
その間に船長と情報交換と世間話をしつつ三人が戻ってくるのを待っていたのだが、搬入が終わってもなかなか戻ってくる気配がない。
「まったく、いつまでかかってるんだ?」
「出航はまだまだ先ですしそんなに焦らなくても大丈夫かと。春前は潮も穏やかですのでいい旅になると思いますよ。」
「この時期は魔物も少ないんだろ?」
「はい。それよりも魚の方が多いぐらいです。時々網を船の後ろから流して引っ張ると、かなりの量が獲れたりします。」
「底引きまではいかないが中々ワイルドなことしてるなぁ。」
「因みにここに来る前に網で引いたものが水揚げされているはずですので、そろそろ市に並ぶんじゃないでしょうか。」
「マジか、ちょっと見てくる。」
沿岸の魚と違って沖の魚はなかなかお目にかかれないので、何か面白い物が売られているかもしれない。
基本は食用の物を売っている市場だが稀に素材として使えるようなものも売られていたりするので中々侮れなかったりする。
レイブンと馬車をお願いして急ぎ市場へと向かうと、船長が言っていたように普段はもう終わっているはずの市場に多くの人が集まっていた。
「あ!ご主人様見てください!珍しい魚がたくさんいますよ。」
「なんだこれを見てたから来なかったのか。」
「買われそうでしたのでめぼしい物はいくつか買い付けておきました。今箱詰めしてもらっていますので、帰りに受け取ってください。」
「そりゃ助かる。一応聞いておくが食える奴なんだよな?」
「いえ、残念ながら食用ではありません。どちらかというと薬というか毒になるようなものですので、戻り次第錬金術ギルドに声をかけると喜んで買ってくれることでしょう。」
てっきり美味しい感じの魚を買い付けてくれたのかと思ったら、まさかの毒だった。
いや、転がすだけで金になるのであれば転売屋としてこれほどうれしい事はないのだがちょっと残念な気持ちもなくはない。
むしろ多目かもしれない。
「そうか・・・。」
「そんな残念な顔をされなくてもちゃんと食べられるのも買い付けてありますよ。ブラックトゥナが上がってましたので一匹まるまる皆さんで食べてくださいね。」
「アネットでかした!」
「誉められました!」
「で、ルティエは?」
「私ですか!?魚とか全然わからないんで買ってないですよ。」
この流れなら絶対何か買い付けていると思ったが、流石にそういうわけにはいかなかったらしい。
ちょっと残念。
「そうか・・・。」
「そんな寂しそうな顔しなくてもいいじゃないですか。」
「そうはいいながらもルティエちゃんも魚はわからなくても別のはわかるからって、ちゃんとご主人様用の品を買い付けてるんですよ。」
「アネットさんそれは言っちゃだめですって!」
「あれ?そうだった?」
なんとまぁ楽しそうにはしゃぐことはしゃぐこと。
結局ルティエも透明なハコフグのような魚を買い付けてくれたようで処理すると中々に綺麗な入れ物が出来上がるんだとか。
宝飾職人らしい品物をちゃんと仕入れてくれているあたり俺が何を欲しがっているかよくわかっているじゃないか。
別に今生の別れというわけでもないので、さくっと別れを済ませて彼女たちがたくさん仕入れてくれた素材を積み込み王都へと戻る。
三人がいなくなるのは少し寂しいが、それよりも三人が楽しそうに話していることに安心感を感じる。
ルティエには同年代の友人的なのが少なかっただけに次に会うときには今まで以上に仲良くなっている事だろう。
何て親目線で見てしまうからルフにもあきれられるんだろうな。
そんなわけで冬にやってきた強力な助っ人達は春が来るのを待たずにダンジョン街へと帰っていった。
「いくぞレイブン。」
茜色に染まる街道を王都に向かってひた走る。
春はもうすぐそこ、別れの冬を超え次の春はどんな出会いが待っているのだろうか。