1564.転売屋は一足早い春を食べる
なんだかんだで14月も3分の1が経過、このペースで行くと春が来てもあっという間に夏になる、そう錯覚するぐらいに時間の流れが早く感じる。
ついこの間後半戦に突入したと思ったらもう二ヶ月とか早すぎないか?
なんて、慌てたところで嫌でも時は巡るので今日も元気に仕事に取り掛か・・・らない。
「ほぉ、これが噂の春待草ですか。」
「街道に咲くあの綺麗な花が実は食べられたなんて知りませんでした。」
「どの世界にも花より団子的な人はいるもんだ。さて、そろそろかな。」
野焼きを終えた翌日、ウィフさんの屋敷にお邪魔した俺たちは広い台所を前にその瞬間を待ち侘びていた。
用意した菜箸に衣をつけて油の上にぽとりと落とす。
シュワシュワと音を立てて弾ける様子を確認して油の温度を確認、そろそろいいだろう。
「「「おぉぉぉ」」」
熱した油の海に衣をつけた春待草を投入すると、カラカラとかジュワジュワとかいう音を立てながら勢いよく油の中で踊り始めた。
春待草と思われるそれを食べるとしたらやっぱり天ぷらだろう。
出汁でもいいがやはりここは塩一択、いい感じに浮かんできたところで回収して網の上でよく油を切る。
「熱々が美味いから先に食べていってくれ。」
「いいのかい?」
「台所貸してもらってるし、二人の為に持ってきたようなもんだしな。」
「それじゃあお言葉に甘えていただきますわね。」
箸の扱いにも慣れてきたイザベラが揚げたてのそれにチョンと塩をつけて口の中へ。
離れてても聞こえる衣のサクサクとした音に、聞いているだけで涎が出てきてしまう。
「ん!ちょっと苦味はありますけど癖になる味ですわね。でも嫌いじゃない味ですわ。」
「うん、こっちではなかなか味わえない感じだけど不思議と嫌じゃない。でも子供にはちょっと無理かな。」
「この味が気にいる頃にはもう立派な大人ってところだろう。これがまた清酒と合うんだ。」
「飲めないわたくしの前でよくそんなことが言えますわね。」
産後すぐのイザベラはなんていうか疲れ果てていていつものような勢いや元気は一切なかった。
育産後クライシスとかいうやつだろう、ともかく子供に生活を全て全振りしていて自分のことは全て後回し、ウィフさんもかなり手助けをしていたのだがやはり初めての子供ということもありそうなってしまったんだろうな。
とはいえ最近はやっと落ち着いてきたのか、こうやってわずかな時間でも子供から意識を切り離して自分の時間を楽しめるぐらいには回復してきた。
久々に見る彼女の笑顔とダメ出しに全員の表情がほっと綻ぶ。
「悪かったって、それじゃあ次はこれをつけて食べてくれ。」
「これは、緑茶ですの?」
「どっちかっていうと抹茶だな。」
「苦味の中にもどこか爽やかな感じがあるね。この特別感ある演出に特別な食材は貴族の中で流行りそうな組み合わせだ。さすがシロウさん、こうやって稼ぐつもりなんだね。」
ウィフさんが何やら誤解しているけれど、彼がそういうのなら流行るんだろう。
料亭スタイルで目の前で揚げる天麩羅、確かに貴族が好きそうなイベントだ。
「そういうわけじゃないんだが、折角春の味覚があるのに食べないともったいなかったのと、まぁ少し遅い出産祝いだと思ってくれ。」
「それは随分と気を遣わせてしまったみたいだね。」
「今でも十分よくしてもらってますわよ、正直アニエス様を始めとした皆様がいなければ今頃こんなに笑えていなかったと思いますもの。子供を産んで幸せになるとばかり思っていましたのに、世の中難しいですわ。」
「まぁ最終的にはこうやって元気になったんだからよかったじゃないか。因みにこれ以外にも色々と用意しているんだ、しっかり楽しんでくれ。」
この間の焼き畑で見つけたのは春待草だけじゃない、ワラビやゼンマイのような見覚えのある野草をいくつか発見。
本当は竹の子とかあればもっと幅が広がったんだけど時期的にはまだまだ早かったようだ。
とはいえせっかくの天婦羅にするのなら色々と種類があった方が見栄えがいい。
そんなわけで残りの野草をはじめ、この時期でも手に入りやすい野菜をいくつか用意させてもらった。
「はぁ、美味しかったですわ。」
「こんな料理の仕方もあるんだね。ただ揚げているだけのように見えるけど、こんなに食材本来の味を楽しめるとは思わなかった。揚げている様子も面白いし、やっぱりこれは貴族の間で流行ると思う。よかったら場を設けようか?それなりの値段を出しても人は集まると思うけど。」
「金に困ったらその時は考えさせてもらうよ。」
「よろしいので?」
「やりたいのは山々だが、そんなことをしたら春待草とかが根こそぎ取られるだろ?次の春に楽しむためにもあまり広めるのは宜しくない。ダンジョンで見つかるようになったらまた考えるさ。」
ダンジョン内の素材は復活するが、自然に生えているものはあっという間になくなってしまう。
今回のように時期が限られているものを根こそぎ奪うのは強欲な俺でもさすがに気が引けてしまった。
それに、こうやって目の前で揚げるやり方をしてしまうとそれだけに時間を取られて他の事が出来なくなってしまうからな。
自分の時間を確保するためも余計な事はしない方が良い。
「さぁ二人のお祝いはこのぐらいにさせてもらって、次はアニエスとバーバラの番だからそこに座ってくれ。」
「よろしいのですか?」
「アニエスの出産祝いもしてなかったし、バーバラには日頃のお礼も兼ねている。あぁ、ジンとアティナはこの次だからもう少し待ってくれ。」
「主殿はどうなさるので?」
「揚げながらつまむのが料理人の特権ってやつさ、さぁ座った座った。」
そんなわけで日頃のお礼も兼ねてみんなに天婦羅を披露し、夕方まで楽しい時間を過ごさせてもらった。
すっかり元気になったイザベラとウィフさんに見送られて俺も家路に・・・はつかずに、そのまま次の場所へ。
やってきたのは城壁の外に設置された屋台村の名残り。
一基だけ残された巨大天幕には灯りがともされ、大勢の冒険者や住民が今か今かとその時を待ちわびていた。
「お!シロウさん待ってたぜ!」
「早く例の奴を食わせてくれよ、もう腹ペコで死にそうだ。」
「ならもう少し待てるな、すぐ準備するから先にエールでも飲みながら待っててくれ。おーい、肉焼いていいぞ。」
「了解です!」
「さぁ、肉だ肉!好きなだけ食え!」
この間見つけたのはなにも春待草だけじゃない。
聖騎士団が討伐した巨大なボアの肉もまた今回の目玉商材であり、それと一緒に見つけた庶民におなじみの草もまた立派な春を告げる食べ物だ。
一足先にボア肉のステーキを焼き始め、騒ぎ始めた彼らの胃をなだめつつ別に用意したアイアンタートルの甲羅をつかって調理を開始。
『スプリングキャベジ。キャベジはキャベジでも春前のこの時期だけしか味わえない特別なもの。柔らかい葉が特徴で、ほのかな甘みはどの肉料理にも合う。冬の寒さが終わりを迎え、暖かな春の日差しに照らされたキャベジのみが柔らかな葉を生やすためダンジョン産のキャベジでは味わうことができない。最近の平均取引価格は銅貨80枚、最安値銅貨62枚、最高値銀貨1枚、最終取引日は本日と記録されています。』
俗にいう春キャベツというやつだが、元の世界の物と違い大人二人がかりでないと持てないような大きさが特徴。
野生のキャベジ自体が珍しく、ディヒーアやボアなどに食べられずに春を迎えられるものはもっと少ない為決まった地域でしか手に入れることは難しい。
これがなぜあの野原に自生していたかは不明だが、まぁ見つけたんだからありがたく使わせてもらおうじゃないか。
しっかり熱したアイアンタートルの甲羅に油をひき、そこにぶつ切りにしたボア肉を投入。
すさまじい音と共に肉の焼ける香りが天幕中に広がり談笑していた全員の視線がこちらに向く。
それを気にせず塩と胡椒だけで味を調え次にざく切りにしたキャベジを投入、あとはひたすら鍋をぶん回しながら肉とキャベジを炒めていく。
だがこれだけだとただの野菜炒め、そこで取り出したるはハルカが送ってくれた特製味噌。
そこに醤油を混ぜながら全体になじむように味噌を絡ませれば春キャベジをつかった特製味噌焼きの完成だ。
大皿にドン!と料理を盛り付け、再び同じ作業に取り掛かる。
これを米と一緒に食うのが最高に美味い、絶対に美味い。
米の入った茶碗の上にこれを乗せて一気に口に運べば・・・って腹減ったなぁ。
天幕にいるのは昨日の野焼きに参加してくれた冒険者達、これを見つけた時に最高に美味い物を食わせてやるからという理由で譲ってもらったので彼らが満足するまでは鍋を振り続けなければならない。
もっとも、代金はしっかり貰っているのでその分は働かなきゃならないんだけどな。
いい仕事にはいい報酬を、彼らの頑張りに報いつつ彼らがもらった金をここで回収。
最終的には俺の懐があったまるというわけだ。
なんせ肉も野菜も原価ゼロ、この天幕のリース代も発見者って事でかなり安くしてもらっているし調理道具もセットなので他にかかっているものがあるとすれば俺の人件費ぐらいなものだろうか。
つまりそれもゼロとすれば彼らからもらった代金が丸々儲けになるという事。
いやー、笑いが止まりませんなぁ。
もちろん調理は大変だし暑いしめんどくさいけれど、それが金になると思えば苦にならないしなにより飯代が浮く。
天婦羅なんて言うお上品な食べ物も嫌いじゃないが、こういうおおざっぱな料理の方が好きなんだよなぁ。
美味い飯を食って酒を飲んで大騒ぎして、そして英気を養ってまた明日を頑張る。
それこそが冒険者っていう生き物だ。
春はもうすぐそこまで来ている。
一足先に味わう春の気配に舌鼓を打ちつつ、なじみの冒険者と夜遅くまで話に花を咲かせるのだった。




