1563.転売屋は野焼きを見守る
「あの野原を畑にする?」
「例の大氾濫の際に食料が足りなくなっただろ?幸い穀物は十分に備蓄してあったし肉類もなんとかなった。だが野菜関係だけはどうにもならなかったから、それを鑑みて今回の決定にいたったらしい。」
「ぶっちゃけまた魔物に襲われた時点で畑は食い荒らされると思うんだがそこはどうなんだ?あとは近隣の村々から買い付けていた分もあるだろうし、それらを引き続き買い上げるっていう約束にしておかないと後々揉めるぞ。」
王城の倉庫に寄った帰り道、巡回のついでに世間話をしにやって来たホリアから思わぬ話を聞かされた。
港町から少し離れた街道沿いに少しひらけた土地があるのだが、なんでもそこを開拓して畑をつくろうっていう話があるらしい。
確かにあそこは小川も流れているし、一回丘を越えるから海からの風が届きにくい土地ではある。
港から30分ぐらいだし比較的魔物が少ないという観点からも決してダメな選択肢ではないと思うが、それでも理由が短絡的すぎないか?
ただ畑を作るって言っても開拓するだけでなく継続して世話をし、更には魔物や獣から作物を守らなければならない。
元の世界でさえ毎日害獣の被害が出ているっていうのに、それに加えて魔物までいるこの世界で本当にやっていけるんだろうか。
因みに通常の農地は人が住む場所のすぐ隣にあるため魔物や害獣の被害が非常に少ない。
彼らからしても人は危険な存在、他所に食い物があるのならば態々人の近くに行ってまで食い荒らす様なことはしないんだが、今回の場所はそうじゃない。
明らかに離れた場所で彼らからしたらやりたい放題できる場所になる。
わざわざそこを守るために冒険者を派遣するとか、そんな残念なこと考えてないよなぁ。
「その辺は王都議会で考える事で俺たちの仕事じゃない。が、今でも足りているとはいえないしその辺は問題ないんじゃないか?」
「だといいんだがな。それで、どんなふうに作る予定なんだ?」
「春待ちの風が吹く前に一帯を野焼きして養分にするらしい。」
「懸命な判断だな、焼きました燃え広がりましたじゃ目も当てられない。」
「耕作予定地周辺は俺たちが事前に諸々の掃除をすることになっているが、冒険者にも依頼はかかるだろうから諸々の準備をよろしく頼む。」
野焼きをするためだけに駆り出される聖騎士団には同情してしまうが、まぁそれもまた彼らの仕事。
草刈りはともかく討伐なんかも冒険者の仕事だと思うんだが、彼らが動くことで国民に議会が仕事をしているっていうアピールをしたいのかもしれない。
政治の世界ってのは大変だなぁ。
私利私欲にまみれた俺には絶対に向いていない世界だ。
「というわけで野焼きが行われるらしい、それに向けて冒険者も駆り出されるだろうから諸々準備をしておこう。アニエス何か聞いてるか?」
「直接聞かされたわけではありませんが、それらしいことは。主に新人と初心者に向けて仕事を依頼するつもりだとか。」
「日銭を稼ぐにはぴったりの仕事だからなぁ、彼らへの支援の意味合い含んでるんだろう。となると道具食事の準備も必要か。」
「ですが、それらは議会が用意するのでは?」
「議会が用意する飯ってのは腹にたまらないしで道具も安っぽいものばかり、絶対に冒険者から不満が出るからそこで準備したものを投入するのさ。」
議会を批判するわけじゃないがお偉さんの中にはいまでも冒険者を蔑んでいる人も大勢いる。
そういう人たちがいると道具や飯なんかもおざなりになりがちなので、下手にそういうのを出すと頑張っている彼らの士気にも影響が出るのは間違いない。
体を動かすときには肉、それと温かい汁ものと相場は決まっているんだから味はともかく腹いっぱい食べさせることを考えておかないと。
「下手なものを出して文句を言われるぐらいなら先に提案してしまおうという事ですね。」
「おそらくホリアに話が行くがあまりの残念さにホリアがそれを指摘、なら自分達で準備しろ!とか言うだろうから、それをホリアが引き受けて最終的に俺に投げてくるという筋書きになるだろう。ホリアも俺がどうにかするとわかってるから自分で準備なんてしないだろうし、向こうがその気なら俺は俺で高値で吹っ掛けてやるだけの話だ。」
春待ちの風が吹くまで残りあとわずか、せっかくホリアが情報を流してれたんだから有効に使わせてもらわないと。
そんなわけで急ぎ食べがいがありかつ体の温まる料理の準備をし、更には土を掘り起こすための道具を手配する。
スコップなんかはこの間の雪かき用に使っていたのを流用できるが、鍬とかは守備範囲外なんだよなぁ。
とりあえずデスサイスマンティスの鎌が倉庫にあったからそれを使えば多少は草刈りもはかどるだろう。
他にもトラクター代わりの土の魔道具はあるけれど大型の物はないので焼け石に水ぐらいの成果しか上げられなさそうだ。
それならば人海戦術でサクサク草を刈っていく方が何倍も速い気がする。
今回のメインミッションは草刈り、その後の野焼きをして消火した後の土を耕してなじませるまでがワンセットってな感じだろう。
後は春まで土をなじませれば完璧だ。
翌日。
朝方には所定の人数が集まったらしく大所帯で目的の場所まで移動、発案者である議会議員に説明させても話を聞かなさそうなのでホリアが代表して話をするようだ。
「これよりこの範囲の草刈りを行う!我々騎士団が先行して草刈りの範囲となる場所を耕してある、そこより内側の草を各自所定の道具を用いて刈り取ってくれ。休憩は二時間ごと、空に魔法が響いたらこの場所に再度集まるように、諸君らの健闘を期待する!」
「「「「おぅ!」」」」
「あー、一つだけ先に言っておくと、さぼったやつはだれかすぐわかるからな、それがそのまま報酬に響くと思ってくれ。それを管理するのは横にいるこいつだ。」
「え、俺?」
「シロウに目を付けられたくなきゃしっかり頑張れ。ちなみに今日の飯も道具もこいつが用意したからよくお礼言っとけよ。」
「「「「ありがとうございます!」」」」
お礼はともかく監視する気はさらさらないんだが、飯と道具を用意してくれた人の前でさぼる事なんてできないだろうっていう策士ホリアのやり方なんだろう。
まぁ、それなりに稼がせてもらったし多少の嫌われ役ぐらい喜んでやらせてもらうけどさぁ。
冒険者たちは用意された道具を手に野原へと広がっていく。
半数が農地予定地周辺の土を掘り起こして、残りの半数がその内側の草を刈る。
掘り起こすのは延焼を避ける為なので結構な範囲を掘らないといけないし、草刈りは草刈りでなかなかの量が生えている。
まぁこっちに関しては燃えやすいようにある程度刈り取るだけでいいので全部やる必要はないんだが、中途半端に距離が空いたりすると燃え残ったりするのでその辺は臨機応変にってやつだな。
彼らが頑張っている間に、ジャンヌさんに声をかけてきてもらった婦人会の奥様方と共に大量の飯を作り始める。
今回は如何に安く腹にたまって美味い物を作るかっていうコンセプトのもと材料を準備させてもらったが、調理に関しては俺が口を出す物でもないので奥様方に好きなように作ってもらえばいいだろう。
開始から二時間程経過。
作業は順調に進み、進捗の半分ほどが早くも終わろうとしていた。
作業効率を考えて風上側から火を放ち草を焼きながら残りを刈り取りつつ、火が消えた所から順に土を耕していく。
思っていたよりも大変な作業に冒険者から不満の声も聞こえてくるが、引き受けたのは自己責任なので頑張ってもらうしかない。
「おーい、シロウちょっと来てくれ!」
「どうした?」
「周辺の魔物を駆除してたらワイルドボアの群れに遭遇してな、お裾分けだ。」
「うぉ、でっけぇ!」
作業現場の巡回中にホリアに呼ばれ、向かった先にあったのは巨大なボアの死骸だった。
イノシシっていうかもう熊みたいな大きさだよな。
どれも丸々太っているからいい感じの肉を回収できるだろう。
「二匹もいれば冒険者の分は足りるだろう、残りはこっちでもらって構わないよな?」
「それだけいれば十分だが、皮とか牙はどうするんだ?」
「そりゃお前が買うだろ?」
「そのつもりではあったんだが・・・いや、何も言うまい。」
さも当たり前のように言うあたり何とも言えない気持ちになってしまったが、これだけ立派な牙と毛皮ともなればそこそこの値段で売れるのは間違いない。
それなりに儲けさせてもらってもいるし、下手にギルドに持ち込まれるぐらいなら多少高くても喜んで買わせてもらうさ。
ってなわけで、急遽ボア肉が昼飯に追加。
集合の知らせを聞いてくたびれた顔で戻ってきた冒険者だったが、ドンと鎮座するボアを見てそれはもう目を輝かせて喜んだ。
「美味いっす!」
「火に追われながらの草刈りとか何考えてんだよとか思ったけど、これ食ったらどうでもよくなりました。」
「マジ最高です!」
まったく、不満ばっかり言いまくってたのに現金な奴らだ。
大騒ぎしながらしばしの休息をとっていた冒険者だったのだが、飯の途中で申し訳なさそうな顔をしたやつが一人こっちにやってきた。
「どうかしたのか?」
「あの、こんなの生えてたんですけど刈り取っていい奴ですか?」
「ん?」
彼がポケットから取り出したのはこの時期には珍しい緑色のつぼみのようなもの。
一面茶色の景色のなかでこの色は中々に異質だが、どこかで見たことのあるフォルムでもある。
『春待草。海辺に生える多年草の一種で、冬の間は茶色い種のような姿で寒さを乗り越え春待の風が吹く頃に一斉に緑色のつぼみをつける。花が咲くと鮮やかな黄色い花を咲かせ春の訪れを知らせてくれるのだが、つぼみの状態で食べると非常に美味なことはあまり知られていない。最近の平均取引価格は銅貨22枚、最安値銅貨10枚、最高値銅貨31枚、最終取引日は本日と記録されています。』
どこかで見たことあると思ったらこれはあれだ、フキノトウだ。
よく見ると形は若干違うものの、食用になるという部分でも似ている部分はある。
まさかこんなものが生えているとは思っていなかったが、このままだと全部燃えてしまう可能性がある。
それはそれで仕方ないのだが、みすみす燃やしてしまうのも勿体ない。
「これは急ぎ回収すべきものだ、どの辺に生えてた?」
「一番風下の方です、もしかしたら他にもあるかもしれないんですけど・・・。」
「ならまだ間に合うな。おーい!急ぎ風下に向かってこれを回収してきてくれ!持ってきてくれたら1個銅貨5枚で買うぞ!」
「え、集めるだけで金貰えるのか!?」
「おい、早く食えよ!全部燃えちまうぞ!」
「急げ急げ!」
俺の呼びかけに飯を食い終わってくつろいでいた冒険者たちが慌てた様子で風下に向かって走り出す。
流石に火が近くなったら逃げるだろうけど今はまだ大丈夫なはずだ。
鑑定結果が美味いと言っているだけで実際どうかはまだわからないけど、俺の勘がうまいと言っている。
食べるならやはり天ぷらだろうか、それとも・・・。
春はもうすぐそこ、思わぬ食材の発見に思わず頬が緩んでしまうのだった。




