1561.転売屋は思わぬお礼を貰う
魔術師ギルドのルイーゼ先生からひきうけた依頼を達成するべく紫水晶の追加確保を余儀なくされた俺は、配達の仕事を終えたばかりのバーンに無理を言って一路南方へと飛行していた。
前回は思わぬ発見に準備も何もしていなかったが、今回はピッケルに中型木箱の他諸々の道具を手配して準備万端。
とはいえメインは水晶ではなく採掘中に出てしまう水晶の欠片や屑石、これを砕いて粉末状にしたものを壁に塗って特殊な部屋を作るんだとか。
話を聞いてなおよく理解していないが、ともかくその特別な部屋を作るのに今回の紫水晶がうってつけなんだとか。
まぁ、回収ついでにルティエ用の品を回収すれば向こうに戻るいい土産になることだろう。
そして出来上がった物を王都に流せば大儲けすること間違いなしだ。
「トト、見えてきたよ!」
「よし、もう少しだからがんばれ。到着したら作業している間も休んでていいからな。」
「でも・・・。」
「おっきな肉を持ってきてるから自分でしっかり焼いて食うんだぞ。」
「わかった!」
肉の塊ひとつで大喜びしてくれるのは我が息子、手伝おうとしてくれるのはありがたいんだが無理を言って手伝ってもらっているだけにこれ以上手伝わせるわけにはいかないっていうね。
ここに連れてきてくれただけでも大助かりなので、王都に戻ったら大好きな唐揚げを山ほど作ってやるからそれで勘弁してもらおう。
前回同様バーンのホバリングで地下に新鮮な空気を送り込んでから大穴に着陸、念の為にと作っておいた石の山が崩れていないことから魔物が出入りしている心配はなさそうだ。
「よし、到着っと。」
「トト、荷物は端っこでいい?」
「そうだな。中央は荷造り用に空けといてもらって端の方にコンロとかを設置しよう。これから何度も来ることになるだろうから、天幕も張って雨よけも作らないと。」
魔物がいないということは荒らされる心配もないということ、残るは雨が降った時にどうなるかだが水が溜まった形跡は見当たらないのでこの辺が沈んでしまう心配もなさそうだ。
もっとも水晶を採掘する横穴が少し下っているのでそっちに溜まっていう可能性は否定できないけど、その時はその時で対処すればいい。
バーンと手分けをしながら荷物をばらしてテーブル・コンロ・椅子なんかの居住スペースを設置、加えて少し大きめの竈スペースを離れた所に作り、早速火を起こして肉を焼き始める。
別事お腹が空いたからじゃない、酸素が少なくなると火の勢いが弱まるのでそういった事への確認の意味もあったりする。
まぁ二酸化炭素が横穴に溜まってしまうので定期的に中へ空気を送る必要はあるのだが、その辺もバッチリ対策済みだ。
到着からしっかり二時間ほどかけてベースキャンプを設置、バーンは休憩しながら大きな肉の塊を美味しそうに頬張っている。
「それじゃあ行ってくる。」
「いってらっしゃーい。」
「何か変わったことがあったら呼んでくれ。」
ランタンとピッケルの他、諸々の採掘道具を手に横穴へと侵入。
幸いにも水やガスが溜まっている様子もないので問題なく作業に当たれそうだ。
通路をまっすぐ進み、目的の場所へ。
ランタンの光に照らされてキラキラと光る紫水晶が早く掘ってくれと言わんばかりにそこらじゅうで輝いている。
「さぁてやっちまいますか。」
ランタンをいくつも設置、通常のランタンと違って燃料を燃やすのではなく魔石から供給される魔素で光り輝くので空気が汚れる心配はない。
加えて魔石さえあればすぐに稼働するので、近くにいくつか置いておくだけでもすぐに使用することができる。
ランタンを置いたら今度は足元の清掃、ゴミや大きめの石を全て隅の方に退けてからお待ちかねの欠片回収を開始、こういう下準備が効率よく働くためのコツだったりする。
落ちていたものを拾い集めた後は小さめの水晶から採掘をはじめ、その間に出た屑石なんかもしっかりと回収。
出来るだけ割らないように慎重に手を動かしているつもりなんだが、結構簡単に割れてしまうので思った以上に屑石が出てしまう。
うーむ、中々に難しいな。
ひとまず持ってきた袋がいっぱいになったので作業の手を止め、屑石と小型の水晶の入った二つの袋を手にベースキャンプへと戻る。
「やれやれただいま・・・ってなんだそれ。」
戻ってきた俺を待っていたのは、背中から小さな羽の生やした幼子を抱くバーンの姿だった。
その幼子はバーンの手の中が心地いいのか微動だにせず寝息を立てている。
本人はというと、うちの子供達を抱いているからか、手慣れた感じで体を左右に揺らしながら寝かしつけているようだ。
「えっとね、上から落ちてきたの。」
「上からって上から?」
「うん。ころころころ~って。」
「あの高さから落ちてきてよく怪我もしなかったな。」
「最後は僕が受け止めたから。」
あまり要領を得ない感じではあるが、バーンの話を察するに穴の上から落ちてきたのを華麗にキャッチして抱きしめている間に眠ってしまったと。
起こすのもあれだからゆらゆらと左右に揺れながら待っていると俺が戻って来たらしい。
なんでこんなことになったのかよくわからないが、まぁ無事なのはいい事だ。
足元には幼子が落としたと思われる羽毛がいくつか散らばっている、生き物を鑑定するのはできないので代わりにそれを見て何者かを確認することにした。
『スノーハーピィの羽毛。雪のような白い羽毛が特徴的なスノーハーピィだが、生息地は南方の森の中で何故この目立つ色になったのかはわかっていない。羽毛には断熱性能の他撥水性も高く、特に子供の物は羽毛が柔らかい為クッション性能が非常に高い為緩衝材として用いられることもある。最近の平均取引価格は銅貨40枚、最安値銅32枚、最高値銅貨68枚、最終取引日は5日前と記録されています。』
ハーピィといえば歌で人を惑わしてしまう魔物という認識があるのだが、実際は複数種いるなかでも2種類ぐらいしか誘惑してこないし、なんなら人を助けたりするぐらいに人懐っこい感じの魔物らしい。
亜人とはまた違うのでやはり魔物は魔物なのだが、こっちからちょっかいをかけなければ向こうから攻撃してくることはほとんどないそうだ。
だが仲間意識が非常に強いので、下手に攻撃しようものなら周りにいる仲間が一斉に襲い掛かってくるので注意は必要。
人型であるが故に知恵も回るので、攻撃してこないのは自分達に分が悪い事がわかっているからだという学者もいたりする。
そんなハーピィの羽毛は非常に断熱性能が高いので、ダウンに使用される他保冷用のクッションとしても重宝されているのだとか。
実際使ったことはないけれど壊れやすい物とか、保温しなければならない物なんかを運ぶときにハーシェさんが使用していたのを覚えている。
彼らの羽毛も、討伐して回収するよりも食料品と物々交換して手に入れる方が効率がいいと聞いた事があるので、やはり魔物というよりも亜人に近い存在なんじゃないだろうか。
「スノーハーピィか、この辺に住んでる魔物なんだろうけどこんな小さな子が落ちてくるってことは親が探しているんじゃないか?」
「そうかなぁ。」
「遊んでいて落ちてきたっていう可能性は高いが、抱っこして寝るぐらい小さい子なら絶対に母親が探してるだろ。今頃名前を叫んで飛び回っているんじゃないか?」
名前があるのかは不明だが、魔物であれ亜人であれ人であれ我が子を探さない親はいないだろう。
ほら、こんな感じで。
突然聞こえてきた子守唄様な声に思わず上を見上げると、真っ白い何かが穴の上をぐるぐると飛び回っているのが見えた。
どうやらまだこちらには気付いていないようだが、どう見ても何かを探しているような感じだ。
「バーン、届けてやったらどうだ?」
「んー、いいの?」
「良いも何もこの子をどうにかしようって程俺は鬼畜じゃないぞ、子供は母親の傍にいるもんだろ?」
「うん!」
「俺はちょっと休憩してるから、くれぐれも起こすんじゃないぞ。」
「わかった!」
眠った子供をこのまま放置するわけにもいかないし、何より母親が探しているのならば届けてあげるべきだろう。
とはいえ俺がついていったってどうする事も出来ないので、おとなしく下で香茶でも飲みながら待つとしよう。
元の姿に戻ったバーンの足に子供を入れたバスケットを括り付けてやると、それを揺らさないようにゆっくりゆっくりと最小の動きでバーンが穴の上へと登っていく。
やれやれ、これでひと段落か。
戻ってきたらバーンが子供を抱いているとは夢にも思わなかったが、彼のお陰で幼い命が助かったのもまた事実。
魔物だろうがそうでなかろうが、母親が悲しまないのが一番幸せなことだ。
しばらくして満足げな顔をしたバーンが上から降りてきた。
どうやら子供を探していたのは間違いないかったようだが、流石にワイバーンが助けてくれたことに驚いてはいたものの無事に子供を引き渡せたらしい。
「よかったな、喜んでただろ?」
「うん!後でお礼をしたいって。」
「お礼ねぇ、別にそこまでしてもらう必要もないんだけど、ってそれを言えるのは助けたバーンだけか。何をしてほしい?」
「んー、トトが喜ぶこと?」
「となると金になる物を持ってきてくれればそれで十分だ。」
別に高価である必要はない、金目のものがもらえればそれだけで俺は大満足だよ。
なんて、いくら息子の前とはいえ流石に最低すぎるので言えなかった。
そんなこともありながら回収した屑石なんかを持ってきた木箱に詰め直して再び横穴へと戻り、採取を再開。
今度はバーンにも手伝ってもらいながらそこそこ大きい物を道具を使って回収することに成功した。
一抱えもありそうな巨大な紫水晶、あとはこれを持ち帰るだけなのだがあまりにも大きすぎる為適当に入れるだけでは折角の水晶が割れてしまう。
かといってそれを埋める為の緩衝材的な物は持ち合わせていないわけで。
「トト!大変だ!」
とりあえず搬出しないことには始まらないのでバーンに台車を取りに行ってもらったのだが、帰って来たのはさっき以上に驚いた声だった。
慌てて上に戻ると、そこに広がっていたのは本日二度目の驚くべき光景。
まるで新雪の様な真っ白い羽毛が辺り一面を埋め尽くしていた。
「なんじゃこりゃ!」
「ハーピィさん達がいっぱい持ってきてくれたみたい、見て!」
バーンの指さした先には、何十人ものハーピィが大穴の周りを飛び回り雪の様に羽毛を降らせていた。
別にこれが欲しいとは一言も言っていないんだが、どこでどう伝わったのか想像もしていなかったものをお礼として持ってきてくれたようだ。
丁度クッションになる物を探していたんだが、まさかこのタイミングで手に入るとは。
「ばいばーい、またねー!」
バーンが大きな声と共に手を振ってハーピィ達にお礼を伝える。
こうしてこの冬最後の雪?を堪能した俺達は、それを有効に使わせてもらいながら目的の物を無事に運び出すことができたのだった。




