1560.転売屋は春の気配を感じる
14月。
暦に忠実なこの世界ならこの時期はまだまだ冷え込むはずなのだが、この間の一件以降そのあたりの季節感が少しあいまいになったような気がする。
なんでこんなことを言っているかというと、今日が例年以上に暖かいからだ。
流石に春のような暖かさではないが元の世界でいう小春日和、外にいて太陽に当たっているとポカポカとして気持ちよくなってくる。
こんなことが起きるとまたどこかの遺跡で誤作動でも起きているんじゃないかと心配になってしまうが、とりあえず明日の動向を見て考えるとしよう。
ともかくだ、久々に温かい日差しがふりそそいでいるのだから店に引きこもっている理由はないだろう。
「暖かいなぁ。」
「そうですね、子供達もうれしそうです。」
「冬に生まれた二人からするとこの気温は初めてだもんな、この冬は寒い日ばかりだったから新鮮なんだろう。せっかくだし子供達を連れて散歩にでも行くか。」
「それはいい考えです、お弁当を持って行きましょうか。」
俺の手にガイア、アニエスの手にサニア。
二人共降り注ぐ太陽の陽気が気持ちがいいのか非常にご機嫌なようだ。
サニアに至ってはキャイキャイ声を出している。
太陽のように育ってほしいという意味でこの名前を付けたのだが、名前に相応しい反応をしてくれると親として嬉しくなるなぁ。
「おそらく同じようなことを考えている人が増えるだろうから今のうちに場所取りが必須だな。風が当たらなくてそれでいて太陽はしっかり降り注ぐ場所、そんな都合のいい場所あったっけか。」
「場所に関しては考えがありますので、代わりに準備をお願いしてかまいませんか?」
「了解、一応簡易の天幕とか最低限の道具も準備するから一時間ぐらい貰って構わないか?」
「大丈夫です。」
何年も王都にいたアニエスだからこそ知っている秘密の場所的なのがあるんだろう。
一度屋敷に戻って子供達を預け、その間に城の倉庫からあれやこれやと道具を引っ張り出す。
丁度春先に向けて冒険者向けの探索道具を買い付けていたのでそれをいくつか使わせてもらえばいい。
「シロウさん!その椅子どこで買ったんですか?」
「ん?これか?これは買ったんじゃなくて売り物だ。」
「え、売ってるんですか?いくらですか?」
そのついでにとあれこれ道具を荷車に積み込んで見せに向かっていると、目ざとくそれを見つけた冒険者につかまってしまった。
声をかけてくるなんてのはよくある話だが、まさかここまでぐいぐい来られるとは。
あっという間に複数人の冒険者に周りを取り囲まれてしまった。
「ちょっと落ち着け、今日は休みだから明日売ってやるから。」
「明日じゃダメなんですって、今日使いたいんです。」
「あれだろ、この暖かさでどこか行こうとか考えてるんだろ。」
「わかってるなら売ってくださいよ。軽そうだし、もち運びにも便利そうですよね。いくらですか?」
どうやらみな考えることは同じらしい。
ここまで食いつかれたら多少高くても売れそうなもんだが一度売り出すと他の人にも売らなきゃならないわけで、そうなると他の用事とか一切できなくなってしまう。
いくら金儲けに貪欲な俺でも家族との時間の方が大事なので流石にそれは避けたい所だ。
「椅子は一つ銀貨5枚、二つ買ったら銀貨8枚だ。」
「え、高!」
「高いと思うならあきらめろ、俺はもう行くぞ。」
販売価格の二倍を提示、いくら需要のある折り畳み椅子とはいえ流石にこの値段では売れないだろう。
戸惑う冒険者を蹴散らしながら店に向かって再び歩き出したその時だ。
「買います!」
「は?嘘だろ?」
「嘘じゃないですって。ちょっと高いけど一回買えば長く使えますしちょうど手持ちもあるので。」
「おい、抜け駆けはなしだぞ。」
「俺も買います!二つ!」
「俺も!俺も!」
一人が買うと言い出したら他の奴らも負けずと買いたいと言い出しやがった。
定価の二倍だし買ってくれるのはありがたいと言えばありがたいんだが、なんでこのタイミングで買いたがるのか。
いや、暖かくなったこのタイミングだからか。
流石にこの機を逃すのは俺の信条に反するので致し方なく積み込んだ椅子を自分用を残して全て販売、まったく余計な時間を食ってしまった。
「って、なんだこれ。」
「おぉ!主殿ちょうどいい所に、皆さまこの陽気に誘われて買い物に来てくださったようです。外で使う探索用の道具をお探しのご様子、確か色々と買い付けておられたと思うのですが・・・。」
店に戻った俺を待っていたのは大勢のお客、冒険者だけかと思いきや一般住民の姿もそこそこある。
他にも店はたくさんあるのになんでわざわざうちの店なんだよ。
「あー、確かに買い付けてはあるんだが今ここにはないんだ。それに俺は今日出かけるから、売るのは明日に・・・って無理だよな。」
「無理ですな。」
「店長、どうしましょう。」
どうしたもこうしたも今日は店じまいだ!って宣言して追い返せば済む話なのだが、貧乏性の俺がこの商機を逃せるはずもなく。
とはいえいつまでもアニエスを待たせるわけにもいかないので、集合時間を二時間後に変更してもらうようバーバラに伝言を頼んでジンとアティナの三人でこの客をさばききることにした。
ティタム鉱のカップ、折り畳み机、クッション、他にも簡易コンロやカトラリーセットなど前に買い付けた日用品も飛ぶように売れていく。
普段なら見向きもされないような物まで相場の倍以上で売れていく状況に、気づけば焦りは無くなり楽しくなってしまった。
どれも普段は銅貨30枚とか50枚でも売れないような品ばかり、それが銀貨1枚とか3枚でも平気で売れるんだからそりゃ楽しくもなるだろう。
買い付けた時の値段はそれよりも安いんだからどれほどの利益が出るか今から楽しみだ。
いっそこのままずっと売れればいいのにと考えてしまった次の瞬間、ハッと頭に浮かんだのは愛する子供達の顔だった。
「やばい!後は任せた!」
「主殿、これだけのお客を置いてどこへ?」
「子供達と一緒に出掛ける約束なんだよ、こっちの方が先約だから後は任せた!」
「任せたと言われましても・・・いや、そちらを優先するべきですな。」
そもそも店じまいするはずなのに開けている事の方がおかしいわけで、強欲なる魔人もこれだけ利益を上げれば許してくれるようだ。
まだまだ大勢の客が店の外に並んでいるがそれよりも大切な人が待っている。
「店長!これ持って行ってください!場所は手紙に書いてます!」
「助かる!」
「たのしんできてくださいね~!」
店から飛び出る前にカウンター越しにバーバラから渡されたのは大きめのバスケット。
中身はわからないが中々にいい香りが漂ってくる、おそらくアニエスに伝言を伝えに行った帰りに用意してくれたんだろう。
こういう気の利くところが素晴らしいんだよな。
ポカポカ陽気を背中で浴びながらバスケットに挟まった手紙で場所を確認。
え、そんな場所!?と最初は思ったけれどアニエスが言うんだから間違いないんだろう。
「すまん、遅れた。」
「大盛況だったようですね。この陽気ですし、無理もありません。」
「子供達は?」
「温かな日差しを浴びて嬉しそうです、特にサニアは目をキラキラさせていますよ。」
たどり着いたのは王都をぐるりと囲む城壁の一角。
南向きの少し開けた場所にマットが敷かれ、その上でサニアとガイアが日光浴を楽しんでいた。
そんな二人をアニエスとルフが優しい目で見守っている。
アニエスはともかくルフはいつの間に店から出ていたんだろうか。
まぁ、これだけ暖かい日差しを逃すはずがないとは思っていたが全く気付かなかった。
とはいえ直射日光の浴び過ぎは宜しくないので、すぐに天幕を張って日陰を作ってやると、ガイアが嬉しそうな声をあげる。
サニアは日向でガイアは日陰、相変わらず対照的な二人だ。
「どうぞ。」
「ありがとう。やれやれやっと一息ついた。」
「大変だったみたいですね。」
「これだけ急に暖かくなるとみんな考えることは同じだな、まぁ予想以上に物が売れたからそれはそれでありがたかったんだが。」
バーバラが持たせてくれたバスケットには香茶の入った保温ボトルとお菓子が詰められていたようで、さっきまで販売していた折り畳みのカップに注がれたそれを受け取りつつ、これまた大反響だった折り畳み椅子に腰かけながらアニエスの作ってきてくれたおにぎりを頬張る。
昔はパン党だったアニエスも気づけばご飯党に鞍替えしてくれたようで、産後はほぼ毎日のように米を食べている気がする。
腹持ちもいいし本人曰く母乳の出もよくなるんだとか。
この辺に関してはどういう効果でそうなるのかまではわからないけれど、ごはん党が増えるのはありがたい限りだ。
「この様子ですと春からも忙しくなりそうですね。」
「そうなってもらわないと向こうに戻るのが遅くなる、なんとか夏までには全額支払いたいところだ。」
「焦らずともちゃんと戻れますから。」
「だといいんだが。」
「何か心配でも?」
「店だったり人だったり、まぁ色々だ。折角これだけ仕事をしてきただけにその関係がなくなるのがもったいなくてな。もちろん全部なくなるわけではないんだがついあれこれ考えてしまう。」
太陽の日差しを浴びてしっかりあったまったルフを撫でながら心の奥にたまっていたモヤモヤを吐き出していく。
自分がここまで思い詰めているとは自分でも思っていなかったが、一度吐き出すと次から次へと言葉が出てきて止まらなくなってしまった。
一度出てしまった物を止めるのは難しく、いっその事ここで全部吐き出してしまおうと切り替えて何も言わない二人の前で洗いざらい吐き出すことに。
こういう時にこそ一人じゃなくてよかったと思うよな。
もちろんそれを受け入れてくれる人がいるから出来る事だが、ありがたいことに二人共何も言わずに聞き続けてくれた。
「はぁ、スッキリした。」
「それはよかった。」
「悪いな、こんな日に愚痴って。」
「こんな日だから吐き出すんです。すみません、私が不甲斐ないばっかりに。」
「いやいや、アニエスやルフが頑張ってくれているからこそ俺がここにいられるんだ。子供達も陰ながら応援してくれているしな。」
「ふふ、そうですね。」
遊び疲れたのか日陰で二人とも寝息を立てている。
日が傾きだすと少し寒く感じるが、まだまだ太陽が当たる場所は暖かい。
小春日和の中、心のつかえも暖かさと共に溶けてなくなりスッキリした気分になれた。
これでまた明日から頑張れそうだ。
「さて、戻ったら早速春に向けた仕込みもしないとな。暖かくなるだけでこれだけ物が動くんだ、この春に向けてもう一度冒険者向けの道具を準備しないと。山ほど仕入れるから宣伝宜しく頼む。」
「出来る限り頑張りましょう。」
「ルフも引き続きよろしくな、春になったら薬草を探しに森に入るから期待してるぞ。」
「わふ!」
この春頑張ればゴールはもうすぐそこまで来るはず。
その為にも今まで以上に利益の出る転売品を発掘していかなければ。
これも全ては自分、そして家族の為。
暖かな日差しの中、私利私欲にまみれた決意を新たにするのだった。




