1526.転売屋は前日まで買取に追われる
在庫が減れば在庫は増える。
何を言っているかわからないと思うが、俺にもさっぱりわからない。
昨日ガラポン抽選会と一緒に在庫一掃セールを行い、無事に不良在庫の半分以上を売りさばいたって言うのに、なんで祭り前日もいつものように買取をしているんだろうか。
それも一般住民の買取ではなく冒険者関係の買取ばかり。
いや、別に仕事だから買い取るのはかまわないんだけどなんで今日なんだって話なんだ。
お前ら昨日まではしゃぎ回ってたじゃないか。
なんなら還年祭の間中仕事もせずに遊び倒すんじゃなかったっけか?
ダンジョン街のやつらは皆そうだったが王都の冒険者はそんなに勤勉なのか?
「ものの見事に肉に関する品ばかりですな。」
「まさか向こうの人気がこっちにまで影響を及ぼすとは思わなかった。おっちゃんも大変だなぁ。」
「あと何人か助っ人を入れねば早いうちに業務が回らなくなりますぞ。」
「そうだと思って募集をかけてるんだが、残念ながらこの時期に働きたい奴なんているはずがなくてだな。」
今になって勤勉になった冒険者のように働いてくれる人がいたらいいんだが、残念ながらそういった人は今のところ皆無らしい。
運び込まれる素材の殆どが屋台村で販売されている焼肉店で出される食材関係。
ワイルドカウの皮にアングリーバードの羽毛、ファットボアの牙もそれなりに入ってきてるってことは焼き肉で提供する食材を追加したってことだろう。
個人的には魚介系も入れて欲しいんだが、そうすると収拾がつかなくなるんだろうな。
殻の処分場所とか色々面倒が増えてしまう。
幸いにもどの素材も日常的に消費されるものばかりなので買い取れば買い取っただけ売れるけれども、残念ながら利益率は悪い。
ありふれているということはそれだけ価格が安いということ、少しでも高くすると他の安い店に客が流れてしまうのである意味固定買取固定販売みたいになってしまう。
羽毛はまぁ時期的に需要があるから少し高いか。
「バサラ様に相談ですな。」
「洗い場が特に足りないらしいから、中毒から復帰したばかりの体力のない奴らをそっちに回して生活費でも稼いでもらうか。ジャンヌさんの方は?」
「婦人会は他ので店に駆り出されておりますから難しいでしょうなぁ。」
「予想はしていたが予想以上、うれしい悲鳴だがこっちもこっちでこいつらを捌かなきゃ手伝いにも行けないわけで。困ったもんだ。」
買い取っても買い取っても終わらない査定の列。
めんどくさいからセルフで金を持って行ってもらう手もあるんだが、結局それを監視するのに人がいるっていうね。
物によって状態も違うし、査定なしにするとここぞとばかりに古びたやつを混ぜてくるやつがいる。
一体どこから持ってくるんだろうなぁ、マジで。
「シロウさんいますかー?」
「ルティエか、ちょっと手伝え。」
「えー、無理ですよ。私のお店も忙しく手伝ってだって欲しいぐらいなのに。」
「手伝ってくれたら還年祭でデートしてやったのに残念だ。」
「やります!やります!何したらいいですか!」
いや、冗談だから。
っていうか店主のお前がいなくなったら店はどうするんだって話だろ。
ブーブー文句を言うルティエを宥めつつ話を聞くと、なんでもアクセサリーを入れる小さい袋が無くなりそうなんだとか。
タルタルーガ製のアクセがこの間のリハーサル以降かなり売れ行きを伸ばしているらしく、それを入れる上質な小袋を探しているらしい。
素材上出来るだけ柔らかいものがいいらしいんだが、何かいいのがあっただろうか。
「出来るだけ安くて見栄えがしてそれでいて内側は柔らかく外側は剛質ねぇ、ドラゴンの皮でも使っとけ。」
「そんなの使ったら破産しちゃいますし何より加工できませんよ。」
「知ってる。とはいえそんな便利なものがあったら今頃使ってるだろ?」
「まぁそうなんですけど。」
「入れるものがそこまで傷に弱くないのなら内側を毛皮にする必要はないし、かといって硬すぎてもいけない、か。」
そしてできれば加工がしやすいような物、そんな夢のような素材がアレば今頃大金持ちだろう。
もちろんルティエもそれを理解したうえでうちを頼って来てくれたんだから、何かしらの形で報いてやりたいとは思うんだがなぁ。
とはいえそう簡単に・・・。
「なぁ、もしあったら何してくれるんだ?」
「デートしてあげます。」
「なんで上から目線なんだよ。」
「じゃあ、脱ぎます?」
「興味ねぇなぁ。」
「こんな可愛い子が眼の前で脱いでくれるのに!?」
自分で可愛いって言うな自分でと盛大にツッコミを入れてやったのだが、本人はいたって真面目に言ってるんだからたちが悪い。
やれやれ、さっさと話題を変えるか。
「ここに取り出したるワイルドカウの皮、それをこうして・・・こうじゃ。」
「あ!袋になった!」
「後はこの部分に切れ目を入れて下になにか刺す部分でも付けたら小袋ぐらいにはなるだろう。まぁ、櫛とかそういうのを入れるとなるとまた加工が必要になるけど、この程度なら分厚い縫い針もいらないから人を手配すればなんとかなるんじゃないか?」
ついさっき買い取ったワイルドカウの端切れ。
いい感じに長方形っぽい感じだったので、右左下と順に折っていくと携帯灰皿のような形になった。
後は上から被せるようにすれば簡単な袋の出来上がり、中身が出ないようにビスのようなもので下から貫通させて固定すれば蓋の役割も果たせるだろう。
皮の外側は薄い毛が生えていて適度に柔らかく、内側はな鞣した後に外を焼きつつ薬剤を塗れば雨にも強くなる。
この世界の革鞄と言えばワイルドカウの皮を使うぐらいにありふれた素材、これならばすぐに材料の手配も出来るだろう。
俺が買い取ったやつはまだ鞣す前だから加工するには時間が掛かるが、これを納品する代わりに加工済みのやつを仕入れればすぐに生産に入れるはずだ。
加工そのものは難しくないから職人で手の空いているやつを探すぐらいは出来るはず、っていうかそれぐらいしてくれ。
流石にそこまでの面倒は見きれないぞ。
「何人かいるんで声かけてみます!」
「ん。」
「なんですかこの手。」
「情報料とうちの皮を納品する分で金貨10枚な。」
「え、高い!」
「冗談だって。とりあえずの皮代として銀貨20枚、情報料は・・・まぁ別の機会でいいぞ。」
「怖いので銀貨40枚でいいですか?」
何が怖いのかさっぱりわからないが、とりあえず返事代わりに軽くルティエの頭をはたいておいた。
銀貨10枚ほどで大量に買い付けたワイルドカウの皮は何とかなりそうだが、あとはファットボアの牙をどうするか。
流石にこれはすぐにどうこうなるようなものじゃないから祭りが終わってから考えるとしよう。
使い道がないわけじゃないしな。
喜んで皮を抱えて出て行ったルティエを見送り、再び買取の山と格闘する。
昼を過ぎてからは肉系の素材ではなく今度は何故か鉱石系の素材が増えているんだが何故だろうか。
この寒空の下ピッケルを担いでダンジョンに潜っていたバカが居る?
そんなまさか。
「おや、オールタートルでもでましたかな?」
「オールタートルって確か鉱石をくっつけたバカでかい亀だったか?」
「その亀ですな。この時期にわざわざ掘りに行く人もいないでしょうし、どこぞのダンジョンで遭遇したのでしょう。この無節操な種類の多さはそうとしか考えられません。」
「なるほど、そいつらがまとめて持ってきたのか。たしかに現金化するならウチが一番手っ取り早いが流石にこれはさっきみたいにすぐどうこうできる代物じゃねぇなぁ。」
歩く鉱山とも呼ばれるオールタートル。
巨大な甲羅には大小さまざまな鉱石が張り付き、人間を気にする様子もなくただダンジョン内をウロウロと徘徊している珍しい魔物。
中にはオリハルコンの原石を見つけた記録も残っているため、見つけたらなりふり構わず張り付いて石を剥がせと言われるほど。
残念ながら大当たりはなかったようだが、それでも青銀や金なんかの原石もちらほら見える。
元の世界では原石がデカくても精製して手に入るのはほんの少しだが、この世界ではかなりの量のインゴットを精製できてしまうんだよなぁ。
純度が高いのか、はたまた魔法のなせる技なのか。
まぁ俺は金にさえなれば何でもいいのでその辺の技術的なところには興味はない。
買取金額は全部で金貨1枚分、彼らからすれば還年祭を遊び倒す臨時収入になったことだろう。
俺からすればただ在庫が増えただけ、まぁそれも買取屋の宿命だよなぁ。
「やれやれ、やっと終わった。」
「お疲れさまでした。後はやっておきますから、どうぞ主殿はお休みを。」
「そういうわけには行かないだろう。アティナもいないしこのクソ重い鉱石をどうにかしないことには明日から楽しめないしな。」
カウンターの裏に積み上がった大量の鉱石たち。
とりあえずこいつらを外の木箱に移してウィフさんの倉庫に運ばなければ日が暮れてしまう、そう思いながらも余り急ぐと腰をやってしまうので種類別に少しずつカウンターから搬出を試みる。
それを繰り返しそろそろ終わりかと思われたときだった。
店の前に積み上がった鉱石を手に見知らぬおっさんが立っていた。
「これはいい石だ、売り物か?」
「その予定だが売るのは祭りが終わってからだな。」
「ふむ、折角魔素をたっぷり含んでいるのにもったいない。」
「ん?何か関係があるのか?」
「精錬するときに魔素を多く含んでいる鉱石とそれにあう触媒を使えば属性の付いたインゴットができる。大抵は運ばれてくるまでに時間が経ち魔素の抜けきった物ばかりだが、ここまで純度と魔素の高い物はなかなかお目にかかれないぞ。」
鉱山から運ばれるもののほとんどは一定数溜めてから運ばれてくるため、そういう物は抜けきってしまうんだが、ダンジョンや魔物から回収した物は溜まることなく持ち込まれるから魔素が残るんだと教えてくれた。
鑑定してもそんな表記が無いので知らなかったのだが、そういう物なのか。
ってことはこれまでかなり損をしてきたっていう事になる。
属性の付いたインゴットは流通量が少なくかなりの高値で取引されている、もしかするとこいつらを使えばそれを手に入れられる可能性があるという事か。
「とはいえ明日から還年祭だからなぁ、作業する職人がいるかどうか。」
「心配するな、俺がやってやる。」
「ん?職人だったのか?」
「ここには別件で来たんだが、知り合いの工房に伝手があるしこの時期は誰も仕事しないから文句は言われないだろう。俺は仕事が出来ればそれでいい、ただし条件がある。」
職人だというその男は難しい顔をしながらある条件を突き付けてきた。
この鉱石全てをインゴットにする代わりに、属性インゴットが出来たらそれを加工させてもらいたいという話だ。
てっきりよこせと言われるのかと思ったのだがどうやらそういうわけではないらしい。
しかもインゴットに精錬した分に関しては加工賃だけ払えばいいらしく、それもなかなかリーズナブルな価格で提示だった。
こっちとしては在庫がたまらない上にインゴットになれば売りやすくなるので非常にありがたい申し出なのだが、あまりにも美味い話過ぎて裏がありそうで不安は残る。
とはいえこれを祭りが終わるまで寝かせるのももったいない話だし・・・。
祭り前日。
とんでもない申し出に最後の最後まで悩みぬいた俺は男に別の条件をつきつけるのだった。




