1516.転売屋は燃える馬を探す
「さて、次の目標を探しますか。」
ラヴァーゴーレムに毒を盛って二日。
そろそろ弱っているだろうとアティナと共にダンジョンに行くと、そこには体が真紫になった個体を発見。
かなり弱っているのか、いつもなら近づくとすぐに発射する魔導砲を一回しか撃ってこなかった。
しかも勢いは弱く間違いなく毒の影響だということがわかる。
こうなればただの的、あっという間にアティナのハンマーで叩き潰され無事に魔核を手に入れることができた。
その時点で今日の目的の半分は達成できてしまったんだが、せっかくダンジョンまで来てさっさと帰るのは勿体無い。
ということで、他に見つけておいた新しい獲物を探しに行くこにした。
「フレイムホースは少し奥の岩石地帯にいるそうです、索敵はお任せください。」
「このダンジョンは罠がないから魔物さえ気をつけておけば安心して進めるな。」
「そうですね、魔物も比較的素直なので戦いは楽です。」
「素直とかあるのか?」
「もちろんあります。人型の魔物はやはり狡猾ですし、植物などの中には騙すのが上手い魔物が多い印象があります。ですがここにいる魔物の多くはどちらかというと素直な部類ですね。」
フレイムホースはその名の通り燃える馬。
とはいえ燃えているのはタテガミと蹄部分だけで、他の部分は鮮やかな緋色の皮で覆われている。
今回の目的はその蹄。
流石に倒すと火は消えるそうだが、熱はそこそこ残るらしく新しいカイロに使えないかと狙ってみることにした。
なんせ一頭から四つ取れるし、さらには皮もタテガミもそれなりに需要はあるので蹄の温かさ次第では冒険者に依頼を出して回収してきてもらうことができる。
彼らもたった一つの素材だけでは中々動いてくれないのだが、一頭から二つ三つと素材を回収できるのであればそれけ実入が良くなるので率先して狙ってくれるようになる。
加えて厄介なラヴァーゴーレムを簡単に倒せるともなれば過疎化しているこのダンジョンも活気を取り戻すことだろう。
王都からそこまで離れていないのに全くと言っていいほど活用されていないダンジョン。
全てのダンジョンが同じような構成をしているわけではないので、稀にこういった残念なダンジョンが出来てしまう。
これが離れた場所ならどうでもいい話なのだが、なんでこんな近くにこんな残念なダンジョンがと今まで言われ続けてきたんだろう。
それが日の目を見ることになればそれだけ行く人も増え、更には素材が安く手に入るようになるのでそれを仕入れて別の場所に売りに行くだけでいい儲けになる。
欲を言えば手に入る素材の種類がもう少し増えるとありがたいんだがなぁ。
魔核と蹄だけじゃインパクトは弱いし、手に入る頻度は少なくてももっと金になる素材が手に入れば冒険者が集まってきてくれる。
そんなことを考えながら奥へ奥へと進んでいくと、周りの景色がゴツゴツとした岩場に変化し始めた。
「そろそろか。」
「そうですね、向こうから攻撃してくることはありませんが念のためお気をつけください。」
「攻撃してこないのか?」
「テリトリーに入らなければ様子を見ているだけです。ですが一歩でも入ってしまうと・・・。」
「しまうと?」
「あんな感じになります。」
そう言ってアティナが指さした先には、真っ赤なタテガミをなびかせながら向かってくる緋色の馬。
おかしいな、さっきの話じゃ攻撃してこないっていう話だったのになんで一直線に向かってくるんだ?
「話が違うんだが?」
「マスターのその右足がテリトリーを超えてしまったのでしょう。」
「いやいや、そんな事言われてもわからないから。」
「入ってしまったものは仕方ありません。」
アティナがハンマーを手に俺の前に立ち、彼女の背中に隠れるようにしながらスリングで牽制する。
命中しても勢いは変わらず轢き殺す勢いでフレイムホースが突っ込んできた。
ドン!という音と主に衝撃が空気を揺らす。
頭を下げて全力でぶつかったはずのフレイムホースをアティナがハンマーの柄でしっかりと受け止めている。
その場で何度も地面を蹴り圧を掛けてくるも微動だにしない戦闘用ホムンクルス、燃えるタテガミから発せられる熱気がじわじわと俺の肌を焼いてくるようだ。
「いけるか?」
「問題ありません。」
そう言うとハンマーを持つ手を勢いよく伸ばし、圧をかけていたフレイムホースを軽々と吹き飛ばすアティナ。
向こうが体勢を崩したのを見逃さず、柄を下から上に振り上げて顔を攻撃しその勢いのままハンマーを振り下ろし地面に叩きつける。
最後は地面に打ち付けられたワイルドホースの頭を拳で思い切り打ち抜いて戦闘終了。
うーん、鮮やか。
「剥ぎ取りをお任せしてもよろしいでしょうか、この先にもう一頭おりますので倒してまいります。」
「了解、気を付けてな。」
「ありがとうございます。」
強いのはわかっているけれどもしもという言葉もあるし、彼女に倒れられたら地上に戻れなくなってしまう。
そんなオレの心を理解しつつも心配してもらったのが嬉しかったのか、鼻歌を歌いながらハンマーを担ぎ通路の奥へと消えてしまった。
さて、ダンジョンに吸収される前に剥ぎ取ってしまいますか。
腰にぶら下げた黒いナイフを抜き、タテガミと蹄をサクサクと解体。
皮も綺麗に剥ぎ取りたいところなのだが、あまりにも大きいので一人ではなかなか難しい。
半分ほど剥ぎ取ったところで死骸が床に沈み始めた。
ダンジョンの自浄作用と言うか、一定時間が経過すると倒された魔物はダンジョンの中に吸収されてしまう。
半分でもはぎ取れたわけだし、それで良しとしておこう。
「お待たせいたしました。」
「おそかったな・・・ってなんだソレ。」
ずるずると右手でフレイムホースの首根っこを掴んで引きずってきたアティナの左手には鮮やかな青い草がたっぷり握られていた。
「マジックハーブです。」
「いや、その青い色はそうだろうなと思うがなんでそんな物を持ってるんだ?」
「フレイムホースを狩っていますと落ちていました。」
「そうか、落ちていたのかって納得できるか!」
ゲームなんかでは魔物を倒せばアイテムをドロップしてくれるので、さっきみたいに苦労して剥ぎ取りをしなくても問題ない。
加えてアティナの言うように魔物に直接関係のない素材が落ちたりもするが、残念ながらこの世界ではそういう楽なシステムは存在せず、加えて言えば剥ぎ取りのほうが確実に量を手にれることが出来る。
素材だけじゃなく肉だって立派な素材だし、剥ぎ取りなしで少ない素材しか手に入らないのならば剥ぎ取りをしたほうが何倍も儲かるだろう。
「岩場に生えるものでもないし、なんで落ちてたんだ?」
「この魔物のテリトリーにたくさん落ちていましたので回収してきました。」
「ということは何処かに群生地がある?」
「可能性はあります。」
「マジックポーションを作るのに必須、それでいて流通量が少ない薬草の代表格。それがこんなに・・・嘘だろ?」
『マジックハーブ。別名青ハーブと呼ばれ、マジックポーションの材料として常に需要がある。単体でも魔力を回復する効果があるのだが、精製したものに比べると効果は落ちる。最近の平均取引価格は銀貨2枚、最安値銀貨2枚、最高値銀貨4枚、最終取引日は本日と記録されています。』
マジックハーブ一枚から複数個のマジックポーションを生成できるので買取価格は薬草に比べると十倍以上、それ故に狙わない冒険者はいないほどの素材がこんなに簡単に見つかるなんて思いもしなかった。
「とりあえず探してみるか。状況次第ではここを俺達で独占できないか交渉することも考えよう。」
「情報を漏らさなければよいのでは?ラヴァーゴーレムも討伐方法を知らせなければ入ってくる冒険者は増えませんし、わざわざここまでくる冒険者は皆無でしょう。」
「問題は毎日狩りに来ないといけないってことだな、ぶっちゃけ面倒くさい。それを考えると冒険者に取ってきてもらうのが一番楽なんだよなぁ、儲けは減るけど。」
「そこはマスターの考え方に準じます。」
軽い気持ちでフレイムホースの蹄を回収しに来たはずが、まさかの大物を発見してしまった。
魔核だって普通に考えれば手に入りにくい素材だし、もしかしなくてもここは超優良の狩り場だったんじゃなかろうか。
少々魔物にクセがあるせいで毛嫌いされていただけで、対処を間違えなければ十分対応できる。
事実を確認するべく岩石地帯を奥へ奥へと進んでいくと、巨大な壁が行く手を遮ってしまった。
壁の上部はまた歩けるようになっているようだし、一応登れそうな感じにはなっている。
だがこういうのを登っているときってのは非常に無防備になるだけにいつも以上に注意が必要だ。
もっとも、フレイムホースは壁を登ってこれないのでラヴァーゴーレムさえいなければ攻撃されることはないはず。
「マスター、あちらに洞窟があるようです。」
「俺には壁にしか見えないが?」
「見えないだけで奥から強い魔素を感じます。」
「ということは隠し通路的なのがあるってことか。」
一見するとただの壁、だが上にばかり気を取られていると本来手に入れられるはずの素材を見逃してしまう。
壁沿いに手を当てながら歩いていると、ふと一箇所だけ地面がえぐれていることに気がついた。
よく見るとフレイムホースの蹄の跡がたくさんある。
「アティナ、ここをぶち破れるか?」
「お安い御用です。」
触ってみても押してみても変化はない、だがフレイムホースのあの突進ならと思いアティナにハンマーでぶち抜いてもらうと、壁の一部分がドアの押し戸のようにポッカリと口を開けた。
なるほど、一定の強い力じゃないと開かないようになっていたのか。
再びアティナを先頭に中腰になりながら奥へと進むと、途中で立っても問題ないぐらいの広い空間にでた。
「嘘だろ。」
そこにあったのは足元を埋め尽くさんばかりのマジックハーブ。
壁に生えた光キノコの灯りに照らされて青いハーブがこれでもかと地面を覆っていた。
これほどまでの群生地はいまだかつて見たことがない、っていうかこんな物が世に出回ってしまったらいくら固定買取価格とはいえ値崩れするのは間違いない。
ここにあるだけでも金貨数十枚分は確実にある、蹄を回収しに来てまさかこんな物を見つけるとは思いもしなかった。
持ち帰ればビアンカが狂喜すること間違いない。
「ものすごい数ですね、どうしますか?」
「どうするもこうするもこれを公表するのは間違いなく無理だ。ここがダンジョンってことは必然的にこの量を常に確保できる可能性があるわけだろ?ある程度は持ち帰るとして、それ以上は様子見だ。まさかこんな物を見つけるとは。」
フレイムホースを探しに来たらとんでもないものを見つけてしまった、どうしよう。
まるで某怪盗を追っていた警察官のようなセリフが思わず出てしまうぐらいの状況に頭がうまくついていかない。
これを俺はどうしていくべきか。
ダンジョン街で発見した石の魔物のときのように扱いに悩んでしまう案件に思わず頭を抱えてしまうのだった。




