1515.転売屋は毒を盛る
「いらっしゃいませ〜、買取でしたらこちらへどうぞ〜。」
今日も元気なバーバラの声を聞きながらカウンターの裏で黙々と査定を進める。
忙しい。
商売人としては非常にありがたい状況なのだが、この間まで暇だっただけに急に増えると体がおっつかない。
前はこれぐらいの客なんともなかったのだが、人間一度サボるとそこまで戻るのが大変なんだよなぁ。
「店長、追加査定入りました!」
「整理番号札つけてそこ置いといてくれ。」
「毒なので扱いは気をつけてくださいね。」
「毒だって?」
なんでまたそんなめんどくさいものをと慌てて顔を上げるも、バーバラは次の客に声をかけており客はもう外の出て行った後だった。
残されたのは毒が入っているという小瓶が五つ。
なんとも毒々しい、いやまぁ当たり前なんだけども、ともかくその紫色の液体で満たされた瓶を端の方に移動させて何かにぶつかったりしないようにしておいた。
『アサシントードの毒液。強力な遅効性毒を持ちかつて暗殺用の毒薬として用いられていたが、苦味と色、さらに効果が出るまでの長さから別の毒に役目を取って代わられた過去がある。しかし、名前に相応しい実力はあり少量でエレファント種を毒殺することも出来る。解毒薬がある。最近の平均取引価格は銅貨70枚、最安値銅貨56枚、最高値銅貨89枚、最終取引日は42日前と記録されています。』
移動させるついでにスキルが発動、中々やばい薬のようだが即効性がないためあまり使われていないようだ。
よくまぁこんな素材を集めてきたなぁ。
確かに毒は色々と使い道はあるけれど、肉を食べられないとかネガティブな部分も多かったりする。
とはいえ昔はこの毒を使ってドラゴンを乱獲した実績もあるので侮れないといえば侮れなかったりもするわけで。
とりあえず他の買取もあるので先にそっちを終わらせつつ、合間に買取価格を買いたメモを貼り付けておいた。
後はバーバラがなんとかしてくれるだろう。
復帰したての冒険者が増えているからか、値段は安いが量は多い品がたくさん持ち込まれている。
オオカミの毛皮なんかはこの時期重宝するし、アイスタートルの甲羅なんかは夏の冷感パットに使えるので量が手に入るのはありがたい。
とはいえ使えないものも沢山あるので、対処できなくなったら儲け抜きで冒険者ギルドに持ち込むという手もある。
「ありがとうございましたー!」
「ご苦労さん、あとは俺がやるから先に昼飯食ってきていいぞ。」
「ありがとうございます!」
「しっかり休めよ、この感じだと夕方からも忙しいからな。」
午前中の客は大抵が昨日狩りに出たやつで、夕方には今日出て行ったやつらがやってくる。
その日のうちに片付けるのがめんどくさいとか、仲間で素材を分配するような所は夕方に持込めず今みたいに翌朝に駆け込んでくる感じだ。
客の波が分散してくれるのはありがたいが、言い換えれば1日忙しいということ。
やれやれ、セーラさんは情報共有に戻っているしジンはギルド協会に呼び出されているので夕方まで戻ってこない。
一人で頑張るしかないか。
「すみません、買取頼んでたんですけど。」
「イラッシャイ、番号は?」
「4です。」
「4っと、これか。」
受け取りに来ていなかった査定品を確認していくと、先程のアサシントードの持ち主だった。
弓使いの中では珍しくクロスボウを背負っている。
連射はできないが力の弱い女性でも使えるので間違った選択ではないだろう。
結局は攻撃されなければ死なないんだ、遠距離攻撃に勝るものはない。
「ずいぶん珍しいのを持ってきたな、どうしたんだ?」
「別の魔物を狙ってたんですけど、見つからなかったんで仕方なく。」
「何もないよりかはマシってやつか。とはいえあまり需要がないからせいぜい銀貨2枚ぐらいにしかならないぞ。」
「それだけでも十分です。」
「ま、そっちが構わないならうちは買取させてもらうだけだ。毎度あり。」
特に驚くわけでも悲観するわけでもなく、淡々と代金を受け取りその冒険者は静かに店を出て行った。
さて、後はこの毒をどうやって使うか。
冒険者ギルドに持って行ったところで二束三文で買い叩かれるのは目に見えている。
それならば自分で使った方が価値はあるかもしれないが、問題は何に使うか。
遅効性の毒なのですぐに結果は出ないのだが、強力な毒であることに変わりはないので時間をかけて倒すのならば十分に価値はあるはずだ。
普通に戦うのは大変だけど素材が高値で売れるとか、そういう時にこそ輝くと言っていいだろう。
今までの経験と相場を考えながら導き出したのはとある魔物だった。
「それでこいつを狩ろうと思ったわけですか。」
「デカくて強くてめんどくさくて、でも金になるっていえばやっぱりこいつだろう。」
「分類上はゴーレムですが、これ腐ってるのでは?」
「それを俺に聞くなよ。腐ってるっていうか生まれて来るのが少し早かっただけだろ。」
そんなわけで買い付けた毒を使うべく白羽に矢が立ったのは、フレッシュゴーレムとも呼ばれる肉で覆われたゴーレムだった。
通常のゴーレムといえば石や金属でできているものがほとんどだが、こいつは肉で覆われている。
加えて肉では自重を支えられないので二足歩行ができず、上半身を持ち上げたまま地面を這うようにして移動してくる。
見た目にも余り綺麗じゃないし、それでいて凶暴なだけに面倒しか無い。
しかしその下に眠る魔石や魔核は高値で取引されているので大火力を持って焼き殺してしまうのが一番安全かつ手っ取り早いやり方だ。
だが相手は痛みも疲れも知らないゴーレム、いくら燃やされようと関係なく突っ込んでくるのでわざわざ危険を犯して倒すぐらいなら別の魔物を狩っている方が何倍も楽な上に実入りもいいので基本的にこいつを借りに来る冒険者はほとんどいない。
いや、皆無と言っても良いかもしれない。
「具体的にどうするおつもりで?」
「どうするも何も毒を盛って殺すだけだ。」
「あの口から吐かれる魔導砲を避けてですか?」
「体は生身の肉なんだからそんな物吐かなくてもいいのになぁ。」
「外見は肉ですが中身はれっきとしたゴーレムですから。」
口から吐かれる魔導砲はかなりの強さを誇り、薄い壁などいとも簡単に撃ち抜いてしまう。
とはいえ動きは遅い上に照準を定めるのに時間がかかるので、避けようと思えば十分避けられる程度の実力しか無い。
それでも失敗すれば即死しかねない魔物だけに油断は禁物だろう。
「ま、近づかなくても毒を盛る方法はいくらでもある。アイツら馬鹿な上に痛覚がないから毒を盛られていることに気づかないんだろう、そこを利用すれば簡単に倒せるはずだ。」
「そこでこの団子ですか。」
「アサシンタートルの毒をたっぷり染み込ませているから見た目はアレだが、真ん中に魔石のかけらを差し込んでおけばそんなの関係なく奴らは食ってくれる。後は毒が効くまで二・三日放置してそれから確認すればいいだろう。」
毒を盛ったところですぐに死ぬわけじゃない、アサシンタートルの毒は強力ではあるけれどかなりの遅効性なので今日盛ってどうこうなるわけじゃないのだが何もせずに倒せるという意味ではかなり貴重な魔物かもしれない。
眼の前にいるのは二匹のラヴァーゴーレム。
奴らがこちらに気づくギリギリまでゆっくりと近づき、反応したところで一気に懐に潜り込む。
大きく開けた口から間髪入れずに魔導砲が発射されるもエネルギーは虚空を貫き、代わりに大きな口が開いたままになっている。
その口めがけて団子を放り込むとまるで餌をもらう動物のようにぱくりとそれを食べた。
すぐさま距離を取り離れたところで様子を見ていると、一定距離になると追いかけるのを辞めその場でじっとこちらを見てくる。
もちろん毒入り団子を咀嚼しながら。
「これでよしっと、食べたのは確認できたからもう少し様子を見て戻ろう。」
「アレで生き物ではないのですから不思議なものですな。」
「まぁな。だが、あの鈍感さのお陰でこうやって毒を食わせることが出来る。」
念の為にと手元に残った団子をラヴァーゴーレムに向かって投げると、攻撃されたかと判断したのか魔導砲を打ち込んできた。
が、壁をも貫くソレもジンの障壁の前には敵ではなかった。
一度打ち込んだ後は投げられた団子をパクリと食べ、またじっとこちらを見てくる。
団子を食べるのは消費した魔素を中の魔石から接種しようとしているからだろう。
二体で一瓶分の毒を摂取させたので後は遅効性の毒が効くのを待つばかり。
ただ食わせるだけで本当に効果があるのならアサシントードの毒もどんどん取引されていくことだろう。
とはいえこの事実を知っているのは俺だけなので結果が確認出来次第急ぎ仕入れをしても問題ない。
しっかり仕入れをしてから討伐方法を教え、後は毒を売るだけでかなりの額を稼ぐことが出来る。
加えて魔核なんかも一緒に買い取れば一石二鳥、いや三鳥ぐらいになるのではないだろうか。
新しい毒を使った討伐方法。
この情報だけでも十分金になるよなぁ、なんてどんどんと可能性が頭に思い浮かび人に見せられないような笑みを浮かべてしまうのだった。




