1514.転売屋はウェストポーチを企画する
「お?」
「え?」
少しずつ街に活気が戻ってきたとはいえ、まだまだ麻薬の影は残っておりそもそも根本的な解決を見せていない。
治療薬の開発者であるアネットとビアンカの二人には大変申し訳ないがもう少し屋敷に引きこもってもらうことになるだろう。
幸いにも二人とも超がつくほどの引きこもり気質なので特に外出できないことに不満はないらしく、なんなら日々治療薬の製造や新たな薬の実験に明け暮れているのが楽しいらしい。
本人たちがそれでいいのなら俺は何も言わないんだが、せめて好きなものを食わせてやろうと毎日何かしらの料理を作り置きしている。
今日も厨房を借りて昼飯用に炒飯を作りアニエスのところに戻ろうと思ったその時だ、ドアの所で作業場から抜けてきたビアンカとバッタリ出会した。
向こうは俺に気づかなかったようでぶつかりそうになるのを彼女を抱き止めることで慌てて回避。
やれやれ間に合った。
「大丈夫か?」
「あ、はい、すみませんぼーっとして。」
「毎日大変だろ、無理するなよ。」
「ありがとうございます。あ・・・」
助けた時にドアの端に打ちつけてしまったようで、ポーチを止めていた皮が切れてしまったのかポトリと下に落ちる。
間に合ったと思ったが間に合っていなかったものもあったようだ。
「すまん、壊した。」
「いえ、元々弱っていたのでそろそろ直さないとって思っていたんです。」
「そうなのか?それならいいんだが、なんなら新しいの買ってくるぞ?。」
「いえ、ベルトを直せばまた使えますから。」
「随分使い込んでいるんだな、なかなか使いやすそうだ。」
「昔アネットが買ってくれたんです。あの時は二人ともまだまだ駆け出しでお金なんてなかったのに。」
そう言いながらベルトの切れた古びた皮のポーチを愛おしそうに見るビアンカ。
彼女たちの間に友情以上の感情があることはもちろん理解しているし、そうだからと言って何かが変わることはない。
むしろそんな大事なものを壊してしまったという後悔の方が強くなってしまった。
「それなら余計に直さないとな、借りていいか?すぐ修理に出してくる。」
「また今度でいいですよ?」
「そんな大事な物をそのままになんてできないだろう。できるだけ同じ色の皮で修理してもらうからそれで許してくれ。」
「わかりました、それじゃあこの子をよろしくお願いします。」
まるで自分の子供のように愛おしそうに両手で差し出されたポーチを同じく両手でしっかりと受け取る。
この時間は子供達と一緒に寝ているはずだしアニエスのところに行くのは帰ってからでいいだろう。
預かったポーチを手に急ぎ職人通りへ向かい、過去に何度か加工をお願いしている革職人のところへむかった。
「どうだ、直りそうか?」
「そんなに不安そうな顔しなくてもちゃんと直りますって。結構くたびれてるみたいですけど、革は使えば使うだけ味が出ますからこれを見れば持ち主がどれだけ大事に使っていたかがよくわかります。しかし見れば見るほど良い仕上がりですねぇ。」
「そうなのか?」
「ポケットの加工具合と使う人の癖をよく理解した上で配置してあります。この大きさから錬金術師ですかね。」
ほぉ、そんなことまでわかるのか。
おそらく試験管のようなものを差し込むパーツなんかで判断しているだろうけど、さすがだな。
腰に回したベルトを締めると腰の横でポーチが固定されるタイプ。
ウェストポーチの部類になるんだろうけど、どちらかというとかなりカジュアルな感じでシザーケースっていうんだろうか、美容師とかがハサミなんかを腰に差しているあんな感じにも見える。
中に入れたものが物が落ちないよう上から蓋がついているので多少派手に動き回っても問題はなさそうだ。
「これって似たようなのを作れたりするか?」
「できなくはないですけど錬金術師仕様ですか?」
「冒険者全般って感じなんだが、簡単に物をしまえてかつ動くのにも邪魔にならない感じがいいなと思ったんだ。両手が空けばすぐに動けるし、このサイズなら少量のポーションを持ち歩くのにもいいかもしれない。そういう意味では内側にこのパーツを仕込むのもいいかもな。」
「なるほど・・・、でもそのサイズのポーションって市販されてませんよね?あれって規格化されてますしどうするんですか?」
「それは俺にも考えがある。ようはポーションとして販売しなきゃいいんだろ?そういうせこいことを考えるのは得意なんだ。」
「せこいって・・・。手も空いてますしとりあえず直しながら試作品を作ってみますからそれを見て判断してください。」
こんなめんどくさい注文も嫌な顔せず引き受けてくれるいい職人、少々女癖が悪いところもあるが職人ってのはそういう破天荒な人が多い印象なので仕事さえしっかりしてくれれば文句はない。
前金として銀貨を20枚ほどおいてひとまず工房を離れる。
どういう作品が仕上がるかはわからないけれど任せておけばまぁ大丈夫だろう。
屋敷に帰るにはまだ早いので時間を潰すつもりで市場を見て回る。
もう午前中に見て回ってるのでこれといって見るものはないのだが、新しい店が出ているかもしれない。
そんな期待をしていたのだけれど残念ながらそういう店はなかったようだ。
まぁ無駄な金を使う必要もない、そうあきらめて市場を離れようとしたとき一番離れた場所に、一軒だけ新しい露店が出ているのに気が付いた。
店に並べられていたのは大量の革。
下処理は住んでいるようで、さまざまな種類の革が半分に折りたたまれて並べられている。
「いらっしゃい、気に入った革があれば好みの長さで切りだすから遠慮なく言ってくれ。」
「これだけの種類をそろえるとは見事なもんだな。」
「俺がとってきたのを弟が処理してくれるんだ、いい出来だろ?」
「弟さんが革職人なのか、確かにそれなら安心して任せられるな。」
「俺がとってきてあいつが加工する。とはいえ何かを作るのは得意じゃないからこうやって素材として売ってるのさ。」
革職人といえば自分で加工までするのかと思ったが、よくよく考えればブレラは皮をなめすのがメインで何かを加工するのは別の職人に振ってるから全員が全員加工までする必要はない。
むしろこの中間処理がうまくできなければこれだけ見事な革を用意することはできないだろう。
おなじみのワイルドカウやフレイムカウ、加工の難しいリザード系の革もきれいに処理されている。
「何か安くて丈夫な革はないか?できれば軽いのが助かるんだが。」
「それが一番難しいんだよなぁ。高くて丈夫なのはいくらでもあるんだが、いくらまで出せるんだ?」
「そうだな・・・。」
下手に安い値段を言って下に見られたくないし、かといって高すぎる値段を提示して足元を見られたくはない。
触れば相場は確認できるけれど相手の考えている値段を当てるのはなかなかに難しい。
「量にもよるがとりあえず銀貨50枚、大量に手配できるなら金貨1枚までか。」
「安いので金貨1枚って、毛皮ならともかく何に使うんだ?」
「知り合いの職人に頼んでポーチを作るつもりなんだ、冒険者も動き出してるし春頃には売り出したくてな。」
「なるほど、だから軽くて丈夫な奴が欲しいのか。こっちとしても大量に仕入れてくれるんならありがたいんだが・・・。冒険者向けってなると防水性も必要だよな?」
「そこまで欲を言うと値段だけが上がっていくだろ?とはいえ雨の中でも使うだろうからそういう部分にこだわれるのならこだわりたいところだ。」
軽くて丈夫で防水性があってそれでいて安く大量に手に入れられる。
そんな俺の要望が全部をかなえるような夢の素材がそう簡単に手に入るわけもなく。
っていうかそんなのがあったらとっくに広まっているはずだ。
店主は腕を組み下を向いて何かを必死に考えているんだが、そんな考えなければいけないほどのことだろうか。
ないものはないとはっきり言ってくれたらいいんだが。
「金貨3枚、そこまで出せるなら今の条件を満たす素材を大量に用意できるんだがどうする?」
「予算の3倍だぞ、いったいどのぐらい用意するつもりだよ。」
「これを手に入れようと思ったらどうしてもまとまった数になるんだ。そうだな、さっき言ってたポーチの大きさがこのぐらいだとしたらざっと500個分か。」
店主が両手で示した大きさはちょうどビアンカのポーチぐらい、これを500個となると原価は銅貨40枚。
もちろん製品化するとなるとそこに加工賃やらなんやらが加算されるけれど、銀貨を下回る値段で一つ分の材料を手配できると思えばかなり安い。
加算されたからと言ってせいぜい銀貨2枚ぐらいなもの、それを銀貨5枚で売れば金貨15枚の儲けになる。
もちろん品物を見てからにはなるけれど、最悪使えなくても他のものに加工するという方法もとれるかもしれない。
「かなり安いが本当に大丈夫なのか?自分で言っといてなんだがかなり厳しい条件だぞ?」
「防水性能があってさらに軽くて丈夫、なんなら革はそこまで分厚くないから加工もしやすいはずだ。正直まとめて買ってくれないと邪魔になるだけだから基本在庫は置いてないんだが、取りに行く時間をくれるなら還年祭までには用意できる。どうする?」
「せめて何の革かぐらい教えてくれ。」
「それは企業秘密、まぁ持ってきたらわかるんだがここで教えたら他所で手に入れられるかもしれないだろ?」
確かにその可能性は十分にある。
値段は安ければ安いほど利益を生む、金貨3枚以下で手に入るのならば普通の感覚ならそっちで買うだろう。
初めて会った売人相手にこんな約束をしていいはずがない、だがもしさっきの条件をクリアした素材なら間違いなく売れる。
彼なら確実に良い作品を作るはずだし冒険者が戻ってくれば金貨3枚なんて簡単にペイできるだろう。
さらに言えば即決できるぐらいの金は稼いでいるわけだしな。
あとは俺が覚悟を決めるかどうか。
「前金で金貨1枚、残りはなめし終えたやつと交換だ。」
「任せとけって、最高のやつを仕留めてくるから楽しみにしててくれ。」
「ついでにほかの革も見たいからいいやつを見せてもらえないか?そっちは今買って帰る。」
「そう来なくっちゃ!こっちは北方に出る魔物の革で・・・。」
一度やると決めたらやりすぎなぐらいに準備をしてしまうのが俺、せっかくいい革がおいてあるんだからそれを買い付けない手はないだろう。
春に向けての新しい仕込み。
果たしてこのポーチがどれぐらい売れるのか、それは出来上がったものを見てからのお楽しみってやつだな。




