1507.転売屋は霜降り肉を買い付ける
「お肉~お肉~。」
「ご機嫌だな、バーン。」
「うん!トトと一緒にご飯が食べられるんだもん!」
ココメロを仕入れた帰り、南方から戻ってきたバーンと市場でばったり出会いそのままご飯を食べに行くことにした。
食べに行くと言ってもこじゃれた店ではなく、持ち込んだ肉を串に刺して焼いてくれる新しい売り方の店なんだけれども本人的にはがっつり食べられる方が良いらしく二つ返事でそこに行くことになった。
在庫リスクなく、ただ串に刺して焼くだけなのに金をとれる。
なんとも美味い商売を考えたもんだなぁ。
そんなことを考えながらいつもの肉屋で肉を買い付ける。
「こんにちは!」
「お、バーン君に兄ちゃんか。親子そろい踏みで何が欲しいんだ?」
「えっとね、お肉!」
いやいや、肉屋なんだから当たり前だろと冷静にツッコミを入れるがもちろん心の中でだけ。
子供の素直な気持ちをつぶしちゃいけないよな、うん。
「おいおい、ここにある肉全部買ってくれるってか?ありがたい話だがそれだと他の客が困るんでね、どの肉が欲しいかちゃんと教えてくれよ。」
「じゃあ、ワイルドカウのお肉をいっぱい!」
「ワイルドカウかぁ・・・、あるにはあるんだが今日のはちょっとお勧めしねぇなぁ。」
「なにかあるのか?」
「今日は言ってきた肉はあまりいい感じじゃないんだ。運動不足でその割に飯はよく食ってたみたいでな脂が多いんだよ。」
其れの何が良くないんだろうかとも考えたのだが、よくよく考えればこの世界で食べる肉ってサシがあまり入ってないよな。
赤身メインで霜降り的なやつを見かけたことはあまりない。
てっきりそういうもんだと思っていたのだが今の発言を聞くにどうやらそういうわけではないらしい。
「とりあえず脂の多い部分と比較的少ない部分、両方見せてもらえるか?」
「ちょっと待ってな。」
酔狂な奴だなぁ、そんな顔をしながらオッちゃんは中へと入り、巨大な肉の塊を抱えて戻ってきた。
「こっちが脂身の多い部分で、こっちが比較的ましな方だ。」
「うわ~、真っ白!」
「良い感じのサシじゃないか。これがだめなのか?」
「そりゃ焼けば多少マシになるが、臭いは出るし火加減を調整するのも難しくなる。こっちならまだ焼くのに向いてるな。」
『ワイルドカウの肉。草原やダンジョンを群れを成してエサを求め大群で移動するワイルドカウの肉は本来非常に脂身が少ない。しかし稀にエサの豊富な土地で育ったものは移動することが少なく脂肪を多く蓄える事がある。脂肪が多く含まれている。最近の平均取引価格は銀貨15枚、最安値銀貨10枚、最高値銀貨22枚、最終取引日は本日と記録されています。』
この世界の調理法は基本的に焼き。
もちろん煮込みもあるけれどそれはシチューとかポトフとかなので、少量を使うっていう考え方はないらしい。
若いころはあの脂ののった肉の塊を好んで食べたものだが、最近は脂を受け付けないのか赤身の方が体にはありがたいんだよなぁ。
まぁ、こっちの世界に来てからだが若くなったからまた食べられるようにはなっていると思うが、どうもその時の経験が頭をよぎってしまう。
とはいえこれだけの上質な肉を食べないのはもったいない。
サシ入りの肉といえばステーキ、もしくは・・・アレだな。
「折角だから両方貰おうか。脂の多い方の引き取り手がないならそっちは多目に買い付けてもいい。」
「って事は何か美味い料理法があるんだな?」
「隠し事できねぇなぁ。」
「あったりめぇよ、何年この商売やってると思ってんだ。」
まぁオッちゃんには世話になってるし別に知られても問題ない。
俺はただ折角美味い肉があるのだから美味しくいただきたいと思っただけ、それが広まって結果霜降り肉が売れるようになれば向こうも万々歳だろう。
とりあえず肉を二種類買い付けて、赤身の方は串屋にもっていって串焼きに。
サシ入りの方は別の材料を買い付けてその横で調理することにした。
まず使うのは分厚く切ったサーロイン、いい感じのサシが適度に入って元の世界で買ったらグラム千円はくだらないだろう。
和牛って概念がないからアレだが、美味い物は美味いそれでいいじゃないか。
それと一緒に用意したのは醤油と岩塩、それとホワイトラディッシュ。
見た目はタダの大根だけど今回使うのは辛みの強い根っこの部分だ。
まずは少し傾けた鉄板の上に油をひかずに肉を乗せ、自前の油でいい感じに火を入れる。
焼き加減はミディアムレア、傾けた鉄板の下の方には溶け出した脂が残っているのだがそれは後のお楽しみに置いておこう。
とりあえず焼けた肉を皿の上に移動させその横にすりおろしたホワイトラディッシュを乗せて醤油をかければおろし醤油の完成だ。
脂っこい肉もピリリとした辛味と醤油でさっぱりと食べられるし、肉がうまければ岩塩だけでも十分に美味しくいただける。
個人的にはペパペッパーもおすすめだが、まぁまずはこれからでいいだろう。
気付けば串焼き店の店主ですら調理しているのを覗き込んできているぐらいに人だかりができていた。
そりゃあれだけいい匂いをさせたら仕方はないか。
とはいえこれは俺の分、味見はしたけれどまずは自分の腹を満たすのが先決だ。
「んん!トト、これ美味しい!」
「だろ?脂が多くてもちゃんと処理すればしつこくならないし、トッピング次第ではさっぱりと食べられる。こっちの串焼きもいい感じの焼き加減だ。」
さすが店を出すだけあって焼き加減は絶妙、中までしっかり火は通っているのに肉汁は中に残っているので噛めば噛むほど肉の味がしみだしてくる。
結構な量の肉を買い付けたはずなのにあっという間に平らげてしまった。
しかしまだ腹に余裕はある、という事で残った脂に再度火を入れながら上から塩を溶かし、その上に米をドン!とぶち込む。
米に油を吸わせながらペパペッパーで味を調え表面がパラパラになるまで炒めつつ、残しておいた脂の上にストロングガーリックのスライスを入れてフライドガーリックを作ればあっという間にガーリックライスの完成だ。
ストロングガーリックの食欲をそそる香りに再び客が集まってくる。
「シロウさん俺にも食わせてくださいよ!」
「いくらですか!?」
「俺、皿も米も持ってきますから作ってください!」
「私も食べたい!」
肉だけでなくニンニクの香りにも耐えられなくなった客たちがまるでゾンビのように露店に群がってくる。
うーむ、まさかここまで反応がいいとは思わなかった。
霜降り肉は不人気だって聞いていたんだけど、どうやらその考え方を根底から覆してしまったようだ。
ま、それはそれこれはこれ。
オッちゃんも肉が売れて万々歳だろう。
「トト!おじちゃんがお肉持ってきてくれたよ!」
「え、オッちゃんが?」
「こんなに美味そうな匂いを出されたら食わないわけにいかねぇじゃないか。肉はさっきの値段で売ってやる、だから俺にも食わせてくれ。」
「私もお店を手伝うので食べさせてもらえませんか?霜降り肉がこんなに美味しくなるなんて知りませんでした。」
オッちゃんだけでなく串屋の店主までもが匂いに負けて手伝いを買って出てくれると言い出した。
別に店を出すつもりはなかったんだがここまでの騒ぎになったのならば致し方ない。
肉がおよそ銀貨10枚、米は銀貨3枚ぐらいなのでそこから材料費を逆算してセット価格銅貨30枚で売り出すとそれはもう飛ぶような勢いで肉が売れていった。
串屋のコンロも借りながら片方で肉を焼き、そこから出た脂を使って米を炒める。
ある意味非常に効率のいいやり方だったようで結局肉が完売するまで行列は途絶えることはなかった。
正確な販売数はすぐに出ないけれど、この銅貨の量から察するに銀貨60枚分200セットは売ったんじゃないだろうか。
追加の仕入れ分と串屋店主へのお礼を差し引いても銀貨30枚ぐらいは儲かった計算になる。
俺はただバーンと一緒に肉が食えればそれでよかったんだが、まぁ終わったことに文句を言っても仕方がないか。
「いやー、兄ちゃんのお陰で美味い飯は食えたし肉は完売。脂の多い肉がこんなに美味いなんて、俺もまだまだ勉強が足りねぇなぁ。」
「私もいい経験をさせていただきました。でもいいんですか?明日からこれを真似してしまっても。」
「あれだけの人数の前で作り方を見せてるんです、別に問題ないだろ。個人的には串屋も続けてほしいんだがなぁ。」
「それはそれでやらせてもらうつもりです。」
「よかったなバーン、またあの美味い肉が食えるぞ。」
「うん!」
確かに霜降り肉を食えるのは嬉しいがやはりあの絶妙な焼き具合の串を食えなくなるのは残念だ。
店主も本業をおろそかにする気はないようなのでその辺は安心しつつ、土産用に何本か焼いてもらってから市場を後にする。
バーンの手には焼いてもらったばかりのたくさんの赤身肉、そして俺の手にはオッちゃんからもらった霜降り肉・・・の切り落とし。
昼間、ステーキ用の肉を切り分ける時に出てしまう切れ端を集めたものらしいのだが捨てるのはあまりにも勿体ないので無理を言って分けてもらった。
肉といえば分厚くて食べ応えのある物が好まれるのだが、これだけ美味い肉ならば切り落としももちろん美味いはず。
それならばもう一つのお楽しみを作ろうじゃないか。
丁度アニエスには出産のお祝いをしていなかったので、今日は贅沢に霜降り肉の寿喜焼きとしゃれこもうじゃないか。
普通はすき焼きと書くところだが、どこかの当て字で見たこの言い方が今日の飯には相応しい。
お祝いと言ったらやっぱりこれだよな。
とはいえ入れるはずの焼き豆腐やシイタケ、タケノコや白滝などの食材は残念ながら手に入らないので今ある食材をお手製の割り下ですき焼き風にして煮込むぐらいしかできないのだが、それでもアングリーバードの卵にくぐらせれば誰が何と言おうとすき焼きだろう。
「とっても美味しいです、まさか霜降り肉にこんな食べ方があるとは思いませんでした。」
「この味付けの仕方はシロウさんにしかできないからね、いい物を食べさせてもらったよ。」
「これを真似できないのは残念ですけど、ステーキは是非真似させてもらいますわね。」
「お貴族様には少々庶民的すぎないか?」
「美味しければだれも文句言いませんわ。」
折角食べるならとウィフさんとイザベラも招待して、店のみんなと一緒に遅ればせながらの出産のお祝いをすることにした。
割り下の作り方は企業秘密という事にしておいたが、ステーキなんかはただ焼くだけなので隠す必要もない。
この冬は暗い話が多くなっているがこれを機に明るい話題が増えてくれるといいんだけれど。
アネットとビアンカも美味しそうに肉に食らいついているようなので、これで英気を養ってもらってラストスパートを頑張ってもらうとしよう。
この日、霜降り肉の新しい可能性と共にわざと牛を太らせるという新しい飼育方法が誕生したのだった。




