1499.転売屋は血を探しまわる
「血が足りない?」
いつものようにアニエスさんと子供達の顔を見るという朝一番の日課をこなし、さぁ店に戻ろうかというタイミングで眠たい目をこすりながらやってきたビアンカに引き止められた。
毎晩進捗状況については報告を受けているのだが、どうやら問題が発生してしまったらしい。
「はい、薬の成分はおおよそ決まったんですけど素材の相性が悪くて思うように効果が上がらないんです。精製したものを使えば一応は何とかなるんですけど、その分時間がかかってしまって。」
「なるほど、つまりは中和剤的な感じで血を混ぜるのか。」
「魔素が高ければ高いほど効果は高くなるんですが、なんでもいいわけではなくて。こちらがその候補になります。」
麻薬が思った以上に広まっている状況をふまえ、アネットとビアンカには今まで以上のスピードで治療薬の開発をお願いしていた。
幸いにも製法そのものはある程度確立されているようで、あとはどの素材が効果的かを検証する段階に入っているらしい。
これが決まれば試作に入り、治験へ進むことができるわけだがここに来て思わぬ素材が必要になってしまったらしい。
ビアンカから渡されたメモに書かれていたのは複数の魔物の名前。
どれも一度は見たことのあるものだが、どこにでもいる魔物ではない。
ここに来て足踏みとは厳しいが、それでもよく頑張っている方だろう。
アネットたちがここまで結果を出してくれているんだから俺がここで頑張らないわけにはいかない。
「とりあえずコレは預からせてもらおう、とりあえずは今あるもので検証を続けてくれ。」
「わかりました。優先順位は上からで、上に行けば行くほど必要量が少なくなります。」
「少なくなるって言ってもドラゴンだからなぁ、冒険者も少ない今少しハードルが高そうだ。アティナとアニエスさんが動けない今、それを倒せる人材がほとんど残ってないんだよなぁ。」
上級冒険者には街道に増えつつある魔物の処理と治安維持に協力してもらっている。
麻薬への対処ももちろん大切だが、国の大動脈である街道を止めるわけにもいかない。
この間の氾濫でそれを痛感しただけにどうしてもそっちにリソースを振り分けなければならないのが現実だ。
「難しい場合は順次その下を検討してもらっても大丈夫です。まぁ、そっちの方が大変な気もするんですけど。」
「違いない。」
「それと可能でしたら新しい機材の手配もお願いします。これは前のと違って簡単に手に入ると思うので、ちょっと高いんですけど。」
メモを受け取り読まずにポケットの中へしまう。
これに関しては今確認したところでどうしようもないので帰ってからゆっくりと考えることにしよう。
前回頼まれたのは遠心分離機的な機材だったのだが、どうやら内部構造が特殊だったようで手配するのにだいぶ時間がかかってしまった。
これもまた他の物でも代用できるとはいわれたものの納期が倍になると言われたら探さないわけにはいかず、結局陛下経由で探してもらってなんとか手に入れることができた。
そんなこともあり、値段はともかくすぐ手に入るのならなんでもオッケーだ。
代金の足しにと製薬の合間に作ったというビアンカのポーションを回収してひとまず店に戻った。
「なるほどドラゴンの血ですか。私だけであればどうにでもなりますが、今ここを離れるのは得策ではないでしょうなぁ。」
「アレから全くお声がかからなくなったって事は俺はもう用済み、となると不要な関係者には消えてもらいたいって思ってるだろうからなぁ。」
「とはいえ冒険者はおりませんし、ここに載っている別の血を代用するべきでしょう。」
「問題はそれですら手に入るか微妙な所だ。」
どこにでもいる魔物ではないのでそれを見つけるだけでも一苦労、それならば比較的見つけやすいドラゴンの方が効率がいいのだが、今度は倒す難易度が変わってくる。
あちらを立てればこちらが立たずじゃないけれど、この状況では中々難しい感じだ。
とはいえ現状を打破するためには確保しなければならないわけで。
はてさてどうしたもんか。
「いっそのことガルグリンダム様にお願いするのはいかがですか?」
「ディーネはともかくあの人に借りを作るにはちょっとなぁ。」
「ですが王都を守護するために必要なものですから、むしろ自ら提供するぐらいでもいいと思います。」
「いやまぁ言いたいことはもちろんわかるんだが・・・。」
一番身近なドラゴンといえばガルグリンダム様以外にいないわけだが薬を作るから血をくれと言っていいものなんだろうか。
ディーネならまだ言いやすいんだけども、王家にも関係することだけに俺なんかが好き放題言えるものではない。
そんな面倒なこと考えなくてもしてくれそうな気がするが、できれば最終手段としてとっておきたいんだよなぁ。
色んな意味で。
ひとまず図書館と冒険者ギルドを駆使して魔物の情報を集め、具体的にどの魔物の血が一番確実に手に入れられるかを半日がかりで確認したものの夕方になっても答えを出すことはできなかった。
こんなときエリザがいれば気軽にドラゴンを倒してきてくれとお願いできるのだが、今思えばそれも無茶なお願いだったんだなぁと改めて感じた。
そもそもダンジョン街、っていうかあのダンジョンが特殊すぎるんだよな。
かなり深いところまで広がっているし出てくる魔物の種類もかなり豊富。
あそこに潜るだけで大抵の必要なものは手配できただけに王都にいるよりもある意味あれこれ作りやすい環境だったと言えるだろう。
もちろんこっちでしか手に入らないものもたくさんあるので一概に向こうが良かったと断定することはできないけれど、少なくとも俺にはちょうどいい場所だったと思う。
そこに戻るためにもまずは眼の前の問題を解決してガッツリ薬代を稼がせてもらいたいところなのだが、世の中そううまくはいかないもんだなぁ。
「あ、おかえりなさい。」
「ただいま。客入りはどんな感じだ?」
「昨日と同じで一般のお客様が多かったんですけど、遠方から来たっていう冒険者の方が買い取りに来てくれましたよ。」
「この状況でわざわざ来てくれるのか、ありがたいことだ。」
店に戻ると丁度閉店したところなのか、バーバラが帳簿をつけながら出迎えてくれた。
ジンは裏で買取品の整理をしているらしい。
持ち帰った資料の束をカウンターの上にドンと置くと同時にどっと疲労感がこみ上げてきた。
「おつかれですね。」
「疲れてるが俺がやらなきゃならない案件だしむしろ店を任せているバーバラのほうが大変だろう。俺はただ使える血液を探し回ってただけだし、実際何も成果はなかった。やっぱりガルグリンダム様に頼むしか無いか。」
「ドラゴンの血が必要なんですよね?」
「素材同士の成分をうまく混ぜ合わせるのに一番効率的なのがそれらしい。詳しい原理まではわからないけど魔素の伝達が上手くいきやすいんだろうな。」
この辺は研究者じゃないので詳しい理由まではわからないけれど単純に考えるとそんな感じなんだろう。
異なる素材同士を上手く混ぜ合わせるのに必要な中和剤、単純に魔素の多い魔力水がダメなのはその何かが重大な役割を果たしていると考えるのが妥当だ。
「つまり素材同士が喧嘩しなければ良いんですよね?」
「まぁ簡単に言うとそうなる。」
「ならベロリンドルの唾液はダメなんですか?」
「なんだそいつ。」
「さっき買い取ったやつなんですけど、鑑定したらそんな感じの効果が表示されたものですから。」
「ちょっと見せてくれ。」
聞いたことのない魔物の名前だが可能性があるのならば確認しておく必要がある。
裏に走ったバーバラがすぐに透明な液体で満たされた小瓶を手に戻ってきた。
『ベロリンドルの唾液。巨大な舌を垂らしながら徘徊するベロリンドルの唾液には浄化作用の他に中和成分が豊富に含まれており、彼らが通った跡の土地には毒も残らないと言われている。しかしながら敵意を感じると口を閉じてしまうため唾液を回収するには色々な手段を講じなければならない。最近の平均取引価格は銅貨92枚、最安値銅貨78枚、最高値銀貨1枚と銅貨12枚、最終取引日は119日前と記録されています。』
ふむ、鑑定結果を見る限りこの唾液にはかなりの中和成分が含まれているらしい。
唾液がたれた跡には毒も残らないという事はそれだけ強力な浄化力があるんだろう。
とはいえこんな素材があるのならビアンカが真っ先に候補に挙げると思うんだがなぁ。
「たしかに面白い素材だが、こいつはどこで手に入れたって言ってた?」
「これは確か南方の森の中で見つけたって言っていました。毒の沼があるんですけど、わざわざその沼の水を飲んでいたっていう話です。」
「毒を飲むってことは体内でも浄化できるってことだよな?」
「すみませんそこまではわからなくて。」
俺だって初めて見る素材だし知らないのも無理はない。
だが、成分だけ見れば十分可能性はありそうなので一度見てもらったほうが良いかもしれない。
もしこれが使えるのであればガルグリンダム様から血を貰う必要がなくなる上に、素材の回収もしやすくなる可能性がある。
ダンジョンの中じゃないのならバーンの背にのって現地に飛び、何かしらの方法で回収するという方法を取ることも出来る。
どんな魔物かはわからないのでそのあたりは調べる必要はあるがもし凶暴でないのであれば俺だけでもなんとかできるかもしれない。
血液の代わりに唾液か、これは予想外の展開だ。
「それに関しては改めてこっちで調べさせてもらう。もし同じ冒険者が来たら追加で手に入れられるかどうか確認してもらえるか?」
「わかりました!」
「竜の血に勝てるとは思えないが、世の中もしもって言葉があるだけに希望は捨てないでおこう。」
もしも使えるとしたら麻薬問題を解決するべく大きく一歩進んだことになる。
治療薬ができればこれ以上被害が拡大することはないだろうし、そうなれば麻薬を売りに来ている連中も手を引かざるを得なくなる。
もちろん治験を行って結果を確認する必要はあるが可能性があるのならば王都は落ち着きを取り戻すことだろう。
可能性の段階とはいえ光が見えてきた気がする。
手のひらで輝く唾液、これが救世主となるかはもう少し先の話だ。




