1497.転売屋は歌姫に紹介する
王都の中ではいろいろな問題がおきているものの大部分の住民にはあまり関係のない話なので、表向きはいつものような日常が続いている。
聖騎士団や一般住民の協力もありいまのところ王都内で大きな問題は起きておらず、街道も平穏を保っている。
しかしながらこの機とばかりに山賊の動きが活発になっているという話も出てきているのでまだまだ予断を許さない状況だ。
特に還年祭前ということもあり様々な物が王都内に運び込まれている。
それだけに街道上の防犯は非常に重要になっているだが、冒険者の力を頼れなくなった今彼らの代わりとして聖騎士団が外に出るしか選択肢がないのが実情。
結果王都内の警備が手薄になるという悪循環が続いている。
そんな暗いニュースばかりでは住民の心が疲弊してしまうので、予定よりもはやくオリガのコンサートについての告知がなされることとなった。
夏以来の開催に住民は大いに沸き、早くもコンサートチケットを獲得するべく各所で争奪戦が繰り広げられていらしい。
俺はスポンサー枠なので最低限のチケットは手にしているものの、ここからが商売の始まりという感じだ。
いかに最初にチケットを確保しそれを後半転売できるか。
もしくは貴族からの問い合わせに対して吹っ掛けられるかが勝負になるだろう。
「ということで今回のコンサートを前に前座的な感じで彼に出演してもらおうと思っている。彼はヒュージ、吟遊詩人ということにはなっているが歌手っていうかともかく歌も踊りも両方できる逸材だ。」
というわけでコンサートをさらに素晴らしいものにするべく、新しい金づる・・・じゃなかった注力するべき人物をオリガに紹介することにした。
本来は俺との打ち合わせの為にウィフさんの屋敷まで来てもらったのだが、急遽予定を変更させてもらった。
部屋に入ったらいきなり知らない人がいたので彼女も驚いただろうけど、とりあえず事情を説明して話を聞いてもらうことにした。
「ヒュージです、麗しきオリガさんとお会いできるなんて夢のようだ。」
「オリガです。シロウさんのお知り合い・・・なんですよね?」
「知り合いっていうか狼に命を狙われているところを助けたんだ。それでもって、いろいろあって彼の王都での活動を支援することにした。今は主に紹介した飲食店で歌を披露してもらっているが今後は貴族の屋敷での歌唱も予定している。見た目はこんなだが声を聞けば納得してもらえるはずだ。」
「そう・・・ですか。」
呼び出されたと思ったらいきなり彼と顔合わせをさせられたものだからオリガも困っているんだろう。
いきなりの紹介だったから戸惑っているだろうけど一度声を聴けば実力は認めてくれるはず、彼に合図を送ると小さく頷き四歩後ろに下がると小さく深呼吸をした。
恭しく一礼をしてから顔を上げオリガに向かってウィンクを飛ばす。
胸に手を当てた彼の口から奏でられる歌声にさすがの彼女も驚きを隠せなかったようだ。
歌はおよそ四分、短い時間ではあるけれど彼の実力を知ってもらうには十分な時間のはずだ。
「どうだ?なかなかのもんだろ?」
「とても澄んだ声ですね、びっくりしました。」
「いやぁ、歌姫にまで褒められるなんて光栄だなぁ。狼に命を狙われたときは人生終わりだと思ったけれど王都に来てからこんなにも素晴らしい事ばかりでほんとシロウさんのおかげですよ。」
「アレも何かの縁ってやつだろう、俺は俺で色々儲けさせてもらっているしな。」
歌姫オリガの実力はもちろんだが、彼もなかなか負けていない。
現に王都に来てかなりのファンを獲得しているのは彼の実力があってこそ、そうでなければ彼女に紹介することはしなかっただろう。
「それでこの方が私の前に歌を披露されるんですね?」
「今のところはそのつもりだ。せっかくの還年祭なんだしオリガだけじゃ大変だろ?それにこの件はギルド協会の要請でもあるんだ。催しの一つとして住民のみんなに楽しんでもらう、彼の歌と踊りは間違いなくその要望に応えてくれるだろう。そしてその後にオリガが登場すればコンサートの熱気は最高潮。いやー大盛り上がりした後のことを考えるだけで笑いが止まらなくなりそうだ。」
オリガのコンサートほどではないけれど確実にチケットは売れるだろうし、彼女が歌っている間に行われる物販には多くの人が押し寄せるはず。
中に入れなかった客が彼女の歌声を会場の外で聞きながら買い物をする、完璧な作戦だ。
そのためにグッズはどちらも多めに用意させてもらうので盛り上がれば盛り上がるだけ俺の懐が温かくなる。
「わかりました、よろしくお願いしますヒュージさん。」
「こちらこそオリガさん。」
ヒュージがこの日一番のイケメンスマイルを披露しながら右手を差し出すも、オリガは小さく微笑むだけでその手を握ることはしなかった。
行き場の無い手をどうするのかと思ったが彼は特に嫌な顔をするわけでもなく静かに手を下す。
彼女があそこまで無視するのは珍しい、なにか気に障るようなことがあっただろうか。
とりあえず顔合わせは終わったのでヒュージには帰ってもらいオリガと共に本来の打ち合わせを開始する。
打ち合わせといってもどの歌を披露するかとかどんなグッズを作るのか程度なのだが、エントランスで出迎えた時と違って随分と機嫌が悪そうだ。
とりあえずそのまま話を進めたもののこの状況でいいものができるはずがないので、一度腹を割って話す必要があるだろう。
「オリガ、なにか不満があるのなら言ってくれ。」
「不満とかそういうのじゃないんですけど・・・。」
「けど?」
「どうもあの人のことを好きになれなくて。あの、本当に大丈夫ですか?」
「大丈夫ってのはどういうことだ?」
「これは私の勘みたいな感じなんですけど、あの人からはいい雰囲気を感じないんです。悪い空気っていうか心の中で何を考えているかわからないっていうか、ともかく気持ちが悪くて。」
気持ちが悪い、彼女がここまで言うのはかなりのことだ。
これまでに一緒に冒険したこともあればコンサートを間近に見たことがあるが、比較的前向きな感情が強く出るタイプだと俺は思っている。
もちろんネガティブなことを全く言わないというわけではないが比較的ポジティブな意見の多い彼女からここまでの言葉が出てくるというのはよっぽどのことなんだろう。
もちろんそれを鵜吞みにするわけではないが気にしないというわけにもいかないわけで。
「つまり普通じゃないって言いたいのか?」
「・・・はい。」
「わかった。そこまで言うのなら一緒に行動することの無いように手配しよう。本当は簡単に合わせて歌ってみてほしかったんだがそこまで嫌っている相手と出来るようなことじゃない。しっかし何がそんな気持ちが悪いんだろうなぁ。」
「ごめんなさい、うまく言葉にできなくて。」
「いやいや、無理を言っているのはこっちだから気にしないでくれ。オリガのコンサートを待っている人は大勢いるんだ、まずはそっちに注力してくれればそれでいい。何か具体的な違和感がわかったらまた教えてもらえるか?」
「はい、必ず。」
とりあえず落ち着いたようなので残りの話し合いを済ませて、手配した馬車に乗って帰ってもらうことにした。
うーむ、あの二人が組めば大盛り上がり間違いなしって思ったんだが、世の中そううまくはいかないようだ。
まぁ個別の出演でもチケットは十分売れるだろうし、歌手のメンタル管理もスポンサーの大事な仕事だ。
「アティナ、いるか?」
「お呼びですか?」
「悪いんだがオリガの家に行って周囲の警戒をしてきてもらえないか?怪しいやつがいたら捕まえることなくどういう人物か確認してもらいたい。」
「捕まえなくてよろしいので?」
「どういう相手もかもわからない状況でこっちの手を悪くする必要はないからな、まずは様子見だ。」
ヒュージのことをあそこまで嫌うには絶対に何か理由があるんだろう。
彼がオリガに接触を試みるとは思えないが何かあっては大変なので警戒しておいて損はないはず。
もちろん何もなければそれでいいんだが、何かあった時の損失が明らかに多すぎる。
こういう時セラフィムさんたちがいれば素性調査からなにからなにまでしてくれるんだけど、残念ながらそういう情報戦に強い人が近くにいない。
俺が彼の実力にほれ込んで王都での活動を支援しているわけだが、実際どういう人物なのか詳しく知らないというのもまた事実。
守るべきものが多くなりすぎているだけにその辺はしっかりしておいた方がよさそうな感じだ。
これでもし何か出たとしたら・・・。
いや、今はまだマイナスなの事を考えるのはやめておこう。
還年祭までまだ一ヶ月あるんだそれまでに結論を出せばいい。
それまでは引き続きチケットやグッズなどで金儲けする方法を模索し続けるとしよう。
仮に彼がオリガの言う何かよろしくない相手だったとしたらその時点で考えればいいだけの話だ。
とはいえこちらの手札を無条件でさらせるわけでもないので取り扱いは慎重に。
やれやれただ金儲けするって言っても大変だなぁ。
アティナが出ていった後の扉を見ながら、盛大なため息をつくのだった。




