15.転売屋は店員を育成する
目の前にいたのはいかつい冒険者。
腰には随分と使い込んでそうな手斧がぶら下がっており、上半身は裸、腰にはこれまた使い込んで黒くなったであろう革の腰垂れを付けている。
男が指さしたのは俺の手前に置いてあった少々大きめの斧だ。
『鋼の戦斧。鉄を叩いて強固にした鋼で作られた戦斧、使用するにはそれなりの筋力が必要とされる。軽量化と剛質の効果が付与されている。最近の平均取引価格は銀貨50枚、最安値が銀貨30枚、最高値は金貨2枚、最終取引日は45日前と記録されています。』
「これは鋼の戦斧です。ですがただの戦斧と違って軽量化と剛質二つの効果が付与されている逸品ですよ。」
「二つの効果だと?そんなもの信じられるか。」
「まぁまぁ、まずは持ってみてください。」
訝しそうな顔をする男に片手で戦斧を手渡す。
柄は木製だが斧部分は肘から先ぐらいの大きさがある。
普通は片手で持てないものだが、軽量化の効果かぐっと力を入れれば俺でも持てるのだ。
「む、確かに軽いな。この大きさでこの軽さ、振り回しても何の違和感も無い。これはいいものだ。」
「そうでしょう。」
「だが剛質はどう判断すればいい、お前が嘘を言っているだけではないのか?」
「そういうと思いましてこういう物も用意してあります。」
商品とは別に後ろに置いておいた大きな剣を指さした。
某狂戦士が使いそうな大きな奴、斬馬刀と言う感じの大きさだ。
『隕鉄の大剣。隕鉄を使って作られた巨大な剣、切るというよりも叩き潰すの方が使いやすい。効果の付与無し。最近の平均取引価格は銀貨30枚、最安値が銀貨10枚、最高値は銀貨60枚、最終取引日は66日前と記録されています。』
「なんだそれは。」
「隕鉄の大剣です。これを叩けば効果が正しいか証明できるでしょう。」
「確かに隕鉄なら鋼程度で傷はつかないが・・・、まさか本気か?」
「もちろんです。」
「・・・いいだろうどっちが壊れても弁償しないからな。」
「と、いう事でエルザおねがいしますね。」
「私がか!?」
「持ってくるだけでも大変だったんです、これを支えながら攻撃を受けるなんて無理ですよ。」
俺にはできなくてもエリザには出来る。
しぶしぶといった感じでエリザが剣を地面に突き刺した。
右腕で柄を握ったまま、面の部分に肩を当てて重心を落とす。
まるで大剣を盾にしたような格好になった。
それを見た冒険者が商品の斧をしっかりと握り・・・
「うぉぉぉぉぉ!!!」
雄叫びを上げながら思い切り大剣に向かって斧を振り下ろした。
ガチンとかガキンとかそんな感じのものすごい音があたり中に響き渡り、真っ赤な火花が目の前を飛んでいく。
あまりの音に近くにいた人全員がこちらに振り返った。
「っつぅ・・・。」
「大丈夫か、エリザ。」
「マウントボアでもここまでの衝撃を与えてくることはないだろう。なかなかの一撃だった。」
盾のようにしていた大剣が衝撃で斜めになったが、エリザは全体重でそれを支え切った。
さすがだな。
「どうやら効果は本物らしいな。」
「ご納得いただけましたか?」
「正直壊すつもりで叩きつけたが、まさか刃こぼれ一つしないとは思わなかった。」
「剛質の効果は物質の硬度を極限まで高めます。通常であれば鋼の方が隕鉄に劣りますがこの効果のおかげで同等の固さを維持することが出来るでしょう。隕鉄に軽量化がつくとかなりの値段になりますから、良い買い物だと思いますよ。」
セールストークはここまでだ。
とりあえずエリザに大剣をしまわせている間、冒険者は無言で斧を振り回し続けた。
もう会話は必要ないな。
「いくらだ?」
「金貨2枚。」
「むぅ、確かにそれぐらいはするか。」
「隕鉄でしたら金貨5枚はくだらないでしょう。」
「それはわかる。あれは固い代わりにかなり重い、軽量化が無ければ振り回すことも難しいだろう。」
値段には理解があるようだ。
だが値段が値段だけに踏ん切りがつかないといった感じだろう。
あと一息だな。
「ですが、せっかく気に入って頂いたようですし今回だけ銀貨30枚値引きさせていただきます。」
「本当か?」
「その代わり一つ条件が。」
「・・・旨い話には裏があるものだ、言ってみろ。」
「冒険者を長く続けておられるであろうことを見込んで、お知り合いの方に当店を紹介してほしいんです。その斧を持っていれば間違いなくどこで買われたか聞かれる事でしょう。その時に是非うちの事をお話しいただけませんか?」
「つまり宣伝をしろという事だな?」
いいねぇ、話が早い。
銀貨30枚は15%もの値下げになるが、間違いなくそれをペイ出来るだけの宣伝力を持っているはずだ。
どうみても長年冒険者やってます!って感じだもんな。
「お願い出来ますか?」
「他の店でもそうやって言われる事はあるが、こうも大胆に売り込んでくる男は初めてだ。」
「お褒めに預かり光栄です。」
「だが、場所だけだ。固定の店ならまだしも場所がコロコロ変わる露店なんぞ説明しづらい。」
確かにその通りだ。
最近はここを固定で借りているけれど、先に借りる人がいれば、場所を変わるしかない。
それでも露店に面白い店があるとしれれば、興味を持つ冒険者も出てくるだろう。
「それで十分です。」
「貴様、名は?」
「シロウとお呼びください。」
「わかった。」
その後男は代金を支払い少しうれしそうに店を離れて行った。
いいねぇ、最初からこの流れ。
今日は良く売れそうだ。
「こんな感じだ、出来るよな?」
「出来るわけないでしょ!」
「そうか?」
「当たり前じゃない!私は冒険者よ?アンタみたいにそんなペラペラペラペラ話せるわけないじゃない!」
「そうかなぁ。」
おかしい。
こんなにわかりやすく販売を見せたのに出来ないと言われるとは思っていなかった。
聞かれたことに答えるだけなのに。
うーむ、店員育成もなかなか難しいな。
「でも、こんな簡単に買っていくとは思わなかったわ。だって金貨1.7枚よ?ポンと買う金額じゃないわ。」
「普通ならな、でもさっきの人はどう見てもベテランって感じだったし食いつきも良かった。お前も本当に欲しいものには興味を持つだろ?」
「そりゃあ、良いものなら欲しいわ。」
「それでいて買えるだけのお金があったら?」
「買うわね。」
「そういう事だよ。」
流石に今回は上手く行き過ぎたが、要はそういう事だ。
欲しい物になら人は金を出す。
俺達はそれを売る。
というか、俺はそれを集める。
普通のものじゃない、価値のあるものを売っていれば必然的に物は売れる・・・はずだ。
「・・・やっていく自信がなくなって来たわ。」
「本職は冒険者だからな。なに、当分は俺がついているから少しずつ覚えてくれたらいい、別にお前に商人になれって言ってるわけじゃない。さっさと稼いで装備を揃えて、ダンジョンに潜れ。」
「そして金を返せ。」
「そういう事だ。」
「先は長いわね。」
ちなみに俺が売ってしまったのでエリザの取り分はない。
だが、その後もぽつぽつと現れる客に少しずつ販売を続け、最後の方にはなんとか一人で売ることが出来るようになっていた。
「有難うございましたー。」
夕暮れ時、周りの店が片づけを始めることに最後の客が帰っていく。
用意した品は七割方売れたし、大口の販売もあった。
良く売れた方だろう。
「今日はこれぐらいにしておくか。」
「あー、やっと終わったぁぁ。」
「疲れたか?」
「ダンジョンに潜る方が何百倍もマシよ。」
「それじゃあ今日の取り分だが、お前の売上が金貨2枚と銀貨35枚だから・・・銀貨11枚と銅貨75枚。そこに日当を追加するから銀貨13枚な。」
端数はめんどくさいので切り上げだ。
ちなみに俺は金貨3枚と銀貨55枚。
取り分を差し引いても金貨5枚と銀貨77枚になる。
一日金貨1枚ずつ売れば目標達成になる事を考えればかなりの売上と言えるだろう。
この分で行けば予定よりも早く溜まりそうなものだが、それも在庫があっての話だ。
今日で結構売ってしまったのでいずれはまた仕入れを行わなければならない。
エリザがダンジョンに行くようになれば同時進行で売買できなくなるだろうから、今日の効率を維持することは出来ないだろう。
ま、のんびりやるさ。
「一日で銀貨13枚、ダンジョンに潜るのがばからしくなるわね。」
「じゃあ商人になるか?」
「絶対にお断りよ。」
断固拒否って感じだな。
俺もエリザには向いていないと思っている。
こいつはダンジョンに潜って武器をぶん回している方がお似合いだ。
その為にも今は耐えてもらうしかないけどな。
「さて、帰る前にっと・・・。」
片づけをエリザに任せて俺は両隣の店主に声をかける。
そして売れ残りの中からよさげなものをいくつか買ってきた。
「これも頼むわ。」
「ちょっと、増えてるじゃない!」
「いいだろ、荷物持ちがいるんだから。」
「もぅ、せっかく稼いだのにこんなに買い込んで。ダンジョンに潜らないのにどうするのよ。」
「これも円満に商売するための工夫さ。」
そう言いながら大量の保存食と日用品を積み上げていく。
お、この干し肉美味しいな。
噛めば噛むほど味が出る。
口寂しい時に噛むといいかもしれない。
「何よそれ。」
「どうもお疲れ様でーす。」
買ってきた品々を荷台に詰めている間に両隣の店主は帰ってしまった。
ふぅ、これで本当に終わりだ。
「ねぇ、さっきのはどういう事よ。」
「簡単な話だよ、自分の店が売れてないのに隣ばかり儲けてたらお前はどう思う?」
「そりゃ、うらやましくなるわ。場合によっては憎くて殺したくなるかも。」
「おいおい、物騒だな。」
「でもそういう事でしょ?同じダンジョンに潜ったのに別のパーティーは宝箱で当たりを引いて、うちだけ外れだったらそう思うもの。」
「例えがあれだが、まぁそういう事だ。」
俺の商売は単価が高い。
だから金額だけ聞いていれば儲かっているように思うだろう。
まぁ、実際儲かっているわけだが。
ともかくそんなやつと何度も仕事をしていると今後妬みからあらぬ噂を立てられる可能性だって出てくる。
それこそご禁制のものを売っているとかな。
そうならない為に、売り上げの一部から両隣の品を毎回買ってご機嫌を取っているというわけだ。
向こうとしては俺が隣にいる限り商品を買ってくれる上顧客という認識になるし、俺としても恨まれる心配がなくなる。
商売なんて持ちつ持たれつだ。
もし大量に保存食が必要になる日が来たら、たくさん融通してもらえる・・・かもしれない。
でもまぁ、俺がそうなる日は間違いなくないだろうけど。
「でもこんなにたくさんどうするの?」
「いくつか持って帰るか?」
「え、いいの!?」
「俺一人じゃ食い切れないしな、いつもはマスターに差し入れてるんだが少しぐらい構わないだろ。」
流石に毎日干し肉だと体を悪くする。
ちなみに日用品はリンカを通じてご近所の奥様に配っているそうだ。
次は何時貰えるのかと中々に好評らしい。
冒険者相手の商売だと問題を起こす奴もいる、こっちのご機嫌取りも同時に出来るなら願っても無い話だ。
そういう細かな好感度アップ作戦が隣部屋を安くつかわせてもらえることに繋がった・・・と思う事にしている。
別にマスターの好感度を上げたからと言ってどうなるわけでもないけれど、飯がうまくなるのは有難い。
「じゃあ遠慮なく。」
「そういえばお前どこに泊まってるんだ?」
「昨日は安宿に泊まったけど・・・。」
「金はあるんだ、お前もこっちに来いよ。」
準備をしていてよく分かった。
荷物持ちがいる。
それをさせるためにも日当を払っているんだが・・・。
「せっかく稼いだのにもったいないじゃない。」
どうやらその意図は酌んでもらえなかったようだ。
残念。
「気持ちはわかるが、こっちだと三食美味い飯が食えるぞ。」
「そういって私を抱きたいだけじゃないの?」
「お、そういう考えも出来るな。」
「え、ちがったの!?」
「そんなこと言ってお前が抱かれたいだけじゃないのか?」
「違うわよ!っていうかこんな場所でそんなこと言わないでよ恥ずかしい。」
「この間道のど真ん中で体を差し出すとか叫んだのは誰だったのかな?」
あれは恥ずかしかった。
自分の事は棚に上げてまったく、面倒な女だ。
でも、荷物持ちよりもそっちで楽しませてもらえる方が個人的にはありがたいな。
娼館行くのも金がかかる。
その点エリザなら抱き心地は中々だし、なによりタダだ。
「そ、そんな前のこと忘れたわ。」
「はいはい、そうですか。とりあえず荷物を置きに戻らなきゃいけないんだ、頑張れよ。」
結局荷物を置いて帰るわけもなく、エリザも三日月亭に泊まる事になったのだった。
ちなみにマスターの厚意で同室の場合は半額でいいらしい。
やったね!




