1485.転売屋は強力な助っ人を得る
バーンのおかげもあり北方で無事にミンティオを手に入れることができた。
ひとまずはこれで麻薬関係の材料が手に入ったことになるが、根本的な解決には至っていない。
とりあえずは例の売人がブツを持ってこないことには始まらないのでそれまで待つしか無いか。
一応前回はブラックハウンドを狩りに行っていたっていう言い訳を信じてくれたので大丈夫だろうけど、とりあえずは今まで以上に慎重にいかなければならない。
「確かに眠気覚ましには最適だな。若干刺激が強すぎる感じはあるが、我慢出来ないほどじゃない。」
「これからこの清涼感だけを抽出して他の薬と混ぜることで飲みやすく加工するのです。北方で豊作だと聞きましたからしばらくは困らないかと。」
所用で錬金術ギルドへやってきたついでにアルキミヤさんとこの間の件について情報共有しておく。
この人は完全にこっちの人間だという確証があるのだが、ぶっちゃけた話ファマスさんはどうも信じられないんだよなぁ。
もちろん責任感もあるし実力も申し分ないんだけど何を考えているかわからないっていう感じが強い。
そんなわけで北方から回収してきたミンティオは製薬ギルドではなく錬金術ギルドに管理をお願いすることにした。
「一応送ってもらえるように手配しているから還年祭までには運ばれてくるはずだ。今のところ大山脈が雪で閉ざされるという感じもなさそうだからトエルクの角なんかも一緒に手配しておいた。」
「何から何までありがとうございます。」
「運んでくるだけで金になるんだからお礼を言うのはこっちの方だ、次もしっかり高値で買ってくれよな。」
1つ送るのも3つ送るのもコストとしてはさほど変わりがないので、それならば金になるもの一緒に運んでもらうほうが効率がいい。
本当は肉なんかも一緒に運んでもらいたいところなのだがこれに関しては生での輸送は難しいそうなので加工品としてお願いできないかと話をしてある。
あの寒さなら塩なしでもいい感じに脱水してくれるだろうからルフも安心して食べられるだろう。
「それじゃあ、俺は店に戻るが引き続き成分抽出と解析頑張ってくれ。」
「ありがとうございます。製薬ギルドの方もとても協力的でこのままいい関係が続けば良いのですが。」
「そう言っているところ申し訳ないが俺は彼らを信じたわけじゃない、そこんところよろしく頼む。」
「どこに目があるかわからないからでしたね。」
「そういうことだ。」
「一応私も職員には目を光らせておきます。」
絶対に大丈夫だという確信がない現状ではこれ以上の検査や実験は難しいだろうと俺の中では考えている。
どれだけ大丈夫だと言っても絶対ではないわけだしそこから情報が漏れ出してしまっていたら結局は麻薬を駆逐することは出来ない。
成分を変えればいくらでも依存させることは出来るだろう、俺の中では麻薬という存在はそういうものだという認識だ。
「ただいま。」
「おかえりなさいませ。先ほどお知り合いという方が来まして、アニエスさんが相手をされています。」
「アニエスさんが?」
「なんでも強力な助っ人だとか。」
助っ人を呼んだ覚えはないのだが一体誰だろうか。
カウンターをくぐって店の裏へそのまま階段を上がって二階へと向かうと、なにやら楽しげな会話が聞こえてきた。
どこかで聞いたことのあるこの声、どうやら一人ではなく二人入るような感じだ。
「入るぞ。」
ノックをしてアニエスさんの部屋に入ると中にいた二人がくるりとこちらを振り返った。
「アネット!それにビアンカまで!」
「お久しぶりです御主人様。」
「ご無沙汰しています。」
俺がこっちに連行される前にあったのが最後だからかれこれ10ヶ月以上会っていないことになる。
普段は隠している銀色の狐耳がピンと立ったままピコピコと動き喜びを隠せないのが伝わって来るようだ。
そんなアネットをビアンカがいつもと変わらない表情で見つめる、その光景を見るだけでダンジョン街に戻ったような錯覚を覚えてしまった。
「いったいどうしたんだ?」
「ミラ様よりこちらで大変なことが起きているので主様に力を貸してほしいと言われまして。」
「そうか、ミラは事情を知ってるもんな。だが二人がこっちに来て大丈夫なのか?薬もポーションも二人に掛かる負担はかなりあるだろ。」
「街が大きくなったことで新しい薬師も来ましたし、ラックさんがそれなりに育ちましたから。」
「もともと錬金術師が多い上にアネットと同じで数が増えたので私が頑張らなくてもひとまずは大丈夫みたいです。」
なるほど、街が拡張したおかげで新しい人が住めるようになったから不足していた人員が補充されたわけだ。
いままではアネットの薬におんぶにだっこだったが、ラックさんを始めとした新しい薬師がいるおかげでよっぽどの流行病とかじゃなければ十分対処できるんだろう。
ビアンカに関しては元々錬金術師がいなかったわけじゃないので普通のポーションとかなら十分供給できる状態が出来上がっている。
もっとも、ふたりとも実力はかなりのものなので抜けられると困るのは間違いないだろうけど、それを押してでもこっちを助けにきてくれたようだ。
この二人がいてくれたらなぁとどれだけ期待したことか、まさか現実になるとは夢にも思わなかったが今の状況を考えるとこれ以上無い助っ人と言えるだろう。
実力があり更には確実にこっちサイドで裏切る心配もない。
俺の奴隷だからというよりも二人を信頼しているからこそ仕事を任せることが出来る。
アルキミヤさんには申し訳ないが今後の検査や実験はこっちでも並行してやったほうが良いかもしれないな。
「とりあえず二人が来てくれて助かった、遠いところ大変だっただろうまずはゆっくり休んでくれ。」
「だったら一つだけお願いがあるんですけど。」
「ん?」
「久しぶりに御主人様の作る料理が食べたいです、いいですか?」
「そんなことならお安い御用だ。胃薬が必要になるぐらいたらふく食べさせてやるよ。」
腹が減ってはなんとやら、遠路はるばるやってきてくれた二人の為に腕を振るってやろうじゃないか。
その日は食事をしながら現状についてすり合わせを行い、本格的な活動は明日からお願いすることになった。
といっても向こうと違って製薬室があるわけでもないのでまずはその手配をしなければならないわけで。
致し方なく錬金術ギルドに声をかけようかと思ったのだが突然アネットに止められてしまった。
「どうしてだ?」
「ビアンカは王都のギルドとは余り仲が良くなくて・・・。」
「そういえば昔そんな事を言ってた気がするが、なにかやらかしたのか?」
「そういうわけじゃないんですけど、師匠についてくれた人がものすごく私を気に入ってくれてそのせいで他の錬金術師と反りが合わなくなったんです。向こうは良かれと思ってくれたんですけどそれでここを離れてあそこに引っ越したんです。」
引っ越してすぐは良かったもののあっちでも目をつけられてしまい、最終的にははめられてしまったというわけか。
なかなか波乱万丈な人生を送ってるが、その一件がなければアネットと出会うこともなかっただろうしこうやって俺の下で働いてもらうこともなかったはず。
そういう意味ではその師匠とやらに感謝しなければならないかもしれない。
「なるほどなぁ。ちなみにその師匠ってなんて名前なんだ?」
「アルキミヤさんです。」
「おぅ・・・。」
まさかの師弟関係でしたか、そういえば会ってすぐの頃に弟子がどうのとか言ってたことなかったっけか。
昔のことなので殆ど覚えていないのだがここで二人を会わせようものなら色々と面倒なことになるそうなのでますますギルドに声をかけ辛くなってしまった。
とはいえ錬金機材や製薬機材は必要なわけで。
「一応簡易的な機材は運んできたので場所さえ用意してもらえたらお仕事は出来ると思います。」
「とはいえこの店の広さを考えると限界があるからなぁ。とりあえずウィフさんにお願いして場所を借りるしかないか。」
「そういえばウィフ様もこちらに引っ越されたんでしたね。」
「あぁ、ちなみにイザベラは借金を返済して自由の身になった上に妊娠中だ。結婚式は子供が生まれてかららしいから暫く先になるがよかったら祝ってやってくれ。」
一応向こうで面識があるので色々と話で盛り上がるだろう。
レイラとは余り接点はなかったはずだが二人ならそつなく対応できるはずだ。
兎にも角にも二人が来たことでこの件に関しては大きく前進したと言っても過言ではない。
もちろん検査する機材がない状態では出来ることに限りはあるだろうけど、アネットの薬師としての知見とビアンカのサポートに加えてギルドに頼らなくても自前で何とかできるという安心感が違う。
季節的に風邪も引きやすくなるし、なによりアニエスさんにとって身内が近くにいてくれる安心感は格別なはずだ。
残念ながらふたりとも出産は未経験だが妻たちの出産には立ち会っているし、色んな意味で子育ての経験が豊富と言ってもいいだろう。
俺が店に出ているときに話し相手になってくれるだけでも気分は違うはずだ。
しばらくはウィフさんの屋敷を往復してもらうことになるが、いっそのことアニエスさんに向こうに行ってもらうという手もあるな。
麻薬組織に目をつけられている以上店が狙われないとも限らないし・・・。
よし、そのへんも含めて後で話し合いをしておこう。
冷え込みの厳しくなってきた冬の始まり。
先の見えない状態の中、心強い助っ人の登場に心が暖かくなるのを感じるのだった。




