1441.転売屋は旅をプロデュースする
「イラッシャイ、携帯食料二人分が二つとドライフルーツ詰め合わせ。それと薄焼き10枚で銀貨1枚と銅貨40枚だ。」
「ありがとうございました。」
お上品なマダムが冒険者が買うようなっていうか彼ら向けの1日分の携帯食料を買って店を出て行く。
日持ちする硬いパンに塩辛い干し肉、それとナッツの詰め合わせ。
そこにドライフルーツを追加するのは中々いい組み合わせではあるのだがなんでまたこんなのを買って行くんだろうか。
身なりを見るにかなりお金は持っている様子。
首元で光るのは今はレア品のクリムゾンティアのネックレスに耳に光るのはピュアホワイトのイヤリング。
冒険者でも買える価格設定にはしているがあれは明らかに貴族向けの上質なやつ。
それを買えるだけの財力がありながらなぜこんな粗末、失礼、普通の携帯食料を買うんだろうか。
他にももっと美味しい物があるとおもうんだが。
「最近よく売れますな。」
「あぁ、いったいなんなんだ?」
「それに関してはなんとも、とはいえ売れるのはいいことではありませんか。」
「そりゃ安いが単価がなぁ。あぁいう人にはもっとこうガッツリ買ってもらいところだ。」
「とはいえ過剰気味だった在庫が捌けるのはありがたいことです。では裏で詰め合わせておりますので引き続き店をお願いします。」
裏から顔を出したジンが再び引っ込んでしまう。
午前中は俺の担当なのでそれは別に構わないんだが、その後も携帯食料や探索用の道具は売れ続け化石騒動で買い付けて残ってしまった在庫がみるみるうちに無くなっていった。
途中で価格をわざと三割ぐらい値上げしたのに売れたのは価格を気にしていない、もしくは買えたらなんでもいい層が買っていったんだろう。
こんなことなら朝から高い値段をふっかけてやればよかった。
そんな感じでお昼まで客足は途絶えることなく、昼休憩で店を閉められたのはいつもより一時間ぐらい遅い時間だった。
「お疲れ様でした。」
「アニエスさんもお疲れ、悪いな戻ってきたのに挨拶できなくて。」
「あの混みようでは仕方ありません。」
接客しているタイミングでアニエスさんが外から戻ってきたのだが、目線を合わせるだけで声をかけることはできなかった。
安定期に入りみるみるうちに大きくなって行くお腹を抱えながら魔物を狩る姿は街でも噂になっているが、本人は特に気にしている様子はない。
先生からも適度に動くように言われているし、エリザもそうだったが彼女たちの適度の基準は俺たちが思っているよりもだいぶ斜め上にあるようだ。
「外はどんな感じだった?」
「街道は人で溢れて馬車が渋滞するぐらいでした。」
「そんなにか。」
「途中で聖騎士団が声をかけて歩く場所を指定したおかげでなんとかなりましたが、普段街道を歩かないような方々が護衛をつれてっていうのが多いようですね。」
なるほどなぁ、携帯食料を買って行くような面々が街道に溢れているって感じか。
どういう理由かは知らないけれど突然始まった旅ブーム。
それも南方!とか北方!って感じではなく近隣の景色のいいところに行って、王都で見れないようなものを見て帰ってくるようなライトな旅。
しかも自分の足で歩いてしかも野営をして目的地へ行くのが今のトレンドらしい。
元の世界でいうキャンプブーム的な物に近いのかもしれないが、向こうと違って危険な魔物が出るこの世界でそれが広まるとはちょっと信じられない。
まぁその為に冒険者に護衛依頼を出しているようで向こうでもちょっとした特需になっているんだとか。
このブームが落ち着いたら、しこたま稼いだ冒険者がまた店にやってくるだろうからしっかり在庫を確保しておかないと。
「しばらくはこんな感じで忙しくなるだろうから引き続き肉の確保よろしく頼む。」
「レイブンが重たい獲物も引っ張って荷台に乗せてくれるので助かります。多少皮は傷みますが肉が目当てですからお許しを。」
「レイブンが乗せるのか?」
「はい、ワイルドボアやワイルドカウの足を紐を縛ってやれば器用に引っ張って荷台に乗せてくれます。押さえておけばいいだけなので大助かりです。」
身重のアニエスさんが獲物を運搬する為にレイブンを使ってもらっていたのだが想像以上に良い働きをしてくれているようだ。
あとで美味しい飼葉を持って行ってやろう。
持ち帰った肉はなじみの肉屋に解体してもらい必要なもの以外は全て干し肉に加工する。
かなりの量が売れてしまったので在庫が心配だったのだがこれで無事になんとかなりそうだ。
「あの、王都の近くでいい景色のいい場所を知りませんか?」
短い休憩の後引き続き多くの客がやってきたのだが、そのうちの一人が代金を支払いながら質問をしてきた。
てっきりどこに行くかを決めた上で準備をしにきていると思ったのだがどうやらそうではないらしい。
どこに行くかも風まかせもしくは護衛の冒険者に行き場所を決めさせたりもするのだとか。
そこに向かっている途中で何かあったらと思うと冒険者の心中を察するよ。
「景色のいい場所?」
「どこでもいいのか?」
「欲を言えば海が見えると嬉しいです。」
「ふむ、それなら港に向かう途中に小高い丘があるんだがあそこからなら何にも邪魔されずに海に沈む夕日が見られるだろう。この時期なら翌朝の海もきれいに見えるんじゃないか。」
「そんな場所があるんですね!ありがとうございます。」
あの丘はバーンの背に乗って移動していたときに見つけたのだが、港で話を聞くと街道から獣道が見えるのでそこから登ればそう時間はかからないらしい。
馬車での移動ならあっという間だが徒歩での移動ともなると一日はかかるだろう。
幸いにも凶暴な魔物などは出てこないはずなので危険は少ないはずだ。
「獣道の途中にブルブルベリーの実がたくさん生っている木があるんだが、帰りにそれを持ってきてくれると助かる。情報料ってことでよろしく。」
「わかりましたブルブルベリーですね。」
「他にもなにか見つけたら持ってきてくれ、それは買い取りさせてもらおう。」
ただで教えるのもあれなので情報量という名目で近隣で取れる素材の採取をお願いしておく。
自分で手に入れられる距離にあるとはいえ、そこに行く時間がもったいないし冒険者に頼めばその分報酬を支払わないといけないのであまり儲けにならない。
ということで情報量代わりにお使いをお願いしたのだが、どうやらそれが広まってしまったらしくひっきりなしにそういう客がやってくるようになってしまった。
『南方へ行く途中に珍しいものはないか。』
『北の大山脈にある遺跡のような洞窟の場所を教えて欲しい。』
『危険の少ないダンジョンを冒険してみたい。』
なんとも身勝手な要望ばかりではあるのだが、携帯食料などを買ってもらっているだけでなく情報料として頼んだ素材を持って帰ってきてくれるということなのでついつい親切に答えてしまう。
まるで旅行代理店にでもなった気分だが、宿とかを手配する必要がないのでそういう意味では非常に気楽だ。
加えて北に行くなら暖かい毛布があったほうがいいとか、南方に行くなら虫除けを持っていけとか当初の予定にはない物を一緒に提案すると買ってくれる客ばかりなので最初こそめんどくさかったが後半はむしろ率先して聞くようになっていた。
普段は俺の店を利用することのない客ばかりなので新規顧客の開拓という意味でも非常に有意義な商売だと言えるだろう。
「ありがとうございました!」
「毎度あり、気を付けてな。」
情報量代わりに買ってもらった天幕と携帯用コンロなどの冒険者道具一式を抱えて青年は目を輝かせながら店を後にした。
いやー、売れる売れる。
まさかこんなに売れるものとは思わなかったがちょうど在庫を一掃したかったところなので、タイムリーな流行になってくれた。
普段売れないものばかりが売れて倉庫も随分とスッキリした感じ、後は旅行から戻ってきた彼らがどれぐらい店にやってきてくれるかだな。
「中々楽しそうにオススメされますな。」
「そりゃあれだけの道具を買ってくれたんだ、嬉しくもなるだろう。」
「嬉しくなったとて慣れていなければあのようにスラスラと説明は出来ないと思いますが。」
「まぁ昔から実際に行くわけではなかったとしても、もし行ったとしたらって想像するのは好きだった。その御蔭かもな。」
「今でも行きたい場所はあるのですか?」
「んー、バーンがいたときにそれなりに飛び回ったからおおよそ行き尽くしたんだがまた北の大山脈にあった温泉には入ってみたいと思っている。時期的に今ぐらいに行かないと冬は大変なことになりそうだ。」
本格的な冬が来てしまったら山は完全に閉ざされてしまうだろう。
いくらバーンの背中に乗れるとしても寒さを克服できるわけではない。
猛吹雪の中温泉に入って凍死しましたじゃ笑うに笑えないからなぁ。
「温泉お好きですなぁ。」
「命の洗濯だからな、あれは。」
「ほぉ、面白い例えですな。」
「実際温泉でゆっくりした後はまた頑張ろうって気分になるし案外悪いものを流してくれるという意味では間違ってないかもしれん。」
「今度バーン様が来られた際にシュタルク様の所に行かれるのですからそのときに寄られてはいかがですか?」
確かにあそこまで行くのなら寄れないこともないのだが、そういう気分になるかどうかはなんとも言えないんだよなぁ。
事情が事情だけに気持ちが落ちてしまうかもしれない。
いや、そうだからこそ心の洗濯が必要なのか。
まぁ考えておくとしよう。
窓の外を見ると日暮れ前のオレンジ色の光が降り注いでいた。
個人的には城壁の上から見る王都が一番キレイだと思うんだが、あそこは俺だけの秘密の場所なのでお金を積まれても教えるつもりはない。
いや、金貨10枚ぐらい積まれたら考えなくもないがそれぐらいしてくれなければ教えるつもりはない。
空前の旅ブーム、それが落ち着くまではほぼ毎日のように客が訪れ素材の回収と引き換えにとっておきの場所を聞いて出発していった。
戻ってきた人たちからはかなり好評だったので今後もこの方法で素材を集めてきてもらうとしよう。
何も冒険者だけが素材を回収してくれるわけじゃない。
情報という元手ゼロのネタと引き換えに新たな回収手段を手に入れた俺だったが、どんどんと旅への憧れが強くなっていったのは致し方ないことなのだろう。




