1426.転売屋はカキを食す
秋といえば食欲の秋、スポーツの秋、そして実りの秋。
この世界ではスポーツを除いた2つが当てはまるわけだが、食うものが美味けりゃ食欲も出るのは当然のこと。
この時期は何を食べても美味しいんだよなぁ。
なのでついつい食べ過ぎてしまうわけで。
西方との国交が正常化したことで美味しい新米もたくさん入ってきて、なんなら銘柄の違いを楽しめるぐらいだ。
あとは味噌に醤油に基本となるものは全て揃っているので、毎晩色んな食材を慣れ親しんだ味で美味しくいただける幸せ。
まぁ、食事は基本こっちのものなので見た目に違和感があるとか形が思ってたのと違うなんてのは日常茶飯事だ。
この間のウニもそうだし、何なら今回のもそれに当てはまるだろう。
「少しずつ寒くなってくるとカキが食べたくなるな。」
「かきですか?甘くて美味しいですよね。時期的に当たったりしますけどそれでもついつい食べたくなります。」
「甘い?まぁ海のミルクって言うぐらいだしこっちでも新鮮なのは甘くて美味しいんだろう。」
「海ですか?」
んん?
なんだろうこの違和感は、ついこの間も似たような違和感を感じたところなんだがまさかこいつもそうなのか?
「ミラ、カキってどこで手に入るんだ?」
「どこって、そうですね森にも生えていますし稀に草原で植えたのがひょっこり生えていることもあります。かなり丈夫な樹なので風にも負けずに一本だけ生えているのは大抵がかきの樹ですね。」
あぁやっぱりそっちの『かき』か。
漢字で書けばまぁ分かりやすいんだが、俺が思っていたのは牡蠣でミラが思い浮かべたのは柿。
だから話が食い違ってしまったわけだな。
でもまぁこいつに関しては元の世界でもよくある話だし、けっして異世界だからというわけではない。
「じゃあ海の中のカキは?」
「すみません海の中というのがよくわからなくて。」
「じゃあゴツゴツしてて食べたらたまに腹を壊すのは?」
「それがかきですよね。」
だめだわからん。
俺の思い浮かべているものとミラの思い浮かべるものが似ているようで似ていないこの違和感は何だろうか。
とりあえずミラのいうやつを探しにグレンを連れて市場へと向かったわけだが、その一角に見覚えのある奴が置かれていた。
ゴツゴツとした石のような見た目をした二枚貝。
これこそが牡蠣でありカキでもある。
ほら、やっぱりあるじゃないか。
「あ、あれですよ。」
「あれがカキなのか?」
「はい、あれがかきです。」
だめだややこしすぎる。
この二枚貝がどこをどうやって木の上になるというのだろうか。
どこからどう見ても水性生物、海の中が基本だろう。
周りを見渡すと別の店に似たようなものが置かれているのに気づいた。
見た目はどう見てもカキ。
だが色がかなり黒く元の世界では見かけない感じだ。
「あれはなんだ?」
「あれはクレイジーオイスターですね。」
「そういえば向こうで見たのもあんな感じだったな。」
「当たってしまい腹痛を起こすのは怖いですけど美味しいですよね。」
「だがこいつも当たるんだろ?」
「はい。中がものすっごく渋くて思わず吐き出してしまうぐらいです。でもそういうのを干すと渋さが甘くなって美味しいんですよ。」
頭が混乱しておかしくなりそうなのを必死に抑えて情報を整理していく。
俺がカキだと思っていたのはこっちでいうクレイジーオイスターで、ミラがかきだというのがカキと同じような見た目のやつ。
見た目こそあれだが中身は果物の柿と同じで渋いやつとかがあるらしいので間違い無いだろう。
全くややこしいったらありゃしない。
とりあえず現物を確認したいのでいくつか購入してから店に戻る途中、珍しくグレンがオモチャを欲しがったのでそれを買って帰路についた。
ぶっちゃけかなりの重さで袋を持つ指がちぎれるんじゃないかって思ったのは内緒だ。
「おかえりなさいませ。おや、立派なかきですね。」
「見ただけでわかるのか?クレイジーオイスターかもしれないだろ?」
「それでしたらもう少し黒っぽいですからなぁ。」
「うーむ、わからん。」
店に戻ってきてすぐにジンはかきとクレイジーオイスターの違いに気づいたらしい。
たしかによく見ればわかるかもしれないが遠巻きに見たときに気づける自信は正直ない。
とりあえずカウンターの上にかきを転がして近くでよく見てみるも、どこからどう見ても二枚貝のソレなんだよなぁ。
『かき。分厚い殻に覆われた実をつけることで有名な果樹。クレイジーオイスターと見間違えられることもあるが、海の中と陸地で取れるもので中身は全く違っている。当たり外れがあるという意味でも近しいところはあるものの、その味わいは全く異なる。熟して殻がボロボロになってくると食べごろと言われている。最近の平均取引価格は銅貨80枚、最安値銅貨67枚、最高値銀貨1枚、最終取引日は本日と記録されています。』
鑑定結果もやはりかき。
結果上ではクレイジーオイスターと似ているとのことだが外見はともかく中身は全く違うらしい。
見た感じ殻はぼろぼろになってきているからそろそろ食べごろなんだろう。
しっかし、これが木の上から落ちてきたら大怪我どころじゃ済まないと思うんだがそこんところどうなんだ?
「どうやって食べるんだ?」
「閉じられた殻の隙間にナイフを入れて、両端の方にある節を切ると殻が開きます。」
「そういう部分も似てるのかよ。」
「これはいい感じに熟れていますからおやつにしましょう。」
ナイフを取り出しミラの指示を聞きながら隙間に刃を入れていくと、確かに横にたどり着いたところで何か硬いものを切り裂く感触があった。
続いて反対側も同じように切っていくと、硬い感触を切り裂いた瞬間に閉じられた殻が勢いよく上下に開いた。
中には柿色の実と溢れんばかりの汁。
指についたのを舐めてみるとかなり甘くて美味しかった。
「汁はこちらにお願いします、捨てるのはもったいないので。」
「了解。」
「見事に熟しておりますな、これは期待できそうです。」
「何をだ?」
「もちろん食べるのをです。昔渋いものを食べさせられたことがありましてな、あれはもう大変でした。」
強欲の魔神であるジンになぜそんな物を食べさせたのかさっぱりわからないが、魔神のお墨付きがでているのなら安心だろう。
殻の半分を器にしてそのままナイフで切り分けていく。
見た目は牡蠣の中身とほぼ同じ形だが色は柿の色で味も柿。
ということはこれは柿ということになるのだが、外見は牡蠣なんだよなぁ。
何切れか食べ終えたところで、奥で作業をしていたミラが何かを手に戻ってきた。
「お待たせしました、かきの汁を使った薄焼きです。」
「さっきの汁を小麦に混ぜて焼いたのか。」
「それをこうやって、こうすると・・・。」
ミラが持ってきたのはクレープ生地のような薄く焼かれた生地。
その上に切り分けたかきの実を乗せてくるくると巻けば、見た目にも可愛らしいかきクレープの出来上がりだ。
生地は甘く、ほのかにかきの味がする。
そうかと思ったら塊を噛んでじゅわっとした果汁が一気に口いっぱいに広がるという中々に贅沢な食べ物。
うーむ、ただ混ぜて焼いただけなのになんでこんなに美味しいんだろうか。
「これは美味い。」
「ありがとうございます、向こうでは中々手に入りませんでしたが母がどこからか手に入れてきて秋のたびに一回はこうやって食べていたんです。」
「確かに向こうじゃ木を見つけることがないからなぁ。」
「熟したものは鳥たちが先に食べてしまうことが多いですし、こうやってお腹いっぱい食べられるだけでもありがたい話です。」
価格だけ見ればそこまで希少なものではないのだが、時期と場所を考えるとまだまだ食べたことがないという人も多いだろう。
今はシーズンなのでこれからもっと数は増えてくるし、殻に入っている間は冬まで日持ちするそうなのでしばらくは買い付けをメインで行って少しずつ放出、そうすればこの美味しいものを長い事食べられるというわけだ。
せっかく美味しいんだから一回で終わるのはもったいない、他のバリエーションも増やして行ければそれを目当てに買いに来てくれる人も増えてくるはず。
そうなれば出店を出して一儲けってのもできるだろう。。
「うちの森にもあると思うか?」
「探せばあると思います。」
「こんなに美味しいんだし収穫量が良ければ売り出してもいいかもな。とはいえさっきのまま売るだけじゃ儲けらしい儲けも出ないし、ここは一つ・・・。」
「トッピング作戦ですな。」
俺が言う前に言うなよ。
まぁそうなんだけどさ。
ただ売るだけでは何の面白味もないし、利益もない。
それならば利益になるものをたっぷり乗せてもらってそこで稼ぐのがこう言う商材の常套手段。
チーズや蜂蜜、サッパリさせるならレレモン。
あとは野菜系も甘さを少しサッパリさせつつ食べ応えも出てくるだろう
結局クレープっぽくなってしまうのは俺の発想力不足が原因だが、まぁやり始めたら新しい何かを思いつくだろう。
まずは動き出すことが重要だ。
実りの秋、森の恵みに感謝しながら自分の懐を暖めていくとしよう。




