1422.転売屋は花の蜜を集める
クレヨンは俺の想像を上回る売れ行きを見せ慌てて原材料を大量に仕入れることになってしまった。
貧民街にも緊急の依頼をかけたのでなんとか製造できる状態を維持できているものの、農繁期なのもあり正直人手が足りているかと言われるとそうではない。
働き手の多い王都でなかったら今ごろ大変なことになっていただろうなぁ。
そんなわけでなんとか量産の算段を立て、ホッと一息つきながらミラが淹れてくれた香茶を口に含んだ。
「ん!なんだこれ、花の味がするぞ。」
「フラワーシロップと呼ばれるものだそうで、キャンドルシードを買い付ける流れで手に入れたものです。」
「香りの弱い香茶に入れるとまるで花を飲んでいるようですな。」
たしかにジンの言う通り香りが弱いとその分花の味が引き立つのでまるで花そのものを飲んでいるような錯覚を覚える。
目を閉じて口の中で香茶を踊らせると何種類かの花の雰囲気を感じることができた。
個人的には一種類にしてほしいんだが世の中そういうわけにはいかないんだろう。
「これはどうやって作られているんだ?」
「トロピリンドルという鳥が巣に持ち帰り溜めているのを持ち帰るそうです。」
「蜂じゃなくて鳥なのか。」
「まるで蜂のような鳥ですな。」
そういや元の世界でもそんな名前の鳥がいたような気がする。
鳥なのにものすごく長い舌を使って花の蜜を吸う小さな鳥、空中でホバリングする姿がよく超スロー再生されていたようなそんな記憶がある。
なるほど、そういうやつが集めているのか。
「ってことは近くに花が咲いていないとダメなんだな。」
「といいますと?」
「いや、これだけ美味しいならもっと手に入ればと思ったんだが花が咲いている場所にしかいなさそうだしこの時期に花を探すほうが難しい。待てよ、ダンジョンなら問題ないのか。」
「この蜜もダンジョンの花畑で取れたものなんだとか、子供の頃に花の蜜を吸ったことはありますがまさかこうやって食べる日が来るとは思いませんでした。」
俺も昔小学校に植えられていたツツジの蜜をよく吸って怒られたっけなぁ。
一人が吸うとみんながそれを真似するから植木の花が全部ちぎられてしまうとかで禁止令がでたのを覚えている。
人は花をちぎらないといけないが鳥はそれをしなくて済むからこそ継続して蜜を回収できるのだろう。
「ミラ、これを追加で仕入れることはできそうか?」
「ある程度はできると思いますが大量には難しいと思います。」
「個人的に欲しいだけだから大丈夫だ、買い付けられるだけで構わないからよろしく頼む。」
「わかりました、まだ市場におられると思いますので聞いてきますね。」
少量でもあれば向こうに持って帰るお土産ぐらいにはなるだろう。
こっちに来てそろそろ一ヶ月、まだまだグレンの訓練が終わらないのでもうしばらくはこっちにいるんだろうけどその時は間違いなく来るだけに今のうちから準備をして置かなければ。
「しかし、これほどまでに美味しいのであればもっと出回っていそうなものですがどうして見かけないのでしょうなぁ。」
「高いからじゃないか?」
「それでも貴族が気に入りそうな味ですぞ?」
たしかにジンの言うように貴族が飛びつきそうな味と見た目なのにもかかわらず、それを自慢するようなやつに出会ったことは一度もない。
金額も高すぎず安すぎずってところだしもっと普及していてもおかしくないんだが。
『花蜜。トロピリンドルが集めた花の蜜を回収したもの。天然物の場合は複数の花の蜜が混ざっており物によっては複雑な味になったりすることが多い。また、毒のある蜜が混ざっていることもあり注意が必要。味と毒の混入を避けるためダンジョン内で飼育されている個体も存在する。最近の平均取引価格は銀貨17枚、最安値銀貨10枚、最高値銀貨42枚、最終取引日は本日と記録されています。』
蜜の入った瓶に手に取るといつものように鑑定スキルが発動した。
なるほど、確かにトロピリンドルという魔物が集めているようだが、なるほど普及しないのはそれが理由か。
たしかに美味しかったとしても毒を食べるわけには行かないし、なにより味が一定じゃないから商品化するのが難しいだろう。
一応安全面を考えて養蜂?いや養鳥?ともかく人工的に花の蜜をブレンドする方法も取られているようだが、それだと特定の人しか手にすることができないので流通しないのも無理はない。
おそらくこれに関しては偶然手に入れたものをミラが買い付けてきてくれたんだろう、鑑定すれば毒があるかはわかるから不要なものを仕入れてくることはないはずだ。
「味が悪くなかったら売れるだけにもっと数が手に入ればいいんだが、この感じだとそれも難しいよなぁ。」
「さすが主殿、これまでも金儲けのネタに使いますか。」
「その場その場での話のネタにはなるかもしれないが、売り続けるなら継続して安全なものを仕入れる必要がある。とはいえ流石に今の状況じゃ流石に無理だ。」
「それならばいっそその鳥を捕まえて好きな蜜を取らせればよいではありませんか。」
「そう簡単に言うが年がら年中花の咲いているダンジョン内にそいつがいる保証はどこにもない。となるとだ、まずはその鳥について詳しく調べる必要があるな。ついでそいつがいるであろうダンジョンの調査と、それから・・・。」
ダンジョン街にあるような温室があればそこで飼育することで一定の蜜だけを吸わせることができるだろう。
だがそれをするには膨大な費用がかかるわけで、この相場価格を考えると大赤字も良いところだろう。
だから誰もそれをやろうとしないんだろうな。
鑑定結果に出ていた飼育されている個体っていうのはいくつもの幸運が重なってこそなし得た結果なんだろう。
もしその幸運を俺が手に入れられたら・・・なんて甘い気持ちで図書館に行った俺を待っていたのは、明らかに実現不可能な現実だった。
「はい、無理!」
「トロピリンドルの花蜜、私も一度だけ飲んだことありますがなんていうか複雑な味でしたね。」
「ラブリーさんも飲んだことあるのか。」
「お客様に頂いたんです。正直美味しいと思いませんでしたが、そういう理由だったんですね。」
「どの花の蜜を吸うかは運任せ、加えて花の好き嫌いもあって望んだ花の蜜を吸わせようとしても拒否して餓死してしまうこともあるとかそれでいてトロピリンドルそのものが珍しいと来たらどうにもならないじゃないか。」
淡い期待を持って調べに意たものの結果は惨敗、いくつもの幸運をクリアしないと花蜜の量産なんてのは不可能だということがわかっただけだった。
うーむ、一体どれだけの徳を積めばダンジョンで同種の花蜜を回収し続けることができるんだろうか。
やれやれ、金儲けになると思ったんだがなぁ。
「そうだシロウさん、花の蜜をお探しならこっちにも似たような魔物がいますよ。」
「ん?」
「ポットアントっていうらしいんですけどこの魔物も花の蜜を集めて巣に蓄えているらしいです。まぁ正確に言えば体内にっていう感じのようですが。」
蟻砂糖ならぬ蟻蜜という感じだろうか、体内にためているという部分が少し引っかかるが魔物の肉を食っている時点で似たようなもんだろう。
紹介してもらった本を詳しく読んでいくとトロピリンドルよりも確実に蜜を手に入れることができそうな感じだった。
それも大量に。
問題があるとすれば規模の大きさ、一匹だけ捕まえるというわけにはいかずまずは巣の中の何百匹という兵隊蟻を相手にしてから巣の中に入っていかなければならないようだ。
その巣も中々に複雑で目的の場所に辿り着く前に別の兵隊アリが戻ってきたりする可能性もあるのでかなり危険なんだとか。
特に回収した蜜を狙ってどこまでも追いかけてくる習性があるらしくかなりの距離を開ける必要があるのだとか。
加えて今のところダンジョンでは発見されていないと来たもんだ。
ということは年中その蜜を確保できないということになるわけで。
うーん、なかなかうまくいかないものだ。
とはいえトロピリンドルの花蜜よりかは確実性が高い、とりあえずそれを目指して準備を始めるとしよう。
「この本は借りてもいいか?」
「大丈夫です。」
「もし手に入ったら今度は俺が花蜜を贈らせてもらうよ。まぁ今回も味の保証はしないけどな。」
「ふふ、楽しみにしていますね。」
ラブリーさんには色々と世話になっているしたまにはこういう贈り物があってもいいだろう。
とりあえず借りた本を元に冒険者ギルドに行って魔物についての詳しい話を集めつつ、他に美味しい話がないかの情報も集めておく。
せっかく遠出をするのだから他に金になりそうな素材を集めるのは冒険者にとって当たり前の事。
相手が相手だけにそっちの準備も怠れないので気合を入れなければ。
これが上手く行けばかなりの金が転がり込んでくるはず。
気合を入れて頑張るとしよう。




