1416.転売屋はひまわりの種を集める
「わふ?」
「ん?どうしたルフ。」
朝方、少し肌寒い風に吹かれながら城壁の周りを散歩しているとルフが首を傾げて立ち止まった。
場所はちょうど王城の裏側。
今は薄暗く日当たりのあまり良くない場所のようだけれど、夏は太陽が高く上がればサンサンと陽の光が降り注いだことだろう。
とはいえ日が当たらなくなれば光合成もできず地に生えた植物たちが枯れていくのは世の摂理。
首をもたげて地を向く花たちの中に一際異質なものがそびえていた。
突然現れた花の壁、いや茎の壁といえばいいんだろうか。
太さは50cmを超えその高さは3mぐらいはあるんじゃないだろうか。
そんな巨大な花が重い頭をもたげて今にも倒れそうになっている。
見たことのあるデザインをしたそいつは近づくなりその花弁を持ち上げようとするもその力もないのか、少しだけ持ち上がったところでまたすぐにうなだれてしまった。
まるでカニバフラワーを彷彿とさせる反応だが、ルフが過敏に反応しないところから察するにもうすぐ死んでしまうのかもしれない。
ゆっくりと近づいてその太い茎に手を伸ばしてみる。
『イラソル。別名太陽の花とも呼ばれる植物系の魔物は、太陽の陽を浴びるとぐんぐん成長しツタを周囲にからませて侵食していくだけでなくその種を撃ち出して攻撃してきたりする危険な魔物。ただし夏を過ぎると勢いをなくしてしまう。種は食用になり、油を搾ることができるため秋を過ぎると取り合いになることが多い。最近の平均取引価格は銅貨20枚、最安値銅貨11枚、最高値銅貨25枚、最終取引日は本日と記録されています。』
イラソル、どう見ても向日葵的な見た目をしたそいつは夏の間さぞ力強く太陽の方を向いていたことだろう。
しかしながら秋を迎えてその役目を終え今は朽ちるのを待つばかり。
鑑定結果を見る限り取り合いになることもあるようだがここにはあまり人が来ないのかその様子もない。
「後は枯れるのを待つばかり、いっその事介錯してやるのがこいつのためか?」
ぶんぶん。
「だよな、お前もそれでいいか?」
「・・・・・・。」
ま、反応はないよな。
とはいえこのままっていうわけにもいかないし、せっかく見つけたんだからありがたく使わせてもらうのがこいつのためにもなるだろ。
ちょうど手元にはこの間作ってもらった小刀が1本。
あまりの切れ味に護身用にはもったいないのだが、いつ何時何があるかわからないのがこの世界。
まさにこういう時のために使うべく持ってきた小刀を項垂れるイラソルにあてがうと一瞬だけビクッとしたが、覚悟を決めたように再び静かになった。
後は軽く力を入れて引くだけ。
まるで豆腐でも切るような感覚でナイフが茎に吸い込まれていき、いとも簡単に反対側へと切り抜けてしまった。
自重に耐えきれず上の方からまっすぐ後ろへと倒れていく。
植物の魔物なので血は出ず断末魔もないようなので、そのまま残りの7本を1本ずつ切り倒していく。
あっという間に巨大な向日葵達が大地に転がり、その頭部に蓄えていた種たちが大地に飛び散った。
どれ、あとはこいつらを回収するだけだ。
とはいえあまりにも数が多いので、ルフに留守番を頼んで急ぎ店に戻りジンとアティナに助っ人を頼む。
三人で手分けをしてイラソルの種をビッガマウスの頬袋に押し込むことその数10袋。
いやー、大漁大漁。
「すごい量ですね。」
「秋になって日当たりが悪くなったせいで弱っていたのを王城の裏で見つけたんだ。せっかく見つけたんだしなにかできないかって考えているんだが何がいいと思う?」
「イラソルといえば油が有名ですがこの量だと少量しか取れなさそうです。」
「これだけあってもダメなのか。」
「すべて絞れば私達だけの分は確保できると思いますが、商用にするにはこの100倍ぐらいはほしいところですね。」
この100倍ともなると向日葵畑ぐらいの広さがないと難しいということだ。
ただの向日葵なら観光地に何万本!っていう謳い文句で植えられていたこともあったが、この世界ではこう見えて魔物の一種。
全高3mを超えるような向日葵が1000本一斉に種を飛ばしてくるとか恐怖以外の何物でもない。
ただの向日葵と侮るなかれ、こいつら人を殺せるからな。
ということで油を搾って売るのは現実的じゃないので大人しく別の方法を考えるとしよう。
「となると別の方法でこいつらを有効利用しなきゃいけないわけだが、なにかいい案はあるか?」
「食べればいいのではないでしょうか。この大きさであれば殻を割ってそのまま食べても十分美味しいと思いますが。」
「なるほど、元々食用っていう話だしたしかにこの大きさならそれなりに腹も膨れるだろう。とはいえそのまま食べてもなぁ、せっかくなら美味いものを食いたいじゃないか。」
殻を割るのはさほど難しくないが、所詮はただの種なので味付けされているわけでもない。
確か元の世界で炒めたりすると美味いっていう記事を読んだことがあったはず、少し工夫は必要だろうがとりあえずやってみるとしよう。
「さぁイラソルの種を使ったつまみはどうだ?岩塩の塩気とペパペッパーの刺激が癖になるぞ、他にもストロングガーリックやゴゴマ油を使った変わり種もあるぞ。一皿銅貨20枚、数量限定よかったら食べていかないか?」
秋のお昼間、程よい太陽の刺激が心地良い市場に食欲をそそる香りが広がっていく。
横のコンロではストロングガーリックがオリブルの油で炒められており、アイアンタートルの甲羅の上をいい香りと音を立てながらイラソルの種が一緒に踊っている。
オリブルの油にストロングガーリックの香りを移し、そこにイラソルの種を入れてやれば最高のつまみの出来上がりだ。
王道の塩とペパペッパー、ゴゴマの油でちょっと中華風にするのも案外美味しかった。
あまりに試食が進みすぎて食べすぎてしまいそうになるのをぐっとこらえるのが大変だったが、これも金儲けのためとぐっと堪える。
「いい匂い、これはお酒のおつまみだけしかダメかしら。」
「別にそういうわけじゃないぞ、ストロングガーリックで炒めたやつなんかはサラダの上に乗せても悪くない。王道の塩とペパペッパーは他の肉と一緒に食べてもいいだろう。」
「色々と使い道があるのね、それじゃあ3つともいただけるかしら。」
「毎度あり!」
最初に買いに来てくれたのは以外にも上品な奥様だった。
どう見ても酒を飲むという感じではなさそうだが熟練の主婦という雰囲気がこの人ならいい感じの料理に仕上げてくれるだろうと思わせてしまう。
それを見た他の奥様が私も試食させてとやってきては一つ二つと買っていく。
当初の予定ではつまみとして冒険者が買っていくのを予想していたのだが、いい意味で予想を裏切る感じになってくれた。
お昼間から売れはじめ、かなりの量があったにも関わらず夕方にはほとんどの味が売り切れてしまった。
恐るべし主婦の力。
でもまぁ完売してくれるのならば誰が買おうと文句はない、むしろ別のターゲットを見つけられたので良しとしようじゃないか。
「まさかこんなに売れるとは思いませんでした。」
「これもアティナの助言があってこその結果だ、ありがとな。」
「ただのイラソルの種も少し手を加えるだけで最高のおつまみに生まれ変わる、中々の儲けになりましたな。」
「一足先に冒険者ギルドへ依頼は出してあります、今は秋の初めなのでまだ手に入るかもしれませんがもうしばらくするとそれも難しくなるかもしれません。」
季節物の商材は旬をすぎると全くと行っていいほど手に入らなくなる。
もちろんダンジョンという天然の温室?を使えば、季節に関係なく手に入れることはできるけれどやっぱり天然物には叶わないんだよなぁ不思議なことに。
とりあえずミラが依頼を出してくれたらしいのでできるだけ量を買い付けて、売れ行き次第でダンジョン産の物を買い付けるかどうかを考えよう。
俺的には油も絞ってみたいんだがそれができるだけの量が持ち込まれるかどうかはわからない。
どこかにひまわり畑的な物があれば解決するんだろうけど、俺がする前に誰かがもうやってるんだろうなぁ。
ま、その時はその時か。
「ま、手に入れば万々歳なければないで別の素材を使って代用するという手もある。個人的には飲み屋につまみとして卸したいところなんだよなぁ、この味なら間違いなく売れると思うんだが。」
「別の素材にあてはあるんですか?」
「あると言えばある。アリエチナムの実が少し大きいが似たような味と見た目をしているからそれを流用すればいい。あれなら比較的簡単に手に入るし値段も安い。ん?ってことははじめからこれで作って飲み屋に流せば在庫切れを心配する必要もないのか。」
加えてイラソルの方は特別感を出して一般向けに売り出せば同じ味で二つの販路を持てることになる。
これはすごい発見じゃなかろうか。
どこにでもあるごく当たり前の素材に今新しい需要を作り出せたというわけだ。
世の中まだまだ売れる組み合わせや味付け、調理の仕方などできることはたくさんある。
とりあえずどちらもあって損はないんだから急ぎ依頼を出すことにしよう。
実りの秋、この秋は豆を使った料理が王都を中心として広まっていくのはまた別の話。




