1386.転売屋は秘湯に浸かる
色々終えた翌日。
一眠りしたら気持ちがスッキリ・・・するわけもなく、なんともモヤモヤする中で目を覚ました。
ディーネは達観しているのか龍生経験の成せる技かケロッとした感じで朝から大量の食事を胃に詰め込んでいたが。
「報告もして報酬ももらったんじゃここにはもう用はないのじゃろう?」
「まぁそうなるな。とりあえず街道を北上して大きな街に出たいところなんだが。」
「わざわざ道沿いに飛ぶことはなかろう、一直線に一番大きな街に行けば良い。」
それはそうなんだがなぁ。
折角なら途中の街で色々と買いつけたいと思ったのだが、よくよく考えたら荷物を運べるバーンがいないので買ったところでどうしようもない。
もちろん陸路で運んでもらう手もあるけれどそれをすると輸送費がかかってしまうのでその分原価を圧迫してしまう。
それならばバーンが戻ってくるのを待ってからでも遅くはないだろう。
「それもそうだな、まずは北に向かうか。」
「それがよかろう。女将に聞いた話では向こうにはディヒーア寄りの大きいレインディアを使った肉料理がたくさんあるそうじゃ。精もつくらしいぞ。」
「このメンタルでそれはちょっと、でもまぁ肉を食えば元気にもなるか。」
鬱には肉がいいと聞いたこともある。
肉を食えば元気になり元気になれば心も前向きになる。
そんなわけで早速荷物を片付けて一番大きな街へと北の大山脈を一直線に飛び越えることにしたわけだが、そうならない場合もあるわけで。
飛行をはじめて数時間。
いい加減跨っている股間が痛くなっていた頃、眼下に気になるものを見つけた。
真っ白い雪の山に突然見えた白いモヤ。
最初は雪崩でも起きたのかと思ったのだがその真下だけ雪がない。
「ディーネ、あそこに降りてもらえるか?」
「あの白いモヤのところじゃな。わかったすぐに向かおう。」
一度通り過ぎた後、ぐるっと旋回して魔物がいないかを確認、それからゆっくりと高度を下げていくとモヤは真下の泉のようなものから登っていることがわかった。
これはあれだ温泉だ、っていうかそれしかないだろ。
最近噴火がおきたっていう話だったし地下水が噴き出してもおかしくはない。
とりあえず少し離れたところに下ろしてもらってディーネに毒が満ちていないかとかを確認してもらう。
噴火とともに毒性のあるガスが溜まっているっていう話も何かの本で読んだことがある。羽ばたき一つで吹き飛ばせるものではあるが念には念をというやつだ。
「問題なさそうじゃぞ。」
「よし、後は水を鑑定して入れるかどうかの確認だ。ディーネは大丈夫でも俺が大丈夫じゃない可能性の方が高いからな。」
古龍には耐えられても脆弱な人間には厳しいなんてものは山ほどある。
かなり水温は高そうだが周りの雪を山ほどぶち込めば何とかなるだろ。
多分。
『雪解け水。長年降り積もった不純物の少ない雪が地下から噴き出した高温の湧き水に溶かされたもの。岩石成分が溶け出し温度が高い。最近の平均取引価格は銅貨3枚、最安値銅貨1枚、最高値銅貨5枚、最終取引日は本日と記録されています。』
毒性はないようなので雪の塊を作ってそれを一気に押し込むとみるみるうちに湯気が少なくなり、いい感じの温度に落ち着いた。
周りは雪、それ以外には何もないまさに秘湯という名にふさわしい場所のようだ。
誰に見られるわけでもないので荷物を下ろして急いで服を脱ぎ、ゆっくりと温泉に体を沈めていく。
雪の下が土ではなく岩なのが幸いしてか足が沈んでいく感じもない。
「あーーーーー、あったけぇぇぇ。」
「シロウは本当に風呂が好きじゃなぁ。ただの湯浴み・・・ではなさそうじゃ。体の奥から暖かくなっていく感じがするぞ。」
「それが温泉ってもんだ。」
狭い風呂と違って伸び伸びと足を伸ばしながら抜けるような青空を仰ぎ見つつその奥に連なる雪の山を眺める。
絶景とはまさにこのこと、それを見ながらの温泉とか最高以外の言葉が見当たらない。
いつもは何かしらやらなければならないことがあるのだが、予定通りじゃなくても文句を言われない旅なのでたまにはこういうのもいいだろう。
横を見るとディーネが楽しそうに温泉の中を泳いでいる。
こんなことをしても誰にも怒られないし、そもそも迷惑をかけてないんだから好きに浸かればいいんだよな。
もちろん他人がいるときは御法度だけども。
昨日はあんなことがあって心が荒んでしまったが綺麗さっぱりなくなってしまったように感じる。
命の洗濯とはまさにこのこと。
あーーー、気持ちがいいなぁ。
何も考えずちょうどいい温度の湯に浸かりどれぐらい経っただろうか。
何度か湯の外で体を冷ましながらもいい加減ふやけるんじゃないかってぐらい入っている。
そろそろ上がろうか、そんなことを考えているとさっきまでも泳いでいたディーネの姿が見えなくなっているころにきがついた。
まさか溺れたか?と湯の中に顔を突っ込むと、ちょうどこちらに向かって潜水してきた彼女とバッチリ目が合ってしまった。
なんだよ元気そうじゃないか。
「シロウ、こんなものが沈んでおったがこれはなじゃ?」
「随分と白いな。かなりあるのか?」
「最初は雪かと思ったのじゃがよくよく考えればそんなわけもない。足元全部これが沈んでおるぞ。」
ディーネに言われて改めて湯に顔を突っ込むと、茶色い土の下に確かに雪のような白いものが見える。
因みにディーネが持ってきたのは拳大の大きさをした塊だ。
わからなければ鑑定すればいい、ってことでそれを受け取ってスキルの内容を確認する。
『ラズニェソルト。岩塩が長い年月をかけて地下水にしみこみ、それがまた圧力を受けて固まったもの。通常の岩塩よりも滑らかで地下で温められた地下水と共に見つかる事からこの名前が付いた。放置すると湧き出すお湯に溶けてしまうため中々見つかることは少ない。最近の平均取引価格は銀貨5枚。最安値銀貨2枚、最高値銀貨7枚、最終取引日は19日前と記録されています。』
鑑定結果だけではよくわからないが、おそらくは温泉と一緒に湧き出す塩という事なんだろう。
普段は土の中だから溶けないけれど、このまま温泉に沈んでいるといつの間にかすべて溶け出して無くなってしまうらしい。
なるほど、軽くなめてみて塩味を感じたのはそのせいだったのか。
「温泉、しかも湧き出てすぐの所でしか手に入らない珍しい塩らしい。そのまま置いておくと溶けてなくなるんだとさ。」
「高いのか?」
「まぁそれなりの値段で取引されているな。」
「放っておいて消えてしまう物ならすべて回収してもバチは当たるまい。ほれ、シロウ手伝うがいい。」
「へいへいわかったよ。」
喜んで温泉の中に潜るディーネを追いかけるようにして俺も湯の中に身を沈める。
疲れを癒しに来たはずなのに疲れる事をするのはこれ如何に。
まぁ金になるんだから惜しむ必要もないんだが、こういう部分が俺らしいというかなんというか。
ジンに続いてディーネもすっかり染まって来たもんだ。
足元を真っ白に染めていたラズニェソルトを根こそぎ回収していると、其れと一緒に噴き出したと思われる鉱石をいくつか発見することができた。
その中には金の鉱石もいくつか混ざっている。
そういえば温泉地の近くで金が見つかったっていう話もあったし、逆に金鉱脈を掘っていたら温泉に当たったっていう話も聞いたことがある。
もしかするとこの下には莫大な金鉱脈が眠っているのかもしれない、しれないがわざわざ掘り起こすとなるとかなり大変なのでそんな面倒なことをするつもりはない。
っていうかこんな人里離れた山の中で穴を掘るとか正気の沙汰じゃないよな。
「やれやれ、これで全部か。」
「中々の量じゃな、流石にこれは一度では難しそうじゃ。」
「そりゃそうだろう。場所はわかっているし、何度か往復するしかないだろうな。別に置いていってもいいんだぞ?」
「私を心配しているのであれば遠慮は無用じゃ。疲れたらまたここで休めばいいだけの話、往復するのは別に苦にならんぞ。」
ディーネはそういうけれどバーンのように箱に入れて運ぶわけでもないので一回で運べる量はたかが知れてる。
金になるとわかっているとはいえ往復するのも大変なわけで。
とりあえず全裸でい続けると風邪をひいてしまうので程ほどの所で服に着替え、適当に腹ごなしをしていた時だった。
雲一つない青空が突然暗くなり、巨大な何かが太陽を遮ってしまった。
慌てて顔をあげるとそこにいたのは巨大なワイバーン、その足にはもちろんいつもの木箱がぶら下がっている。
「トト!ハハ!」
「バーン!よくここがわかったな。」
「二人の気配はすぐにわかるよ。すっごい大きなお風呂、でも熱そう。」
「バーンも入るか?」
「僕熱いの嫌い。」
王都に北方を回る事情を説明しに行っていたバーンとここで合流できるとは思っていなかったが、そのおかげでこれだけの荷物を一回で運ぶことが出来そうな感じだ。
釣ってきたのは大型木箱、中にいろいろ入っているようだがラズニェソルトを入れてもまだまだ余裕はありそうな感じだ。
積み込んでいる間ゆっくり風呂でもと思ったのだが、どうやらバーンのお好みではなかったらしい。
熱いの嫌いとは言うけれど水浴びもあまり好きじゃないんだよなぁ。
父としてはこの気持ちよさをぜひ味わってほしいんだが、無理強いして嫌いになられても困るのでもう少し大人になるのを待つとしよう。
誰も知らない俺達だけの秘湯。
北方にいる間は何度か利用させてもらうとするかな。




