1384.転売屋はゾンビから剥ぎ取る
清潔な床をコツコツと靴音を響かせながら進んでいく。
これがダンジョンでないって言うのが驚きだよな、入り口はあんなに狭いのに中はものすごく広くそのすべての壁と床がリノリウムのような感じになっている。
綺麗というか無機質というか難しいところだが、普段から洞窟といえば土と岩と泥しかない場所なので違和感が半端ない。
「ヴァンピールたちが近づきたくない場所ってことだが、いったいなんでなんだろうな。」
「見た目は非常に綺麗じゃが正直私も長時間はいたくない場所ではある。静かすぎて気持ちが悪い。」
「確かに清潔感ありすぎるのも違和感だよなぁ。」
多少ごちゃごちゃしてる方がリアリティがあるというか生活感があって落ち着く感じがするのだが、同じ景色が続きすぎてまるでゲームや映画の中を歩いているような錯覚を覚える。
本当に前に進んでいるのかそれとも同じ場所を歩かされているのか、そんな事を考えてしまうぐらいに同じ光景が続いていたのだが文句を言っていたディーネが再び足を止めた。
「む、この先に何かおるようじゃ。臭うぞ。」
「俺か?」
「シロウはむしろいい匂いじゃが、死臭がする。」
「俺にはさっぱりわからないが今までの感じからするとリビングデッドか何かか。」
「そんな感じじゃろう、しかし死臭はすれど腐臭はせんのは何故じゃ?」
「俺は臭くない方がありがたいけどなぁ。」
死臭のする魔物といえばゾンビ的なリビングデッドが有名だが、あいつら腐ってるから普通に臭いんだよなぁ。
アティナの遺跡に行った時も大量にいたけれどあの時も不思議と匂いは少なめだった。
恐らくは密室に近い空間で腐食していなかったからだろうけど、ここは空気も通っていたし腐っていてもおかしくないんだが。
そんな事を考えながらゆっくりと通路を進むと今度はズルズルと何かをこするような音が聞こえてきた。
ディーネが露骨に嫌な顔をしているのが後ろからでも見て取れる、リビングアーマーは問題ないようだがこいつらはあまり戦いたくないようだ。
「おー、大量だな。」
「気を付けたほうが良い、あやつら普通ではないぞ。」
「というと?」
「死臭と共に呪われた臭いがする。」
丁度L字に曲がった通路の先に顔だけ出すと大量のリビングデッドが徘徊していた。
見た目は完璧に病院を徘徊するゾンビだが、ダンジョンで見るのと違って服は破れてないしそれどころか貴族が着るような服を身に着けているのもいる。
髪はさらさらで見えている部分が腐食している感じもない。
ディーネに忠告されなかったらぱっと見一般人にしか見えないが、歩き方がやっぱりゾンビなんだよなぁ。
「という事は近づかずに殲滅がベスト、燃やすか?」
「それは構わんが空気が薄くなっても知らんぞ。」
「それもそうか。」
閉鎖空間での火器の使用はご法度、という事は物理的にどうにかしなければならないわけだがディーネが近づきたくないという事は近接戦闘も避けた方が良いんだろう。
ってなわけでここは俺の出番というわけだ。
『ブレードシード。鋭い刃のような種を落下させて下にいる生き物を攻撃し養分とする危険な植物の種。下を歩くときは鉄の板を下から支えながら歩く必要があると言われているが、その木の周りだけ異様に植生が旺盛な為見分ける事は比較的容易なので避ければ問題はない。スリング用の弾としてよく用いられる。最近の平均取引価格は銅貨15枚、最安値銅貨10枚、最高値銅貨22枚、最終取引日は本日と記録されています。』
通常大量の魔物を攻撃するときはボムツリーの実などを使うのだが、火気厳禁ともなれば物理攻撃しかない。
それでいて通常の弾では痛覚のない魔物には効果が薄いので、今回は物理的に移動手段を削ることにした。
片刃の剃刀のような四角い実をスリングに番え、片膝をついて体を固定して狙いを定める。
目標は奴らの膝から下。
走るゾンビは今の所見たことないけれど、元の世界ではそんな映画もあった気がする。
ともかくあいつらの機動力さえ奪ってしまえば後は煮るなり焼くなりし放題って、どっちも出来ないのか。
ともかくだ、こいつを使って近づけなくすれば後は棒でも使って頭をつぶしていけば大丈夫なはず。
思い切り引っ張ってから指を離すと鋭い刃となって奴らの足元に襲い掛かり、わずかな抵抗の後いともたやすくその足を切り裂いていった。
突然のことに何もわからずその場に膝から落ちるゾンビたち。
もちろんこちらに気付き近づいてくるものの、後はひたすら同じことを繰り返して近づかせることもなく機動力を封じることに成功した。
が、倒したわけではないので一度リビングアーマーの所まで戻り棒のような長い奴を何本も抱えて手前の奴から順番に頭をつぶしていく。
見れば本当に腐った感じがない。
綺麗な顔をしたままの老若男女の頭をつぶしていく作業は流石にメンタルに来るものがあったが、空虚な目を向けて俺に向かって歯をむき出しにするのを見ると間違いなくゾンビだなってわかるので少し心がほっとしたような気がした。
「はぁ、疲れた。」
「シロウはそこで休んでおれ、魔物とわかっていてもこれは堪えたであろう。」
「まぁなぁ。というかこれは本当に魔物なのか?」
「正確に言えば元は人、いやヴァンピールといったほうがいいやもしれん。」
「そうなのか?」
「この牙を見るがいい、狼人族ですらここまで鋭い牙は持っておらんぞ。」
頭の部分だけつぶれた死骸の口をディーネがめくると、上下に鋭い犬歯が見て取れた。
それをポキっと軽く折り、差し出してきたのを恐る恐る受け取るといつもの通りスキルが発動する。
『ヴァンピールの牙。生き血を吸うのに特化した形をしており、鋭く差し込んだ部分から血をすすりやすいようになっている。かつて忌み人として扱われた彼らヴァンピールの牙は呪いや飾りとしてもてはやされたこともあったが今では迫害の影響でその数を減らし手に入ることはまれである。最近の平均取引価格は銀貨15枚、最安値銀貨6枚、最高値銀貨19枚、最終取引日は85日前と記録されています。』
ふむ、確かにヴァンピールの牙のようだ。
前に絶滅危惧種的な扱いになっていたのは過去に迫害を受けて少なくなってしまったのか。
本人曰く不死ではないもののかなり長命だという事だったが、ここにいる人たちは何故こんなことになってしまったんだろうなぁ。
「間違いない、ヴァンピールのようだ。でもなんでこんなにいるんだ?」
「理由はわからんが彼らが近づかないようにした理由はこれじゃろう。して、どうする?」
「どうするとは?」
「これだけの宝をみすみす放置するかどうかという事じゃ。さすがにシロウにやらせるわけにはいかんが、ここに置いておいたところで腐って終わりじゃぞ。」
ディーネが言うのは彼らの死体から牙を剥ぎ取らないのかという事なんだろう。
魔物になったとはいえ元は人、そう考えるかもしくは魔物になってしまったと考えるべきか。
この世界に来てすぐの俺なら色々と心をやられてしまう状況ではあるが、今の俺はあの時の俺とは全く違う。
手元に転がる牙を見つめて俺はニヤリと笑みを浮かべた。
「死んだ魔物に人権も所有権もない、っていうかそもそも魔物に遠慮は無用だ。」
「その通り。シロウの金になるのであれば彼らも浮かばれるというものじゃろうて。」
「剥ぎ取りは任せるとして、俺は別の物を回収しておく。」
「別の物?」
あまりにも綺麗なゾンビたちだが、それをよくよく観察しているとある事に気が付いた。
彼らがなぜここにいるのかという問題はさておき誰もが皆着衣に乱れがなく、なんなら宝飾品すら身に着けている。
拉致されたのかそれとも自分の足で来たのかはわからないけれどそういった物を持ったままというのは非常に珍しい事だ。
一応スケルトンとかは武器を持っていたりするけれどリビングデッドは基本素手、更に言えば宝飾品を身に着けているという話は聞いたことがない。
にもかかわらず彼らがそれを身に着けているという事は・・・いや、これ以上は何も言うまい。
さっきも言ったように人間の死体から物を奪う程落ちぶれてはいないが魔物となれば話は別だ。
このまま置いていたからと言ってただ朽ち果てるだけ、其れなら俺の金儲けの役に立ってもらおうじゃないか。
身なりのいい服を着た死体から指輪やネックレスなんかの宝飾品をありがたく回収していく。
その横でディーネが牙を折り、一本一本丁寧に袋に詰めていった。
「やれやれ、やっと終わった。」
「ご苦労さんじゃったな。これで彼らも浮かばれるじゃろう。」
「だといいけど。それと指輪の入った箱と一緒にこんなのを見つけたんだが何かわかるか?」
「文字・・・のようにも見えるがさっぱりわからん。」
「ディーネでもわからないとなるとこれはシュタインさんに見てもらうしかないか。」
ペアの結婚指輪を入れるような小さな箱に入っていたのは片方だけの指輪と折りたたまれた紙。
文章っぽい感じには見えるけれどさっぱり読むことは出来なかったが、なんとなく一緒にしなければならないような気がしたのでそのまま持っていくことにした。
大量のリビングアーマー、そしてヴァンピールのリビングデッド。
次に待ち受けているのは果たして何なのか。
一抹の不安を感じながらも彼らの死体に手を合わせてからディーネと二人、更なる奥へと足を進めるのだった。




