1368.転売屋はインソールを敷く
人が動けば物が動く。
その中にはまだまだ見た事のない物がたくさんあるわけで。
王都に来て6カ月ほどになるが見た事のない物がなかった日がないぐらいに、たくさんの物が王都にやってきている。
俺みたいな商売人は常に新しい商材を探しているので真新しい品を見つけるとついつい飛びついてしまうんだよなぁ。
そう、こんな風に。
「お、なんだこれ。」
「いらっしゃい。靴の実を加工した靴底だ、歩きやすくて足が痛くならない優れものだぞ。」
「へぇ、これ元は植物なのか?」
「不思議なもんでこの形のまんま育っていくんだ。そのままじゃ使い物にならないが、乾燥させるとラバーゴーレムみたいに少しブヨブヨした感じになる。それを靴の形に切って中に入れてやると驚くぐらいに足が痛くなくなるんだぜ。」
靴の形をした不思議なものがいくつもぶら下がっている露店を見つけ、吸い寄せられるように店主に話しかけていた。
インソールっていうんだったか、ジョギングとかする人が入れたりしている中敷き?のようなものだろうか。
触ってみるとゴムのような感じで肌にぴとっと吸い付く感覚があった。
『トゥーフリィヌクス。靴の実とも言われ、靴の形のまま実が大きくなる不思議な植物。かつてはこの実を加工して靴にしたことがあったそうだが、柔らかい素材の為すぐにすり減ってしまうのですぐに使われなくなった。滑り止めとして稀に既存の靴に張り付けられることがある。最近の平均取引価格は銅貨80枚、最安値銅貨65枚、最高値銀貨5枚、最終取引日は本日と記録されています。』
靴の実という名前に負けない見た目と形、まるで靴底がいくつも干されているかのようにも見える。
こんな形の木の実があるとかまさに異世界って感じだな。
どうやら店主のおっさんはそれを加工して自分の靴に合わせてくれるサービスをしているようだ。
「ほんとうか?」
「疑うのももっともだが、まずは実際に体験してみてくれ。まずは靴を脱いでここに立ってもらえるか?」
「ここだな。」
店の前に置かれたちょっと上質な毛皮の上に靴を脱いで乗ると、おっさんが細い棒をもってこっちにやってきた。
「それじゃあこれを両手で持って・・・そうそう、そんな感じだ。そんでもってこれを下に引っ張ると・・・。」
「おっと!」
両手をだらんとしたまま棒を持っていると、その棒をオッサンが掴んでゆっくりと下に向かって力をかけ始めた。
最初は力を入れて耐えることは出来たけれど、それを正面、右、左、最後に後ろと順番にやっていくと前以外はすぐにふらついてしまう。
「とまぁ、こんな感じで下に向かって押されると結構簡単にふらつくもんだ。それじゃあこの靴の実の上に乗ってみてくれ。」
「お、結構固いんだな。だがぴったり吸い付いてくる感じがある。」
「そういうもんだからな。それじゃあさっきと同じ感じで行くぞ。」
「お?おぉぉーーー!!」
靴の実を敷いた状態でさっきと同じように棒を押されたのだが、面白いぐらいに体が動かない。
前だけでなく横と後ろもかなりの力で耐える事が出来た。
なんだこれ、無茶苦茶凄いな。
「どうやらわかってくれたみたいだな。」
「つまりは柔らかい所で踏ん張れないのを踏ん張れるようにする感じか。」
「まぁそんな風に思ってくれ。加えてこの絶妙な柔らかさで足を守るから長時間歩いても足の裏が痛くなりにくいし、歩き癖の悪い人も綺麗に歩けるようになるんだ。まさに人の足に合わせる為に生まれてきた植物って感じだろ?」
確かにこれを使うだけでそれだけの効果があるのなら商人とか冒険者にかなり人気が出そうなもんだが、実際そうならないのは何か理由があるんだろう。
「いくらだ?」
「靴に合わせて加工して銀貨5枚。」
「たっか!」
「だがそれに見合うだけの効果はあると思うぞ。こいつを乾燥させられるのは俺だけだし、明日には別の街に行くから買うなら今しかないぞ。」
「とはいえ銀貨5枚はなぁ。もっと安いのはないのか?」
「本当は靴の形に合わせた方が動かなくていいんだが、どうしてもっていうならこっちの未加工の分で合うのがあれば銀貨3枚だ。」
相場スキルで見えた平均価格ってのはあくまでも実の取引価格で、加工したやつが最高値の銀貨5枚なんだろう。
銀貨3枚でもかなり高いが、この効果が本当にあるのなら安い買い物だと考える人もいるかもしれない。
とりあえずSML的なサイズを三種類三枚ずつ買い付けて代金を払う。
渋ってた割に気前よく9枚も買うと思わなかったのか、オッサンは目を丸くしながら代金を受け取っていた。
いい物には金を出すつもりだがそれでもオーダーはちょっとなぁ。
とりあえず買う物は買ったので一度店に戻ってみんなの意見を聞いてみることにした。
「靴の実ねぇ、また変なの買ってきて。いくらったの?」
「一組銀貨3枚。」
「え、高くない!?」
「ただの木の実と考えれば高いが、まぁ効果があれば悪い買い物じゃないんだろう。ってことでこっちのデカいのをジンが、エリザは真ん中、バーバラはこっちの小さいのを頼む。」
とりあえず各々に合いそうなサイズを手渡し、自分の靴に入れてもらう。
少しペタッとしてるので入れにくい感じはあるみたいだが無事に三人とも装着できたようだ。
「どんな感じだ?」
「なにこれ、靴を履いてるのにラバーゴーレムの上に乗ってるみたい。」
「これは中々くせになる歩き心地ですな。」
「でも痛くありませんね。私、巻き爪があるんですけどかばう必要もないですし歩きやすいかもです。」
「ふむ、とりあえず今日一日はいて様子を見てくれ。俺はちょいと調べ物をしてくる。」
履いてすぐに結果が出る物でもないしとりあえず使ってもらっている間に図書館へと向かう。
さっきのおっさんが本当に今日までしかいないのかはわからないけれど、もし本当に効果があるのならわざわざ買い付けなくても自分で仕入れた方が利益がぐんと上がる。
本人は俺にしかできないと言っていたが、乾燥だけでいえばうちの木箱を使えば何とかなるかもしれない。
まぁ、試作は繰り返さないといけないけれどもし効果があるのならまずは冒険者に売り出すとしよう。
その反響が良ければ今度は貴族へ。
正直歩いたりすることはないだろうけどバーバラの反応を見る限り、姿勢が良くなるとかそういう効果も期待できるかもしれない。
見た目を気にする貴族だけにそういううたい文句ならそこそこの値段を吹っ掛けても大丈夫だろう。
ラブリーさんにお願いして靴の実について書かれた本をいくつか見繕ってもらい、中身を確認する。
残念ながらダンジョンでは手に入らず主に南方でのみ自生している植物らしい。
それも海沿いに限るそうなので手に入るかはやってみないとわからないけれど、バーンがよく南に飛んでいるので向こうで探してきてもらうという手もある。
もちろん効果があったらの話だがまた向こうに行くときに探してもらうとしよう。
「そういやラブリーさんっていつも動き回ってるよな。」
「シロウ様のように待ってくれる人ならいいんですけど、忙しい人が多いので。」
「司書の仕事って座ってることの方が多いと思ってたんだが、しかも本を何冊も運ばないといけないし思った以上に重労働だ。」
「そうなんです。重たい本を持つと足とか膝に来るので・・・って、なんだかおばあちゃんみたいで恥ずかしい。」
「ふむ、じゃあこういうのはどうだ?」
さっき買い付けた靴の実を取り出し、ラブリーさんにも使ってもらうことにした。
最初は疑いの目を向けていたが履いた瞬間にその顔にぱっと花が咲く。
「すごいです、なんですかこれ!」
「さっき買い付けた靴の実だ。よかったら使ってもらって、使用感なんかを教えてもらえると助かる。耐久テスト的な物もしておきたいんだ。」
「ありがとうございます。でも高いんですよね?」
「そうだな・・・。ラブリーさんならいくらなら出せる?」
図書館で大きな声を出すのはやめましょうと注意する方が注意されるぐらいのテンションで大はしゃぎするラブリーさん。
その場で飛んで跳ねて動き回ってと大忙しだ。
「銀貨3枚、いえ4枚までなら!」
「とりあえずそれだけの効果があるかしばらく使ってから教えてくれ。」
「でも本当にいいんですか?」
「いつも世話になってるからな、そのお礼みたいなものだと思ってくれ。」
「お礼だなんて、でもありがとうございます。」
いや、マジでいつも無理難題っていうか情報の少ない中で適切な本を紹介してもらって助かっている。
アレン少年といい俺みたいな客相手にほんと大変だよなぁ。
図書館を出た後は他にもあと数人に声をかけて使用感を確認してもらえるようにお願いしておいた。
もちろん俺も靴に入れたままうろうろしていたのだが、いつものような足のだるさを感じなかったのでやはり効果はあるんだろう。
翌日、追加を買いに市場へと向かったのだが残念ながら宣言通りオッサンの店はなくなっていた。
こんなことならもっと買い付けておけばよかったと思う反面、これが良かった時にライバルにならなくて済むのでほっとしている自分もいる。
もちろん耐久度とか効果次第ではあるけれど、これは間違いなく売れる。
っていうか売る。
インソール一つでこれだけ生活が変わるなら欲しがる人はたくさんいるだろう。
輸送費を考えると利益は少なくなるかもしれないけれど、その分数を売ればそれなりの儲けになるはずだ。
生活の質は足元から。
はてさてどんな結果が出るのやら、今から楽しみだ。




