1346.転売屋は魔物の氾濫を予見する
「って事があったから一応気を付けてくれ。」
「この間行ったときはそんな話してなかったんだがなぁ。」
「ホワイトフォックスが目撃されたのはつい昨日の話らしいが、北方にしか出ないようなやつがドロドロになってまでこっちに来るってのは妙な話だ。」
クーガーさんがユミルさんの所にディヒーアを置いていった時に森に起きている異変について教えてもらったそうだ。
この間の虫もそうだが今回はホワイトフォックス、その名の通り真っ白い狐が毛皮を汚しながら泉に逃げ込んできたらしい。
熱さに弱い獣ではないので幸い命に別状はないそうだが、ここ数日森の中であまり見かけないような魔物を多数見るのだとか。
加えてオールダートレント周辺にも迷い込んだ魔物の死骸が増えているらしい。
どれも北方方面から逃げ込んできたと思われることから引き続き向こうで何かが起きているのは間違いないようだ。
今の所はドラゴンのせいじゃないかと言われているんだが、それにしても規模が大きすぎるよなぁ。
オーガやオークが住処を離れてこっちまで来る時点でおかしな話だったのだが、ドラゴンが相手をしないような魔物ですら逃げてきているのが気になるところ。
まるで向こうで何か別の問題が起きているような気がするんだが、それを確認するすべはない。
「何かから逃げてるって感じか。」
「俺も同意見だ。ドラゴンがいるという話だがそれにしては何でもかんでも逃げてき過ぎだろう、ホワイトフォックスなんて奴らからしたら腹の足しにもならないぞ。」
「違いない。」
「ま、そういう事だから気を付けてくれ。それじゃあ俺は家に戻る。」
「ご苦労様、妹さんによろしくな。」
報告を終えたクーガーさんを見送り、土産だと言っておいていった薬草やキノコ類を仕分けしていく。
ついこの間貰って来たばかりだが薬類はいくつあっても困らないのでありがたく使わせてもらおう。
キノコは食用のようなので今日の晩飯にでも使うかな。
「妙な話ですな。」
「あぁ、まるで何か良くないことでも起きそうな感じだ。」
「案外そうかもしれませんぞ。」
「というと?」
「先ほど輸送ギルドに行って馬車の準備をお願いしてきたのですが、なんでも北方周辺の街道で見た事のない魔物が多数目撃されているとか。こちらを攻撃するわけでもなく、怯えた感じだったという話もあります。また、東の街道では逆に普段遭遇するはずの魔物に全く出くわさなかったとか。」
そういう不安を煽るような情報は聞きたくなかったのだが、情報は実態を持たない金といっても過言ではない。
これがあるのと無いのとでは心構えが変わってくる。
常に最悪を想定して動けってよく言うけれど、今まさにその状況なのかもしれない。
「南と西の街道は問題ないのか?」
「そちらに関しては何も。」
「そうか。とりあえず予備のお金を使って市場で保存のきく食べ物を買い付けてきてくれ。あと米だな、一割ぐらい高い値段までは許可するから買い付けてウィフさんの屋敷に置いてもらえるか交渉してきてくれ。」
「食料品をですか?」
「必要になる気がするだけだ、そうじゃないのなら夕食が豪華になるだけの話だろ?」
何かが起きた時に一番重要視されるのは食料だ。
幸いにもここ王都は国中の物が集まる集積地でもあるので食料品に困ることはない。
しかしながらそれは一般的な話であって、その恩恵にあずかれない人も少なからずいるのが現実だ。
その辺をどうにかするのが行政の仕事なのだが街が大きければ大きいほど隅の方に目がいきわたらないんだよなぁ、残念ながら。
「どちらに?」
「ちょっと図書館に行ってくる、今日はバーバラも来ないから店は休みにしていいぞ。」
「それほどまでに重要な調べ物ですか、了解しました。」
店を閉めるってことはそれだけの儲けを捨てるのと同じこと、それをしてでも調べなければならないことがあるのかと聞かれれば答えはYesだ。
臨時休業の知らせを張ってその足で図書館へと向かう。
いつもと変わらず静かな図書館の中をある人を探して歩き回っていると、俺に気付いたのか大きく手を振りながらこっちに来てくれた。
「シロウ様、今日はどうされました?」
「魔物の異常行動について書かれた本を探しているんだ、どっちかっていうと図鑑よりも記録的な物があると嬉しいんだが。」
「異常行動ですか。」
「あぁ、どんな些細な記録でもいいんだができれば王都周辺もしくは北方方面でお願いしたい。」
「ちょっと探してみますので少しお待ちいただけますか?えーっと、確かあっちにそれ系の奴があったような・・・。」
たったこれだけの情報で該当する本を探せる当たり、ダンジョン街のアレン少年をほうふつとさせるよなラブリーさんは。
少し待てと言われたので言われた通り静かに待っていると、奥から三冊の本を手に彼女が戻ってきた。
「先ほどの条件を満たす王都周辺の記録を見つけました、年代はどれも違うみたいで一番古いこれは旧王朝時代の物のようです。こんなに古い本がまだ残ってたんですねぇ。」
「こんなに古い本、俺みたいなのが扱ってもいいのか?」
「持ち出しは流石にできませんけど読む分には構いませんよ。」
「それじゃあ遠慮なく。」
「また何か探し物があったら言ってくださいね、ごゆっくり。」
手渡された三冊の古書を手に近くのテーブルに移動して一番上から読み始める。
最初の奴は商人の日記、二つ目が貴族の屋敷に勤めていた執事の記録、最後のはかなり傷んで来ていて断片的にしかわからなかったがおそらく冒険者的な存在の日記だろう。
パラパラとめくりながら該当の場所を探してその前後を詳しく読みこむ。
書き手が違うので中身も違えば感じ方も違うのだが、客観的に見る事である共通点が見えてきた。
「如何でした?」
「かなり参考になった、ついでにもういくつか頼みたいんだが構わないか?」
「もちろんです。」
ついでに読み解きながら出てきた問題を解決するべく別の本をお願いして、一度図書館を出る。
あくまでもこれは仮定の話、だがもしもそうだとしたらとんでもないことが起きるかもしれない。
それを一人で抱え込むのは流石に無理なのでまずは情報共有をするべく聖騎士団へと急いだ。
「はぁ?」
「そういう反応になるのも十分理解してるが、だが可能性はゼロじゃない。むしろ過去の記録から十分に起こりえる話だと俺は思ってる。」
「確かに魔物の出現場所や種類が変わっていたり、街道に魔物が溢れたりといった異変はこっちでも確認している。だがそれが大氾濫の予兆だっていう確固たる証拠はないんだろ?」
「そんなものがあれば苦労しないっての。」
別件で忙しいという二人に無理を言って時間を作ってもらい、先ほど図書館で仕入れた情報を共有する。
ホリアはなんていうか想像通りの反応を返してくれたがセインさんだけは静かに何かを考えるように俯いていた。
「断片的な情報ばかりだけど普通じゃないのは間違いない。この間の調査でもそれはひしひしと伝わって来たし僕はシロウさんの話を信じるよ。常にドラゴンと戦うと思って行動せよっていうじゃないか、何もせず手をこまねいているぐらいなら空振りでもいいから動いた方が良いと思う。」
「セインはこいつの話を信じるのか?」
「信じるっていうか後手に回るのが嫌いなだけだよ。巡回を増やしたり道具の補充を厚くするだけなら手間もお金もそんなにかからないでしょ?」
「出てくるのがドラゴンならどうにでもなるが弱っちいのが山ほど襲ってくるってのは勘弁してほしいところだ。わかった、とりあえずこっちでも最低限の準備は整えておくから陛下への進言は任せて構わないよな。」
え、そういうのがめんどくさいからここに来たっていうのに、まさかそれをやれと言われるとは思っていなかった。
ぐぬぬ、こんな不確定な内容で話を聞いてもらえるんだろうか。
まぁ、俺と陛下の関係なら普通に会ってくれるんだろうけどそれでも確実という内容じゃないしなぁ・・・。
そんな俺の悩みなんて知るよしもなくホリアとセインはすぐに行動を始めるようだ。
このままここにいても致し方ないので言われた通り王城へと向かい陛下への面会をお願いする。
「それではこちらのお部屋でお待ちください。」
流石に顔パスというわけにはいかなかったが、門前払いを喰らうわけもなく簡単な身体検査の後応接用の部屋へと案内された。
うーむ、ここまで大事にして何も起きませんでしたってなったら非常に申し訳ないんだが。
誰もいない応接室の中をうろうろしながらその時を待っていると、ノックの音の後思わぬ人物の声が聞こえてきた。
「どうぞ。」
「やぁ、久々だね元気だった?」
扉が開いて入ってきたのは陛下ではなく想像していなかった人物だった。
「ガルグリンダム様がどうしてここに?」
「どうしてってそりゃぁ面白いことが起きそうだから詳しい話を聞きに来たんだよ。魔物が氾濫するんだって?ここ最近は随分とご無沙汰だったけどその可能性が高いわけだね?」
「図書館で調べた文献によれば現在王都周辺で起きている問題と同じことが起きていたみたいで、その後魔物が溢れたっていう部分も共通している。ガルグリンダム様はこんな経験あるのか?」
「確か前の氾濫は100年ぐらい前だったかな。もしそれが本当に起きるのならこの情報は大手柄間違いなしだよ。」
別に手柄が欲しいわけではないけれど、ガルグリンダム様自身も過去の氾濫を経験している感じなので王都近辺で起きたのは間違いないようだ。
それがいつどんな規模で起こるのかはさっぱりわからない、だが何もしないよりもした方が後々になって後悔することは少なくて済むだろう。
「因みに手柄だとしたら何がもらえるんでしょう。」
「それは陛下に交渉するしかないねぇ、とりあえずこのことは僕から陛下にあげておくから安心していいよ。それと、周囲の警戒を一段上げておくからひとまず王都にいる間は何とかしてみせよう。」
「ありがとうございます。」
「後は君お得意の事をするといい、一つ助言をするならば100年前の時は城壁内に籠城することになった結果井戸の水位が急に低くなって大変だったんだ。今回もそうなるとは限らないけど用心した方が良いんじゃないかな。」
「水不足、正直王都全員分ともなると途方もない量が必要になりますね。」
人一人が一日に使用する水は二リットルだっただろうか、それが王都全体分ともなると膨大な量の水が必要になる。
逆を言えば今でもそれだけの量を消費しているってことになるんだろうけど今から井戸を掘るわけにもいかないし・・・、食べ物に関しては準備ができてもいざ水となると全く思いつかない。
今日明日でどうにかしなければならないわけじゃないが悠長にしている時間もない。
はてさてどうしたもんか。
陛下への報告を終えた後、家路につきながら頭をフル回転させてその時の行動をシミュレーションし続けるのだった。




