1340.転売屋は懐かしい声を聴く
「どうだ、出来そうか?」
「シロウの頼み、出来るって言いだいけど、さずがに難しい。」
「だよなぁ、本番までおよそ一週間。それまでに100個は流石のシュウでも無理だよなぁ。」
飲み比べ競争をするうえで一番大切な物、それがショットグラス。
今までに似たようなものをたくさん作ってきているだけにもしかすると出来るんじゃないかという淡い期待を抱いてシュウの工房へとやってきたわけだが、残念ながらそう都合よくはいかないようだ。
もちろんそれは想定していたことだしその後の対応についても一応当てはある。
面倒ではあるけれど時間はないし、やれるところまでやってみよう。
「おで、力になれない、すまない。」
「気にするなって急に話を持ってきたのは俺なんだからさ。ちなみに少量なら何とかなるのか?」
「頑張ったら、20個ぐらいは出来る。おで、やるぞ?」
「それは無茶しての個数だよな?」
「・・・そう。」
今や王都で売れっ子のガラス職人が自分の仕事そっちのけでやるような仕事じゃない。
もちろん本人はやりたがるだろうけど、無理やり作った品よりものびのびと作ってもらった品の方が間違いなく品質は上なだけに折角使うならそういうやつを使いたいものだ。
「なら10個だけ頼めるか?一つ銀貨5枚で納期は一週間、少し乱暴にテーブルにおいても割れないような底が分厚い奴を頼む。」
「わかった、おで頑張る!」
「無茶な注文なのに悪いな。」
「おでがやりたいから、シロウはきにするな。」
さっき俺が言ったセリフをそのまま返されてしまった。
上位8人に特別なグラスをプレゼントとかなら話題にもなるだろうし、折角やるなら綺麗なグラスでやった方が絶対に盛り上がる。
透明なグラスは中身がしっかりと見えるから不正がないかとか、そういうのを見極めるのに非常に重要な役割がある。
それを果たしつつ見た目も綺麗で丈夫なガラスともなれば作れるのはシュウぐらいな物だろう。
どのぐらいの参加者が来るのかは不明だが、流石に100個単位のグラスを今から準備するのは大変だし酔っ払い相手の競技になるのでこの間から売り出しているようなコップだと割れてしまう可能性が非常に高い。
なので予選トーナメントで使うのはもっと簡単かつ雑に使っても問題ない奴にするつもりだ。
「なるほど、確かにその量は冒険者が必要ですね。」
「魔物はアティナが何とかするが運搬するのに人手がいる、悪いが5人ほど手配してもらえるか?できればそれなりに自分でも戦える奴だとありがたい、何かあったときに自分で行動できるとなお良しだ。」
「それでしたら中級以上の冒険者がいいでしょうね、ただクーガーさんは別の依頼に出ていて今日は戻らないんです。それ以外の方になりますが構いませんか?」
「問題ない。」
そうか、連絡がつかないと思ったら別の仕事に出ていたのか。
出来れば安心して任せられる人にとも思ったのだが、まぁ片道半日もかからないような近場だしそこまで危険はないだろう。
もし何かあってもアティナがいればどうにでもなるはず。
とはいえ、そうなった時に被害を大きくしない為にもある程度自分で自分の身を守れる人じゃないと不安なのでそういう条件になると必然的に中級以上になってしまうんだよなぁ。
依頼料は高くなるがこれもそういった条件を満たすため、必要経費だと思えばいいさ。
その日の夕方には依頼を引き受けてくれる冒険者がみつかり、次の日の朝一番に目的のダンジョンへと出発することになった。
「むっちゃいい馬車ですね!」
「こんなの乗ったことないです、いいなぁ。これなら長時間乗っても全然疲れないよなぁ。」
「高いんですよね?」
「金貨20枚って所か。」
「「「「「え、そんなに!?」」」」」
移動の最中あまりの乗り心地の良さに冒険者たちは終始ハイテンションで話を続ける。
まだ若い男女5人組の冒険者グループ。
よく見ると五人ともうちの店を利用してくれる上顧客だったので、無事に終わった暁には依頼料の他に買取アップのチケットを提供させてもらうとしよう。
やはり気心の知れた人がいると仕事もやりやすい。
「ん?この声は?」
「ウルフ種のようですね、距離はあるようですので問題はないかと。」
「こんな大きな街道まで奴らが出てくることはないですよ。」
「そうです、出てきたところで返り討ちに合うのは向こうもわかってるしね。」
ふと遠くから狼の遠吠えが聞こえてきた。
左右に広がる森のどっちかから聞こえてきたんだろうけど冒険者の言うように街道自体がかなり広いため、わざわざこんな開けた場所まで来ることはないはずだ。
ルフとアニエスさんがいればなんとなく声の意味を理解できたんだろうけど、残念ながらアニエスさんは体調不良でルフは心配なのかそばから離れようとはしなかった。
先生は大丈夫と言っているもののかなりつらい時期が続いている。
この間陛下の所に行った時は元気だったんだが、妊娠初期はかなり大変なので無理はさせない方が良いだろう。
昼過ぎに目的のダンジョンへと到着し、魔避けの香を馬車の周りに設置してから中へと入る。
一応俺も冒険者の端くれなので一緒になって周囲を警戒しつつ奥へと進んでいく。
「今回の目標はウッドエイプの巣でしたよね。」
「あぁ、奴らが使う木製のコップを拝借する予定だ。ついでにローププラントの蔓とか食用になる木の実なんかを回収できれば申し分ない。戦闘はアティナが受け持つが、倒し損ねたやつなんかは各個撃破でよろしく頼む。」
「まかせてください!」
「あの、他にも使えそうなのがあったら拾っていいんですか?」
「あぁ、もし買い取ってほしいのなら遠慮なく言ってくれ。」
今回の狙いはウッドエイプというサル系の魔物が使う木をくりぬいたコップ、それを再度加工することでショットグラスのような大きさの物を確保することができる。
魔物の中でも知能がそれなりに高く適当に手を出すと痛い目を見るタイプといえるだろう。
とはいえ戦闘能力はそこまで高くないのでアティナの手にかかれば巣を壊滅させることはさほど難しくない。
ダンジョンに落ちている様々物を収集する習性もあるのでもしかすると珍しい何かが手に入る可能性もある。
「では、行きます。」
「気を付けてな。」
「皆様マスターをよろしくお願いします。」
ダンジョン内に突然広がる鬱蒼とした森、この木の一つ一つが彼らの巣であり枝に幾重にも蔓を絡ませることで通路にしたり部屋のようにして生活している。
普通の冒険者なら進むのも躊躇するような場所でもアティナにとってはさほど問題ないようだ。
奥へと進むとウッドエイプの声がそこら中から聞こえ、ほどなくして悲鳴と甲高い鳴き声そして木々が倒れるような音が聞こえてきた。
「来ました!」
「よっしゃ、任せとけ!」
「シロウさんは援護射撃お願いします!あいつには何発か当てても問題ないんで!」
「問題あるっての!」
アティナから逃げてくるようにして森から飛び出してくるオランウータンほどの大きさをしたサルに向かって冒険者が駆けだし、後ろから弓師が矢を射かけて援護する。
後れを取るまいと俺もスリングを構えて逃げ出してくるやつらを迎撃すること数十分。
破壊音もなくなり、ウッドエイプが出てくることもなくなった。
元の世界でこんなことをやろうものなら乱獲だの動物愛護だのとうるさかっただろうが、こいつらは魔物であり俺達は冒険者だ。
生きるか死ぬかの間柄に遠慮は無用、安全が確保出来た所でお待ちかねの時間がやってきた。
今回の目標である木製のコップが思った以上に見つかったので早々にノルマは達成、各自交代で地上の馬車まで運び込み残りの時間は金になりそうな素材なんかを根こそぎ回収させてもらった。
やってることは完全に略奪だが、其れこそが冒険者ってもんだろう。
彼らから買い取ったとしても転がせばそれなりの儲けになるだけに思わず笑みが浮かんでしまう。
「いやー大量大量。」
「まさかこんなに素材を隠し持ってるなんて思いませんでした。」
「各々必要なものは持って行っていいが、買取に出すならうちの店に持ってきてくれよ。」
「わかってますって。」
「依頼料の他に割り増しの買取までしてもらえるなんて夢みたいです。」
目的の品の他にも山ほどの素材や木の実、道具を回収した俺達はほくほく顔で馬車に乗り込み行きと同様に街道をゆっくりと走る。
一応帰るまでが遠足・・・じゃなかった、探索だからな。
最後まで気を抜かないようにしないと。
空荷だった時と違ってかなりの重さになっているだろうから速度は少し遅めだが、まぁそれでも夕方には到着できるだろう。
こんなに早く終われたのもアティナの実力があってこそ。
あれだけ派手に暴れまわって一切怪我をしてないあたりすごいよなぁ。
「ん?」
「また遠吠えですね。」
「それも近い、珍しいな。」
「でも流石に街道までは・・・。」
「右後方からグレーウルフ!え、なんでこんなにいるのよ!」
再び聞こえてきた遠吠え。
さっきは森の奥深くって感じだったのに今度は随分と近くに感じるな、なんてのんきなことを考えていたら突然後ろを見ていた冒険者が大きな声で危険を教えてくれた。
慌てて後ろを振り向くと大量のオオカミが我先にと森から飛び出して馬車を追いかけてくるのが見えた。
慌てて馬に指示を出して全力で奴らから距離を取る。
しかしながら満載の荷物が重くそこまで速度が上がらないので弓師の女の子と共に武器を構えた。
普段はさほど揺れない馬車なのだがこれだけの速度を出すとそれなりの強さで揺れてしまい、狙いを定めても中々弾が当たらない。
「くそ、どうにかならないのか?」
「このままじゃ囲まれますよ!」
ざっと数えただけでも30を超えるグレーウルフに追いかけられるなんて普通じゃありえない話だ。
奴らはわざわざ街道に出てきて襲ってくるような魔物じゃないはずなのに、なんでこんなことになってるんだろうか。
次第に距離が詰まってきてこのままでは襲われるのも時間の問題。
走行中に馬を狙われてバランスを崩したりするとその方が危険なので致し方なく馬車をせり出した岩壁の前に止めて各々が武器を構えた。
馬車を取り囲むようにしてじりじりと近づいてくるグレーウルフたち。
いくらアティナが強くても、これだけの魔物に同時に襲われたら全てに対処することは出来ないだろう。
「全員俺の事はいいから生き残ることを考えてくれ、逃亡も許可する。」
「逃げるって言っても追われるだけですし、死にたくないなら全部倒さなきゃですよね?」
「ならここで戦う方が後ろを気にしなくていいだけマシでしょ?望むところよ、かかってきなさい。」
「マスターは私の後ろへ、荷台は逆に危険です。」
アティナが俺の前に立ち他の冒険者が左右に広がって奴らを睨みつける。
流石中級冒険者、こんな状況でも希望は捨てずむしろ生き残れるつもりでいるようだ。
一歩、また一歩と近づいてくる狼たち。
あと数秒で奴らが襲ってくる、その時だった。
一触即発、その言葉が相応しい緊迫した空気を切り裂くように王都方面からまっすぐこちらに向かってくる一台の馬車が見えた。
だんだんと近づいてきたその馬車はあろうことか狼の群れへと突っ込んでいく。
突然の乱入に浮足立つグレーウルフたち。
そのタイミングを逃すことなくアティナが群れの中に切りかかった。
「シロウなにぼさっとしてるのよ!さっさと援護してよね!」
群れに突っ込んだ馬車は止まることなくそのまま走り去ったが、何者かが荷台から飛び降りてアティナと共にグレーウルフに切りかかった。
まさかの展開に動揺していると聞き覚えのある声が鋭く指示を出す。
懐かしくも心強い声に思わずスリングを持つ手に力が入る。
まさか、なんでこんなところに?と思う気持ちをぐっと抑えて今できる事をしなければ
「敵は動揺してる、蹴散らすぞ!」
「「「「はい!」」」」
二人に後れを取るまいと他の冒険者も狼の群れに突っ込んでいく。
数は多いが所詮はグレーウルフ、統率が取れ無くなれば中級冒険者の敵ではない。
もちろん俺は突入せず後ろで彼らの援護に徹したけどな。
戦いはわずか数分でけりが付き、血まみれの地面の上に狼の死骸が転がっている。
「まったく、折角王都にまで行ったのにまたこっちでも相変わらず危ないことしてるのね。」
あれだけの戦闘だったにも拘わず息を切らすことなくその女は笑っていた。
半年ぶりの声。
その懐かしい声に思わず頬が緩んでしまうのだった。




