1319.転売屋はキノコと踊る
「よし、到着っと。」
「わふ!」
「近隣とはいえ護衛なしで出かけるのは少し緊張したな。」
ぶんぶんぶん。
「そうだな、ルフが一緒なら問題ないよな悪かったって。」
ルフが尻尾を振って抗議の意を示してくる。
王都を出て半日、人通りの多い街道沿いを通ったので魔物や盗賊の心配はほとんどなかったが、それでも護衛なしで出かけるのは結構勇気がいるものだ。
本当はクーガーさんが同行してくれるはずだったんだが急に妹さんの体調が悪くなったらしく、事前にキャンセルの連絡があった。
本来であれば俺一人で街の外に出てはいけないのだが、まぁバーンに乗って空を飛び何度も出かけているしぶっちゃけた話そこまで厳重に調べられているわけではない。
アニエスさんの話では一応名目上そうしているだけであって、別に許可を取らずに出たからと言ってとがめられることはないそうだ。
とはいえ制約は制約、それを完全に無視するのは世間体的にもよろしくないので出来るだけ一人で街の外に行かないように自分で自分に枷をかけるようにしている。
じゃないと船に乗って向こうに帰ってしまいたくなってしまうからだ。
「あ、シロウさんじゃないですか。」
「てっきり森にいるとばかり思っていたんだが今日は休みか?」
「いえ、材木の出荷をしたところなんです。馬車の音がしたのでてっきり何かミスをしてしまったのかと思って焦っちゃいました。」
「そりゃ驚かせたな、悪かった。」
「いえいえ大丈夫です。今日はどうしたんです?」
やってきたのはボスケさんの森。
ダンジョン街の拡張工事に使う材木の出荷状況を確認に来たんだが、本人がいてくれたおかげですぐに話が聞けそうだ。
ルフは馬車を飛び降り、そのまま事務所兼住居のログハウス前に移動し日陰で伸びをした後丸くなって休憩モードに入ってしまった。
狭い運転席の横で丸くなっていたのがどうやらきつかったと見える。
ま、話も長くなりそうだししばらくゆっくりしてもらうとしよう。
そのまま中に案内してもらい、直近の出荷状況について色々と話を聞かせてもらう。
「ふむ、結構な本数を出荷しているみたいだが森は大丈夫なのか?」
「むしろまだ間引き足りないぐらいですが、おかげで随分と風通しと日当たりがよくなってきました。心なしか自生する薬草類の生育もよくなっているように感じます。」
「適度に手入れをしなきゃいけないってのは大変だよなぁ。今度うちの森も見てもらっていいか?」
「ミカールラッケイトの森ですよね、お安い御用です。」
餅は餅屋、木については材木屋に聞くのが一番だろう。
比較的日光は当たっていると思うが、病気の木とか切り倒した方が良い気があれば確認してもらえるだけでもありがたい。
素人にはその辺よくわからないからなぁ。
ひとまず聞きたいことは全て聞けたのだが、話の中に出てきた面白い物を見せてもらうために森の中へと向かうことに。
歩くこと数分、木が切り倒されぽっかりと空いた場所にお目当ての物が設置してあった。
「これがさっき話していたやつか。」
「せっかく綺麗になったので前々から興味があったのを始めてみようかと。」
「ブラウンマッシュルームを栽培するなんて面白い事を考えるじゃないか。てっきり自然からしか手に入らないと思ったんだが、案外出来るもんなんだな。」
「ブラウンマッシュルームの菌糸を回収して育てれば比較的簡単にできますよ、でも日光が当たりすぎてもいけないですし風通しとか湿度も重要なのでうちみたいにあまり手の入ってない森じゃないと難しくて。」
「とか言いながらもう生えてきてるじゃないか。」
ホダ木というんだったか、適度な大きさに切られた原木が交差するように積み重なったり立てかけられたりしている所に近づくと、何本かの木に食べごろのブラウンマッシュルームがひょっこり生えていた。
昔、シイタケ栽培に挑戦した友人から聞いた話によると実際に生えてくるまでには年単位の時間がかかるって話だったんだが、こっちはそうでもないようだ。
「環境さえ整えてやれば結構簡単に生えてくるんですよ。でも味はまだまだで。」
「そうなのか?」
「何が違うかはわかりませんが、やっぱり自然に生えている奴の方が美味しい気がします。」
「とはいえ普通には食えるんだろ?木材を出荷するのにも限りはあるわけだし、今後を考えればいい収入になるんじゃないか?王都に出せば需要はいくらでもあるだろうしな。だが冬はどうするんだ?」
「冬は冬で出荷できないような曲がった木を別の場所で乾かしているのでそれを加工して薪として売り出します。森を歩くだけで枝はいくらでも手に入りますから手入れついでに売ればいいお金になるんです。」
冬は薪を売り、それ以外の時は材木とブラウンマッシュルームを売る。
今だけでなく先を見越してしっかりと考えているのは流石だ。
「なるほどなぁ。しかしそんなに味は違うもんなのか?」
「結構違いますよ。」
「ふむ、そんなこと言われると気になるじゃないか。」
「え、もしかして探しに行くんですか?」
「もし普通に食えるレベルなら栽培されたのを俺が仕入れても問題ないよな?ってことでルフ、ブラウンマッシュルームを探しに行くから手伝いよろしく。」
ぶんぶん。
ダンジョン街と違っていつでもどこでも手に入るというものではないので、需要の多い王都でのブラウンマッシュルームの販売価格はそれなりに高い。
それを継続的に仕入れられるというだけでも十分アドバンテージだし、いい儲けになるのは間違いないだろう。
とはいえそれは味が良ければの話だ、金儲けとして成立するかどうかしっかり考えなければならないよなやっぱり。
ってことでルフを連れてボスケさんの森を探索することに。
しっかり手が入っているからか最初に来たときよりも歩きやすく、見通しが聞くので魔物が来てもすぐに発見できそうだ。
勝手知ったる他人の森、折角なので薬草なんかを採集しつつ奥まで入った時だった、突然ルフが止まり身を伏せる。
俺もそれに従いすぐにしゃがみこんで周りを見渡してみるも魔物の気配は感じないのだが、ルフは何かを感じているようでそのまま動かないままだ。
呼吸を深くゆっくりしながら周囲を警戒していると、ふと茂みの奥に動く影を見つけた。
スリングを構えつつゆっくりと茂みまで近づいたのだが全く想像していなかったモノがそこにあった。
いや、あったっていうか居たという方が間違いないかもしれない。
「おどって・・・るのか?」
視界に飛び込んできたのは踊るキノコ。
何を言っているかわからないと思うがマジでそんな感じなんだって。
1mぐらいの赤いカサを付けたキノコに手足が生え、その場でくるくると回っている。
回りながら手を動かしている様はまるで踊っているかのようだ。
しかしよく見るとキノコの足の部分は足ではなくヤドカリみたいな足が何本も生えている。
いや、違うなヤドカリみたいなやつの貝殻部分がキノコになっているのか?
ともかくその踊るキノコを見ていると、なんだか自分も踊りたくなってくる。
そうだ、踊らないといけない。
ここはいいもりだから、きもちよくおどれる、おどらなきゃ。
おどれば、なかまになれる。
みんなキノコになればいいんだ。
そう、きのこに。
ぎっしょん。
「ぎっしょ・・・って痛いっての!」
「ワフ!」
突然の激痛に足元を見ると、足首にルフが思い切りかみついている、それはもう牙を突き立てる勢いで。
せっかくキノコになれるところだったのになんで邪魔を・・・って、なんだって?
キノコに?
慌ててポケットから布を取り出して口元を覆い、ルフの顔を見る。
「もしかしなくても助けてくれたのか?」
ぶんぶん。
「とりあえず離れよう、ここにいるとやばい。」
音を立ててもキノコは追いかけてこず、離れてから後ろを見るとその場でくるくると回り続けているようだ。
はぁ、マジでなんだったんだ?
とりあえずルフがいたから何とかなったがあのままあそこにいたらどうなっていたんだろうか。
あまりにも非現実的な状況に混乱しながらもボスケさんの所に戻り事情を説明するとものすごく驚いた顔をされてしまった。
「それ、もしかするとダンシングマタンゴじゃないですかね。」
「踊るキノコ?確かに踊ってはいたがやばい奴なのか?」
「生き物に寄生して踊らせ、弱った所で体を乗っ取り苗床にするようなやつだったかと。一応魔物の分類のはずです。基本は魔物にしか寄生しないんですけど相性が良ければ人にも寄生するって聞いたことがあります。」
「つまり俺は相性が良かったせいであんなふうになったのか、やばすぎるだろ。」
「ふつうは森奥深くにしかいないんですけど、寄生された魔物が近くまで来てしまったのかもしれませんね。シロウさんが見たのはパラサイトイノセントっていうこいつも寄生系する昆虫の魔物なんですけどそれがキノコの苗床になったんだと思います。」
寄生系の魔物が寄生系の魔物に負けるとか完全に異次元の話だな。
そんなやばい所に遭遇したとかマジで勘弁してほしい。
いや、あの時は本気で踊らなきゃならない気がしたんだって。
ルフがいなかったら今頃キノコまみれで踊り狂っていたんだろ。
久々にこの世界が怖いって思ってしまった。
「はぁ、驚きすぎて疲れた。さっさとキノコ食って帰るか。」
「え、まだキノコ食べるんですか?」
「そのために奥まで行ったんだから当然だろ?それに普通のキノコを食えばもう大丈夫な気がするんだ。」
「まぁ、シロウさんがそういうのなら。」
もしかするとあのキノコの胞子には色々と使い道があるのかもしれないけれど、下手に欲を出して世界中が踊るキノコだらけになっても困るので余計な事はしない方が良いだろう。
あぁいうのは森の奥で静かにしてもらうに限る。
キノコって美味いけどヤバイのもいる、それを改めて思い知らされた一日になった。




