1316.転売屋は歌姫にお願いをする
あれよあれよというまに6月ももう終盤。
つまり長い夏も折り返しを迎えようとしているわけだ。
正直やることが多すぎて二か月何をやって来たか思い出すのが大変なんだが、とりあえず金は確実に増えているのでやってきたことは間違いじゃなかったんだろう。
残すところあと二か月。
後半戦も引き続きイベント盛りだくさんなのでしっかりと頑張りたい所なのだが・・・。
「ほぉ、結構本格的だな。」
「はい。シロウ様が焚きつけて下さったおかげで彼らにも協調性というものが芽生えてきたようです。」
近々行われる貧民街と教会主催の夏祭り。
それに合わせるような形で貴族のガキ共を焚きつけて出し物を考えさせていたのだが、マイヤーさんの報告を聞く限りかなりやる気に満ち溢れているようだ。
ちゃんと趣旨に沿った出し物になっているだけでなくしっかりと俺を倒そうという気概も感じる。
俺もうかうかしていられないようだ。
「一致団結するには目的もしくは共通の敵を用意するに限るからな、結果として祭りも盛り上がりそうだしこちらとしてはありがたい限りだ。」
「あの、本当に大丈夫なんですか?金貨1枚の報酬って・・・。」
「確かに大金ではあるけれど、彼らの目的は俺を打倒する事。あいつらからすれば金貨1枚なんて小遣いぐらいの感覚だろう。」
「私からしたらうらやましい限りです。」
金貨1枚あれば安宿に6カ月は宿泊できるだろう。
先生の給料がどのぐらいかは知らないが決して安い金額ではない。
とはいえこれは優勝賞金であって彼らに負けさえしなければ払わなくてもいい金でもある。
別に出せないとかじゃないんだが金のありがたみを知らない連中に渡すのはやっぱり惜しいよなぁ。
「ともかくだ、引き続き彼らのサポートをよろしく頼む。全力で向かってきてくれるからこそ叩き潰した時の反動も大きい。これで少しはまともになってくれるといいんだがなぁ。」
「お手柔らかにお願いします。」
「それはできない相談だ。それじゃあ俺は打ち合わせがあるからこの辺で失礼する、またなマイヤー先生。」
「ありがとうございました。」
先生からの定期報告を終え学び舎を後にする。
さっきも言ったように全力で向かってきてくれているからこそ徹底的に叩き潰すことに意味が生まれる。
別に負けたくないからじゃない、これは教育的指導なんだ。
ってことで徹底的に叩き潰すべく俺は切り札の所へと向かった。
「夏祭り、ですか。」
「あぁ、近々貧民街と教会主催の夏祭りが催されるんだがそこで何曲か披露してもらえないだろうか。今迄みたいなコンサートじゃなく祭りに来ている人に気軽に聞いてもらうっていう感じになるだろうからそこまで硬く思わないでくれ。お気に入りの曲を何曲か歌って盛り上げてくれればそれで充分。今回の目的はあくまでも王都の住民と貧民との関係改善、っていうかお互い誤解している所があるからそれを見直そうっていう感じなんだ。」
「確かに貧しい人たちをあまりいい顔で見ない人も多いですよね。」
俺が持つ最高の切り札とは、ずばり歌姫オリガの事。
まさか彼女と知り合いだとは誰も知らないだろうし王都で絶大なる人気を誇る彼女のグッズならばものすごい売り上げになること間違いない。
とはいえ金目当てで彼女を呼ぶってのは流石にあれなので、表向きは別の理由をつけて出席を打診してみたたわけだ。
「そういうのを少しでもなくしたいってのと同時にオリガの歌を彼等にも聞いてほしいっていう狙いもある。こんな機会でもないと聞くことなんてないだろうし聞いてみたかったってやつも結構いるんだ。こういう機会でもないと聞くことなんてないだろうし、それと同時に彼らを支援できれば最高だと思わないか?」
「グッズの売り上げの半分を貧困に苦しむ皆様に寄付する、とても素敵な考えだと思います。」
「短時間のライブだからあまり人は集まらないかもしれないが出来れば最後に購入を呼び掛けてくれると非常に助かる。もちろん強制じゃないからその辺は任せるつもりだ。」
「わかりました、出来る限りのことはさせてもらおうと思いますね。」
とりあえず了承を得ることに成功した。
一応事前にマイクさんには話を通しているのだが、出演するしないは本人に任せるとのことだったので正直どっちに転ぶか不安だったところはあるんだ。
9割の確率で出席してくれるとは踏んでいたんだがこういうのはやってみないとわからないからなぁ。
根が優しい彼女なら貧民に苦しむ人たちを援助できると聞くと喜んでやってくれるだろうとは思っていた。
そして根が腐った俺はその優しい気持ちに便乗してがっつりと金儲けをさせてもらうというわけだ。
もちろん売り上げの半分は予定通り寄付させてもらう。
今回競っているのはあくまでも売り上げ、半分を寄付しようが『売上額』に変化はないので彼女のお願いに賛同した人たちがこぞってグッズを買い求めてくれることだろう。
売れれば売れるだけ寄付は増えるし俺の勝利は確実の物になる。
加えて今回出品する予定のグッズは原価もかなり安いので半分寄付しても十分に利益は残る。
用意するのは勇者ショーでも販売しているタオルと手製のクッキー。
クッキーはオリガお手製と銘打って販売させてもらうつもりだ。
クッキーもタオルも原価は銅貨10枚前後、それぞれ銅貨50枚かセット売りで銀貨1枚で販売して売り上げの半分を寄付したとしても十分に利益は確保できる。
まぁお手製クッキーといっても実際手伝ってもらうのは袋詰めぐらいなんだがそれでも商品を作っているという意味では間違いじゃないし、本人がもしその気なら実際に焼いてもらってもいいけれど入っているのは一袋に一枚とかになるだろうなぁ。
それでもお手製はお手製、クッキーに群がる客の姿が目に浮かぶようだ。
「ついでにライブ後にはグッズ販売に加わってもらえるとありがたいんだが、流石にそこまでやるとマイクさんから止められそうだな。」
「直接触れ合うのは難しいかもしれません。」
「ま、高望みをするつもりはない。っていうか祭りで歌ってもらえるだけでも十分ありがたいし無理のない範囲で十分だから。悪いな、忙しいだろうに。」
「大丈夫です、私の歌で皆さんが元気になってもらえるのならそれ以上に嬉しいことはありません。あ、でももし可能なら・・・。」
「ルティエの作った新作が欲しいんだろ?この間こっちで作ったアンバーを使ったやつがいくつかあるからそれで手を打とうじゃないか。」
「ありがとうございます!」
この前屋敷で色々と作っていた試供品があるんだが、まさかこんな所で役に立つとは思っていなかった。
どうせ日の目を見る事もなかったものだし喜んでもらえるのならばルティエも本望だろう。
これで俺の優勝はほぼ確定。
とはいえ急ぎグッズの作成にとりかからないと売り物が無くてすぐ完売とかになりかねない。
クッキーは多少日持ちがするので今の内から量産しておいてまとめて袋詰めしてしまう作戦で行くとしよう。
品不足になりつつある砂糖に関しては、例の隠し玉の実力を確認するいい機会という事で早速実践に投入するつもりだ。
やっぱり使ってみないとどれぐらいの量が適正なのかわからないからなぁ。
口に入れるものだからこそそういうのはしっかりとデータ取りしておかないと。
ってなわけで、オリガと別れた後は勇者ショーでお世話になっている職人の所に向かい追加のタオルを発注。
オリガのイメージカラーである青と緑の二色を発注しておいた。
元が白いのを染めるだけでバリエーションが増やせるんだからタオルって優秀だよなぁ。
どんなアイドルや歌手でもタオル系は絶対にあるのだが原価の安さと加工のしやすさが一番の理由だと思う。
あとは実際に日常で使えるというのもポイントが高い。
「さて、これで仕込みは終わったか。」
「お疲れさまでした。」
「彼等にはフリーマーケットの出店料で売り上げをあげると見せかけて、本命は歌姫オリガのゲリラライブ。本人の口からグッズの購入費用が寄付になると言わせることで買うつもりのなかった人にまで買わせるという素晴らしい作戦をよくまぁ思いついたものだ。」
「主殿であれば朝飯前なのでは?」
「流石に毎回こんなにひどいことを考えているわけじゃないぞ?」
ジンがさも当たり前のような顔で俺を見てくるが、いくら何でも毎回こんな非道なことを考えているわけじゃない。
基本は金儲けの事しか考えてないし、他に考えているとしたら女達や子供達のことぐらいか。
なので彼らを徹底的に叩き潰す方法を考えているのは非常に珍しいことなわけで。
俺はいったい誰に弁解しているんだろうか。
「そういう事にしておきましょう。因みにフリーマーケットとやらには店の商品も出されるのですか?」
「あぁ、不動在庫を売りさばくにはぴったりだからな。日用品はどうしても溜まっていくから、そういうのを売りに出せばそこそこ売れるだろう。おまけとはいえ売れる時にはしっかり売るぞ。」
「流石です。」
「なんならジンも何か店を出すか?別に一店舗しか出しちゃいけないって決まりがあるわけでもないし。」
「いえ、それは遠慮しておきます。やはり主殿の欲を満たす方が楽しいので。」
「そういうものか?」
「そういうものです。」
俺にはよくわからないがジンがそれでいいのなら何も言うまい。
夏祭りまであとわずか、歌姫の力を借りて格の違いというのを見せつけてやろうじゃないか。
ついでにグッズを販売しつつ終わった後もグッズを転がして儲けさせてもらうけどな。




