1310.転売屋は甘い汁を吸う
今日は珍しく雲が多い。
また前のような嵐が来るのかとも思ったが、たまにはこんな日があってもかしくはないだろう。
この世界は元の世界と違って夏でも湿度が低いので、日光さえ当たらなければそれなりに快適だったりする。
暑い地域ではこんな日陰で熱い飲み物を飲んで過ごすらしいがどうやらこの世界でも似たような文化はあるだようだ。
この間売り出した香茶のダストを使ったチャイは思いのほか好評のようで、毎日のように新しい飲み方が開発され住民たちの喉を潤している。
今までは全く見向きもされなかったダストが今や垂涎の的、茶葉だけでなくダストまで金になる香茶はまさに金のなる木というわけだ。
それを定期的に卸す羽目になった商業ギルドには同情するがこれも商売、向こうも新しい商売が見つかったわけだし両者win-winって事で。
とはいえ問題が無いわけではない。
ダストは残り滓だけあってかなり苦く、大量の砂糖を使わないと飲めなかったりするのだがそのせいで砂糖の消費量が上がりじりじりと値段も上がってきている。
幸い南方からの仕入れルートがあるので今の所なくなるようなことはないのだが、それでもこの流行が続けば値上がりは必然。
その為にも急ピッチでダンジョンを利用した砂糖の回収が行われているそうだ。
恐らくはダンジョン街でも蟻砂糖をどう量産するのかで頭を悩ませている事だろう。
南方での仕入れはハーシェさんに任せているから問題無いと思うが、農作物には限りがあるのでそれだけにダンジョンを使った仕入れは必要不可欠。
そしてもう一つ気になるのが・・・今問題になっている北方関係だな。
「そうか、やっぱり供給量が減っているのか。」
「北方から仕入れている砂糖は今までの需要を考えれば多くありませんでしたが、これだけ需要が増えるとなると見逃せない量だったという事になるのでしょう。まさかここまで砂糖の需要が伸びるとは、こんなことになるのでしたら山の様に仕入れておけばよかったと後悔しております。」
「俺だってこんなことになるならもっと南方から仕入れておけばよかったと後悔してる所だ。まぁ、結果として儲けは出てるし悪い事じゃないんだけどな。」
商業ギルドの応接室。
応接室の中でも2番目に大きな部屋に案内された俺は、担当のマハラさんから香茶の販売状況と砂糖の供給不足について説明を受けていた。
茶葉に関してはチャイの流行と共に水だし香茶の方も人気が続いているのでそこそこの利益を出し続けている。
加えて南方つながりで向こうで仕入れている砂糖を卸させてもらっているのだが、そっちの在庫が早くもつきそうとの事だった。
じゃあ他の物で代用できないかという事で北方の砂糖について話を振ってみたのだが、やはり北の大山脈を越えられない影響で供給がぱったりと止まってしまったらしい。
向こうの砂糖は全体の一割にも満たないのだがこれだけ需要があると見逃せない量でもある。
さて、どうしたもんかなぁ。
「商業ギルドとしては全力で砂糖確保にあたらせて頂きます。つきましては、シロウ様の砂糖を出来る限り高く買わせて頂けないかと。」
「有難い申し出だが俺が直接買い付けているわけじゃないから今すぐに供給量を増やせるわけじゃない。一応手紙は出しておくが時間はかかると思ってくれ。」
「それで十分です。では、こちらが今週の納品分になります、現物はお店に直接お持ちしますので受領の方宜しくお願い致します。」
「了解。それじゃあまたな。」
今週分の香茶とダストの目録をもらい商業ギルドを出ると、その足で市場へと向かう。
北方の砂糖が入ってこないという事はその他の品も流入しなくなるという事。
幸いこの夏は夏野菜も豊作なので問題無いと思うのだが、一応値段の調査をしておこう。
こういう時メルディがいると聞くだけで済むんだが今は自分の足で確認しなければいけないんだよなぁ。
それでも今日は日差しがないので動きやすい。
人混みを縫うようにして慣れた市場を歩いていると、ふと今まで見た事のない物を見つけた。
まるで緑色の小さい壺のようにも見える果実。
いや、果実なのかこれは。
近づいてみると非常にごつごつとしていて気のないヤシの実のようにも見える。
「いらっしゃい、美味しいシュガーポットだよ。」
「これ、食えるのか?」
「あー、そうだね頑張れば何とか。」
「・・・頑張ればってそれってどうなんだ?」
自分で美味しいと言っておきながら頑張れば食えるとはこれ如何に。
懐疑的な俺の視線を感じても飄々とした雰囲気を崩さないその男は大道芸人のようにその実を使ってジャグリングを始めた。
それを見に人が集まってくるも客がそれらを買う様子はない。
「一つ貰えるか。」
「え、買うのかい!?」
「売りものじゃなかったのか?」
「いや、そうなんだけどさ。一つ銅貨30枚もするんだよ。」
「も、ってなんだよもって。とりあえず一つくれ。」
気になるのなら調べればいい。
戸惑う男に代金を押し付けて近くにあった奴を勝手に手を出す。
『シュガーツリーポット。その名の通り甘い汁を出すシュガーツリーが実をつけた物。非常に硬い殻で覆われておりそれをはがすことが出来れば濃縮された砂糖にたどり着くことが出来る。ただし生半可な物では切り取ることが出来ず余程の業物を用意しなければ殻を破る事は出来ない。最近の平均取引価格は銅貨30枚、最安値銅貨10枚、最高値銅貨40枚、最終取引日は本日と記録されています。』
シュガーツリーポット。
その名の通り砂糖のような甘い汁を出す樹らしいのだが、どうやらそいつがつけた実らしい。
どう見てもヤシの実なのだがあながち間違いではないようだ。
問題はものすごく硬い事、はてさてどうしたもんか。
「硬いな。」
「そうなんだよ、よほど切れ味の鋭い刃物じゃないとこの殻は切れないんだ。だからこうして遊び道具か試し切り用の道具として売っているわけだね。」
「だがこいつが美味いって知ってるってことは食ったことがあるんだろう?」
「昔に一度だけだけどね。」
つまり過去に食べたことがあるから味は知っているが、それ以降は食べたことがない上にどうしようもないから別の用途で売っていると。
雑談がてら話を聞くと、樹液を使った砂糖は出回っているようで王都でも普通に手に入るらしい。
とはいえこれだけの需要過多で出荷に制限が掛かりその代わりにこれを売りに来たのだとか。
もっとも、代わりにもならず遊び道具と化しているわけだが。
「本当に切れないのか?」
「物は試しだ、やってみるといいよ。」
そう言って渡されたのは隕鉄を使った小刀。
隕鉄は鉄製の武具よりも切れ味があり、中級冒険者が好んで使う実用重視の武器だ。
そいつを実のくぼんだ所に押し付け上から力いっぱい押し付けてみるも、全くと言っていい程刃が入らない。
どれだけ力を入れても無反応。
「かった。」
「そうだろう?これじゃどうしようもないんだ。上から潰してもダメだしなんなら燃やしても燃えないと来た。ほんと、シュガーツリーは素晴らしいのにこれだけはどうにもならないんだよねぇ。」
「叩いてもダメ燃やしてもダメなのか。」
「もしこれをどうにかできる方法があるのなら教えてほしいぐらいだよ。」
そんな嘆き節を聞きながら店へと戻る。
「おかえりなさいませ。」
「ただいま。これ、土産な。」
「これは・・・なんです?」
「今高値で取引されつつある砂糖が入っていると思われる木の実だ。」
「そのような素晴らしい品ながらそんなぞんざいな扱いをされるという事は、取り出せないのですね。」
「ご明察。あまりにも硬くて刃物も通らない上に叩いても燃やしてもダメらしい・・・って、おい今何した?」
ジンの手には上部がスパっと切れたシュガーツリーポットが握られている。
いやいや、ついさっきまで切れ目どころか傷一つは言ってなかったんだがなんで一瞬目を離しただけでそんなことになってるんだよ。
「確かに硬いようですが私の手にかかれば御覧の通りです。」
「いや、御覧の通りって。それはあれか?いつもの魔法みたいなやつか?」
「そのように考えていただければ。なるほど、中はこのようになっているんですね。」
「まぁ切れたんなら何でもいいんだけど。ふむ、中はびっしり砂糖みたいなのがこびりついているな、汁はないのか。」
「おそらくはその汁が凝縮されたのでしょう。」
緑色の木の実の中は真っ白い結晶が何層にも重なっているようで、触って落ちてくる感じではないが試しに軽く救ってみると結晶が少しだけ指についた。
ぎっしりっていうかみっちりっていうか。
結晶を口に含んだその瞬間、あまりの甘さに唾液腺が一気に開いて口の中が唾液だらけになってしまった。
「あっま!なんだこれ!」
「まるで脳を突き上げるような甘さ、これはすごい。」
「たったこれだけでこの甘さ、濃縮されたってレベルじゃないな。」
指についたほんの少しの結晶だけでこんなにすごい甘さを感じるとか、スプーン一杯入れようものなら大変なことになりそうだな。
しかしこの少なさでこの甘みってことはそれだけ砂糖を使う量が減るという事。
さすが砂糖の木の名に恥じない甘さだ。
「とりあえずこいつの中身をかきだしておいてくれ、俺は残りを買い占めてくる。」
「お任せください。」
「しかしあれだな、今はジンがいるからいいが今後は別の方法で割る方法を考えなきゃならないな。」
「どうしてですか?」
「どうしてって大変だろ?」
「このぐらい息をするよりも簡単です。それに砂糖不足は一時的な物でしょうからそれまですれば済むだけの話、この程度で主殿の役に立てるのであれば喜んでやらせていただきましょう。」
「献身的すぎるだろ。」
「やっとお気づきになりましたか?」
最初は俺の強欲ぶりが気になるからとか言っていたくせに最近は普通に仕事を手伝ってくれるしなんていうかオカン的なポジションになりつつあるよな。
まぁ俺も普通に頼りにしてしまっているわけだけど、本当にこのままでいいんだろうか。
「気づいたっていうか改めて感じてるというか、本当にこのままでいいのか?」
「といいますと?」
「俺の手伝いをし続けるだけで満足なのかって話だ。俺よりも強欲な奴が他にもいるかもしれないだろ?」
「それはもちろん探せばいるでしょうが、とりあえず今は主殿の強欲ぶりに満足しております。とりあえず今はこの砂糖をどのように売りつけるのか楽しみで仕方ありません。」
「確かに砂糖不足を解消する起死回生の存在、とはいえいきなりばらまけばありがたみがないから出すとしてももう少し寝かせてからだけどな。」
「そういうところですよ。」
そういうところだよ、と満足そうに笑う老人。
心の底からの笑顔に思わずこっちもつられて笑顔になってしまう。
さて本人がそう言ってるわけだし大儲けのネタになるこいつを山ほど買い付けてきましょうかね。
言い訳はまぁ何とかなるだろう。
まだ誰にも言えないとっておき。
さぁ、うまい汁をたっぷり吸わせてもらいましょうかね。




